最愛 

2015年05月10日(日) 22時47分
リンが死んだ。

あまりにも突然過ぎて現実感がないが、これは紛れも無い事実だ。
僕の目の前にいる最愛の存在は、体温を失い、二度と動く事はない。

かなり前から覚悟はしていたので、今は悲しみよりも遂にこの時が来てしまったかという脱力感のようなものが大きい。

幸いなのは、あまり長く苦しまなかった事。
僕にそう見えただけで、リン自身はずっと苦痛に耐えていたのかもしれないが、彼女は昨日まで普通に過ごせていた。
夜に一切食物を口にしなかったのは気掛かりだったが、水は飲んでいたしそんなに心配はしていなかった。
健康とは言えないが、死の前兆のようなものは全くなかったのだ。

ただ、深夜に何故か高い場所にあるベッドに行きたがり、キャットタワーの途中まで昇ってずっと上を見つめるという奇妙な行動はあった。
全身の筋肉が落ちて自力では降りられないので、万一落下でもされては大変なので気が進まなかったが、僕はリンの瞳に切実な物を感じて望みを叶えてあげた。
以前、昼間に日光を浴びさせようと乗せた時は、落ち着かずうろうろとしてすぐに降りたそうにしたが、今回はベッドの中に潜って丸くなり、眠たそうに目はパチパチとし始めた。
暫く放置しようかとも思ったが、やはり心配なのでずっと見守る事にする。
何分か経過し、僕に見られていて落ち着かないのか、のそのそと動き出しベッドから出て来る。
僕は、もう気が済んだろうと言って身体を持ち上げ、低い寝場所に戻す。
今思えば、何らかの身体の異変を感じ、独りで静かに回復を待てる場所に居たかったのかもしれない。
単なる気まぐれの可能性もあるが…。


容態が急変したのは朝だった。
僕が起きてすぐにリンを見ると、横になったまま尿を漏らしていた。
呼吸は普通だったが、明らかに様子がおかしい。
慌ててストックしてあったオムツをしてやり、体力が回復するように流動食を口に入れてやる。
その間、嫌がるようなそぶりはまるでない。

かなりまずい状態だと確信した。
ホニャの最後にそっくりだ。
瞳には薄い膜が張った感じで、ビー玉のような輝きが失われている。
それでも諦める訳にはいかない。
僕はリンの並外れた生命力を信じ、大丈夫だよと声を掛け身体を撫で続けた。
暫くするとゲボッと喉を鳴らし、流動食を全部吐いた。
体力をつけさせようとした事が、逆に苦しい思いをさせてしまったかと後悔する。
吐いたものの後始末をしていると、リンは舌を出したまま口をぎゅっとし、痙攣を始めた。
これも見覚えがある気がする。
頭の中の悪い連想を消し、口の中に舌を押し戻してやる。
一瞬、全身から力が抜けたような感じがし、驚いて心臓に手をやり鼓動を確認する。
無い。
そんな馬鹿な!と混乱し、頭を撫でてやると僅かに目をピクピクとし、咳を一つ。
それが最後だった。
午前11時10分、リンは死んだ。


おかしな事を言う奴だと思われるかもしれないが、僕にはリンが先週末で既に死んでいたような気がしている。
その時点で、とても連休を無事に越えられるような余力があるようには見えなかったからだ。
少ないながらも食事をし、排泄にも問題がなく、フラフラながら自由に動き回る姿にすっかり安心しきっていたが、そもそもそれこそが異常な状態だったのである。
心優しく強いリンは、精神力だけで僕に一週間の時間をプレゼントしてくれたのではないか?
オカルトじみているが、僕にはそうとしか考えられない。
なんて凄い猫なんだろう、リンは。
寂しいけれど、長い間そばにいてくれた事を感謝しないと罰が当たりそうだ。

現実世界という束縛から逃れ、リンは大好きなホニャと会えただろうか。
魂とか死後の世界なんてものは存在しないかもしれないが、もしも最後の瞬間に誰かに会いたいと強く思えば、その願いは叶う筈だ。
それは夢や幻の類で、ほんの一瞬だけ垣間見える虚像だとしても、死を前にした者は一秒を永遠に出来る。
リンはきっとホニャと一緒に、もしかしたらブーちゃんやモナ、お母さん猫やもう一匹の兄弟と共に、暖かく何の不安も無い世界にいるだろう。

その時が来たら、僕もそこに行けるだろうか。
行けると信じたいし、みんなに受け入れても貰いたいけれど、全ては僕次第なのかもしれない。


独りぼっちになった部屋は異常なまでに静かで、昨日迄は聞こえなかった機械音だけが響いている。
電気を消せば、自分の呼吸や心臓の音すら聞こえそうだ。
あまりにも久しぶり過ぎて、猫が誰もいない時間の過ごし方を忘れてしまった気がする。
慣れるしかないんだよね、つらいけど。

リン、いつかまた会おう。
その時までさようなら。
本当にありがとう。


視線を受け止める覚悟 

2015年04月24日(金) 16時24分
あれからずっと、リンの体調が悪い。

食欲が日毎に失せていき、まず缶詰を食べなくなり、ついにはカリカリやニボシすら口にしなくなった。
年齢のせいか元々食べる量が少なく、ただでさえ痩せ気味だった身体は触れるとゴツゴツとした骨の感触ばかりとなり、かつてのプルプルとお腹を揺らしていた頃の面影はまるでない。
さすがに何も食べないのはマズいと、あまり好きではないスープやペースト状のフードを与えてみたが、食いつきは悪い。
それでも元気だけはあり高い場所への昇り降りを普通にしていたので、しばらくは様子を見てみるかと悠長に構えていたが、今月に入った辺りからそれも出来なくなり、一日のほとんどを同じ場所で過ごすようになってしまった。

リンは鳴き叫ぶ事すらも忘れたかのように、何か言いたげな視線を僕に向けてくる。
僕には何も出来ないのか?
考えまいとしても、亡くなった兄弟達の姿が重なってしまう。

正直、この時点であと一週間は生きられないだろうな、という印象が強かった。
これまでの経験がそれを裏付けており、この予感が外れる事はないだろうという妙な確信があった。
遂に僕は独りぼっちになるのだという絶望感が強かったが、最後まで全員を看取るという責任を果たせた安心感のようなものもあった事を告白しておく。

誤解を招くと申し訳ないので結論を先に言うが、それから二週間以上を経た現在でもリンは生きている。

当然ながら劇的に状態が良化する筈もなく、ほぼ動かないのは同様なのだが、何とか最悪の手前で踏み止まっている。
動かないと言ったが、トイレや水飲みには自力で行けるし、寝場所も微妙に移動する。

一体、何がよかったのか?
はっきり言ってリン自身の生命力としか言いようがないと思うが、念のため参考までに僕のした事を記しておこう。

何も食べないリンの口に、僕は無理矢理に食べ物を入れた。
などと書くと虐待ぽく聞こえるが、ペースト状のフードを指で少量ずつ舌や口の上部分に塗り付けただけで、噛まれ引っ掻かれされた僕の方が寧ろ被害者だ(笑)
さすがにこれは無理があるので、次にスプーンを使ってみたが、その都度噛んで金属音をさせるのが気になってやめた。

仕方ないので、その次はスープとペーストフードを混ぜ、更に水を足してミキサーにかけ、ほとんど液体状になった物をスポイトで少量ずつ与えた。
一度に大量に与えられず、根気よく何度も時間を掛けてやらねばならないので参ったが、無理矢理とはいえ栄養分を身体に取り込んでいくリンの姿を見ていると苦にはならなかった。
これに効果があったのか、リンの食欲は少しずつ回復し、次第に半固形のフードも食べてくれるようになった。
ただし、すっかり食べさせて貰うのが癖になったのか、皿を口の下まで持っていきずっと支えていてやらないといけないのだが…。

現在は液体と半固形(普通の缶詰に水分を足してミキサーに掛けペーストに近い状態にした物)を体調に合わせて与えているが、幸い完全な拒絶反応や嘔吐などの症状は出ていない。
痩せた身体を少しでも戻すのはなかなか難しいが、生命維持に支障はなさそうである。

もし一ヶ月後も現状のままでいられるかと聞かれたら、よく分からないが難しいだろうと答えざるをえないが、今月初旬にもう駄目だと覚悟した時から考えれば、そんな先の仮定が出来るだけでも僕は嬉しい。

生命は必ず失われる。
それを僕は上辺だけの理屈でなく理解し、受け止める覚悟があると自負している。
僕は強くも冷静でもないから、その時が来たらとんでもなく取り乱すだろうけれど、猫達と生きた月日を否定はしないと思う。

そう遠くない未来に訪れるその日を迎える迄に、考えなければならない事、しなければならない事はたくさんある。

とりあえず、今日の晩には何を食べさせるか考えねば…。

とりあえず一安心 

2015年02月27日(金) 14時08分
朝一で病院に行ってきた。
昨日の雨から一転して晴れ上がり、肌に触れる風はまだ冬のそれだが、陽射しは暖かく軽く汗ばむ程。
絶好のサイクリング日和。
リンは不安からか、ケースの中で唸るようにずっと鳴いていたが、逆にそれ位でないと不安になる。

昨日からネガティブ思考絶賛継続中の僕は、無実なのに死刑判決を受けにいく容疑者のような気分だったが、リンの立場からしてみれば僕のこの行為こそが断罪に値すると主張したいかもしれない。
「全ては君の為だ我慢しろ」の理屈が、快適至上主義の猫に通じる訳もないのだから。

約半年ぶりの動物病院。
室内は暖房が効き過ぎでモワっとしたが、人間ではなく動物基準なのだと考え納得する。
先生は当然ながら、受付にいた女性も見知った顔だった。
あの時からあまり時が流れていないかのような錯覚をするが、老猫にとって時間はあまりにも重い。

最悪の返答を予想しつつ、症状の説明をする。
僕の話をフムフムという感じで聞きながら、リンの口を覗き込む先生。

「これ、痛くはないと思いますよ」
意外な言葉が返って来た。
口にある異物は昨日今日出来たという物ではない。
恐らく良性の腫瘍だろう。
(タコやオデキみたいなもの?)
歯周病は年齢なりに進行しているが、食事を妨げるような激痛を伴うレベルではない。
というのが、大体の診断であった。

とすると、食べない原因は何?


…実は、一つだけ心当たりがあった。
この数日、鼻水と時々くしゃみがあり、目に涙を少し浮かべているというような事があったのだ。
寒さのせいで風邪の初期症状が出ているのかとあまり気にしていなかったが、実際は結構しんどかったのかもしれない。
体調が悪いと食事の嗜好が変わる事はよくあり、ドライだけを食べていたのもできもの原因説より納得がいく。

あらゆる可能性を考えて検査した訳ではないので、もしかしたらまるで見当違いというのも考えられるが、まずは確率の高そうな病気に対する処置をするのが賢明というもの。
リンには栄養剤の投与と、抗生物質の注射をして貰った。
平熱だったのが逆に気になったが、それこそ初期状態だったのだと楽観的にいく事にする。

治療の効果が劇的に現れいきなり元気になる訳などなく、しばらくは様子見と色々な配慮が必要だろうけれど、最悪の展開だけは避けられたようでとりあえず一安心。


午後になり急に風が強くなってきたので、早い時間に出掛けたのは大正解だった。
僕に運があるとは到底思わないが、どん底という訳でもないのかもしれない。

そう信じたい。

ふたりぼっちの時間 

2015年02月27日(金) 9時07分
モナを送った日の事について詳細を書いたつもりでいたが、履歴を読み返してみると死んだ日の事しか書いてなかったと気付いた。

前日に申し込みに行った時、社員の方が僕を覚えてくれていた事、初めて休日に火葬して貰ったら、会った事の無い方が二人(若い男性とそれなりの年齢の女性)担当してくれ、ホニャの時のように何分も遺体の前に無言でいるという醜態を晒すどころか、ちょっと待ってくれと言いたくなるくらいテキパキと事を進められ、最後に何か言葉を掛けようとして「元気でな」と見当外れな事を言ってしまった、という出来事があったくらいで、あの日を思い出して一回分のブログネタにするのは無理そうだと思ったが、既にここまででそれなりの文量になってしまったのには我ながら呆れる。


さて、その後である。
リンの様子はあまり変わらない。
と言っても、ホニャの死後は常に寂しそうであり、いきなり癇癪を起こしたように鳴き叫んで走り回ったり、といった僕を悩ませる行動は続いており、そういう意味での「変わらない」である。
モナがいなくなった事による表面上の変化は無いが、やはり同じ「猫」の同居者が誰もいないのはリンの心に何らかの形でストレスを与えていると思う。
どんなに大きな愛情を注いでいようとも僕は人間であり、リンは猫である。
この壁は想像以上に高い。

リンには「死」が理解出来ているのか?
分からないのなら、いきなり消えた兄弟達をどう思っているのか?
ひょっとしたら、僕が悪意によって全てを行っていると考えているのではないか?

答えは出ない。
当たり前である。
人間は他者の心を(重要度は別として)まず言葉で理解しようとする生き物なのだから。
次に表情や行動から相手の真意を推測しようとするが、それがそのまま猫に通用するわけがない。
恐らく、猫にとっても人間は不可解な存在の筈だ。
長く一緒にいれば「通じ合えた」と思う瞬間もあるだろうが、それは誤解や偶然の産物であるかもしれず、本当の意味で分かり合えたとは言い難い。
言葉は悪いが、人間と動物が共に生きるにはお互いが妥協するしかない。
少し虚しい考え方かもしれないが、両者の間に生まれる「情」が本物であれば、大した問題ではないと僕は思うが…。

相変わらず長々と理屈っぽい事ばかり書いてきたが、要するに僕は去年からずっとリンが何を欲しているか分からず、ずっと苦悩してきたと泣き言を言いたかっただけなのだ。

情けない…。

いつでも彼女の食べたがる物のみを与え、更に飽きないようにと数種のフードを常備し、眠りたがる場所に眠りたいだけ眠らせ、決して無理に抱き上げようとしたりはせず、座布団のような扱いで僕の身体に乗られても脚が痺れる等の害がなければ好きなようにさせ、とにかくまるでお姫様のような扱いで接してきた。
それなのにリンは不満気な態度を取る事が多く、(被害妄想かもしれないが)責めるような声音で鳴き、「なんで分かってくれないの」とでも言いたげにこちらを見る。
僕と一緒にいるのが嫌で一人でいたいのかと思い部屋を出ようとすると、今度は「何処に行くの!」とばかりに鳴く。
本当に訳が分からない。
何が正解で、どうすれば彼女を幸せな気持ちにしてあげられるのか。

高齢な事もあり、身体の何処かに異常があって苦しみを訴えているのかもしれないとも考えたが、細いながらも食欲があり、高い場所を普通に上り下りする体力がある状態では病気の特定は難しい。
不具合がないのに治せと言っても、獣医さんを困らせるだけだろう。
猫の寿命から判断して残された時間のカウントダウンが始まっているのは確実で、飼い主としては全てを受け入れて付き合っていくしかないと最近では半ば諦めの境地に到っていた。

…のだが、この数日で異変が起きた。
缶詰の餌を全く食べなくなってしまったのだ。
好き嫌いが激しく、唯一食べ続けてくれたのが「黒缶」なのだが、それすら一口も口にしてくれない。
鰹節をふりかけてもダメ。
ドライフードは少し食べるが、健康を維持するには明らかに必要量が足りない。

リンはあまり身体に触れられるのを喜ばないタイプだが、モナの例があるので僕は恐る恐る彼女の全身に触れて異物が無いか確認してみた。
頭くらいなら撫でても抵抗は少ないが、やはりあちこちに手を回すとかなり嫌がる。
我慢してくれ君の為だ、と素人判断ながら触診を続け、異常は無いが若かりし頃と比べ半減に近い程に痩せ細ってしまった身体に切なさを感じていると、鳴いている口元に違和感を覚えた。
妙な物がある。
虫歯にでもなって歯茎が腫れているのかと思い、口をめくって歯を見ようとすると、下牙のすぐ横にオデキのような丸いできものを発見。
モナの時の腫瘍とは違う種類の物だと思うが、これが痛かったのか?
試しにその周りを触ってみると、僕を非難するようにニャーと鳴く。
多分、間違いない。
口が痛いのに缶詰ではなく固いドライだけを食べたのは意味不明だが、原因はこれだろう。
短期間で死に繋がるようなできものには見えないが、放置して治癒する種のそれとも思えない。
しんどい思いをさせて可哀相だが、近い内に病院へ連れていかねばならないか…。

流れるのは涙ではなく汗 

2014年07月19日(土) 0時27分
つぶやきにも書いたが、モナは今日の午後四時少し前に死んだ。

この二日程は横になったまま立ち上がる事すら出来ず、食べる事は勿論水を飲む事すら不可能だった。
脱水症状を恐れてスポイトで少量の水を口に含ませてやっていたが、シモの方は尿をその場で垂れ流すという状態。
数時間置きに激しい全身痙攣を起こし、エビ反って両足をもどかしそうに揉むような仕種をしながら嵐が過ぎ去るのを待つ、というのを繰り返していた。
僕はその度に身体をさすってやり、色々と言葉を掛けてやっていたのだが、それがどれ程の慰めになっていたのかは分からない。

正直、見ていられなかった。
弱い猫ならば、最初の数回の発作で死んでいたと思う。
ホニャがそうだった。
年齢の違いもあるとは思うが、モナは強い猫だったのだろう。
体力が限界を迎えようと、必死(皮肉な言葉だ)で闘った。
どんなに辛くとも諦めて「死」へと流されたりせず、挑み続けた。
その理由はなんだったのだろう。
「生」への執着か、単なる意地か。

僕はそんなモナの姿を見続けて、「もう頑張らなくていいよ」とはとても言えなかった。
早く苦しみから解放させてやりたいと思いつつ、どうせならとことんまで抵抗を続けてくれと願った。
相反する二つの感情を抱えてモナと対峙する僕は、きっと彼女から見て何とも中途半端で頼りない存在に見えた事だろう。

最後の発作の時、痙攣の動きが止まったと同時に胸の上下(つまり呼吸)が止まった事に気付いた。
いや、これは一時的なものであり、すぐにまた復活するだろう、と思い見守っていると、モナは喉にからんだものを吐き出すかのような咳を一つした。
ほら見ろ、やっぱり生きてるじゃないか。
まだ終わりじゃないぞ。
と安堵したところに、咳をもう一つ。
続けてもう一つ。

それで終わりだった。

全身を撫でても、どんなに声を掛けても、何をしても鼓動は戻らない。
身体中から力は抜け、目には光が無い。
モナは死んだ。

この瞬間、僕の心は凪のように静かだった。
当然、悲しみはある。
でも何故だろう、それよりも大きな感情が僕を支配して心を泡立たせたりしない。
一つの命が失われた嘆きより、苦しみの時が終わった事に喜びに近い感情を抱いていたのだ。

もうモナは苦しまない。
それを見て感じる僕の苦痛も消える。
やがて喪失の痛みは必ず訪れるだろうが、目前の痛みが消えた事でとりあえずの安堵を感じたのかもしれない。
冷たいと思われても仕方ないが、それがこの時の僕の素直な心情だった。


動かなくなったモナに対し、僕はまず全身の姿勢を整えてやった。
硬直が始まってしまっては修正が出来ない。
気持ちよく眠っているようなポーズに。
次に瞼を閉じてやる。
心情的にこれを先にやりたくなるところだが、身体を動かしたりしていると開いてしまう事が多いのだ。
そして全身の洗浄。
尿が付着した部分があるので、念入りにぬるま湯で濡らしたタオルで拭いてやる。
その作業中、口の辺りを拭いていて衝撃的な事実に気付いた。
嫌がって触らせてくれないので分からなかったが、腫瘍の膨らみは口の中まで圧迫していたのだ。
血の混じったヨダレは、その膨らみを歯の尖った部分が刺した為に起きた現象だったのだろう。
これでは何も食べられない筈だ。
さぞ痛かっただろうに。
可哀相な事をした。

今日は気温が比較的低くて真夏日にすら至らなかったと思うが、作業中の僕は汗だくだった。
けれど、やらなければならない事があり、それに没頭する状況というのはいい。
何も考えなくて済む。

ペットの火葬業者は営業が四時迄なので、今日はもう申し込みが出来ない。
夏場なので気になるが、いきなり腐敗したりはしないだろう。
パンフレットに休業日は書いていないが、合同の納骨堂や供養塔も併設しているので、土日が休みという事はない筈だ。
この件は明日やるしかない。

そうなると、あとやるべきは一つ。
動物病院への報告だ。
今回はあまり世話になってない気がするが、このまま行かなくなって知らんぷりという訳にもいくまい。
今後、リンに何かあるかもしれないし。

雨予報が気になったが、Yahoo!の雨雲予測で暫くは大丈夫と判断し、自転車に乗った。
ひんやりとするような風を感じつつ、無事到着。
他に患者さんがいたら遠慮しようと思っていたが、外に車は一台もなく、中をチラ見しても誰もいないので入って行く。

先生の話によると、発症から一ヶ月程で死ぬというのはちょっと早いらしい。
色々と不運な条件が重なった為だろう。
安楽死の話もしたが、ストレスを与えて病院に連れて来て死なせるより、多少苦しくとも慣れた場所で最後を迎えさせてあげた方がよかったのではないか、という流れになった。
はっきり言葉にはしなかったが、先生も安楽死はあまりやりたくないように思っている感じがした。
命を救う為に医者になったのだから当然か。

ブーちゃんが死んだのも十三歳だったので、その点も聞いてみた。
最近は犬猫が十歳を越えるのも普通になってきたが、やはり最初のヤマがその頃にあるそうだ。
それを何事もなく越えても、次のヤマがその三年後くらい。
それも越えられたとしても、二十歳迄生きるのはかなり稀だとの事。
リンがそうなれるようもっと色々聞こうと思ったが、そこにキャリーバッグを抱えたご夫婦が入って来たので、挨拶をして退散した。


今はまだ、やるべき事がたくさんある。
リンもいる。
感傷に浸るのは、もう少し先にしよう。

雨の日の逃亡と、やがて訪れるその日 

2014年07月13日(日) 23時05分
七月最大級らしいと噂された台風が、すっかり肩透かしに終わったこの週末から遡ること約二週間。
先々週の土曜の夜に、奇妙な事が起きた。

その日、降ったり止んだりを繰り返していた雨は、時折雷鳴を響かせて強く降るかと思えば晴れ間を見せるなど一日中不安定な状態で、例年より少々涼しい件を除けば欝陶しい事この上ない。
病院から連れて帰った後のモナは、キャットタワーの一つにある穴の部分に入っている事が多く、僕の目の前にはほとんど姿を見せてくれず、食欲もすっかり失せ跳び回るような元気は完全になくした。
腫れがひどくなった口元からは、常によだれが垂れそうになっているが、拭いてやろうとすると抵抗して逃げてしまう。
すっかり僕という人間は、モナにとって嫌な事しかしない存在になってしまったようだ。

なんだか寂しい気分のまま一日を終え、日付が替わろうかという頃、外から何かが動くような音がした。
その時は雨と共に風が強く吹いていたので、プラスチックのカゴかバケツでも飛ばされたのだろうとあまり気にはしなかった。
わざわざずぶ濡れになる危険を冒してまで、確認する必要はないと判断したのは当然だろう。

だがその数分後、何気なくモナの姿を見ようとした僕はやっと異変に気付く。
キャットタワーどころか、部屋中のありとあらゆる物陰等を捜しても何処にもいない。
そんな事が起こる筈はなかった。
荒天時にドアや窓を開け放すような馬鹿な事はしていないし、外に出られるような隙間も皆無なのだから。

けれど事実として、モナはいない。
今は原因より、結果を重視しなくては。
まさかと思いつつも外に出て、近くの様子を窺ってみる。

ニャア…

何処からか声がした。
僕は一度部屋に戻って懐中電灯を手にし、軒下を探ってみる。
いた。
理由も原因も分からないが、モナは部屋から脱出しこんなところに逃げ込んでいたのだ。

そんな所にいないでこっちにおいで、と呼んでみる。
来ない。
手を伸ばすと、触れられない距離まで後退りする。
以前、うちの他の猫達も何度か逃亡した事があった。
慣れない場所にいてパニックを起こしてしまうのか、やはり最初は素直にこちらの言葉には従わない。
けれど根気よく呼び続けていれば、危険な外より慣れ親しんだ部屋と人間の傍の方が安全と思い出すのか、自分から近付いてくるケースが多かった。
今回も同じように根比べだろう。
覚悟を決め、モナと向き合う。
雨は止む気配がなく、別の場所へ逃げる可能性は低い。
健康状態も悪いのだから、好奇心が先走ってどんどん遠くへ行くというのも考えにくい。
モナを不安がらせないよう、落ち着かせるよう、僕は細心の注意を払いながら呼び掛け続けた。

しかし…。
呆れられるかもしれないが、段々と僕の心は折れていき、遂には音を立ててガラガラと崩れ落ちてしまった。

何故なんだ。
僕はモナを愛し、彼女の為になる事だけを考えている。
確かにちょっと冷たくした時もあったが、虐待のように傷付ける事だけはしていない。
毎日食べ物を与え、望めば並んで共に眠りを楽しんだりもした。
それなのに、僕をそんな危害を加える者のように扱うのか。
悲しすぎる。
今日迄の日々は一体何だったんだ。

情けない話だが、いつまで経っても自分の思い通りに動かないモナに八つ当たりしてしまったのだろう。
雨と暗闇で行動が制限される事もあり、力尽きた僕は明るくなってからまた挑む事にしてモナを放置し、仮眠のつもりで床に就く。

翌朝。
あまりの暑さに目覚める。
ちょっとだけのつもりが、結局は六時間以上眠ってしまった。
外は昨日の雨が嘘のような晴れ。
慌てて外に出て、モナがいた場所を覗いてみる。

いない…。
家の周りをぐるりと一周し、いそうな場所を全て捜したが何処にもいない。
まさか、敷地外に出てしまったのか。
最悪の事態を想像しつつ、近所を回ってみる。
ニャアの一声もしない。
もっと遠くへ行ってしまったのか?
いや、いくらなんでもやはりそれだけは有り得ない。
絶対に近くにいる筈なのだ。

実際はかなり動揺していたが、無理矢理に自分を落ち着かせて部屋に戻る。
もし何処かへ行っているにしても、必ずここに戻って来る。
人間を好きとか嫌いとかは関係なく、それが習性だからだ。

僕はひたすらに待ち続けた。
途中、何度か部屋に戻りつつ、午後になった頃だろうか。

ニャア

鳴き声がした。
最近は野良猫だか飼い猫だかが何匹かうろうろしているが、自分の飼っている猫の声は分かる。
聞こえるのは軒下からだ。
僕は狭い隙間に頭を突っ込むようにして、モナの姿を捜した。

ニャア

確かに声はする。
しかし、姿が見えない。
もしかしてモナは既にこの世にはおらず、霊のような存在になって声だけ聞かせているのか?
そんなバカな事はありゃしないのに、この時は本気でそう考えた。
視界を遮るような障害物はなく、柱の陰にいたとしても身体の一部が必ず見えるような状況だから、答えを求めて非科学的な領域に辿り着いたとしても不思議はないかもしれない。
僕はそれくらい、混乱していた。

暫くして、オカルトに頼らずとも答は見つかった。
モナは家の土台の部分に入り込んでしまっていたのだ。
空気穴があるとはいえ、柵のような金具が嵌め込んである筈なのに何故?
考えても仕方ない。
何処かに穴が開いているのだろう。
昼間でも薄暗く中は見えないので、懐中電灯でその金具の部分を照らしてみると、光に惹かれたのかモナがやって来た。
まるで牢に入った囚人だ。
僕はモナを傷付けないよう、慎重に金具を竹の僕で押してみる。
それは枯木のように簡単に折れた。
これでは他の場所にある空気孔がガタガタで出入り出来たのだとしても、何の不思議もない。
モナがケガせず通れるよう十分な大きさの穴を開け、早く出ておいでと声を掛けてみる。
穴が開いたのは分かっていると思うのだが、なかなか出て来ようとしない。
僕に痛い事をされると警戒しているのか?
ならばと少し距離を取り、誰も近くにはいないような雰囲気を作って待ってみたが、状況は変わらない。
これでは埒があかないと、僕は思いきって頭がようやく入る程度の隙間しかない軒下に全身を押し込んでみた。
一度入ったら出られなくなるような恐怖感があったが、その時はその時だ。
何もせず待っているだけより余程いい。
閉鎖空間の息苦しさを感じながら、僕はもぞもぞと毛虫のように全身を動かし、なんとか空気孔のある場所まで潜り込む事に成功した。
穴から中を覗いてみるが、近くにモナはいない。
何か変な物を見てしまうのではないかと躊躇したが、覚悟を決めて懐中電灯で中を照らし、様子を伺ってみる。
そこは思っていたより綺麗で草一つ生えておらず、動物の死体は勿論蛇や虫の痕跡すらなかった。

ピカッ

懐中電灯の光に何かが反射した。
円状のものが二つ。
どう考えてもモナの目だ。
かなり奥にいて動かない。

”猫は死期を悟ると、死に場所を求めて飼い主の前から姿を消す”

そんな言い伝えが頭を過ぎったが、それは迷信だ。
象の墓場じゃあるまいし。
身体が弱った猫は、外部からの影響が少ない場所でじっと体力の回復を待つだけだ。
結果、そのまま死んでしまう事が多いから、そう言われるようになったというのが真実だろう。
モナが独りで死のうとしている訳がない。
そんなあっさり諦めるような弱い猫であってたまるか。

まあ、それはそれとして、完全に手詰まり状態になってしまった。
あんな場所にいられてはどうしようもない。
こうなると自分の意思で出てくるのを待つしかないか。

僕は待った。
夕方、突然の雷鳴と共に豪雨となり、日が暮れて暗くなり始めても雨足は衰えず、ずっと傘を差したままで待ち続けた。
そうして七時を過ぎた頃だったろうか、唐突にニャアという声がした。
やっと穴から出て来てくれたのだ。
僕はそのまま焦らずに待った。
追い掛けてはダメだ。
向こうからこちらへ来るように仕向けなくては。
やがて、周囲の様子を窺うように、抜き足差し足みたいな足取りでモナが姿を見せた。
僕はその瞬間を逃さず、軒下とは反対の方向へ向かうような体勢と動作で追い込んだ。
思惑通りに走り出たモナを、僕は物置の下に入り込む寸前で捕獲した。
かなり暴れられて腕を何箇所も引っ掻かれたが、そんな事はどうでもいい。
部屋に戻ったモナは、逃げ回っていたのが嘘のように、悠然と濡れた身体の毛繕いを始めた。


モナが何を考えて逃亡したのかは分からない。
もしかしたら本当に独りになりたかったのかもしれないが、それだけは認められない。
何があろうと最後の瞬間まで一緒にいてもらう。
本音を言えば、苦しむところは見たくない。
僕の見えない所で死を迎えるというのは、僕にとっても楽な事だろう。
けれど僕は、そういう楽だけはしたくない。
共に苦しんだところでモナの痛みが軽減される訳ではないが、目を逸らしたくないのだ。
己の無力感に押し潰される瞬間ですら、モナが残してくれる大事な記憶となるのだから。



そんな事件があってから、二週間の時が過ぎた。
思えばあっという間であった。

現在、なんとかモナは生きている。

病状はかなり悪い。
恐らく来週の週末を無事に迎える事は、かなり難しいだろう。

腫瘍の硬化した部分は大きくなるばかりで、口だけでなく頭部全体に広がっているように感じる。
触ると嫌がるのではっきりと確認出来ないが、もしかしたら全身に広がっているのかもしれない。

水だけは飲んでいるが、餌は何も食べてくれない。
様々な種類のものを、色々と工夫して与えてみてはいるのだが、最近は食べ物の匂いにすら拒否反応を示してしまう。
当然のように身体はガリガリに痩せ、体力は落ち、この数日は少し高い所にある寝床どころか座布団にすら上がろうとしない。

最初に出来た腫瘍の部分を引っ掻いているせいか、口からは赤いよだれが垂れ、近くにいくと膿のような匂いがする。

もし病院に連れて行ったら、安楽死を迫られるレベルかもしれない。

そんな状態なのに、モナは僕が汚れた部分を拭いてやろうとすると激しく抵抗する。
触られると痛いからだろう。
痛みから逃れようとする事は命の本能のようなものであり、つまりは根本の部分で生きる事を諦めていない事を意味している(と思う)。
モナが全てを受け入れる時が来たら、本当に最後だろう。
ブーちゃんもホニャもその日が来る寸前は、諦めたように全てを受け入れた態度だった。

奇跡は起こらないと分かっている。
しかし、もしそれに近い事が起きるとしたら、モナの心に生への執着が強まる事であろう。
可能性は低い。
現状、諦めの時が近いのを感じてしまう。

僕も完全に諦めた訳ではないが、その日が来る覚悟もしている。
それは例え一日であれ先であって欲しいが、元気だった頃の面影すらない現状を見るに、早く苦しみから解放してあげたい気持ちもある。
いや、助けたいのはモナの苦しみではなく、自分の苦しみではないのか、などと自問しつつ、これからの残された時間を生きようと思う。

命は生を求め、隣には死があって 

2014年07月04日(金) 18時24分
もう10日程前の話になってしまうが、先週の月曜日にモナを病院へ連れていった。
病気の特効薬はもちろん治療方法すらない事は分かっていたが、それを素人判断で決め付けてただ最後を待つだけというのには抵抗があったからだ。
もしかしたら、先生に残酷な現実を突き付けて貰う事によって、いくばくかの罪の意識からの逃避(重病だから仕方ない的な)が目的だったのかもしれないが…。

前回の帰り道では流れる外の風景を楽しんでいる風すらあったモナだが、時間が経ったせいかすっかり忘れてしまったようで、しばらくは鳴き通しだった。
それでもなんとか宥めつつ病院に到着すると、珍しく先患(というのか?)が2組程いた。
今まで診察を待たされた事がほとんどなかったが、待つにしてもせいぜい30分位だろうと呑気に構えていたのだが、結果としてそれは甘かった。

先に診察室に入っていた犬らしき患者(患畜という言葉は嫌いだ)は、呼吸器系の病気なのかしきりにくしゃみが聞こえてくる。
ドア一つ隔てただけで受付を介し筒抜け状態であるとはいえ、さすがに詳しい会話の内容までは聞き取れないし、正直言って他人の病気に興味もなかったので待っている間ずっとキャリーバッグの中のモナを見つめていたのだが、鳴きも暴れもしない彼女の姿が逆に悲しかった。

中で長い間どんな治療をしていたのか分からないが、診察室のドアがようやく開いたのが約20分後。
出て来たのは中年女性と縮れた毛のペットショップのショーケースに並んでいそうな小型犬だった。
手間が掛かった割に料金が安かったが、まあそれはいい。

次に診察室に入った犬が問題だった。
外に停めてあった車に乗せていたのか、飼い主さんが毛布にくるんで大切そうに運んできた姿を見て僕は衝撃を受けた。
雑種っぽいグレーがかった毛色のその犬からは、素人目にも命の灯が今しも消え失せようとしているのが明らかだったからだ。
力無くだらりと垂れ下がった両足、光の無い閉じかけの瞳、僅かな呼吸すら感じない口元。
病院に連れて来るより、慣れた場所に居させて見守ってやれよと第一に思ったが、何とかしてやりたいという気持ちも分かる。
飼い主さんは50代くらいの夫婦だ。
これは想像でしかないが、彼らに子供がいたとしてもとっくに親元から離れており、あの犬君が子供のような存在で二人の孤独を癒してくれていたのではないだろうか。

…イカン、余計な妄想だ。
今の僕に他人の痛みを慮る余裕などない。
僕は自戒し、何も考えないように窓から見える風景に目をやった。

待っている間に、更に2組の患者さんが増えた。
後から来た方は受付を済ますと車で待っていると出て行ったが、僕の隣にはモナを脱色したような毛色の猫を連れた40代くらいの女性がいる。
猫好き同士で交流を持ってもよかったのだが、病院の待合室はそんな気分にさせるものではない。

時計も見ず時間など気にしていなかったので、どれ位の後かは分からないが、診察室からいきなり女性の泣き声が聞こえてきた。
ずっと大声をあげるわけではなく、一時の叫びの後に啜り泣きに変わったその声は中で何が起きているかを想像させるに難くない。
恐らく、もう助からないと告げられたのであろう。
これから出来る事といえば、なるべく苦しまないように安らかな最後を迎えさせてやるくらいか。

そうなると、もう治療は終わりで出て来るかなと思ったが、いつまで経ってもその気配がない。
もしかして延命治療に手こずっているのか?
早く家に帰して安心させてやればいいのになあ、などと考えていると、やがて再び号泣の声。

まさか…。

時計を確認すると、僕が来てから一時間半以上が過ぎていた。
毛布に包まれてやって来た犬は、出て行く時は白い箱の中だった。
そう、行われていたのは安楽死だったのだ。

キツイ。
これはかなりキツイ。

どうせ他人事と割り切れればいいのに、愛する者を眼前で失う事の悲しみは嫌というくらい分かる。
僕は飼い主夫婦さんに同情すると共に、深い尊敬の念も抱いた。
苦しみから救う為とはいえ、愛する者に死を与えるという選択はなかなか出来るものじゃない。
誰でもペット以上に自分が可愛いから、辛い選択なんてしたくないものだからだ。
しかし彼らはそれを選んだ。
その事が二人をこれから苦しめるかもしれないが、最善を求め一番厳しい道を選んだ勇気を誰も責められないと思う。
はたして僕にその勇気はあるのだろうか…。


複雑な感情を抱えたまま、順番が来て僕とモナは診察室に入った。
結果は想像していた通りだ。
抗生物質が効かないとなると、癌でほぼ間違いない。
短期間でかなり大きくなっているので、今後は様々な症状が出てくると思われる。
治療方法としてはそれらそれぞれに対処していくしかないが、腫瘍の部位から呼吸に障害が現れた場合は安楽死も考えなくてはいけない。

早い話が、モナに残されている時間はもう少ない。
そういう事だろう。
不思議と、それを聞いても僕の心は乱れなかった。
なんとなく覚悟していたというのもある。
しかし実際は、目の前で繰り広げられた生と死のドラマのインパクトに、感覚が麻痺していたというのが正解だと思う。

帰り道、僕は再び流れる風景を楽しみ始めたモナの姿を見ながら、何があろうと最後までそばにいてやろうと誓った。

ちゃんと愛せているのかな 

2014年06月16日(月) 17時08分
最近少し変だな、とは思っていた。

モナの事である。

猫は「顔を洗う」仕種をよくするが、モナは時々口の辺りを前脚でゴシゴシと擦っていた。
まるで歯を磨くかのようで、おかしな事をするヤツだと僕は半ば微笑ましいものを見るような気持ちでいたのだが、この時点で異常を察せられる人は(言い訳をするわけではないが)恐らく少数派であろう。
猫というのは人間の理解を超えた妙な行動を取る動物であり、それが魅力の一つでもあるのだから。

それがいつから始まったのか、はっきりとはしない。
流石に何ヶ月も前という事はないと思う。
僕が見落としていただけで、ずっと前から続いていたのだと指摘されても否定出来ないが、健康に関しての不安な気持ちを起こすのがおかしいくらい、モナはいつも元気だった。
よく食べ、よく眠り、よく遊ぶ。
厳しい暑さの日が増え、多少食が細くなったりもしたが、それは毎年の事。
リンより5歳も若いモナが、生命に関わるような病気になる筈がない。
僕はすっかり油断していた。
健康という幻想に甘えていたと言ってもいい。
13歳はブーちゃんが亡くなり、ホニャの腎機能低下が判明した年齢。
決して若くなどなかったのに…。


決定的な異常に気付いたのは3日程前。
モナがまた口ゴシゴシをやっていたのだが、よく見ると少しヨダレを垂らしている。
しょうがないなと思いつつティッシュで拭いてやり、何気なく口の下辺りに触れた時、僕の指先にとんでもない違和感が伝わってきた。
硬い。
骨の硬さとは違う。
肉が硬質化したような硬さだ。
僕は慌てて、左右の口の下を撫でて確認する。
右の部分だけ、異物が入っているかのように硬い。
いつの間にこんな物が出来たのか。
毎日触れて確認している訳ではないが、たまに喉をゴロゴロしてやっていたので、ここまでになったのはこの数日の事だろう。

これってまさか…。

最悪の想像が頭を巡る。
腫瘍。
それも癌に直結するような。

僕はまた、一つの命を失うのか…。

急激な吐き気のような絶望が身体の中心から湧き出し、全身を満たしていくのを感じた。
思考は駄々っ子のように現実を拒否し、ひたすらに見えもしない希望にすがる。

嫌だ。
やめてくれ。
僕はモナを失いたくない。
この子がいない世界なんて想像出来ないよ!


正直に告白しよう。
僕はこの時、少しホッとした。
勿論、病気になった事を喜んだ訳じゃない。
僕の中にモナへの愛情がちゃんとあると確認出来た事に、心底安心したのだ。

10年以上も一緒に暮らしてきて、今更何を言っているんだと思われるかもしれない。
でも僕は分からなくなっていた。
2匹の猫を亡くし、別れによる喪失感は増すばかりで一向に慣れるという事がなく、孤独という病が僕の身体を蝕み続ける。
果たして、いつかモナが死んだ時も同じような痛みを感じるのだろうか?
僕にはそれが疑問だった。

僕は常にモナより3兄弟を優先するようにしてきた。
先住猫がいて新しい猫を迎える場合、お互いの為にそれが最善でもあるのだが、そういう原則は建前で、僕は性格的に可愛いげのある者をより優遇してしまっていたと思う。
愛情は平等に与えるべきだが、それを守るのは難しい。
人間は感情の動物。
気が荒くて媚びるという事がなく、年上の猫達にも平気で喧嘩を売り、餌を与えれば皆を押し退けて真っ先にがつがつと食いつき、触れられるのが嫌いで気が向かなければ頭すら撫でさせてくれないような性格のモナを、他の猫達と同等に扱うのは正直無理だった。
扱いの差は、いつしか愛情の差に思えてくる。

僕はこんな可愛いげの無い猫とずっと暮らしているが、それは命に対する義務感のみで愛情が介在していないのではないか?
そんな疑問を抱き始めた事に不思議はないだろう。
今回、こんな形ではあるが、その疑問に答えが出た。

なんだ、僕はちゃんとモナを愛していたのか。

それが分かり、(不謹慎かもしれないが)僕は嬉しかった。
ホッとしたというのはそういう経緯からだ。
自分の醜い感情をここに晒す事に躊躇いはあったが、綺麗事だけでモナの事を語るのは偽善であり、やっと気付けた愛情に泥を塗る行為のように感じ敢えて記してみた。
読んだ方に幻滅されたとしても仕方ない。
それも覚悟の上である。


さて、自分語りの回り道が少々長くなりすぎた。
そろそろ話を締めよう。
病院へは昨日行ってきた。
異物は肉腫か菌が入って腫れているかと思われ、とりあえず後者の可能性を考えて投薬治療をする事になった。
先生の口ぶりから、なんとなく事態は最悪であると察せられた。
抗生物質が効果を示し腫れが引く確率は低いだろう。
しかしたとえ奇跡が起こらないにしても、病魔は一瞬で残された時間を駆け抜ける程に俊足ではない筈だ。
まだ終わりではない。
出来る事を可能な限りしてあげなきゃならない。

食べる事が大好きなモナにとって、口の自由を奪われる病気というのは相当にキツイと思う。
腫れの影響か、ぽろぽろと口の中から餌をこぼすようになり、ドライフードはほとんど食べなくなった。
食欲があるうちに、どうにか考えてあげねば。
何か大好きな食べ物でも与えたいところだが、他の猫達が食べない物だろうと何でも食べるタイプの子だから、こういう時に困る。

もっと困ったのは、飲み薬を嫌がること。
液体の薬をスポイトで喉の奥に流し込むのだが、ヨダレをダラダラと垂らして吐いてしまう。
飲んでくれないと、万が一の希望すら捨てる事になっちゃうんだけどなあ…。



なんで画像が寝てるんだろ。
不吉だな。
サイズがデカすぎたか?

今年二度目の… 

2013年07月28日(日) 3時08分
いつの間にか、本格的な夏が訪れていた。
冬の寒さに震えていた頃が嘘のように、今は照り付ける太陽がただただ憎らしい。

かと思えば唐突に雷鳴が轟き始め、バケツをひっくり返したどころか水道管が破裂したかのような豪雨が唐突に襲ってきたりするのだから、まったく自然というのは付き合いきれない存在である。
いや、自然を悪者にするのはフェアではないか。
問題があるとすれば人間側の準備の悪さ、見通しの甘さ、状況判断の不的確さにあるのかもしれない。

意味不明の長い前置きが続くが、これは僕流の照れ隠しである(笑)

回りくどいのは止めにして、今日起きた事を話そう。
夜、道を歩いていたら後ろからバイクに激突された。
大した事はない。
骨が2本折れただけだ。





傘の(笑)


冗談はさておき、詳しい状況を説明しよう。
夜の7時30分頃、僕は近所のドラッグストア系スーパーに買い物に行った。
空は時折怪しい雷光を煌めかせていたが、その時点で雨は降っておらず、徒歩とはいえ往復で20分程度なら危険はないと判断した。
念の為、ビニール傘ではなく骨が多く風に強い傘も持ったし、準備にぬかりはない。
どうしても行かなければ困るという切迫した理由はなかったが、気持ちが出掛ける方向へ動いてしまうとそれを止めるのは自分でも難しい。

家を出て僅か2〜3分でポツポツと来だして、少し嫌な予感がした。
僕という人間は、とことん間が悪い。
確率50%の賭けなら、100%負ける自信がある。
一日の中のほんの短い降雨時間帯を選ぶように外出してしまう事などしょっちゅうだ。
そのくせ、折りたたみでない傘を持って出掛けると必ず雨が降らない。
今回は傘が無駄にならずよかったという、「幸せ探し」のような思考は僕にはない。
ぐずぐずしないでとっとと済ませよう、と僕は道を急いだ。

買い物を終えて外に出ると、雨は本降りになっていた。
とはいえ、慌てる程のものではない。
普通に傘を差して歩けるレベルだ。
僕はノンキにガリガリ君の梨味を食べながら、帰路に着いた。

ところが…。

比喩ではなく、本当に一足毎に状況が急変し始めた。
雨が強くなると同時に風まで吹き始め、両手で掴んでいないと傘が飛ばされそうになる。
一瞬でズボンの膝から下がぐっしょりと濡れ、靴の中に水が溜まり始めた。
傘を低く持ち前屈みの姿勢で歩くので、視界はほぼ足元くらいしかない。
歩道のない狭い道とはいえ歩き慣れた道だし、前から車が来ればライトで分かるので危険はないと思ったが、僕が甘かった。
危険は後方から来たのだ。
バイクのエンジン音がしてライトが近付いて来たなと思った次の瞬間、いきなり腰とふくらはぎに激痛が走り、僕の目の前に運転していた男性が転倒した。

(痛ってぇなぁ〜!なんだよチクショー、今年2回目の事故かよ!)

心の中で悪態をつきながら、僕は転んでいる男性に目をやった。
恥ずかしい話だが、相手の怪我が心配になったとかではなく、向こうがどういう対応をしてくるか不安だったのだ。

「すみません!全然前が見えなくて…」

男性はすぐに立ち上がると、不安と動揺だらけのオロオロとした口ぶりでそう言ってきた。
カッパを着ているのでよく分からないが、声の感じからしてかなり若い。
せいぜい20代前半くらいだろう。
それにしても前を見ないで運転していたってのは、保身を考えるなら事故を起こした時に一番言っちゃいけない台詞だろうに…。

「ちょっと打ったけど、大丈夫ですよ」

敵意を示さない相手には寛容になる。
僕のいい所であり、悪い所でもある。
今回の事故も何処がどういう風にぶつかったかは不明だが、出血もなければ骨にまで至るような痛みもない。
さすがに無傷とはいかないが、日常生活に支障をきたす程の負傷でもないだろう。

「すみません。本当にすみません」

向こうにそんなつもりはないのだろうが、あんまり謝られると僕が責めているような気分になってくる。

「それより、あなたは大丈夫ですか?」

僕は自分に敵意が無い事を示す為、そう言った。

「大丈夫です」

見たところ普通に歩いているし、大きな怪我が無いのは本当だろう。
救急車や警察を呼ぶ必要がなさそうな事は、面倒嫌いの僕にとっても幸いだった。

事なかれ主義と批判されても仕方ないが、僕は今回の事故も相手に何の補償や賠償を求める事もなく、全てをこの場で終わらせる事にした。
事故を起こした者にとって、僕は理想的な被害者だと思う。
ぶつけたい人はみんな僕にぶつけるのがベストだろう。
いや、やっぱりやめてくれ(笑)

僕は、過ちを犯し、それを素直に認め謝罪する人間を責める気にはなれない。
甚大な被害を被らない限り、その考えが変わる事はないだろう。

それともう一つ。
僕が彼に対し負の感情を抱かなかった理由がある。
乗っていたバイクが、明らかに仕事用のものだった事だ。
真面目に働く青年を、追い詰めるような事はしたくない。

犠牲にしたのは僕の肉体なのだから、甘さは許していただきたい。

君去りし後 

2013年04月02日(火) 2時23分
ホニャが亡くなってから二ヶ月ほど経った。

どんなに悲しい出来事でも、時間が経過しそれが日常となれば、全て日々の生活の中に紛れ色を失っていくものだと思っていたが、どうやら現実は違うようだ。
僕は今でも寂しい。
事あるごとにホニャを思い出す。

我ながら最低だと思うが、残った二匹の猫達とホニャを比べ、その愛想のなさを嘆いたりもしてしまう。

失われた命は戻らない。
どんなに望んでも再び会う事は叶わない。
分かっている筈なのに、未だ前に進めない。

幸福と不幸は表裏の関係で交わる事のないものだと信じてきたが、それも疑問に思うようになった。
ホニャが生きていた時、僕は常に幸福感に包まれていた訳ではない。
その存在を疎ましく思う瞬間すらあった。
それがどうだ。
今ではホニャがそばに居てくれさえすれば幸福だったと思い込んでいる。

不幸は幸福の延長線上にあり、不幸の反対が幸福ではない。
自分で書いていてよく分からないが、要するに寂しい…。


話を変える。
あれからずっとリンの様子がおかしい。
一日中、鳴いてばかりいる。
猫らしく気分屋で何が望みなのか掴みづらい面はあったが、こんなに鳴く子ではなかった。
僕にはその声がホニャの姿を捜しているように聞こえ、辛くてたまらない。
寂しいのならそばにおいでと言ってみたりもするが、僕ではやはりダメなようだ。
誰もホニャの代わりにはなれない。
寂しい者同士が寄り添っても、孤独は癒されない。

対人(猫)関係がドライなモナ君(もう一匹の猫)のような生き方が、しんどくない賢い方法なのかもしれないなあ。
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