食事をしながら、阪根さんの話は続く。
日本人が日本人であるために、アンデスのことを話している。日本のことも知らずに、アンデスのことを学んでも意味がない。アンデスを通して日本のことを考える。子どもたちに、いつも話をしている「自分とちがうものと出会う中で、自分自身を見直そう。」「本物と出会う中で、本当の自分に出会おう。」・・・。このことと、阪根さんの話が、あまりに共通していて、本当にうれしくなってしまった。ますます魅力を感じた。
日本文化の大切な部分。例えば七五三、お正月。昔からある習慣だからやっている・・・のではなく、なぜそれが始まったのか、そして、どうしてそれを受け継いでいかなければならないのかを、日本人である自分たち自身が、ちゃんと認識していなければいけないなぁ。
チャンカイ文化には、日本の侘び・寂びに通じる感覚が感じられるとのことだった。
白い皿が、寂しいのではなく、いろんな色彩を味わったうえで、究極のもの、洗練されていった証が白い食器となったと考えれば、チャンカイの白と黒も、洗練されたものに見えてくる。本当に、そういう気がする。
話を聞きながら、3000年の時を越え、インカの人たちと同化していく感覚を味わっている。これは、この後、マチュピチュをはじめ、いたるところで感じることとなる。
日本人が日本人であるために、アンデスのことを話している。日本のことも知らずに、アンデスのことを学んでも意味がない。アンデスを通して日本のことを考える。子どもたちに、いつも話をしている「自分とちがうものと出会う中で、自分自身を見直そう。」「本物と出会う中で、本当の自分に出会おう。」・・・。このことと、阪根さんの話が、あまりに共通していて、本当にうれしくなってしまった。ますます魅力を感じた。
日本文化の大切な部分。例えば七五三、お正月。昔からある習慣だからやっている・・・のではなく、なぜそれが始まったのか、そして、どうしてそれを受け継いでいかなければならないのかを、日本人である自分たち自身が、ちゃんと認識していなければいけないなぁ。
チャンカイ文化には、日本の侘び・寂びに通じる感覚が感じられるとのことだった。白い皿が、寂しいのではなく、いろんな色彩を味わったうえで、究極のもの、洗練されていった証が白い食器となったと考えれば、チャンカイの白と黒も、洗練されたものに見えてくる。本当に、そういう気がする。
話を聞きながら、3000年の時を越え、インカの人たちと同化していく感覚を味わっている。これは、この後、マチュピチュをはじめ、いたるところで感じることとなる。
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