引越完了のご報告的なもの

May 07 [Sat], 2011, 9:33
長文失礼。月日くらいにたぶん地元山形県鶴岡市から東京都中野区に引っ越しました。少しご報告が遅れたのは携帯から打のがクソめんどえー、ネットが開通したら一応引越し完了ということできちんとお知らせしようというもりでしたもともと月の最終土日で荷物を運び、末日まで仕事をして夜行バスに乗り日には新しい仕事をしている予定でしたが、震災の影響で月末にはレンタカーが借りられず、また仕事も一旦キャンセルという形になりましたが、レンタカーは週遅れ、仕事は週半遅れという感じに落ち着きました。結果的には割とのんびり引越できた感じです。最寄り駅から徒歩分くらいです。めちゃ近いです。駅周りや近隣駅の周囲の商店街もとても便利な感じです。生活には全く困りません。大きな道路沿いで、割とうるさいですが、それはちょっと慣れてきた感じです。自分の部屋は四畳半なのですが、空間アドバイザーのおかげで割と広いです。むしろ床があいてるくらいです。誤算だったのは、引っ越してきてみたら隣のビルが解体中で、かなりうるさいこと。そろそろ解体は終わるようですが、ここから数ヶ月かけて建築が始まらないことを祈るばかりです物件を見けて頂き、引越も手伝ってくれた代表、荷物運びを手伝ってくれたさん、さん、うちにコンロと炊飯器、後日に米まで提供してくれた咲黒さんに改めてお礼を申し上げます。ありがとうございましたまた、同居人になりましたχακιさんには引越の手続きから物件内のこまごまとした家具の持ち込みや導入やら、自転車選び、各種買い物、防音対策、空間アドバイザーなどなど、ほとんどお世話になりっぱなしでした。毎日顔をきあわせておりますが改めてありがとうございました、今後もどうぞよろしくお願いいたしますそして年半の間、地元でお世話になった皆様、お会いできた皆様ありがとうございましたもうここにいても何の面白みもない、と高校業後に地元を出た者としては、正直過ぎて地元に戻るというのはとても不本意なことで、地元での生活に希望はほとんどありませんでした。体質改善、療養のため、というのも勿論ありましたが、八方塞がりの状況で実家に転がり込んだというのが実情だったと思います。また同時に年半前の時点では再上京の予定は全くなく、もしかしたら二度と実家から出れないかもしれない、という恐怖感、焦りもかなりありました。事情を知っていた人達には、ゆっくり療養すればいいよ、人生のリセット期間だよ、とか言って貰ったけれど、自分では全くそんな気にはなれず、挫折感だけがありました。周囲には年くらいでいなくなるよ、とか、再来年の夏ごろにはいなくなるよ、とか言っていましたが、それらの言葉には何の理由もありませんでした。そう思いたい、くらいの感じだったと思います。そう言っていないとモチベーションが何もなくなってしまうような状況でした。それでも日々を少しでも楽しまねばと、積極的に人に会うようにして、実際いろんな人に会いました。年ぶり、年ぶり、年ぶりの同級生や先生達、新たに知り合った地元の面白い人達。なんというか、人との繋がりがいちいち希望でした。楽しいことも面白いこともいっぱいあった。まさか過ぎて地元のコンビニでバイトするとも思わなかったし、地元に愛のない自分が地元の観光地を回っていいとこをまとめるような仕事をするとも思わなかったけど、この年半の経験はとても有意義だったと思います。ただのリセット期間ではなかった。まぁ、地元との繋がりもなくなるわけではなく、毎年盆正などには実家に行きますので、日程が合えばまた絡んで下さいな引き続き中学生のスクール水着には長文での日記、その他はにてという感じになると思います。
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