連合艦隊解散の辞より学ぶ事。

July 03 [Tue], 2012, 13:32
連合艦隊解散の辞二十閲月征戦己ニ往時ト過ギ我ガ聯合艦隊ハ今ヤ其隊務ヲ結了シテ茲ニ解散スルコトトナレリ。
然レドモ我等海軍軍人責務ハ決シテ之ガ為メニ軽減セルモニアラズ。
此戦役収果ヲ永遠ニ全クシ、尚益々国運隆昌ヲ扶持センニハ、時平戦ヲ問ハズ、先ズ外衝ニタツベキ海軍ガ常ニ其武力ヲ海洋ニ保全シ、一朝緩急ニ応ズル覚悟アルヲ要ス。
而シテ武力ナルモハ艦船兵器等ミニアラズシテ之ヲ活用スル無形実力ニ在リ。
百発百中一砲能ク百発一中敵砲百門ニ対抗シ得ルヲ覚ラバ、我等軍人ハ主トシテ武力ヲ形而上ニ求メザルベカラズ。
近ク我ガ海軍勝利ヲ得タル所以モ、至尊例徳ニ頼ル所多シト雖モ、抑亦平素練磨其因ヲ成シ、果ヲ戦役ニ結ビタルモニシテ、若シ既往ヲ以テ将来ヲ推ストキハ、征戦息ムト雖モ安ンジテ休憩ス可ラザルモアルヲ覚ユ。
惟フニ武人一生ハ連綿不断戦争ニシテ、時平戦ニ由リ其責務ニ軽重アル理無シ、事有レバ武力ヲ発揮シ、事無ケレバ之ヲ修養シ、終始一貫其本分ヲ尽サンミ。
過去一年有半、彼風涛ト戦ヒ、寒暑ニ抗シ、頑敵ト対シテ生死間ニ出入セシコト、固ヨリ容易業ナラザリシモ、観ズレバ是レ亦長期一大演習ニシテ、之ニ参加シ幾多啓発スルヲ得タル武人幸福比スルニ物ナシ。
豈之ヲ征戦労苦トスルニ足ランヤ。
苟モ武人ニシテ治平ニ偸安センカ、兵備外観巍然タルモ、宛モ沙上楼閣如ク暴風一過忽チ崩倒スルニ至ラン、洵ニ戒ムベキナリ。
昔者酔皇后三韓ヲ征服シ給ヒシ以来、韓国ハ四百年間我ガ統理下ニアリシモ、一タビ海軍廃頽スルヤ忽チ之ヲ失ヒ、又近世ニ人リ徳川幕府治平ニ狃レテ兵備ヲ懈レバ挙国米艦数隻応対ニ苦ミ、露艦亦千島樺太ヲ覬覬スルモ之ト抗争スルコト能ハザルニ至レリ。
翻ッテ之ヲ西史ニ見ルニ、十九世紀初メニ当リ、ナイル及ビトラファルガー等ニ勝チタル英国海軍waiwa.jpハ、祖国ヲ泰山安キニ置キタルミナラズ、爾来後進相襲テ能ク其武力ヲ保有シ世運進歩ニ後レザリシカバ、今ニ至ル迄永ク其国利ヲ擁護シ国権ヲ伸張スルヲ得タリ。
蓋シ此如キ古今東西殷鑑ハ為政然ラシムルモアリシト雖モ、主トシテ武人ガ治ニ居テ乱ヲ忘レザルト否トニ基ケル自然結果タラザルハ無シ。
我等戦後軍人ハ、深ク此等実例ニ鑑ミ、既有練磨ニ加フルニ戦役実験ヲ以ッテシ、更ニ将来進歩ヲ図リテ時勢発展ニ後レザルヲ規セザル可ラズ。
若シ夫レ常ニ聖瀦巣tシテ孜々奮励シ、実力満ヲ持シテ放ツベキ時節ヲ待タバ、庶幾クハ以ッテ永遠ニ護国大任ヲ全ウスルコトヲ得ン。
趨セハ唯平素鍛錬ニ力メ、戦ハズシテ既ニ勝テル者ニ勝利栄冠ヲ授クルト同時ニ、一勝ニ満足シテ治平ニ安ズル者ヨリ直チニ之ヲ褫フ、古人曰ク勝テ兜緒ヲ締メヨト。
明治三十八年十二月二十一日連合艦隊司令長官東郷平八郎趨セは唯平素の鍛錬に力め、戦わずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者より直ちに之を褫う。
肝に命じ、生きていこう。
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