新幹線の車窓から

February 16 [Mon], 2015, 10:06
一ヶ月ぶりに横浜に戻る。週末に友人が挙式するのに合わせたものでもある。このところ、ほぼ一ヶ月の間隔で横浜と郷里を行き来している。いい加減、部屋の片付けも行わなければならないのだけれど、あまりの本の多さに、いつも中途半端にして郷里に戻ってしまうものだから、また横浜に来るたびにげんなりする。悪循環だ。

 昼過ぎまで郷里で所用を済ませ、電車に乗ったのが三時過ぎ。飛行機ならあっという間なのだけれど、予定どおりに動けない私の悪いクセが、鉄道以外の移動手段を拒否している感じだ。だいたい、この間は帰省ラッシュに巻き込まれないように、帰りの新幹線の指定席を事前に予約していたものでさえ、乗り遅れて駅のホームでうなだれていたのだから重症である。

 高松も、途中下車する岡山も天候は穏やかで比較的暖かだった。新幹線の車窓も、新大阪、京都あたりまでは陽射しもあって早春を思わせるような雰囲気だったのだけれど、そこから先は銀世界。米原から関が原付近は積雪のため、速度を落とすという車内放送もあった。
 冬場は、この滋賀東部から岐阜あたりが雪のためにしばしばダイヤの乱れを生じさせる。「東海道」なんだから、本来のコースを通せばよかったのにといつも思うし、新幹線のルートには政治力がはたらいたということもしばしば聞かれる話なのだが、実は中世から近世のはじめにかけて、新幹線のルートが東海道のメインだったという,女性用媚薬
 中世人の選ぶ街道というのは、近世以降の人々とは少し異なっていて、「河川をできるだけ避ける」という傾向があった,妖姫。もちろん、東海道にはいくつもの大きな川があるから、これを全て避けるのは不可能である。ただ、下流になればなるほど、水かさは増すし、治水が十分にできていないから、季節ごとに流れが異なる。そういうわけで、上流から中流の比較的流れの緩やかなところを通るために、人々は敢えて山間部を選んだというのだ。

 とはいえ、関が原のあたりは、新幹線から眺めただけでもかなり雪が積もっていたから、この時期に徒歩で京都と鎌倉を往復するのは苦行だったろう。そういえば、鎌倉は世界遺産の申請を行うとかニュースになっていたな。

 名古屋に近づくにつれて、雪は消えて列車は東へ。車窓を眺めても、このあたりからすっかり暗くなって見えるのは建物や自動車のライトだけ。少しうとうとしていたら、伊豆?箱根を抜けて関東に入っていた。
 横浜もそれほど寒くないとは思ったけれど、ちらちらと雪が舞っていた。数日前はここも多少は積雪があったのだろうが、その名残りもない。うっすらと積もった程度だったのかもしれない。

 そんなこんなで何だか疲れがどっと出て今に至る。明日から明後日にかけて、いろいろと忙しくなりそうだ。
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