5年間、どうも有り難う 

2009年12月02日(水) 23時00分
雨の日も凍てつく寒さの日も病院に通った
めがねの奥から覗く先生の笑顔
淡々と告げる言葉の端はしに何となく親しみを覚えたのは
私だけじゃないと思う
病的にはインシュリンも当たり前なのに
臆病な私は何時も逃げていた
糖尿病の私
何故か何時も病を否定していた
喉の渇きもなく甘いものも口にしない
なのになんで糖尿病なのって自分に問いかけていた
嫌な患者だったかも知れない
血糖値が下がってもお薬ばかりが増える
減らして下さいと懇願する
でも先生の答えは何時だって冷静だった
心の中で反発していた私
5年間も通い続けた
2ヶ月間病院へ足を運ぶこともなく服用も中断した
素人判断で。
他の病院の門をくぐり結果を求めた事も
何となく空しい
迷ったあげくやっぱり戻っている 
結果ヘモグロビンが怖いほど上昇していた
恥ずかしかった
私はやっぱり糖尿病患者
娘のお産で2ヶ月他府県に行き服用出来なかった言い訳をする
私の小さな作り事
でもお産は娘さんでしょう、薬を何故取りに来なかったのかと
詰問される
10,7にも上がっていたヘモグロビンの数値
体がだるくのどの乾きを覚え暇があれば横になっていた
悪くなっているという悲しい自覚があった
1ヵ月後
訪れた検査日に先生の移動を知らされる
何故か涙ぐんでいる私。
お世話になりましたって深くお辞儀して病院を後にした
お母さんは人間が好きなのかも。娘が笑った
心の中に大きな穴があいたような
寂しさが襲う
紹介状を書いていただいた
だけど、直ぐには
新しい病院の門をくぐる心境にはなれない
我儘いっぱいの患者で
お薬も飲んだり飲まずだったり診察の予約もキャンセルしてみたり
そのしっぺ返しが現在の数値に出ている
糖尿病との闘いは永遠に続くだろうと思う
娘が言うように人間好きの私だから 
何ヶ月後には新しい病院の門をくぐっているかも 
何年か又通うのかな。








老いを見つめて 

2009年10月14日(水) 20時26分
背負い切れないほどの病気持ちの私
良いとこなしって主人が何時も笑う
いっぱいの病とのにらめっこ
気持ちだけは負けていないけどやっぱり怖い
癌,

そして昨日襲ったリュウマチに似た症状
右足の激痛に涙した
昨日は殆ど寝ていない
リュウマチは私の家系
兄が歩けなくて仕事を断念したのも
今の私と同じ歳
歩行困難って言葉が覆いかぶさる
腰を痛めているお隣の奥さんの事を一瞬思った
他人ごとのように耳を傾けていた自分が恥ずかい
動けないってこんなにも辛いんだ
眠りの世界に没頭したいのに
門は固く閉ざされてしまう
癌も怖い
でもリュウマチだって負けないぐらいに怖い
喉頭の後に出来物も抱えているよ
胃カメラを受けた時に見つかりそれも又病院通い
老いるってこんなことなのかな
仲良くなんてなりたくないのに何時も手をつないでしまう
落ち込んだり
立ち上がったり
まるで梅雨空のようにどんよりと。
そんな私の日々
朝目覚め日々同じ事の繰り返し
でもそんな平凡さが私は大好き
病気になって始めて痛感する
入院しなかったら分からないこと
まな板の鯉になって大きな手術を受ける
終えた後の疲労感と吐き気、高熱との闘い
何故か誰とも会いたくなかった。一人ぽっちでいたかった
自分であって自分じゃない
あれからもう2年半だよ
よく頑張ったと思う
老いから逃げることなく素敵に歳を重ねていきたい
主人とは共に白髪まで










夏のなごり 

2009年08月22日(土) 21時51分
うだるような暑さ
夏に弱い私は何時も汗との闘い
ハンカチと扇子が全く手離せない
悲しいかな親から譲り受けた体質
亡くなった母も何時も汗を拭っていた
私も同じ
楽しかったお盆も去り又寂しい秋を迎えようとしている
私の頼りない小さな旦那様
ますます頼りなく
仕方ないかな
まだピカピカの小学一年生だから
お盆、主人は恒例の帰省
小さな旦那様との2泊3日の伊勢旅行
早くに駅に着きすぎて汗を拭い拭い待ち時間のなんと長いこと
苛立ち顔の二人
娘達は車で、現地で待ち合わせ
旅行はやっぱり賑やかなのがいい
娘達家族は一泊だけ
賑やかさを想い出したのか
2日目夕食時、孫は涙ぐみ洋服の袖で落ちる涙を何度も何度も拭っていた
前の日の楽しさが忘れられなかったのか、目にいっぱいの光る涙
叔母さんと、従兄弟達、そして両親、弟
その温もりを追いかけていたんだろうか
拭っても拭っても落ちる涙
その闘い。
私の小さな旦那様、言葉通り頼りなかったよ
でも口は心とは反対にしっかり料理をほおばっていた
私も孫に負けず生ビールを3杯も。
楽しい想いで。
やっぱり子供は子供、食事タイムだけがおセンチで
後はあっけらかんとしている
帰りたくない
もう一晩泊まりたいとダダをこねる
あの涙、何なのって問いかけたい心境 
チェックアウトしてから一時間プールで孫を遊ばせる
嬉しそうな屈託のない笑顔
潜り潜り視線を私に投げかける。でも
どこか寂しげな笑顔
小さな旦那様の役割は可哀相かな。もう今年で卒業させてあげようかな
孫の背中に
問いかける、私のひとり言
私がもっともっと元気になったら
もう頼らないよ
何時もごめんね
疲れて眠る姿は何処かあどけなさが
夢でも見てるんだろうか
本当にお疲れ様





私の小さな旦那様 

2009年05月30日(土) 19時56分
私には旦那様がいるよ
大恋愛で突っ走ったかけがいのないたったひとりの旦那様.でも
お盆とか、ゴールデンウィークには必ず生まれ育った田舎に,旦那様は帰省だよ
寂しくて何故か私はいつも冬眠してしまう
2年前にわずらった癌のせいだろうか
私は直腸癌
便をため排泄するべき直腸が切除され少量の便しかでなく
何度もトイレに走らなくてはいけない
それが私の後遺症の病。
夜中に目覚めトイレ近くで横になる、何で?自分に問う。だけどなんの答も戻ってこない
梅雨空のどんよりしたお天気と同じ。
冬眠はずっと眠っていられるけど私には間違いなく朝はやってくる
僅か2,3時間の眠りの日は
ふらふらで台所に向かう、しっかりねって自分を励ましながら
悲しい私の病です
主人の故郷、本当に暖かい人達の集まり
そして私には勿体無い姉妹達
でも何回もトイレに立つ自分は見せたくない、たとえ気心知れた主人でも
だから田舎には自然と足が遠のいてしまう。ごめんなさい
主人が帰省したら寂しいから
小さな旦那様、僅か6歳ピカピカの小学一年生の孫との旅に心が
走ってしまう
仲居さんが、孫を見て小さな旦那様って声を掛けてくださった
向き合うなんと小さな体つき、でも小さいながらしっかり役割を果たしてくれている
ステーキを頑張ってほうばっていた。あの小さな口元で。
又お盆も声を掛けているよ
夏はプールだからイルカの浮き輪、ゴーグル、水着、
用意したのって今から声掛けている
まだ夏じゃないよって孫の答え
私の小さな旦那様
これからも宜しくね
本当に有り難う




辛い検査とにらめっこ 

2009年02月13日(金) 19時58分
逃げ場がないから仕方なしに病院の門をくぐる。
癌という病に背を向けている自分がいる
でも、今日は大切な大腸カメラ。
三人の仲間がいた。
高齢のお婆さんと、サラリーマン風の50歳前位のの男性だろうか。
黙々と本に目を傾けていた。
お婆さんは苦手な薬を飲むことに不満をぶつけていた。
2リットルスポーツドリンクの味、ポカリに似た味の飲み物を時間制限で
飲まなくては検査が行えない
私は4回目だよ。
自慢じゃないけど苦しさを知っている。
これよりも後に行われるカメラの方が怖い
飲み終えて院内を散歩する
地下の売店、点滴をぶら下げてコインランドリーに向かった屋上
どれもが懐かしい想い出
あんな大手術にも耐えれたんでしょう、
自分に問いかける。
こんな大腸カメラでびびっていたらどうするのって
励ましの言葉をかけていた
だけどやっぱり怖い。
指定の服に着替え鎮静剤の点滴、看護師さんが何人かいた
研修医らしき若い先生の顔も。
そして担当の先生の顔も。
何度か入院中に室内を訪れた先生だった
ほっと安堵。
辛い検査、横を向き仰向けにもなりどんどん検査始まる
時折優しく声を掛けて下さる看護師さん
その声に耳を傾ける余裕なく
次からは痛み止めなしですよって何処からか声が。今までに受けた
開業医の先生のカメラとは全然違っていた
針が太いのかな
甘く考えていた自分がこっけい。
直腸癌で肛門の近くだったからさほど上までいかなかったんだろうか
もうやめて下さい、言葉にならないひとりごと。
前の病院で痛み止めしたんですか
先生からの質問
これからは痛み止めなくおこないますよ
ハイ、聞こえるか聞こえないかの私の答え
先生の耳に届いたのかな
異常全くなし再発もしていないですよ
大きな先生の声が耳の側で。
ポリープもなく又再発もなく辛い検査を終えた
ほっと安堵。
明日は造影剤のCTそして結果待ち。
家路に向かう足取りのなんと軽いこと
まるでサクラ咲く春が訪れたかのように
るんるん気分の私。
お疲れ様って自分に声掛けていたよ。





日陰に生きたのかな 

2009年01月11日(日) 20時19分
裏道20年、よく辛抱したね、
今の主人の叔母さんからかけられた言葉
そうなんだ、励まされる。
よく頑張ったね、安らぎの言葉をわが身に語りかける
がむしゃらに駆けたわが人生、20年にもなるんだね。
籍が欲しいと思った
わが女房って人にも語りかけて欲しいって思った昔。
心ある人間だから
紙切れ一枚でもいい、絆が欲しかった、真実。
でも私は一度も言葉にはしなかった
人それぞれの心あり人生がある。
只捨てられたらどうしょう
泣いて帰る家もない、甘えて泣きつく人もいない
妹がお金を借りにきたら突き放す
それが勘当同然の長男からの言葉だった
自分で選択したわが道
負けるもんかって自分に言い聞かせ20年。
何時の間にか人との輪を失っていた
子供が幼くて父兄の集まりにも参加できずにいた
心閉ざす自分にいつも苛立っていた癖に
何時までも、しがみついていた私。
どっちが本当の自分なんだろう
だから今の自分があるのだと思う
お正月主人の姉妹と憩いの時間を持ったよ
めっちゃ楽しくて傍で笑顔の年老いた姉達の笑顔を見て
幸せだって心から思った
私は一人の時間が好きだから
足を運んだりはしないけど、本当は義理だけど好きなんだと思った
只、輪が苦手だったから
付いていけなかっただけで
本当は好きなんだ
お酒がとても美味しくて傍らにいた妹の体をさすっていた
久しぶりの二日酔い。
又こんな団欒、いいなあ。 
妹の再婚の旦那様、温厚で優しくて妹を
天女様のようだと語って下さった
なるほど
痛感した。
お裁縫が出来て料理うまく包み込む優しさ
そのひとつも私は満たしていない
苦手な針仕事、頑張ります。






最後になってしまった笑顔 

2008年12月31日(水) 21時28分
末期がんの告知を受けていた主人の姪
私と同じ病だけにいつも自分を重ねていたように思う。お見舞いに行って屈託のない笑顔に迎えられて凄い人だと思った
私なら
作れるるだろうか。
あの満面の笑顔。まるで
クリスマスの終わりを待つかのように逝ってしまった
危篤の知らせに足踏みした私
今も悔いが残る。
苦しみを見るだけだから、と主人は言った。
でも、その温もりに触れたかった。
さすって上げれば良かった 
色んな思いが心をよぎる。
まさかあんなに早く逝っててしまうとは思えなかった
しっかりした眼差しであんなに血色が良かったのに。
明日はわが身なんだろうか
だけど、楽になれてよかったね。
生きている私なんか苦悩とはいつもにらめっこだよ。
心がいつも病に追っかけられている。
転んだらつかまると思い只ひたすら頑張って駆けている
何時かは姪のようにつかまってしまうんだろうけどね。
今は努力してるから
もう少しは大丈夫かな。
お葬式、綺麗に薄化粧をして貰っていた。
痔だと思って病院に行かなかったと語っていた
それが命取りになるなんて
肺に転移肝臓にも脳にも。
車のドアを閉めただけで腕が骨折なんて
癌の怖さ、
つくづく怖いって思う。
私は絶対に痔とは思えなかった
人にも言えず悩み悩んだ末に病院の門をくぐったよ。
だから今の私が存在しているのかも。
何で直ぐ行かなかったの?って
今はもういない姪に問いかけてみたい。
もう遅いんだろうけど。悪びれた素振りでめんどくさかったからって
言葉が返ってくるんじゃないかな。
病院嫌いだったから。
大好きなお酒もちょびりちょびり呑んでたね。
貴女らしい。
天国でも呑んでいるかな。 
息子のようだった弟の事案じてるかも。
やっぱり貴女らしいよ。






告知せず 

2008年11月16日(日) 20時07分
この題名のドラマに自分を重ねてみた。
現実でなくドラマなのに何故あんなに演じることが出来るんだろう
大好きな俳優さんばかりであっという間の時間だった
腸から肝臓、肺、そして全身に転移
いちからのドラマが始まる
太陽のような存在の女性、ドラマの中だけど涙の一ページが始まろうとしている。
早期発見が笑顔と涙の区切りなのかな
たまたま病院に行ったのが早かったから私は
今の幸せを掴んでいる。
もう少し病院の門をくぐるのが遅れていたらステージVかWでドラマのように末期を迎えていたのかも
知れない。
今の先生は昔のように告知を戸惑ったりはしない
普通のように病名を告げる、でも家族だったらどうなんだろう。問いかけて見たい。
やっぱり同じかな
私は開業医の先生に診察していただき痔からの出血じゃないと
診断された、でも。
カメラが怖くて先の細い病院をパソコンで調べ去年の春大腸カメラを受けた
不思議な先生で内診もせず短い会話だけで痔、と判断され
カメラを受ける。
結果進行がんだった。
先生の優しい思いやりなんだろうか
娘に病名を告げ私本人には癌との説明の言葉は無かった。
ここで取りきれないので入院です、とおっしゃった。
知らずは私だけ、このドラマのように家族が悲しみにぶつかり狼狽する。
私は太陽じゃないけどやっぱり存在しなくてはいけない
主人にとっても子供達にも。
でも大きな病院ではっきり告知された。
直腸癌だと。もしかしたら人工肛門ですと。
さらりと告げられたので涙も動揺もなく
実感としてわいててこず淡々と耳を傾けていた私。
ドラマの女性にはもう明日が無いけど、私にはまだ明日がやってくる
手術して頑張れば乗り切れるかも
心の葛藤だった
今になって振り返れば。
心も体もうっとうしい梅雨空のようだけど 
もう少し頑張るよ。


涙のあしあと 

2008年10月25日(土) 21時54分
何だったのかな、あのときの涙。枯れてしまった涙
こんにちはって挨拶が今になって出来る。
いつだって病と向かいあっているのに。
知らん振りしている自分がいる。
三年目が転移で一番危険だと、おっしゃった先生。
何時だって心の中から拭い去ることの無い私の病。
今日は元気で有り難うって感謝の気持ち。
でも、明日は分からない。
咳き込む
胃のむかむか
転移かな。恐れている自分をいつも発見。
人は必ず訪れる死。
遅かれ早かれ必ず訪れる死。
私は癌、神様があた得てくださった運命。
たまたま早期発見で救われた小さな命。
大きな命なんだろうけど、試練かな。
幸せな家庭を崩した私の戸板に豆なんだろうか。
自分にいつも問いかけている。
只、早かった発見で今、元気に過ごしている。
でも、いつも転移とリンパのことが常に頭に。
健康な人には理解出来ないだろうけど、
拭い去らない病。
来年の今頃、元気かな、
紅葉も見たいし家族と雑談に花も咲かせたい。
解禁になった蟹もお腹いっぱい味わって見たい。
想いでになるなんていやだよ。
だけどぐっすり眠った夢の世界では
涙が枕を濡らしてる。
幼馴染の友の家近くうろうろしていた
どうしているのかな
かずちゃん、
ふさちゃん、
目が覚める。
来年又入院だろうか。
優しい主治医の先生に看護士さん、
でもやっぱり戻りたくない。
一日でも元気でいたい。
直腸癌、とっても悲しい病気です。
歩いた足跡をたどって
いつも不安とにらめっっこの私
家族の誰も知らないと思う、悟られたくない
些細な思いやりかな。
私の。


病と又、にらめっこかな 

2008年06月21日(土) 21時15分
1年ぶり再度の入院、懐かしい看護婦さんの笑顔に出会う
右を見ても左を見ても何も変わらない
変化があるとしたら私の心の中だけじゃないかな。
腹壁瘢痕ヘルニア、今度の病名だよ。
前は直腸癌、皆が恐れる癌の一種。やっと乗り越えたばかりなのに。
又手術とにらめっこだよ。
人のいないところで涙を拭い、表にでたら作った笑顔で笑っている。
そんな自分が愛しくて声援の声を送る
頑張ろうよって。
だけどやっぱりいじけてしまう。
腰推麻酔、脳につながっていて帝王切開でのお産の時と同じ麻酔。
帝王切開なら苦しんだ痛みの後に我が子との対面がが待っている
でも私の場合、痛みと不安だけが取り残される
当日主人と娘、幼い孫が来てくれた。
それまでの私、拭っても拭っても涙が頬を伝っていた
やっぱり怖いよ。
でも直ぐに気持ちを切り替えている自分がいた
手術室に向かう足取り重く作った笑顔を家族に送っている
幼い孫の顔、今にも大粒の涙が落ちそうで。
腰の骨に打つ注射、骨が固いのか中々入らず4回繰りかえしさす、入って下さいと懇願する。
局所麻酔先生たちの会話が何処ともなく耳に入る
助けて、心の中の叫び声が
先生達に届いたかな。
麻酔の女医さん女優の真野響子に似た美人、私の両肩を両腕で抱きしめて大丈夫よって
励まし血圧186に上がったのを心配げに見つめている
常に血圧計とのにらめっこ。
酸素マスクがぴったりくっつき過ぎて触りまくっていた私
先生の麻酔が効いているのかの質問攻めにあう
お腹から下ものすごく熱く感覚なし。
一時間十五分、終わりましたの先生の声。忘れていた涙が
又頬を伝う。
有り難うございました、何度も何度も心からのお礼を述べる
個室が満室で4人部屋、頭だけは動かさないでね、って何度も看護婦さんに言われる
麻酔が脳につながっているから動くと吐き気頭痛が伴うとの事。
でも何もなく微熱だけが続き一日中動かれず辛かった。
部屋を調整してくださったのか念願の個室に入れた。
直腸癌の術後はもっともっと元気だったのに寝てばかり。
年を重ねたせいだろうか。
もう手術もこりごり入院も嫌だよ。
一週間辛い辛い涙の闘病記でした。

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