夜々の旅

April 03 [Sun], 2016, 16:08
働かない頭を首の上にのせて、終電に揺られていた。一週間がやっと終わった。
束の間の解放感を味わいながら、明日も事務所に顔は出さなきゃいけないんだよなあとぼんやり思う。

仕事に追われているうちに、気付いたら色々なものが手元から無くなっていた。
そして、時間を費やしたはずの仕事すらも、気付けば形を変えようとしていた。

なんとなく自分の手を触っていると、左手の親指と人差し指の谷間に違和感を感じた。よく見てみると、一週間くらい前に紙で切ってしまった傷痕が膨らんで瘡蓋になっている。
切ったときはズキズキと痛んで気になっていたというのに、何日かめからはすっかり忘れていた。

電車を降りて、地下鉄の地上出口に立つ。
夜の中で、なんだか自分が独りぼっちな気がして胸がキューっとする。
時間は少しずつ傷を治していくけれど、それは程度によるよ。
家に入る前に深呼吸をしよう。
それから、部屋に明かりを点けよう。

三月十日 忘れた日

March 10 [Thu], 2016, 22:20
新しい家は、まだ何の思い入れもなくて寒々しい感じがする。

新しい家の近所は、駅前でもないのに商店街が突然出現したり、学校が近くてチャイムが聞こえたりするのが気に入っている。
でも駅から歩く距離が二倍に増えたことは、部屋が広くなったことを加味しても毎朝ちょっぴり後悔するには充分だ。

ここ何年かは二年周期くらいで仕事に変化があって、その度にジタバタともがいている。
まるで溺れているみたいだ。
もし、溺れているとしたら、既に水はだいぶ飲んでしまっているなあ。
帰りの電車で硝子に映った自分を見て、ひどく滑稽だなと思う。

時間は流れたけれど、私はまだ、一人を持て余すときがある。
そのたび、何かを思い出しては、そっと頬に手をあててみる。

ベランダのこと

March 03 [Thu], 2016, 6:16
もっとたくさんあのベランダからの景色を撮っておけばよかった。
でも写真に何枚もおさめたところでどうってことはないか。
目の前に足立山が見えた。帰宅して、真夜中、早朝、あのベランダでお酒を飲んだ。ベランダで泣いた。
とても懐かしい部屋。思い出のあるあの部屋。
先日友人から、あの部屋に私が出て以来、初めての新しい住人が入ったよと知らせが来た。
あの部屋がまた更新されていくのだ。

私はあの部屋も土地も離れて、新たなベランダで暮らすことになった。
次の部屋は一階で景色は何も見えない。地面に足がつく。
何もかもあのころとは変わってしまったような気がする。

新しいベランダで私は何をしようか。

消失する点と、交錯、

December 14 [Sun], 2014, 18:56
人の一生の中で、消えてくれと思うことが何度あるだろうか。
私は少なくとも一回。
消えて欲しいのは相手ではなく、自分でも無く、自分の中にある感情にだ。

女子は時おり理屈に合わないことを平然と言う。
決定的に振っておきながら居てくれと言う。
都合の良い人間にはなりたくないけれど、失うことに比べれば良いかと受け入れてしまう。
そんなとき、もう消えてしまえば良いのにと、そう思うのだ。

二十代で失うより、三十代で失う方が傷の治りが遅いという。
この先、どんどん傷が治りにくくなるのだとしたらと考えると、心底ウンザリしてしまう。でも、確実にそうなって行くのだ。
そんなとき、きっと私は自棄っぱちになってしまう。

大人になりきれず、痛みに堪えることも出来ず、新しい何かで傷を塞ぎ続ける。誰でも良いから体温を求めては、一時寂しさを紛らわせて、その後は一人で我に返り「これが昔想像した自分か。成長の欠片も無いな」と自分に悪態を吐く。
大体にして必要なのは頓服なのだ。
時間薬が効くのを待っているなんて、そんな悠長なことは言っていられない。

暇なの?子供だね?と罵られても、感情に素直に生きたいと思う。
せいぜい、みっともなく泣きじゃくりながら生きて行くんだ。

消えてしまえばいい

December 14 [Sun], 2014, 11:13
新幹線に乗っている。
我ながら馬鹿馬鹿しく青臭い理由で。
夕方からの重要な会議を二本と接待を一本放り投げてきた。社会人としてあるまじき行為。
責任感とか役職に対する意識とか、そんな言葉が頭を過るけれど、もう後戻りは出来ないのだ。査問委員会行きは免れないだろうな。

これから人の心を奪いに行くのだ。
無理やり、力業で。
私は本当に本当にダメだなあと思うけれど、いつもいつも持っているときは大事さが分からず、その手からこぼれてから気付く。今もまた、同じことを繰り返しているのだ。
助けて欲しいときは、ただひとこと、傍に居て、と言えば良いだけなのに、そのひとことが出てこない。

着いたらすぐに乗り換えへ走らなければならない。少しでも早く行かなければ。
新幹線が着くまで二時間を切った。少し眠ろう。
今夜は長い夜になるだろうか。
目を閉じると、きみの匂いがする気がした。
悲しくて目を開くと車窓は雨で滲んでいる。
もう一度目を閉じると、今度はきみでいっぱいだった。
負けると分かっているのに。

金魚すくいは禁止

September 27 [Sat], 2014, 16:51


夜の放生会は18年振りにもなっていた。その日は何故か無性に我慢が効かなくなっていて、それは駐車場探しで神社周辺のパーキングを1時間以上探した苛つきなのか、我儘な状態だったからなのか。
金魚すくいをしたのだった。放生会の金魚は、生き物のお祭りが関係するのか、通常の金魚より大きくて健康的そうに見えて、すくえる自信はまるでなかったのに、4匹程すくい上げて、博多から夜な夜な持ち帰って来た。
既に水槽にいる白ナマズのぶくぶくを金魚用に拝借した。カルキ抜きがなかったので、お湯を沸かして水になるまで待ち、バケツに金魚の袋を浮かべて水温をなじませ、深夜2時半頃に金魚達は無事我が家に移動することが出来た。
翌朝、水槽から飛び出して干からびかけている白ナマズのにょろが床に横たわっていた。慌てて水槽に戻したが、少しだけぴくぴくと動いた後、そのまま死んだ。
水槽の金魚は数日は生き延びたけれど、二匹がすぐに死んで、今まだバケツに2匹が元気そうに泳いでいる。
ぶくぶくを外したから、きっとにょろは酸欠になったのだろう。
こうやって生き物に関しては後悔ばかりしているなぁと思う。
にょろにまた会いたくても魚一匹との別れで何日も私を思い出しては辛くなってしまう。もう金魚すくいはしないほうがいいな。



牡丹

September 02 [Tue], 2014, 21:06
八月の終わりの涼しい夜に線香花火をした。
時間は夜の十一時半過ぎ。日曜日の深夜の公園は人影が無く、住宅街も静まり返っている。
学生の頃は当たり前の様に休みがあって、特に何をするでもなく気ままに過ごしていたけれど、社会人も八年経った今にして思えば贅沢な話だったなあと思う。

ケースから取り出した線香花火の一本に火を点けると、勢い良く、しかし静かに燃え上がった。あたりに火薬の匂いが漂う。少ししてオレンジ色に熱を帯びた火薬部分が玉状に纏まり火花を散らし始めた。
私は玉を落とさないように注意を払いながら、去年の誕生日を思い出していた。

その線香花火は、三十歳の誕生日にメインのプレゼントとは別におまけとして貰ったものだった。
日本の職人が作ったというそれは、シンプルなケースに十本くらいの花火が大事そうに入っている。
袋の中でメインのプレゼントの横に申し訳無さそうに入っている姿が、なんだか弄らしく見えた。
十月が誕生日の私は、貰った時は月の終わりにしようかと思っていたのだけれど、仕事や毎日に追われ、したい気分の日は時間が無く、逆に時間がある日は気分では無かったりで結局一年近く経ってしまった。

何本目かの線香花火に火を点けながら、そう言えば、これをくれたあの子は元気だろうかと顔が浮かんだ。
最後に会ったときはショートカットだったな。ふふっと、軟らかく笑うあの子。
不意に声が聞きたくなって、電話してみようかと思ったけれど、公園の時計が零時少し手前まで動いていることに気付いて掛けるのをやめた。

残り数本に減った花火に火を点ける。
瞬間燃え上がると、そのまま火薬の玉は落ちて消えた。
あと数分で私の夏も終わる。

かつてあったもの

August 04 [Mon], 2014, 9:51
何も浮かばない夜、真夜中に灯りを消して、気を張ることも、やるべきことも考えるのをやめて、心が自由になった時、あの人がやってくる。
あの人は最後にみた時と同じ姿で、笑もせず真顔で、何も語らずただやってきては私を見つめている。明るいものにはやはり確実に影があり闇がなくてはならないように、あの人はその闇からひょっこりやってきては、私がまだ灯りの下にいるかを確認しているみたいなのだ。
目の前にある黒に手をかざして、その黒さに触れようとしてみると、あるはずのない感触と明るければ感じることはないこと、例えば、問いかけ、喉に詰まって苦しいほどの言葉たちが嗚咽のようにやってくる。(もはや誰から発された言葉なのかはわからない多くの言葉または単語のようなもの)あの人やかつての希望や、いつかやり残したものごとなんかが飛び出してくる。
このままこれを受け容れてしまえば、また明暗あるあの世界に巻いもどってしまうのはまっぴらごめんなので、眠りに向けて目を閉じると、いつの間にか朝がくる。
目を閉じてから眠りまでの間が少ないのは、まだ灯りの下にいる証拠なのだが、灯りの下にいるのも、またつらい。

today's special

June 07 [Sat], 2014, 14:59
さよならを言おうと思って、新宿まで行く電車を待つ。
この日を、どれだけ待ったか分からない。

昔から待つのはすこぶる苦手だった。
なんというか、待っているうちに、それが必要なくなったり、目的を失ったりしていた。
最初のうちは、手に入れるためにする行動に対して効果を見出だすのだけれど、続けるうちに、その行動自体が目標達成の足枷になっているのではないかと感じてしまう。

今日、きみに会ったら、まず、コーヒーでも飲みながら近況を手短に話そう。
いつも通り、きみは柔らかく笑うんだろうな。そして、聞けば自分の近況を話してくれるんだろう。
私は、それを見ながら、「ああ、好きだなあ」とか「かなしいなあ」とか、きっと思うんだろうな。

またこうやって、数少ない好きな人を失って行く。
増えたり減ったり繰り返しなのは分かるけれど、大幅に増えることは無いのだから、徐々に減っていく一方なわけで。
それもまた、仕方の無いことでは、あるのだけれど。

電車の到着を告げるアナウンスが響き始めた。
私は、まだ少し迷っている自分を
確かめるように、深呼吸をした。

February 10 [Mon], 2014, 1:22
いつも耳の下あとりで切りそろえていた髪の毛が、いつの間にか伸びて、胸の下まで髪の毛が伸びてしまった。
部屋よく見ると髪の毛が落ちている、その存在感が、長さが違うだけでこんなにも大きくなることを、ロングになるまで知りもしなかったから、今の私は部屋ではコロコロをいつもころがし、髪の毛処理に余念がない生活だ。
この街での暮らしも四年半、今年で五年目になる。あっという間だったといいたいけれど、まったく長い日々だったんじゃないだろうか。いろんなことがありました、いや何にもなかったんじゃないだろうか。

昨日とあるお酒なしの会合で、「夢を追う」という言葉を頻繁に聞くことがあった。いい大人が夢を追うって、なんて行為なんだろう、と影で思ったけれど、言葉を放ってしまって、その言葉を聞いたとき、「私は夢を追ってあきらめ切れなくて」なんて耳に入れてしまうと、「なんて潔くてかっこいいのだろう」と関心してしまった。
東京で仕事がしたかった。今でも未練がないことはない。働いてみたいと素直に思う。
けれど、運命のようなものはそうは動いてくれなかったのだ。
いや、いつかもっと長い時間の流れの中で、いつかそういうときがあるのかもしれない。

この街で私はもう少し暮らしていくことにした。
本当に時間がかかったけれど、未来をそそげる器がようやく完成しそうなのである。
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