人間失格の感想@ 

2005年01月05日(水) 18時44分
“人間失格”を読む前に「この本を読むと自分は人間失格だと感じる。暗い気持ちになる」と聞いていた。
でも私は、「自分は人間失格だ。どうしよう」とかいう感想は持たなかった。
それは、この本の主人公の感覚がすべて自分にも理解できるというわけではないけれど、もともとこういった考えがあり、すくなからず共感できる所があると感じたからかもしれないと思う。
もしくは、「人間失格」ということよりも「人間である」ということがなんなのかという方に疑問をもったからかもしれないし、また、100%この本に書いてあることを理解できていないだけかもしれない。
でも、このほんの主人公の他人たいする恐怖感は分かるようなきがする。
私の場合、恐怖感というよりも猜疑心という言葉の方が、他人に対して抱く感情では近いかと思う。
よく、何であんなことをしたのかとはっきりとはわからないことがある。
自分の行動に確かな理由をつけて、確かな言葉で表したいのにできないのだ。
そう、自分の行動でさえ理解できないのに、他人の行動の裏の理由、相手の本心が分かるわけがないとかんがえてしまうのだ。
また、主人公が他人だけでなくそれ以上に自分に対しても恐怖していたように、私に当てはめても同じような感じじゃないかと思った。
他人を信じきれないという事は、他人から自分が信じられていないという事への疑いであり、それは自分が信じきれないという事と同じなのではないかと思った。
他人が信じられない、自分が信じられない。どちらが先にきたかのかは分からないが、どちらも同時に存在するものではないだろうか。
しかし、信用できないものに囲まれながらも、信用できないものに関わりながら生活し、信用した振りをしながらも、ほかではそれのグチをこぼす。
人間の心は矛盾だらけであり、そうするとその心から起こした行動さえも矛盾であるといえるし、行動が矛盾であるというなら、人間という存在すら矛盾なのではないかと思えてくる。

人間失格の感想A 

2005年01月05日(水) 18時43分
人間というものに矛盾を感じながらも人間をやっている私そのものが矛盾だとも思えてくる。
この主人公は「もはや、自分は、完全に、人間でなくなりました。」というのだけれど、私には「人間である」という基準がわからない。なぜこの人が人間失格なのか。そもそもどんな風に生きていれば「人間」なのだろうか。また、この人がこの人の言う「人間でなくなった」状態になったのはどうしてなのか。何がいけなかったのか。何がこの人をこうさせたのか。何がこの人の罪なのか。それがわからないし、それがわからないと人間にはなれないようなきがする。
もしかしたらこれがわからない事自体人間失格なのだろうか?
完全に人間といえる状態が何なのかさえ分からない私が、完全な人間でない事は確かだと思う。
考え抜けば答えがわかるかもしれないが、自分で信用できない自分が導き出した答えなど到底信じることはできないだろう。
でも、このほんの主人公の他人たいする恐怖感は分かるようなきがする。
私の場合、恐怖感というよりも猜疑心という言葉の方が、他人に対して抱く感情では近いかと思う。
よく、何であんなことをしたのかとはっきりとはわからないことがある。
自分の行動に確かな理由をつけて、確かな言葉で表したいのにできないのだ。
そう、自分の行動でさえ理解できないのに、他人の行動の裏の理由、相手の本心が分かるわけがないとかんがえてしまうのだ。
また、主人公が他人だけでなくそれ以上に自分に対しても恐怖していたように、私に当てはめても同じような感じじゃないかと思った。
他人を信じきれないという事は、他人から自分が信じられていないという事への疑いであり、それは自分が信じきれないという事と同じなのではないかと思った。
他人が信じられない、自分が信じられない。どちらが先にきたかのかは分からないが、どちらも同時に存在するものではないだろうか。

人間失格の感想B 

2005年01月05日(水) 18時39分
しかし、信用できないものに囲まれながらも、信用できないものに関わりながら生活し、信用した振りをしながらも、ほかではそれのグチをこぼす。
人間の心は矛盾だらけであり、そうするとその心から起こした行動さえも矛盾であるといえるし、行動が矛盾であるというなら、人間という存在すら矛盾なのではないかと思えてくる。
人間というものに矛盾を感じながらも人間をやっている私そのものが矛盾だとも思えてくる。
この主人公は「もはや、自分は、完全に、人間でなくなりました。」というのだけれど、私には「人間である」という基準がわからない。なぜこの人が人間失格なのか。そもそもどんな風に生きていれば「人間」なのだろうか。また、この人がこの人の言う「人間でなくなった」状態になったのはどうしてなのか。何がいけなかったのか。何がこの人をこうさせたのか。何がこの人の罪なのか。それがわからないし、それがわからないと人間にはなれないようなきがする。
もしかしたらこれがわからない事自体人間失格なのだろうか?
完全に人間といえる状態が何なのかさえ分からない私が、完全な人間でない事は確かだと思う。
考え抜けば答えがわかるかもしれないが、自分で信用できない自分が導き出した答えなど到底信じることはできないだろう。

人間失格の感想C 

2005年01月05日(水) 18時24分
この本には主人公は「罪の対義語は何か」を考えているというところがある。
ある人は、「法律」とも「善」とも「神」とも「救い」とも「愛」とも「光」とも言うが、それは全て違うと言う。罪の対義語が分かれば罪の実態もわかるといい、考える。
そして「罪と罰」は対義語ではないかと言う。
しかしわからない。
私も「罪」の対義語を考えてみたがわからない。それに「罪と罰」のどの点が相対しているのかもわからない。
「罪」が何なのかが分かれば、主人公がどういう罪を犯して、なぜ人間失格とまでなってしまったのかが分かるのではないかと思う。
そして、その罪をみつけることで「人間」という存在に対する答えも見つかり、ちゃんとした「人間」というものになる方法、そして、人間という存在を信じる方法が見つかるのではないかと思った。
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