第1章・少女と月と吸血鬼1 

February 21 [Thu], 2008, 23:23
男が、黒髪の少女に近づいてゆく。

少女は鎖で手足を縛られていて身動きできない。
男が、その手に握った鞭を振るおうとした―その時。



ズン…!


「なッ…!?」

地響きと共に、男が床に膝をついた。
まるで見えない力に押さえつけられたかのように。
全く自由が利かないようだ。

「だ…誰だ!?」

男が暗闇に向かって叫んだ。


すると…


カツン……カツン…


雲間から月光が射し込んだ明かりに、人影が浮かび上がる。
背格好から、若い男のようだった。

「お前も…この悪魔の仲間か!?」



「……俺は…」
青年がゆっくりと口を開く。


「…悪魔などではない…」


静かな声だった。


そう言うと、彼は少女に向かってまっすぐに歩いてゆく。

少女は怯える様子もなく、ただ俯いていた。


「…お前が…ユリアか」




第1章・少女と月と吸血鬼2 

February 23 [Sat], 2008, 0:29
少女が顔を上げ、不思議そうに青年を見つめる。

「…此処から出よう」

彼の言葉とほぼ同時に、


―カシャン


鎖がひとりでに解け、乾いた音と共に床に落ちた。

戒めが解けた少女に、彼が手を差し伸べる。

「……俺と一緒に来い…」


少女は、ぎこちない動きで手を伸ばした。



「ま…待て!!」

男が叫ぶ。

「その悪魔をどうするつもりだ…!?」


青年は見向きもしない。

声の余韻が虚しく消えた。



そして二人の手が重なる。



青年はフッと笑ったようだった。

少女の小さな手を引いて立たせると、彼は出口に向かって歩き始めた。

その後ろに少女が従う。




「くッ…!待て――っ!?ぐぁぁぁぁッ」



―背後で、何かがグシャリと潰れる音がした。

第1章・少女と月と吸血鬼3 

February 24 [Sun], 2008, 0:22

真夜中の街を、一台の馬車が通り抜けて行った。

その中に、若い二人の影が見える。



長い黒髪の少女は痩せこけていて、みすぼらしい容姿だった。
大きな黒い眼が床ばかり見つめている。

少女とは対照的に、青年はとても美しかった。
優雅に波打つ金髪に、宝石を嵌め込んだかのような紅い瞳。
鼻筋はスッと通り、まるで人形のような整った顔立ちだ。
服も、一目で高級な物だと判る。
だが気取った感じは無く、若いながら不思議と貫禄もあった。






「…俺の名前はケイだ」

青年が話しだした。

少女は布切れのような服の裾をぎゅっと握りしめたまま、窓の外を見ている。

そんな少女に構わず、青年は続ける。


「好きに呼ぶと良い…。…いきなり連れ出して、悪かったな…」


少女は首を横に振った。

「…そうか。もし…迷惑で無かったら……俺の屋敷に住んで欲しい」


ケイの唐突な言葉にも、少女は頷くだけだった。
言葉を発そうとしない。





「……お前…声が出ないのか…?」

第1章・少女と月と吸血鬼4 

February 24 [Sun], 2008, 23:37

言葉は多少きつかったが、優しい声でケイが問うと、少女は口を固く結んで小さく頷いた。


「…そうか……」


一瞬、彼の眼に哀しみが映った。

「ユリア…」

少女―ユリアはケイを見上げる。


「……すまなかった…長い間、辛い思いをさせて…」


ユリアには、彼の言う事の意味が判らなかった。

ケイとは初対面のはず。
それなのに、彼はユリアの名前まで知っていた。
そしてあの教団から救ってくれたのだ。


「あぁ…もう1つ言って置かなければ……」

少し間を開け、

「―俺は…ヴァンパイアだ」


ケイがさらりと言った。


「……」

ユリアからは何の反応も無い。


「ヴァンパイアが何か、判るか?」

怪訝そうに眉をしかめたケイが問うと、ユリアは首を横に振る。


ケイは短く息を吐き、話し始めた。

「ヴァンパイアは…人血を糧としている。決して歳を取らず、滅多な事では死なない。……とにかく、人間から見れば化け物だ。」


ユリアは相変わらず、無表情のままだ。


「…俺が怖く無いのか…?」


普通、人間は未知の存在を怖がるはずだ。
だがユリアは何とも思っていないらしい。



ケイの言葉を、ユリアが肯定した。


「そうか…。お前は…変わっているな」

この少女には、感情と言う物が欠けているようだった。
それとも、純粋すぎるだけなのか。


それはケイにも判らない事だ。







窓の外が白み始め、鳥たちが目覚める頃。
二人の乗った馬車は、次の街へと向かっていた。

第1章・少女と月と吸血鬼5 

February 25 [Mon], 2008, 23:52


大きな街だった。

この街はとても治安が良く、商業も盛んだ。
道行く人々は皆、幸せそうに見える。



「…俺は此処の領主だ」

さも当たり前の様に、ケイがユリアに言った。

この吸血鬼の領主のお蔭で、街の平穏は護られている。
吸血鬼は、人間を片手で簡単に殺せる。
街の住人たちは吸血鬼の領主の機嫌を損ねない様、平和に暮らしているのだ。

それさえすれば、安定した生活が手に入る。

この街には、領主と住人の間に不思議な関係が築かれていた。




二人は森の前で馬車を降りた。

もう朝日が顔を見せていた。
吸血鬼と言えば太陽は苦手なはずだが、ケイは平気なようだ。


「此処からは歩く」


森の中には湿った空気が流れていた。
薄暗くて、この先に何が待っているのか判らない。

ユリアは少し眉をひそめながら、大人しくケイに着いて行った。




暫くして、開けた場所に出た。


「―俺の屋敷だ…」



領主の屋敷にしては小さめだが、煉瓦作りの綺麗な洋館が見えた。


門の前には、少年が待っている。


「…お帰りなさいませ、マスター。そして―ようこそ、ユリア様」

第1章・少女と月と吸血鬼6 

February 28 [Thu], 2008, 0:25
「…こいつはキラだ。身の回りの世話をさせている」


キラと呼ばれた少年は、ユリアに微笑みかけた。

彼の歳はユリアよりも下のようだ。
可愛らしい茶色の大きな眼が幼さを感じさせる。


ユリアは困ったように俯いてしまった。


「キラ…こいつは声が出ない」


突然の言葉に少し驚いた表情を見せたが、キラは笑顔を崩す事は無かった。

「…長い移動でお疲れでしょう。食事ができています。さぁ、どうぞ此方へ」


3人は屋敷へと入って行った。






鏡の如く磨かれた床。
廊下には埃ひとつ見当たらない。
天井から下がる大きなシャンデリアの光が眩かった。


ケイはユリアをキラに任せ、何処かの部屋に行ってしまった。

そして、ユリアは食堂に通された。
長いテーブルには温かい料理が並べられている。


「ユリア様、召し上がって下さい。お口に合えば良いのですが…」

ユリアは緊張した顔で椅子に座る。
だが、手を付けようとしない。

自分が居るとユリアに緊張させてしまうと考え、キラが機転を利かす。

「…僕は失礼します。どうぞごゆっくり」

笑顔のまま深々と頭を下げ、キラは食堂を後にした。





ユリアは広い食堂に、ぽつりと座っている。
(…どうすれば良いの…?)

全てがいきなりだ。
いきなり教団の施設から連れ出され、屋敷に住まう事になり、食事まで用意されていた。
ケイが何を考えているのか、全く謎だ。
自分の名前を知っていた事も。


そして、何故、自分を救ってくれたのか。

一番聞きたいのに、声が出ないせいで聞けなかった。




教団の施設に囚われていた頃は、こんな扱いを受ける事になるなど考えてもみなかった。
温かい食事を食べるのも何年ぶりなのだろう。

早く食べて、この空腹を満たしたかった。
けれど、もし後でお金を請求されたら、毒が入っていたら?

ユリアは疑う余りに、食事を前に固まってしまっていた。





第1章・少女と月と吸血鬼7 

February 29 [Fri], 2008, 0:52
暫くして、キラが食堂に戻ってきた。


「…お好きではありませんでしたか?」

全然減っていない料理を見て、残念そうにキラが言った。


ユリアは首を横に振り、居心地悪そうに俯く。



結局、この日はユリアは何も口にしなかった。




ユリアは自室にと宛がわれた部屋に案内された。

黒を基調とした家具が落ち着いた雰囲気になっている。
小さめのシャンデリアも黒硝子で出来ていた

窓際のベッドに、ユリアは腰掛けた。



「ユリア様、お風呂の用意が出来ています。いつでもお入り下さい」

一礼し、キラが去って行った。


バスルームは部屋に付いているので、遠慮なく入れる。
着替えやタオルは既に用意されていた。


食事を食べられなかった分、ユリアは風呂を堪能することにした。





***


「…食べなかった?」

ケイは顔をしかめ、キラを振り返った。


「はい…」

キラは少し落ち込んでいるようだった。

ケイは険しい表情のまま、何かを考え込んでいる。



「……警戒しているのか…」

当然と言えば当然だ。
ユリアは酷い扱いを受けてきたのだから。

他人を信じられないのも、仕方のない事。


ユリアは心を閉ざしている。

傷付く事のないように。
信じる事のないように。



「キラ…お前が落ち込んでいてはどうにも成らない。……俺は…ユリアに安心して過ごして欲しいだけなんだ…」


黙っていたキラが笑顔を作る。


「存じております、マスター」

第1章・少女と月と吸血鬼8 

March 01 [Sat], 2008, 1:21


就寝の準備を整えたユリアは、ベッドの中にいた。


(今日は…色々あったな…)



環境が変わりすぎたせいで眠れない。

昨日は、冷たい石の床で寝ていた。
そして今夜もそこで寝るはずだった。

だが今は、真っ白なシーツが掛けられた、上等で暖かい寝具に包まれている。



(……あの人は、何がしたいの?)


単なる気紛れなのだろうか。
彼はヴァンパイアだと言っていた。
人間ではないから、人間に興味を持ったのか。
それで、居なくなっても誰も困らないような人間を探して連れて来たのか―


ケイの行動の意味を考え始め、ユリアは更に眠れなくなる。



そうしているうちに、ひとつの不安が過った。



教団に連れ戻されたら―?


恐らく命は無いだろう。
それとも、死よりも苦痛を与えられるか。



(嫌だ、戻りたくない)


思い出しただけでも体が震える。


(…此処に住めって言われたから、ずっと居ても良いのかな…)


此処に居ればきっと安全だろう。

あの吸血鬼は、手を使わずに教団の男を殺した。
特殊な力を使えるに違いない。
姿形は人間のようでも、やはり根本的に違うモノがあるのだ。



守ってくれるかなんて判らない。
けれど、こうして居場所を与えてくれたのだから。



(…悪い人たちじゃ無いみたい……)

第0章・pian1 

March 03 [Mon], 2008, 0:12



「嫌ッ……」


男の手が伸ばされる。


身をよじっても同じ事。
逃れられない。

手足は冷たい鎖でがんじがらめ。

身に唯一着けていたボロ布は剥ぎ取られ、痩せた身体が剥き出しになっていた。
白い肌に、生々しい傷と痣が目立った。



「大人しくしてろ…可愛がってやる」


卑下た笑みを浮かべ、男が少女を愛撫する。
少女は固く眼を瞑って耐える。
恐怖と寒さで体が震えていた。


(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)



だが、暴れる事は許されない。


「早くやっちまえよ!」

傍に立っている別の男が言った。
彼もまた同じ眼で、少女を視姦している。



「あぁ…だいぶ濡れてきたみたいだしな…」

男は下半身を露にすると、少女に跨がった。


「嫌!!」

少女は思わず叫んでしまう。

「あっ…」

しまった、と思ってももう遅い。
男の表情が変わる。


「…何だと?この悪魔がっ!!」

怒った男が、少女の顔を思い切り殴った。


「ご…ごめんなさい…!」

少女は必死で謝るが、男は手を止めない。
鈍い音が響いていた。