パチンコで脳に起こる変化 

July 26 [Mon], 2010, 12:00
パチンコ依存症は精神科の分野ですが、精神と言っても実際には肉体、特に脳では物理的な変化が起きています。

脳内で肉体を制御している代表的な神経伝達物質として、行動を活性化させるドーパミン、行動の維持に必要なノルアドレナリン、行動を抑制するためのセロトニンがあります。

あるパチンコをする実験では健常者と比較して、依存者の脳内ではドーパミン、ノルアドレナリンが過剰な活動をしており、逆にセロトニンの機能低下が観測されました。

つまり、依存者はパチンコで必要以上の過度な興奮をし、持続性も非常に高く、ブレーキが利かなくなっている状態だと判断できます。

また、脳内の中にエンドルフィン類という物質があります。これはモルヒネと同じような働きをする物質で、「脳内麻薬様物質」とも呼ばれています。

エンドルフィン類の中でもβ-エンドルフィンは、好きなことをすると分泌され、体をリラックスさせ、心を落ち着かせる感覚を与えます。一方、無くなるとイライラし、体がβ-エンドルフィンを欲するようになります。

パチンコも好きなことであるので、好きなことをすればβ-エンドルフィンの増加します。パチンコに打ち込めば打ち込むほど、β-エンドルフィンが増え続け、得られる快感も大きくなっていきます。

やらなければ、β-エンドルフィンを欲します。一定のラインを超えるまで、β-エンドルフィンを欲する状態は持続します。

β-エンドルフィンの分泌と同時に、脳の興奮を沈静するためにコルチゾールという抑制物質も分泌されますが、パチンコで強い刺激を与え続けると脳の興奮、大量のコルチゾールによって一気に沈静化します。

しかし、逆に脳には快感を得たいという記憶が残っているために、欲求が生まれ、衝動が抑えられなくなるのです。

パチンコのようなギャンブルは急激な興奮状態を得ることから、抜粋された記憶が残りやすく、中毒性が高くなり、抜け出すことが比較的に手間がかかるとされています。麻薬と同じ感覚に陥るとも言えるでしょう。

パチンコ依存症は病気なのですが、表面上は身体的異常が見受けられないために、自覚するまで時間がかかります。

自分で診断する場合は依存症の特徴を当てはめていくのが良いでしょう。

ある物質や行動への渇望、物質摂取や行動の制御の困難、禁断症状、軽度の不眠などの離脱症状、掛け金の増加、行動頻度の増加などの耐性、物質摂取や行動以外に対する関心の低下、障害を認知しながらの行動の継続が依存症の症状です。

軽度でも重度でも趣味から度を超えていると自覚したときには、既に上記の内容に当てはまっているはずです。

直接的なアプローチ 

January 13 [Tue], 2009, 15:01
これまでに解説してきました通り、ギャンブル依存症は立派な病気です。

しかしこの病気による苦しみは、その行為に伴う二次災害的なトラブルによるものが大きく、トラブルを解消することで「治った」と勘違いしてしまう傾向がありますが、その考えは大間違いで、トラブルが解消しても依存症が治るわけではありません。

もちろんトラブルの中には放っておけば命に関わる深刻なものもありますので、眼前の深刻なトラブルを対処しつつ、後回しにしても日常の生活に支障が生じる可能性の低いトラブルはひとまず置いておいて、ギャンブルに走ってしまう現状を改めなければなりません。

そのためには、依存症者本人が「自分は病気である」と自覚しないと始まりません。

ギャンブル依存症に陥ってしまった人に 

July 07 [Mon], 2008, 11:44
この記事はギャンブル依存症に陥ってしまった人にぜひ読んでほしい。

「お金が目当てではないのにパチンコ・マージャン・競馬などギャンブルを止められず苦しんでいる人々がいる。一部の精神科医はこうした人々を『ギャンブル依存症』と呼ぶ。どこからが依存症なのか、線引きは難しい。ただ、家庭生活や仕事を犠牲にしても強迫的にギャンブルを続けるのは間違いなく“病気”なのだという。

「16歳の時、初めてパチンコに行った。ギャンブルではなくただのゲームと思っていた」と、神奈川県の主婦、大沢貴子さん(仮名)は振り返る。結婚後も休日や夕食後は夫婦そろってパチンコ店へ通った。「単に暇つぶしだった」。
 28歳の時に自分で小料理屋を始めた。閉店後の帰り道、深夜のゲーム喫茶に寄りポーカーゲームをやるのが習慣になった。30歳を過ぎてからは「昼はパチンコ、夜はポーカー」と急速にのめり込んでいく。カネを握りしめスリルと興奮ぬ震えながら台に向かった。自分の給料やサラ金からの借金で「2000万はつぎ込んだ」。
 30歳代後半、「病気だ」という家族に促され精神病院に何回か入院したが、精神状態が安定し退院すると再びパチンコ店通いが始まった。
  やめたくてもやめられない。膨らむ借金、家族への罪悪感-------。「世の中にこんな人間はいらない」と、涙を流しながら、体はポーカーゲーム機に向かった。そんなとき、「ギャンブル依存症」という言葉に出会った。「ああ、自分のことだ」と実感した。
依存症に関するセミナーに参加したことがきっかけで、大沢さんらギャンブル依存症者5人が自助グループ「GA(ギャンブラーズ・アノニマス)」を東京で設立したのは89年。GAメンバーの参加条件は「ギャンブルをやめたいという願望をもっていることだけ」。全員匿名のミーティングで各自が体験や考えを話し、他人の話しには聞き役に徹するのが原則だ。
仲間と話し、「子供がいない生活がむなしかった」「一人で店の後片づけをするのが寂しかった」などと自分の気持ちを整理するなかで、次第にギャンブルへの執着が薄れていった。自分の弱いところを含めてさらけ出すうちに「自分も生きている価値があるかもしれない」と感じるようになった。GAに加わってから1年、大沢さんはパチンコともポーカーゲームとも無縁の生活を取り戻した。
 たった5人から始まった日本のGAは今、各地のギャンブル依存症者の手によって大阪、名古屋、北九州など全国7ヶ所に広がっている」

■家族の協力
「妻が夫(G男38)のギャンブル依存症のことで相談に来た。G男は父親がパチンコ好きで、幼いときに時々パチンコ店に連れていかれた。学生時代はマージャンが好きで、かなりの腕前だった。大学中退後、父親の紹介で就職し、初めは精を出して働いた。しかし上肢や仲間との人間関係がうまくゆかず、ストレスが溜まっていったようだ。
そんな時、友人に誘われパチンコ店に行った。運良く数万円勝ことが出来たのが病みつきとなった。パチンコ台の前に坐って「チーン、ジャラジャラ」という音を聞くと、イライラや不快な感情もたちまち消し飛んで、気持も開放され心が癒されるのだった。負けが込んでも「いつか必ず大当たりが出る」と思って、足繁く通うようになった。
 出勤前にパチンコ店に行くので遅刻が多くなった。昼休みにも出掛け、夕方はパチンコ店に直行し閉店までやる。当然、給料では足りなくなり、友人や会社から借金し、サラ金にも手を出し、あっという間に300万円の借金が出来た。驚いた妻は自分の両親に話して借金して返済し、もう絶対にパチンコはしないと夫に約束させた。
ところが、一月も経たないうちにG男はパチンコ店に行き、また200万円の借金を作ってしまった。ついに朝から夜までパチンコ店に入りびたりとなり、会社も辞めさせられた。妻は工面して返済し、夫に誓約書を書かせた。仕方なく妻が働きに出たがG男のパチンコ通いは止まらず、借金を重ねた。妻は離婚を考えている。

パチンコ・マージャン・競馬などのギャンブルにのめり込むと、様々な不都合が生じる。借金が出来、家族関係に軋轢が生じ、職場でも信用を失うことになる。分かっていても止められないのが病気である。
パチンコ依存症は一般に、物静かで無口で目立たない。自己主張は乏しく、消極的な性格である。友人は少なく、他人と付き合うことに気を使い。些細なことで傷ついたり、気配りで自分が疲れてしまい。程良い人間関係がつくれない傾向がある。半面、負けず嫌いで、強い自尊心を持ち、他人からの干渉を嫌う。心は強い空虚感に被われ、イライラし、不安を感じ、葛藤している。

治療の際の注意として、自らの置かれた事態を認識させるため、借金は家族が安易に肩代わりするのではなく、少しずつでも自分で返済させるのが大事だ。家族も心理的に巻き込まれていることが多いので、家族全体が治療・回復に協力し、治療グループや自助グループに参加し、回復した仲間と出会うことが有効である。

(参考:ドクトルアウンの気になる健康情報)