??見えない奇跡?? 

2003年06月13日(金) 4時20分
神様のくれた休暇。
『入院期間』をそう思うことにした。

人生は臨機応変。
移ろう日々に後ずさりしてはいけない。

きっと良くなる、良くなるはずだ。
信じたココロがカラダにも作用したと思う。

??コトバ?≠ェミラクルを起こしたのかもね。
こんなに力を及ぼすとは思ってもみなかった。
たとえ逢えなくたってアナタのコトバは見えない奇跡となった・・・

「one of them」でもそのコトバは私だけに向けられた確かなコトバ。
いつまでも私のココロに残る奇跡のコトバ。

ありがとう・・・♪

入院日記【17】6/10 退院1週間後 

2003年06月12日(木) 16時40分
※M先生から貰ったプリント水色の部分が椎間板。後ろ上方に飛び出したようにボールペンで書いた跡がある。

それが黄色の神経に触っていてしびれ、神経痛、麻痺になった。





さて、術後22日目。



やっとこ○ッチ解禁日(笑)

是非あのプリントのを実践しないと(謎笑)



現在の状況:

毎日リハビリには通ってはいる。

足先のしびれはだまっているとあまり感じなくなってきた。

麻痺からくる運動能力低下も少しずつ解消してきた。

時折腰の鈍痛もあるが少し横になると治るかな…

最近リハ先生の間でもあのプリントの話題でもちきり〜(爆)





と言う事で今までの病状の経過をたどってみたい…



まず

『椎間板ヘルニア』とは?



「ぎっくり腰」とも言われる。

背骨(腰椎)の間のクッション(椎間板)が、大きな力あるいは何らかの力が長期に加わったりして、後ろに飛び出て神経を圧迫する病気。

〈私は5番目の腰椎と骨盤の骨でもある仙椎の間の椎間板が後ろ上方に飛び出ていた〉



【原因】

前かがみで重い物を持つ運ぶ、腰を強くひねる、長時間同じ姿勢を保つなどで急に起こる場合と、

これまでの生活週間から序々に起こる場合とがある。

〈私は昨年9月より仕事場が変わった事により、中腰の姿勢が多くなった。

それに加えて今までの片道30分の徒歩通勤と月2-3回のジム通いの停止による筋肉低下、

そして夜中長時間同じ姿勢でやるPC生活に原因があったと思われる〉



【経過&症状】

◇12月13日:腰痛の始まり

娘がマット運転で後ろ回りができないと泣きついてきた。

体育は常に5だった(←自慢)私としては教え込まない訳がない(苦笑)

何回も調子にのって実践。確かにやりすぎ?たのかその後なんとなく腰が痛かった…

これが原因かどうかはわからないが、娘がこれをやってからだと言う…

あながち外れてないかも?!



◇12月中旬〜:腰痛が進む

靴下が自分で掃けれなくなってきた…

腰を曲げると痛みが走る。車の乗り降り時にも痛む。

で、近所の整形では有名なN岡第一病院へ。

レントゲンの結果は異常なし。綺麗な骨してますよ〜と言われたぐらいにして?!

腰の筋肉痛でしょう〜と言われ腰痛コルセットの購入で帰る



◇1月初旬〜:治療の始まり

相変わらずな痛み。冷えると増強。

冬の為車の乗り降り時に冷えて固まったまま動けない事も…

母親の紹介でS山整骨院にてスパイラルテープによる治療を行う。

歴然とした効果はないにしろ心理的に?!良くなってきた気はしてた。



◇2月8日:痛みの悪化

某所で半日スキーをしてしまった。

で、やっぱりその後激痛。許可はされてたけど無謀だったな…



◇2月中旬〜:治療方法の変更

スキーの後、しばらくスパイラルテープ治療に通ってたが改善よろしくないので、これまた母親の友達から紹介されたI崎鍼治療院に通ってみた。

実はいつも常に通ってた知人の鍼は浅めの挿入。腰の直接の治療と言うには芳しくなく、調子を整えると言う名目で通ってたのだ…

で、紹介された所は保険は効かないが深い鍼とマッサージの治療。

これが良かったようだ!

ひとまず月末位には痛みも落ち着いた。腰の奥の方はまだ押すと痛かったが、通常生活には支障をきたさない程になった。

腰の筋肉が緊張して硬くなってた…との事だった。



◇3月〜:症状の緩和

週1位で前述の鍼治療は続けていた。

時々痛みするが大分落ち着いていた時期



◇4月〜:症候状態から悪化へ

あまり鍼治療にも通わなくなっていた(さぼりとも言う?!)

中旬頃、寝すぎで起きた時に鈍痛があったので鍼に…

その時の鍼かマッサージでかは分からないが、治療後に左足の裏の筋になんとなく痛みが残った。

揉み返しかな〜程度に思ってたらそれが段々と痛みを増してきた。

下旬頃には足が吊ったような痛みになってきた。

そしてしびれに…



◇5月2日

あまりに常時痛いので地下鉄駅直結のFもと整形外科を受診した。

またもやレントゲンでは異常なしと…

痛み止め薬を貰って帰るのみ。



◇5月9日

同僚の紹介でUぬま整骨院という整体に行ってきた。

カイロとオステオパシーを組み合わせた独特の治療方。

初めてにも係わらず1時間半もかけて治療してくれたが芳しくない…



◇5月10日

痛みがある時は痛み止めを服用しながら騙し騙し過ごしていた。

この日は日記にも出てきた学童保育父母会打ち上げ飲み会。

お酒を飲むので痛み止めを服用せずに参加した…

座敷の席で長時間座る事はかなりの苦痛であった。

足を頻繁に崩し辛そうにしていると、病院勤めのKさんが、そんなに辛いならうちの整形で診て貰えば?!と提案してくれた。

これがきっかけとなったのよね…



◇5月12日

前日は痛み止めを飲まずに済ませた。

基本的に薬は好きでないのよね〜(苦笑)

そ・し・た・ら

朝起きたら激痛が。立ち上がるのもままならなかった。

やっとの事這って台所に行きそこで痛み止めを通常の2倍服用…

30分位椅子にもたれかかり痛みが治まるのを待った。

いつもより早く目が覚めて何よりだった。

痛みが治まり通常通り出勤した。

帰宅後整体へ。

なんとなく軽くなった気もするがどうもな…

気分は滅入る一方だった(泣)



◇5月13日

Kさんお勤めのT州会病院へ。

事前に整形の先生に話をして貰って、まずはMRIをしてみましょうと言う事になっていた。

担当のM先生、緊急オペが入ったらしくこの日の外来は2時間遅れで、待合室には30人程の患者が待っていた。

Kさんの計らいでその場の看護師に名前を告げるとすぐに名前が呼ばれ…

Kさんもその場にいて待っていてくれたのである。MRI検査室までは一緒に付き合ってくれた。

検査結果はすぐに出た。見せられた画像から『椎間板ヘルニア』である事ははっきりと告げられた。かなり立派に育ってると。ただ今の症状では痛みとうまく付き合っていける範囲では?と言われた。

なんだか…病名が分かっただけでほっとした私。そういう方法もあるならそれでいいかぁ〜と安心してしまった。

その日はそれで帰宅…



◇5月14日

いつも通っている鍼治療の方へ行った。病名が分かったと告げると今日から治療方法を変えようとの事で。いつもは浅い鍼だが今日は深く、そしてその鍼に電気を通してみた…。

治療後、しびれは変わらなかったが痛みは軽減したかな?!

ただ…

帰宅してからの夕方。ふくらはぎ位までのしびれが足先まで及び、と同時に半分感覚がなくなり麻痺になってきたのである(汗)

慌ててKさんにメールをすると明日M先生が診てあげるとの事で話を付けてくれた。

ほんとは鍼の先生にも連絡すべきだったのかもしれない。

でもその時はできなかった…



◇5月15日

朝一で診察を。

急に悪化した状況に少し困惑した様子。筋力低下の面を心配されているよう。

「どうする?!入院して治療って方法もあるし、究極手術の方法もあるし。旦那さんと相談しておいで〜」と。

あくまで手術しなさいとは言わないのよね(苦笑)

とりあえず今日は《ブロック注射》(神経根に直接注射して痛みを絶つ方法)をしてみた。

が…

腰の痛みは取れた。だが左おしり方向と足に走る吊ったような痛み(座骨神経痛)としびれ、麻痺は改善されず…

先日処方されたしびれ止めの薬を飲んで様子見。



◇5月16日

整体へ。

歩く時につまづく事が…。

麻痺の件を心配されこのまま続くようなら歩行困難も有りうるのでは?!と。

麻痺の状態が長く続くとしびれや麻痺は手術しても残る場合もあると…

とりあえず早い方がいいだろうとの事。



自宅にて家族会議。先生方の意見をふまえ手術した方が早く治るだろうと結論。

《この時は手術さえすれば治る‘手術絶対論’を信じきってた私達…》

時期も、早い方がいい。

《月をまたぐと高額医療保証を受ける際不利、今はお互い仕事が暇》

医者に対しての安心感があった

《Kさんに密かに聞いてみた。病院の看護師もその医師にお願いするそう、他病院に出張する程の腕。手術件数もかなりこなす忙しい医師》



決めたぞ〜!!

明日また病院に行くのでその時にお願いする事にした。



◇5月17日

午前中に診察へ。

手術の依頼をする。入院日を決めたら、次の日にオペするからとの事。

早い方がいいね…



夕方、またもやKさんを通じて入院の手続きをして貰った。あさって月曜日入院

(はやっ!)



仕事帰りに自宅に寄って貰い入院の為の冊子や諸注意を仰ぐ。



ん…

いよいよだ。

決めたら早い?!

確かに私の特徴である…

今更だけどネットでヘルニア関係のHPを調べて見ると、そこまで慌てなくても良かったかな…とも今は思う。

でも…あの時は手術に賭けていた自分がいたしね。

余計?!な雑念を入れて不安なままに手術を受けるより良かったかも…(汗)



それからは急ピッチで入院に向けて準備。出産以来の入院(あれは入院とは言わないらしい?!)

未知なる生活に少し気持ちも高ぶり気味だったかも…

なんせ好奇心旺盛な私(汗)

お総菜の作り置き、家事の分担依頼などの書き置きをした。

娘もこれを機会に少し自立するかなぁ〜と思いながら。





こうして入院の日を迎えたのでした!!



∫∫乱舞∫∫ 

2003年06月11日(水) 4時11分
北の乱舞こと【YOSAKOIソーラン祭り】が始まった。

第12回を迎えるんだよね、もう。
ずぅーっと、ずぅーっと観客だった。
踊っている姿を見るのも感動。
衣装の華やかさや創意工夫を味わうのも感動。
半年以上もかけての練習の成果、踊りによって表現したいモノが伝わるチーム、踊り子は??瞳?≠ェ違う。
それが観客にも伝わってビビビと来る。
踊り手と観客が一体感になって祭りを盛り上げていく・・・

でもな、やっぱり祭りは参加してなんぼのもの。

ねぶた祭りは過去に3回程参加したけど、もうまっすぐに歩行できない位に踊り狂った。
あの熱狂と、ほとばしる汗と、そして仲間との一体感。
踊り狂う事でも昇天を迎える気がする・・・


もうこの腰なら参加はムリなのかな(泣)


でも、夢は捨てないでおくんだ!

ありがとう。ありがとう。 

2003年06月11日(水) 3時14分
たかが2週間、されど2週間。
人生の中でたったの2週間。

いろいろなことがあったよ。
現実世界とは掛け離れた世界。

何事も経験はしないとわからないものよね(苦笑)

なにはともあれ、励ましてくれた家族、友人、その他の大事な人達に感謝。
『見えない力』は確実に私のカラダを正常値に戻してくれたようです・・・

病気を治すこと、そして自分が向上する為にと費やす事ができた2週間。
とっても貴重な期間でした。

まだまだ自宅療養中なのでムリはできませんが、あせらず、気負わず、ぼちぼちいきます〜

ここの皆にも『ありがとう』を(^-^)

入院日記【16】16日目 6/3 退院 

2003年06月10日(火) 7時41分
※無事に退院できました(敬礼)!!

こんなに?!痩せました〜(−3?`)





さて、術後15日目。



とうとう退院の日を迎えました♪





実は昨日、母親が病院に来た。退院は早すぎるのでは…と問いかけられ、かなり気持ちがぐらついた。

おとといの夕方に、やはりとある病気で入院した主婦友達からも、余裕もって退院した方がいいと忠告されたばかりでね…。



Mさんも今日からリハビリ病棟へ移る。隣に若い子が入院してきたりと環境も変わってきた。

いろんな事が現実になる不安は確かにあった。

ここにいれば制約はあるが我慢はできるからね…

ぐらついた気持ちを確かめるべく、仲良くなった看護師さんに相談してみた。

担当のM先生はいても構わないが病室が婦人科病棟に移るかもと。

婦長さんからも話があった。不安になる気持ちはわかるよ、もしやってみてダメなら戻っておいでと言われた。Mさんも移った事だしねぇ〜とも?!

婦長さんってばそんな人間関係まで把握してるのね(汗)



午前:会計課から支払いの依頼



カード払い可と言う事で2回で切って貰う。



【\201,231(税込)】



内訳



《保険適用分/3割負担》

\183,280

(入院料、投薬料、注射料、処置料、手術料、検査料、レントゲン料、その他含んで)



《保険適用外分》

\12,480

(食事代:1日780円)

\221(税込)

(病衣代:1日70円)

\5,250(税込)

(文書代)



高額医療保証制度により、1ヶ月の自己負担金が72,300円以上だと超えた分は健康保険から戻ってくる。

5月分のみの適用になるので、自己負担は5月自己負担分(\72,300)と6月分(\18,260)の全額と保険適用外の分、108,511円となる。



生命保険で充当される分と給料のマイナス分、そして家族の負担代?を計算するとプラマイ0ってとこかな…(お見舞い金は半分プラスかな?!)



参考までにぶっちゃけアップ(笑)



これでまぁ治ったと思えば幸せである…



昼食:最後の病院食

明日から自分でメニューも支度もしなきゃなのよね。

栄養士さんがきちんと考えた献立。メニュー表を密かに持ち帰った。作れるかどうかは別として…

昼食後、リハビリ室へ移動になったMさんと食堂に残ってしばらく話をした。

ちょっと隔たりは解消したかな。

話せば…それなりの関係は築けるものである。



午後:お迎え待ち

長かったなぁ〜



待つ間いろいろと想い巡らせた。



結局今の段階では左足先のしびれと麻痺(7割回復)は残ってる。その点では100%満足の行く結果ではなかった。

だが…手術をした事に後悔はしていない。

あのまま治るか治らないかの不透明な状態を続けるより、治るであろう選択を信じたかった…

『入院』と言う人生の中での貴重なお休みを神様はくれたんだと思いたい。

現実生活と離れる事で見えてくる絆、ありがたみは確かにあった。

いろんな事を吸収し体験できた。

今、自分的には良かったって思ってる…

そう思わないと励ましてくれた皆に悪いもんね!



16:00過ぎ

やっとお迎えの旦那到着。

病室にいたおばさん連中、そしてMさんにご挨拶。

「お世話になりました〜お大事に!!」



病院入口で顔見知りになった殿方のお見送りを受けて…

と、その人

「もう戻ってくんなよ〜」

『はいはい〜(笑)』



夕陽がまぶしい夕暮れ時の退院でした…







入院日記【15】15日目 6/2 

2003年06月06日(金) 18時18分
※お気に入りの5階の食堂&談話室から見た風景。左に藻岩山、右に手稲山が臨める。
この景色が毎日私の気持ちをリフレッシュさせてくれた…


さて、術後14日目。

午前:M先生の回診
最後の回診。明日からの諸注意を指示頂く。リハビリはとりあえず毎日通う事。仕事は4週明け位から序々にと。
一通りの部屋の回診を終えて外に出た先生を密かに捕まえた。
とある質問があったのだ(苦笑)
『せんせ〜、HはいつからOKなんですかぁ〜』と小耳に囁いて聞いてみた(笑)
一瞬口元が緩んだが、すかさず
「それ、大事なんだよ〜術後3週後位だなぁ」と笑ってる。
『どんな体位とかがいいんですか?!』と調子に乗って聞いてみた私(照)
「分かった、後でプリントして持ってきてあげるから〜」
って…

ぐふふぅ〜♪
ノリのいい先生で良かった(爆)

後で先生からそのプリントをもらった。
『せんせ〜!実践してくれなきゃわかりませ〜ん』と私。
「そこまで元気だったら大丈夫〜!」と。
うまくかわされちゃいました〜(汗)
まったくこのエロおばさんったら♪

やっぱりさ…
拘束されると不満になりがちな欲求(謎)
思わず午後に入ったお風呂で…
シャワーさん大活躍(照)

入院中は数々の本を読んだ。暇だし読書もはかどるのだ。
今更のごとく【脳内革命】を読んだ。
もう8年も前の本だったんだね…
病気の時に読むと妙に実感が湧いた。
再発させない為にも
‘プラス思考’
‘大豆など脳を活性化させる食物の摂取’
‘ストレッチ運動や徒歩などを欠かさない生活’
を心がけると良いらしい。
『病は気から』
ほんとの事である…
悪い方悪い方へ考える傾向を変えないとな。
そんな影響をこの本は与えてくれました。

最後の夜。
なんだか寝付けなかった。
この2週間に起こった事を省みたり。
どんな結果になろうとも、これで良かった。良かったと思えるようになったよ…

入院日記【14】14日目 6/1 

2003年06月06日(金) 17時00分
※娘が…知らないうちにメモ紙に書き記していたコトバ。何かを見て書き移したのかもね…
最後までこのコトバが励みになったな


さて、術後13日目。


珍しく部屋にいる事が多かった。
そしたらお隣のおばぁさまが
「今日は随分部屋にいること〜?!びっくりしたわっ」って
イヤミだか冗談だかわからないや…(苦笑)
軽く受け流す余裕もできた。年寄りの楽しみの一つなのかもね。
お付き合い致しましょう〜だってあさってまでだもん!!

アンケートの調査以来がきた。
【看護師が患者に与えるストレス・不快感】
(このアンケートを見て誤字発見!看護士×看護師〇)
看護の質の向上の為との協力依頼。
うんうん。こういう事は必要だ。
確かにもっと患者の生の声をぶつけるべき。具体的な問題がわかればその後の対処もしやすいものである…
なかなかこの人数では細やかな看護を求める事は難しい気がする。人を扱う点では共通の仕事だ。
病気の重傷度によって求める度合いも違うんだろうね。
私的には満足のできる看護体制だった。きっといろいろ書かれるのだろう…
せめてものはなむけ?に激励の言葉を書いてあげた。
『看護師は患者の花だから…どんな事があっても笑顔を忘れず頑張って下さい』と。

お茶を入れてくれるおばさん達にパンフレットと名刺、そしてドライフラワーを渡した。感謝の意味を込めてね。
ある意味看護師さんより頼りになったし世話になったかも。

夕方:一大事件が?!

部屋に戻るといつも入口の位置にいたMさんが窓側に移動していた。
ふーん…とうとう私の視界から移動したのね〜と思っていたら、なんと諸事情があり移動したと…。
同じ階に入院する男性患者から“ラブレター”を貰ったとの事!!
そこには…
『おもいっきりタイプです。よろしければ今夜10時に部屋に来ませんか』
とあった…
Mさんは私より5歳年下で小太り気味。自称ブル中野似って言ってるし(汗)
男性は多分40代後半、年齢不詳。躁欝剤を飲んでるそうで…
いやぁ゛〜苦笑いしたわねー。
あんらまぁって感じ(絶句)
本人は密かに嬉しがってるように?見えたが相手が相手だけにね(汗)

しかし。
こんなに短い入院生活なのに、いろんな事あるのねん〜
これだけコンスタントに日記に書くネタがあるとは思ってもみませんでした〜
私的にこんなに規則正しくアップするのも珍しい事で…(汗)

入院日記【13】13日目 5/31 

2003年06月03日(火) 7時04分
※5/16〜5/31までの誕生日の人に昼食時ケーキとカードが付いた♪


さて、術後12日目。

朝からイヤミ攻撃…とあるおばさまに、「もう帰れるのかい?!」と。
『自宅療養を長めに取る事にしたんです〜』と私。
すると違うおばぁさんから、
「ここの病室でもだまってないのに、自宅でだまってるわけないじゃない!」と…
だーかーらー。
私はこういう雰囲気がイヤでここにいないのよー。
家に居た方がよっぽどストレス貯まりませんよーだ!!(汗)
なんか…。
足の引っ張り合い。ここ最近はグチっぽい内容だな…(悲)

その後、いつもお茶や湿布等を配ってくれるおばさんに泣きつきに行ってしまった…
病室仲間ってのは、近所の友達と違って一番たちが悪いって。衣食住を赤の他人が一緒にして、更に痛みも伴う。まだ整形は回転早いからいいけど、内科なんかもっと陰湿ないじめとかあるからねぇ〜って。
病院を出たら全くの他人。長くいる所ではないんだよ〜と励まされた…(泣)

9:00 朝食
食堂で食べるように変更してから初めての時、当初は独りになりたくて窓側のカウンター席についた。食べ物が運ばれた時、ふと振り向くとあるおばさまと目が合った。Sさんと言うその人、なんか導かれて?!それから一緒に食事するようになった。
心臓の病気で死にかけて一命をとりとめ、今はリハビリ専用の病棟にいるそう。当初はこんな状態になるなら死なせて欲しかったと思ったらしい。でも生かしてくれたって事は何らかの意味があったのだと悟ったとか。
夢の話等でその人が不思議な力があるって話題になった。決して宗教みたいに妖しくはないんだけど、神様の話とかになるとどうも弱い…
波長が合ってしまったのか、何か言われて涙があふれてしまった。その人が『受けやすいんだね…』って一言。伊勢の話とかにも及んでしまって…
私の事を気持ちが綺麗な分だけいろんなねたみ、うらみ、悲しみを呼び寄せやすいのでは…と。
もっと気持ちを大きく持って、私は人と違うのよと自覚して強く生きなさいと。なんだか朝からぼろぼろ泣いてしまった。
そんな不思議な出会いもあったりするのだ…

午後:お見舞いラッシュ
昼食後から夕食前までびっしり6人とお話。お約束の官能小説もゲット(笑)
ほんと…普段連絡が滞りがちだった友達や知人、親戚などが改めて来てくれるのは嬉しいものである。こんな?事でもないとじっくりと語り合う機会もなかったかもしれないしね…

入院日記【12】12日目 5/30 

2003年06月02日(月) 9時20分
※抜糸した傷。跡は残るわね…


さて、術後11日目。

今日はM先生の回診。そして抜糸の日である。
術後10日目、ちくっとチョキンを4回。そんなに痛くなかったかな。
そして前日Kさんに言われた通り、自宅療養を長めにするので退院を早めにしたい旨話してみた。
経過良好そうだから…家事は軽作業のみ、後は極力安静に〜って条件でOKのサインが出た!
来週火曜日、3日。2週間のスピード退院である〜
うれしい…(泣)
精神的なものが一番大きいかな?!病室にいても安らげない。後はもちろん料金的なものもある。入院すればするだけお金はかかるしね…
月をまたぐと6月分のは高額医療補償の対象にならない。
そして何より待ってる皆がいるし…

回診後、また部屋から出ていた(これが同室の人にヒンシュクなのかも)
ほんの少しの間に友人が来てしまった…高校時代のテニス部の同級生。彼女もひざの手術で違う病院に入院してたばかり。退院してまもなくだったが、びっこをひいてわざわざ来てくれたらしい。
が…。結局会えず仕舞で(泣)
ちょっと用事もあったらしく、置き手紙と雑誌が置いてあった。
同室の人に聞いても知らない〜と言われたとか。
行き先を告げない私も悪いんだけどさ…

う〜んっ!

15:00 過ぎ リハビリへ
16時頃会社の同僚がお見舞いに来るとのこと早めに行ったのだ。
昨日から温熱で少し暖めてからリハビリをしている。正味1時間だからね…


16:00 過ぎ 部屋に帰ったらベットの所にお花とまたもや置き手紙が!!
一瞬え〜〜?!って感じ。
早く来ちゃったんだ…でもリハビリに行くって同室の人に告げて行ったはずなのに…

ううう…

たいていリハビリ室に行けば会えるって言ってくれるのに〜私も他の人がお見舞いに来たらそうやって案内してたし。
「1時間位戻ってきませんよ〜」
って冷たく言われたのみだとか。
例のMさんである。
むぅおおおーー!!
どぉしてぇー!!(号泣)&(怒)


その夜は母親に愚痴りまくり。
そんなところ長くいるもんでない。早く退院できるし良かったじゃない〜と。
母親はいつでも子供の味方なのである…

入院日記【11】11日目 5/29 

2003年06月01日(日) 14時22分
※副店長から貰った花束。綺麗でしょ♪

さて、術後10日目。

今日から5階の食堂で食事をとる。
ここだと朝と昼のみだが落としたコーヒーが飲める。
朝食はパンかご飯、夕食は肉か魚、どちらかをその場で選べる自由さがある。
食事の時間以外は談話室となるここ。
窓に向かって一列に座れる場所がある。私はそういう所が好き。すっかりお気に入りの場所になってしまった…
食後は持ってきた本を読むのが定番になりつつある。

午後:会社の副店長がお見舞いに。同じ年の彼女。実は店の中では私たちが最高齢(汗)
そんな事もあり普段から仲も良かった。とぉ〜っても素敵な花を貰った。一番のお気に入り♪
ついこの間までバカンスでプーケットに行ってた彼女。SARSも気にせず…(笑)
去年、我が家はキャンセルになったからなぁ、娘のおたふくで。
その時のガイドブックを貸してあげたのだ。旅行の話で盛り上がりました〜♪

夕方、またKさんが病室に立ち寄ってくれた。
そこで…オフレコ話など(苦笑)
担当のM先生いわく『背中しか見てないけど、皮下脂肪もないしばっちり綺麗な背中だったよ〜 熟女大歓迎』と笑ってたそうな(照)

きゃぁ〜〜♪

今日から家族に部屋に来てもらう事を遠慮してもらった。
娘は…毎日来たいとせがんでいて、病室に来ると私にべったりだった。
例のMさんは年下で母子家庭。子供は小さいがお姉さんの所にいる為、日曜日にしか会いにこれないのだ。その他は独り身の方がほとんど。その中で毎日お見舞い客は来るわ、家族も来るわで…
なんとなく視線が痛い。それは旦那も感じてたらしい。
“女のねたみはコワイ〜”

P R
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:yasuha525
読者になる
2003年06月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
最新コメント
Yapme!一覧
読者になる