チェンナイの歴史 

September 26 [Sat], 2015, 18:45
チェンナイ周辺は、1世紀頃から都市として存在し、パッラヴァ朝、チョーラ朝、パーンディヤ朝、ヴィジャヤナガル王国などの諸王朝に治められていた。特にマイラーップル(英語版)周辺は、パッラヴァ朝の主要な港として重要な位置にあった。
1522年ポルトガルがこの地の近くに要塞を建設し、この地に到って活動し死去したと伝説されるキリスト教のイエスの使徒の一人聖トマスに因んで、サン・トメ要塞と名付けた。
この地はもともとチェンナイとは呼ばれておらず、その名は16世紀のある英雄の名前に由来した。1565年以降、ヴィジャヤナガル王国がターリコータの戦いでムスリム5王国に大敗したのち、隣接するビジャープル王国、ゴールコンダ王国の侵入が頻発していた。チェンナイ近くシュリーカラハスティ(英語版)の領主ダーマルラ・チェンナッパ・ナーヤカ(英語版)は、衰退するヴィジャヤナガル王国のために、ビジャープル王国とゴールコンタ王国の侵入軍と日々戦っていた。
そんな中、1580年、ゴールコンダ王イブラーヒーム・クリー・クトゥブ・シャーが大軍をヴィジャヤンガル王国に派遣してきた。ダーマルラ・チェンナッパ・ナーヤカはこの一大侵攻を食い止めるため、ゴールコンダの大軍と奮戦し、自らの命と引き換えに撃退して王国を守ったのだった。
後を継いだ息子のダーマルラ・ヴェンカタ・ナーヤカは、王国の忠臣だった父の死を悼んで、父の名の一部「チェンナッパ」をとって、この地を「チェンナッパッタナム (Chennapattanam)」と名付けたのだった。それがこの都市の名の由来で、のちに「チェンナイ」とよばれるようになるのである。
1639年8月22日、イギリス東インド会社がダーマルラ・ヴェンカタ・ナーヤカからその中間の土地を取得し、1640年にセント・ジョージ要塞を建設し、チェンナイから「マドラス」と改名した。そして、この要塞を中心に、徐々に市街地が広がっていくことになった。
1746年、モーリシャスの総督であったフランスの将軍ラ・ブルドネ(英語版)が侵攻し、セント・ジョージ要塞とマドラス市街および周辺村落を占領したが、1748年オーストリア継承戦争の結果結ばれたアーヘン和約に基づき、1749年イギリスはマドラスの支配を回復した。
この経験によってイギリスは、セント・ジョージ要塞の規模を拡張し、更なるフランスの侵攻およびマイソール王国支配者ハイダル・アリーの侵攻に備えた。
この要塞を拠点として、18世紀末までにイギリスは現在のタミル・ナードゥ州、アーンドラ・プラデーシュ州、カルナータカ州にあたる地域に勢力を拡大し、マドラス管区を設置してマドラスをその首府とした。
イギリス支配の下でマドラスは、マドラス管区の中枢として、また海軍基地として発展した。19世紀後半の鉄道敷設に伴い、ボンベイ(現在のムンバイ)やカルカッタ(現在のコルカタ)などのインドの他の重要都市や内陸の諸地域と連結した。第一次世界大戦中には、石油貯蔵庫がドイツの軽巡洋艦エムデンによって砲撃され、中央同盟国によって攻撃されたインドにおける唯一の都市となった。
1947年の独立後、マドラスはマドラス州(英語版)の州都となり、1965年から1967年には、インド全土のヒンディー語公用語化に反対する拠点となる。1968年にマドラス州はタミル・ナードゥ州となり、マドラスはその州都としてとどまる。
スリランカ内戦に伴い、マドラスでは時折政治的な暴力事件が発生する。1984年にタミル・イーラム解放のトラによって空港に仕掛けられた爆弾により33人が殺害された事件を始め、1991年にはイーラム革命的解放人民戦線のメンバー13人と民間人2人が殺害されるなどの事件が発生している。これに対し当局は断固とした処置を行い、以降マドラスでは目立ったテロリストの活動は見受けられない。
1996年8月、都市名のマドラスは、植民地支配に由来する名前であるとして、英雄の名に由来するかつての「チェンナイ」の名に改められた。
2004年にはインド洋大津波の被害に見舞われ、多数が死傷、海岸線も変化した。

参照元:Wikipedia「チェンナイ

[PR]メンズコーディネート

チェンナイの教育機関 

September 26 [Sat], 2015, 18:44
チェンナイには、タミル・ナードゥ州立の学校と私立の学校とがある。私立の学校では主に英語で教育が行われており、州立の学校では州の公用語であるタミル語で教育が行われるものもあるが、英語を用いているものが多い。私立学校は普通、国の機関である後期中等教育中央審議会か、あるいは州の機関であるタミル・ナードゥ州後期中等教育審議会に加入している。また、インド高等学校卒業認定審議会に加入しているものや、モンテッソーリ・システムを採用しているもの、国際バカロレア資格を取得させるものもある。共通テストでは合格率がインド全土で最高である。

主な大学には、以下のようなものがある。

1857年創立のマドラス大学は、市内に3つのキャンパスを持ち、教養学、科学、商学などの幅広い教育を引き受けている総合大学である。市内のカレッジの多くがマドラス大学の傘下に加盟している。以下のようなものがある。
・マドラス基督教大学(Madras Christian College ; 1837年創立)
・マドラス管区大学(Presidency College ; 1840年創立)
・パッチャイヤッパル大学(Pachaiyappa's College ; 1842年創立)
・マドラス医科大学(Madras Medical College ; 1835年創立)
・ヴィヴェーカーナンダ大学(Vivekananda College ; 1948年創立)

また、マドラス大学の以下のカレッジは独自の組織として運営されている。
・基督教女子大学(英語版)(Women's Christian College ; 1915年創立)
・ロヨラ大学(英語版)(Loyola College, Chennai ; 1925年創立)
・国立服飾技術大学(英語版)(National Institute of Fashion Technology ; 1995年創立)
・アジア報道大学(英語版)(Asian College of Journalism ; 2000年創立)
・マドラス社会事業大学(英語版)(Madras School of Social Work ; 1952年創立)

南部郊外には、インド工科大学マドラス校(英語版)が1959年に創立されている。
同じく南部郊外に、1978年に創立されたアンナー大学(英語版)があるが、以下のようなカレッジの合同体である。
・ギンディ工科大学(英語版)(College of Engineering, Guindy ; 1794年創立)
・マドラス理科大学(英語版)(Madras Institute of Technology ; 1949年創立)
・アリャガッパー理科大学(英語版)(Alagappa College of Technology ; 1944年創立)
・建築設計大学(英語版)(School of Architecture and Planning ; 1957年創立)

この他、タミル・ナードゥ州にある工科、理科、建築に関する大学は、おおかたアンナー大学に所属している。また、独立して運営されている大学が他に多数存在する。
アンベードカル博士法科大学(英語版)は、1891年に創立された。
マドラス医科大学は1835年に創立された、インドの中でも医科教育の機関としては最も古い部類に入る大学である。

・スタンレー医科大学(英語版)
・キーリュパウク医科大学
・シュリー・ラーマチャンドラ医科大学・研究所(英語版)
・マドラス獣医科大学(英語版)は、1903年に創立された、インド最初の獣医科専門大学である。
1890年に設置されたコンネマラ公共図書館(英語版)は、インドの4つの国立保管センター(英語版)のうちのひとつであり、したがってインドで発行された新聞と図書をすべて保管している。ユネスコの指定情報センターともなっている。
この他に主要な図書館として、セント・ジョージ要塞にあるインド考古調査局図書館や、ラーマクリシュナ僧院図書館、クリシュナムールティ協会図書館などがある。

参照元:Wikipedia「チェンナイ

チェンナイの交通機関 

September 26 [Sat], 2015, 18:42
「南インドの玄関口」として知られるチェンナイは、国内交通のみならず国際交通の重要な集結点である。

◯道路
5つの幹線高速国道がコルカタ、バンガルール、ティルチラーッパッリ、ティルヴァッルール、パーンディッチェーリへと放射状に広がっている。チェンナイ・バスターミナル (Chennai Mofussil Bus Terminus: CMBT) は、数多くの都市間を結ぶ中・長距離バスの終着点となっており、南アジア最大のバスターミナルであると言われる。現在、7つの交通公社が都市間バスを運営しており、その他にも多くの私営のバス会社が都市間・州間バスの終着点として利用している。以前はチェンナイの中心街パリース (Parrys) にあったが、近年西部郊外のコーヤンペードゥ(英語版) (Koyambedu / Coimbedu) に移され、大幅に拡張された。
都市圏内バスは大都市交通公社(英語版)によって運営されている。公社は2773台のバスで375路線の運送を行っており、一日当たり約420万人を運んでいる。郊外では公社の運営ではない小型乗合自動車が数多く運行している。また、「ミニキャブ」(Mini Cabs) という愛称を持つ小型ミニバンの路線運行も都市圏内外で行われている。
タクシーは、空港などの大規模施設からは料金固定制タクシー、その他ではメーター制のタクシーも走っているが、最も多いのはオートリキシャーであり、料金はほとんどの場合、交渉制である。

◯鉄道
チェンナイには2つの終着駅がある。一つはインド各地の都市と結ばれている地域最大の終着駅チェンナイ中央駅、もう一つはタミル・ナードゥ州各地を結ぶ鉄道の終着駅であるチェンナイ・エグモア駅(英語版)である。
チェンナイの近郊列車は4路線ある。
・チェンナイ中央駅 ----- アラッコーナム駅 路線
・チェンナイ中央駅 ----- スーッルールペータ駅 路線
・チェンナイ海岸駅 ----- チェンガルパットゥ駅 路線
・チェンナイMRTS(英語版)(高速大量輸送システム: MRTS)
MRTSは高架上の広軌鉄道で、一部は開通しているが建設が進行中であり、完成すれば他の3路線すべてと連絡する予定である。また、地下鉄(英語版)の建設も州政府によって推進されており、現在計画中である。

◯空港
チェンナイの南西部郊外に建設されたチェンナイ国際空港は、国内線の重要拠点であるのみならず、国外から南インド各地へ向かう人々のインドへの入り口となる空港である。30以上の航空会社の航空便により、南アジア、東南アジア、中東、欧州、北アメリカの各地のハブ空港と繋がっている。貨物便の発着便数は、国内第2位の規模である。

◯港湾
チェンナイはチェンナイ港(英語版)を擁しており、また北隣のティルヴァッルール県にあるエンノール港(英語版)も、チェンナイの港として機能している。チェンナイ港は国内第二の規模であり、自動車や機械類などを総合的に扱っている。一方エンノール港は、石炭や鉱石などの積荷を扱っている、国内第12位の港である。
これとは別に、ローヤプラム(英語版)には、地域の漁民と漁船が利用する漁港がある。

参照元:Wikipedia「チェンナイ
P R
2015年09月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
カテゴリアーカイブ
ヤプミー!一覧
読者になる
月別アーカイブ
http://yaplog.jp/y54mx262/index1_0.rdf