事務局より緊急のお知らせ 

2007年03月28日(水) 20時42分
ハレルヤ!スタッフのもりざねです。

突然ですが… 重大発表です!

実は… なんと 7キロ痩せました!
(ははは…)

本題に入ります。実はこのヤンチャ日記はヤプース!というブログを通してお届けしているのですが、なんと3月30日をもってサービスを終了してしまうことになりました! 現在内容のバックアップを取った上で対応すべく努力しています。

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http://www.yamatocalvarychapel.com/youngchapel/diary_index.html

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なお写真は、今日まで開催された、第4回男キャンプの写真です。

2006年度もあとわずか。 

2007年03月22日(木) 21時04分
元ヤンチャスタッフ(略して元ヤン)のたっきーです。みんな、もう卒業式や終業式を終えた時期でしょうか?

特に、高校3年生達は新しい扉をまもなく開けようとしていますね。ヤンチャで過ごす時間もあとラスト1回ですね。どんなヤンチャ生活でしたか?

『数えてみよ、主の恵み』という賛美もありますが、この1年間、みんなにとってどんな恵みが、感謝なことがありましたか?また特に、卒業生の中には、長い人で中1〜高3までどっぷり6年間ヤンチャに通い続けた人もいるでしょうし、部活や勉強などで忙しい中でも来れる時はできる限りヤンチャに参加した人もいるでしょう。また、ほとんどヤンチャには来れなかった、もっとヤンチャに行けばよかった、など様々な想いをしてる人もいるかもしれません。

『神様のなさることはみな時にかなって美しい』と聖書にあるように、思えたら幸せじゃないかなと思います。時には、傷付き、痛み、苦しみ、悲しみ、憤り、悔しさ、自己嫌悪などなど、そういうことを味わった人もいるでしょう。いや、僕を含めてみんなきっとそうかもしれません。

でも、そういうことを通して、みんな成長し大人になっていくんです。信仰的に言えば、そういうことを通して、神様によりみんな成長させられ、本当に大事なものに気付かされ、また自分の弱さや汚さを知って、主にあって少しずつ整えられていくんです。

僕も、妻の有起も、振り返れば、それぞれ高校を卒業してから(僕は神奈川の高校、有起は北海道の高校)お互いストレートで大学には進めず、浪人しました。しかし、今思えば、この遠回りとも思える出来事を通しても、実は、僕は僕で、有起は有起で、神様から浪人中に教えられたこと、導かれたことなど沢山ありました。大学時代に、僕らは大和に来る前に通っていた教会で、知り合ったのですが、それまでのお互いの人生に何1つ意味ない無駄なことはなかったなぁと思いました。もちろん、今も意味ない無駄なことは何1つありませんが。

新しい年度を迎えるにあたり、みんな色々な期待や不安や、もしかしたら特に何も新鮮さを感じていない人もいるかもしれませんが、毎日毎日、僕らは新しい空気を吸って生きているように、新しい恵みを与えて下さる神様に目を向けていきましょう!!

新しい環境、新しい出来事、新しい仲間、期待も不安もあるけれど、変わらない方が、必ず、あなたを守り、導いてくれるから。新しい祝福をもって。



おそば屋でギャラリー 

2007年03月17日(土) 22時40分
一昨日から、ヤンチャスタッフ

小倉香織さんの絵やカードを

飾っています。

場所はナント教会そばの「やまびこ」

という、おそば屋さん。

さっそく行ってきましたが、いやあ

美味しかった。。。

いや、素敵だった★☆



なんといっても

ヤンチャの卒業生が大きな夢を胸に一枚一枚のカードや絵を描いてゆくのが
本当に感動的。

殆どの絵の中には、素朴な言葉で神様の愛や優しさが表現されている。

生きることさえ難しい

そんな時代の中で、輝いて生きる方法を

神様は教えてくださる。

今年も卒業生が何人も羽ばたいていくけれど、

一人一人の存在が本当に楽しみ★☆


在校生たちの毎日の生活も、最高のアーティストである神様によって、

描かれ、デザインされ、

素敵な毎日になってゆきますように(^−^)


毎日の生活の中で、

必ずしも納得がいくような

デザインや、カラー、線がひけるわけじゃないと思うけど、


僕たち一人一人を、誰とも違うオリジナルデザインで輝かせてくださる。

そんな聖書の言葉、神様の言葉に、今日も心を傾けてゆきたい。

読んでくれてアリガトウ☆★

フットサルin御殿場 

2007年03月16日(金) 13時07分
富士山をバックに、

4チームリーグ戦のフットサル大会が

御殿場おおごた荘のコートを使って

行なわれました。

僕らのチームは、

いつものメンバーではなかったけれども

新しく加わった人たちが活躍してくれて(?)

とにかく優勝★☆★

その日は何十人もの若者たちが集まった。
「○○教会なんでしょう?礼拝とかどう?」って聞いたら、

「いやあ礼拝には年に数回しかいかないんで・・・」

っていう返事だった。

普通の礼拝や、教会の中で

どういうふうに居ていいのか、わからなくなるような、

すぐに出ていってしまうようなかんじなのかなあ。。。

でも、

「俺もそうだったなあ。。。」って思った。

だから、彼らと一緒にサッカーをしてるとき、ホント嬉しかった。

走りまわって、疲れてて、ヤベー!!!!って思いながらも

神様、ありがとー、今、メチャメチャ嬉しいです!

って、そう叫んでた。

あの時間は、僕にとって、神様への心からの賛美の時間だったんだよね。


神様は、あなたの声をも聞きたがっていると、僕は思う。


あなたの声が、あげられて、その声に


沢山の人たちが、神様を感じたり、知るきっかけになりますように。



今日も読んでくれてアリガトウ★


今日は何の日 

2007年03月11日(日) 21時30分
1869年、

中国・四川省ムーピン
(現在の宝興県)の民家で、

伝道中のフランス人神父

アーノルド・ダヴィトが、

白と黒の奇妙な熊の毛皮を見せられた。

これが、西洋でパンダが知られるきっかけとなった。

パンダをみんなが知るキッカケになったのが、伝道中だったなんて(笑)

でも、自分の住んでいるところから出て行かないと知ることが出来ない。

出ないと、出会うことが出来ない。

イェス様は、私たちに会うために来てくださったお方。

神父がパンダをみんなに教えたように。。

私達も、神様をみんなに伝えていきたいですね☆[マルコ16:15]


+ + + + + + + + 

「自分の住んでいるところから出て行かないと知ることが出来ない。

出ないと、出会うことが出来ない。」っていう言葉が心に迫ってきました。

出ていって福音を宣べ伝える♪

そんな一週間になりますように(^−^)

今日も読んでくれてアリガトウ。

今日は何の日!? 

2007年03月11日(日) 21時09分
1869年、

中国・四川省ムーピン
(現在の宝興県)の民家で、

伝道中のフランス人神父

アーノルド・ダヴィトが、

白と黒の奇妙な熊の毛皮を見せられた。

これが、西洋でパンダが知られるきっかけとなった。

パンダをみんなが知るキッカケになったのが、伝道中だったなんて(笑)

でも、自分の住んでいるところから出て行かないと知ることが出来ない。

出ないと、出会うことが出来ない。

イェス様は、私たちに会うために来てくださったお方。

神父がパンダをみんなに教えたように。。

私達も、神様をみんなに伝えていきたいですね☆[マルコ16:15]


+ + + + + + + + 

「自分の住んでいるところから出て行かないと知ることが出来ない。

出ないと、出会うことが出来ない。」っていう言葉が心に迫ってきました。

出ていって福音を宣べ伝える♪

そんな一週間になりますように(^−^)

今日も読んでくれてアリガトウ。

森チャペルの地下 

2007年03月08日(木) 21時49分
沢山笑った場所。

泣いた場所。

怒られた場所。

夢をもった場所。

初めて僕がメッセージをした場所。

ソロで歌った場所。。。

ここから、沢山のことが始まった。


今うつっている写真は、本当に森チャの地下にあるステンドグラスです。

なつかしいなあって思う人もいるかもしれない。

今日、この場所で、一箇所聖書を開いた。


「こころの貧しい人たちは、さいわいである、

天国は彼らのものである。


悲しんでいる人たちは、さいわいである、

彼らは慰められるでしょう。


柔和な人たちは、さいわいである、

彼らは地を受け継ぐであろう。



義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、

彼らは飽き足りるようになるであろう。



あわれみ深い人たちは、さいわいである、

彼らはあわれみを受けるであろう。



心の清い人たちはさいわいである、

彼らは神を見るであろう。



平和をつくり出す人たちは、さいわいである、

彼らは神の子と呼ばれるであろう。



義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、


天国は彼らのものである。





今日も読んでくれてアリガトウ☆★

死んでも生きる 

2007年03月07日(水) 17時58分
ずーっと

高山右近のストーリーを連載してきたけど

今日が最終回★☆

徳川家康の独裁政治の中で、キリシタンは

貿易権、採掘、造船技術を外国から得るため

まるで権力者たちからは道具のように利用されていた。


しばらくの平和の後、各地で迫害が荒れ狂う。

しかし、ますます信仰を燃やすキリシタンたち。

家康は「伴天連追放令」を発布。

伴天連の国外追放とともにキリシタン宗門の全面的禁圧を命じた。

高山右近も処罰を受けることになったが、

当時あまりにも多くの人々の心をとらえていたため

家康は血を流すことを恐れ、最終的には、国外追放の命令が出され、

マニラ、マカオへと右近は送られることになった。

しかしそれでも安心できなかったのか、家康は考えを変え、

右近の船を撃沈しようとしたが、そのときはすでに船は遠く沖に出ていた。

小さな船に100名以上が乗船し、通路や甲板にごろ寝の状態

老朽船で絶えず水を掻き出さねばならなくて、

海賊や暴風に会いながらの長い過酷な船旅だった。

約1ヶ月半の後、船はマニラに到着。

マニラの人々は、高山右近を、偉大な信仰の勇者として歓迎。

船が入港したとき岸は市民が埋め尽くし、礼砲を撃ち、国賓並みの歓迎であった。

マニラの総督は、当時支配をしていたスペイン国王の名において右近を手厚くもてなすと宣言。

しかし右近は、『主のために命を捧げようとしたが、それもお許しにならなかったほどの拙い自分は、そのような名誉に値しない』と辞退した。

イエズス会学院向かう途中、沿道はキリストの勇士を見ようという市民で埋まり、

全市の鐘が鳴り、聖堂の前で聖職者が歓迎。

パイプオルガンなどの楽器の奏でられる中、聖堂へ入り祈りをささげた。

総督はそれ相応の生活を保証すると申し出たが、日本に家臣を残してきた自分は質素な生活でよい、と武士道を貫いた。

右近は金沢からの苦難の道中と、過酷な船旅で疲れ果て、不慣れな南国の気候風土、食物で健康を弱めた。                                               
熱病にかかり、1615年2月3日、慶長20年正月6日

静かに息をひき取った。

63歳。
 
マニラ市をあげての盛大な葬儀が行われた。

足にくちづけをしようと市民がつめかけ、競って遺骸を運ぶので分担を決めなければならかった。

遺骸はサンタ・アンナ聖堂に納められ、9日間追悼のミサが続いた。

家族は国会から年俸を受け日本人町で平穏に暮らした。

共に追放された内藤如安は、1626年死去。妹ジュリアは修道女会を組織。

一生を神に捧げた。

日本の高槻市とマニラ市は高山右近が縁となって今でも姉妹都市になっている。

マニラの日比友好公園には、高槻市と同じ右近像が立っている。

右近の最後の指導司祭はペデュロ・モレホン神父であった。

モレホン神父は日本管区の副代表としてローマに行くため右近と一緒にマニラに渡り、右近の臨終に立ち会った。

モレホン神父の記した「日本殉教録」の中には、右近のマニラでの様子が詳細に書き留められている。

『パーデレ、私はもう死ぬと思いますが、神がそれを希望し給うのですから、

私は喜び慰められています。今より幸せなときが今まであったでしょうか。

私は妻や娘、孫について何も心配していません。

彼らと私はキリストのために追放されてここに来ましたが、

彼らが私についてこの土地まで来てくれた愛情に深く感謝しています。

神のためにこのような境遇になったのですから、神は彼らにとって真実の父となり給うでしょう。



だから私がいなくなってもよいのです。』




そして右近は天に召されていった。



イエス・キリストは言われた。


「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じるものは

たとい死んでも生きる。」


僕たちはいつか死ぬ。




それに、死にそうなること、



死にたくなること、




「自分が死んでる」




って思うこともあるだろう。


でも、右近はいつ死んでもおかしくないような戦国時代の中で、




「死んでも生きる」



っていうイエス・キリストの言に


自分の命をかけて、    生きてたのかなあって思う。





明日から、また違う内容の日記を書くし、また高山右近の話をする日がくるかさえわからない。



でも、彼は、明日も生きている。



そう思える。


今日も読んでくれてアリガトウ。明日からも日記を書き続けたいです。

生きているからね。







今日は何の日? 

2007年03月04日(日) 18時48分
3月4日 ミシンの日

「ミ(3)シ(4)ン」の語呂合せ。

ミシン発明200年を記念して

日本家庭用ミシン工業会が1990年に制定。

「ミシン」という名前は、

"sawing machine"の"machine"がなまったもの。

私はミシンが得意でした〜。

1枚の布から何かを作り出す楽しさがあるんだよね。

1から自分で作り出すってなかなか大変だけど。。

すでに作られたほうが見た目も良いかもしれないけど。。

だけど、神様は人を 私たち一人一人をどこかで買ってきたわけじゃない。

ハンドメイドなんだよね。

そう考えると、手作りも悪くない。

その人らしさが出るから。気持ちが表れるから ステキ。

創り主の神様を、今日もみんなで賛美して行きましょー☆


今日も読んでくれてアリガトウ★☆

(無題) 

2007年03月04日(日) 18時40分