#6『夏の想い出』

August 23 [Thu], 2012, 20:43
夏ということで、夏らしい日記を書こうと思うのですがなかなかネタがないので夏らしいけど日記らしくない日記はいかがでしょう。
フィクションじゃない、僕の唯一の実体験です。
相変わらず散らかってる上にちょっとだけ、長いです。
大学二回生の夏だった。
バイトを終えての帰り道、夜の地下鉄は座れない程度に混雑している。
吊り革につかまっているぼくの顔に滲んだ汗を、空調の風が冷たく乾かしていく。
特にすることもないので、携帯でブックマークしていたオカルト話のまとめサイトを開く。
ぼくは当時からオカルト話が好きで、バイト先は幸運にもというかそんな噂に事欠かなかった。
深夜の作業冷凍庫で男の声がしたとか、窓ガラスにいないはずの子供の顔が映ってたとか、勝手にシフトが動くとか、そんな噂がまことしやかに流れていた。
けれどもぼくは不運にも、霊感なんていうものには全くもって欠けていた。
霊体験なんてものには、全く縁がなかったのだ。
一度たりとも怪奇を目の当たりにすることのなかったぼくは多分、一生たてども怪奇な目に当たることはなかろうと多分に思っていた。
空調の効いた車内から一転、蒸し暑い東京の夜。
真っ黒い空に浮かぶ大きな奄ェ、街の明かりを反射して、灰色に鈍く光っている。
家に帰り着き、エアコンのスイッチを入れ、部屋のベッドに体を投げ出すように横になる。
しばらくクーラーの冷たい風を堪能しながら一息ついた後、枕もとの携帯電話に手を伸ばして、着信履歴から当時付き合っていた彼女に電話をかけた。
同じバイトで、付き合って半年。
そのぐらいの時期だと毎夜毎晩の電話はもう日常で、その日もいつものように店長の不満だとか、お休みの日にどこに行こうとか、そんなことを話していたと思う。
電話をかけてから1時間ぐらい経っただろうか。
不意に彼女が押し黙ってしまった。
眠くなったのかなそれとも何か気に障ることでも言っちゃったかなと大して不審にも思わず、どうしたのかと尋ねてみると、水の音が聞こえる脈絡無く、ただそれとだけ応えが返ってきた。
声が少し震えている。
水雨も降っていないのに突然何を言い出すのか、と思っていると今度は寒い寒いこのくそ暑い、真夏の夜の熱帯夜に何を言ってるんだ。
彼女はしばらく、小さく震えるように寒い寒いと繰り返すだけ。
ベッドに寝転がり、白い天井を仰向けで見上げながら、何かおかしいと思い始めた頃。
彼女の口にした思いもよらぬ言葉が、不意にぼくの心臓を跳ねさせた。
窓から、髪の長い女の人がこっちを見てるそう言った。
彼女は確かにそう言った。
そんなバカな。
彼女の部屋は団地の3階。
窓の外に人が立って、中を覗けるはずがない。
ぼくも内心びびりながらも、気のせいだ、寝ぼけてるんじゃないかと言って聞かせるけれど、今度は違う言葉を続け始めた。
怖い怖い怖い怖いいくらにぶいぼくでも流石にこれはただごとじゃないんじゃないかと思い始めた。
落ち着け。
はんば自分に言い聞かせるように繰り返す。
何が起こってる。
怖い、どんどん近づいて来る髪が長い女の人が入って来る怖いよ、あ触られた、とだけ言ったきり、彼女はまた、黙ってしまった。
もしかして大変なことになったんじゃないか。
たまらず彼女の名前を呼ぶ。
けれど電話の向こうの彼女は黙ったきり、何のいらえもない。
それでもしばらく、名前を呼び続けてようやく返ってきた言葉に、ぼくは飛び上がるほど驚いた。
うるさい空気が変わる、っていうのはこういうことをいうんだろうか。
いやにトーンが低いその声は抑揚がなく、濁った水の底の泥のような重苦しさを放っている。
彼女はこんなにも唐突に、それもこんなにもわからない冗談を言う性格じゃあない。
この声は確かに彼女のものだけど、声の主は彼女じゃあない。
電話口から聞こえた声の冷たさ、感じるどす黒さ。
そう直感させるのに、十分だった。
仰向けから、たまらず跳ね起きる。
心臓がばくばくしている。
体が寒気に包まれる。
寒い。
エアコンを切っているのに肌寒いとかじゃなくて、体の芯から冷やされていくような。
寒い。
なんだこれ。
なんだこれ。
悪寒がして、部屋の窓ガラスに目をやる。
ぼくしか映っていない。
顔を引きつらせているぼく。
ベッドのクッションを握り締めながら、振り向いた首を戻して、やっと声を絞り出す。
あんた、誰だよおまえにはかんけいないぞくっ、という擬音がこれほどまでにぴったりな場面は無いに違いない。
寒気がどんどんと増してくる。
まるで体中の血管という血管を、生気の無い無数の冷たい手で、なでまわされているような。
今思うと、この感覚が見える人の言う霊感だったんだろうか出て行けよいやだ今の状況を推察したぼくの言葉に、そいつはそう応えた。
あまりの不意打ちっぷりとこれまで経験がないゆえに、ぼくは流石に内心びびりまくっていたが、彼女に勝手に入られたってムカついたのもあって、しばらく出て行けって言ってるだろこの野郎と言い続けた。
それに対して、そいつは断る黙れみたいに返してきて、しばらくその問答は続いた。
その子に何をするつもりだよ取り憑くつもりか。
傷つけるつもりか。
ぼくはそいつから、少なくとも善意など感じることが出来なかったので、怒鳴るように問いつけて、投げつける。
しかしそいつはそんなぼくにとって、極めて意外な言葉を返してきたのだった。
なにもは何だよ、なにもって。
思いもよらない返答に、少し緊張の糸が解けた。
その言葉に、信じられないという気持ちはあったが、この状況自体がそもそも信じられないので、信じられないことづくしの展開に逆に毒を抜かれたというか、力が抜けたというか。
とにかく妙に落ち着いてしまったぼくは、そいつとしばらく会話してみることにした。
ぼくが敵愾心をひとまず置いて、対話の姿勢を見せると、そいつは徐々に口を開き始めた。
とりまとめてみると、こんな感じだ。
彼女の意識は今、眠っている状態であること。
そいつ自身はぼくが想像しているような存在ファンタシースターシリーズであること。
普段は彼女の家の近辺を浮遊していること。
そこから離れられないこと。
生前の記憶は無いが、最後、水に浮かんでいる記憶だけがあること。
たまたま、彼女の体を借りてしまったこと。
その間中、ぼくの体の寒気が止まる事はなかった。
会話を続けていると、そいつは不意にこのからだはかえすこのこには、いまおこったことはいわないでほしいそうとだけ言ったかと思うと、不意に静寂が戻った。
身じろぎもできず、ぼくは電話を耳にあてたままに、ベッドに座っていた。
しばらくするとあくびが聞こえて、その後彼女がおはようと言った。
いつもの彼女の声だ。
寒気ももう感じない。
去っていったのだ、と思った。
時間にして15分ぐらいだったのだろうけど、彼女にその間の記憶は無いという。
ただ、言った。
水の上に浮かんでいる夢を見ていた、と。
ぼくはあいつの言ったとおり、彼女にさっきまでのことは黙っておいた。
それから結局、最後まで彼女に言うことがないままに、ぼくはその機会も失った。
それ以来、別に霊感がついたとかいうわけでもないし、こんな体験は後にも先にもこれだけだ。
あの夜、ぼくが話していたあいつは、本当に霊の類だったのだろうかそれとも彼女の作り出した虚言だったのだろうか一夏の一夜に不意にぼくを襲って理不尽に去ったエニグマに答えを見つけるすべも、オチをつけるすべも、今はもう、ない。
そしてしばらくの間、彼女と電話する時は、また不意にあの寒気が襲ってくるんじゃないかと内心びくびく、そして少し期待していたのは内緒の話。
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