余計 

2011年12月02日(金) 2時38分
あんまり過去ばかり考えなくなった。

引っ越しをして、それなりに充実しているからか。

余計なものを切り捨てて、何が余計がも分からず、とりあえず平穏無事であればよく、こうして言葉も出てこなくなる。

善い方へ変化しているのだろうか。

虚無ではないが解せん。

カーテンコール 

2011年07月06日(水) 17時14分
まだ負けるわけにはいかん。
まだ終わるわけにはいかん。
事を成さんままでは帰れん。
望む所へも何処へも行けん。

帰るまでに変わるけん、帰るまでに変わっとってくれ。
何処へ行っても変わらんけん、何があっても変わらんでくれ。

今のままじゃいかん。
まだ終われん。

浮遊物 

2011年06月04日(土) 23時58分
久しぶりにCDを聴いてみた。

もらいもの。何気ない風に渡してきた時の顔を、今でも微かに覚えている。
部屋で一人で聴いていたことも。

好きになろうと努力していたことも。

きゅうみりぱらべらむなんとか。
バイト先へ向かって自転車漕ぎながら、嫌って言うほどウォークマンで聴いた。
ぶらっくまーけっとなんとかは、辛うじて気に入っていたんだ。

何がと聞かれると、はっきりとはわからない。

でも好きじゃなかった。

今日、久しぶりに思い出したんだ。
面差しの似た人を見た。
否、似てる人ってたくさんいるんだ。思い出す寸前に考えるのをやめてしまうだけで。

最後の最後に、お互いがお互いを見限ったその日まで、ずっと消せないものがあった。
何がと聞かれると、はっきりとはわからない。

違和感。収まりの悪い感覚。そういうなにか。
剥製にされた動物の瞳のような。
なにかがどうしても相容れないと感じていた。

終わりが過ぎたら過ぎたで、また収まりの悪いものが生じた。

二度と会うことはあるまい。
会いたいとも思わない。

思い出さないうちに消えてくれることを願って、湖の一番深い所に沈めようと試みた。

でも、何かが絶えず、入れ替わるように、こうしてそっと浮かび上がる。

あなたに関しては、もうそろそろ、記憶の奥底で冷たい眠りについて欲しい。

 

2011年05月13日(金) 3時29分
たくさんの喜びや悲しみが通り過ぎて、辿り着く場所にはきっと何もないのだろうと思う。

自分が渇望した場所へ急ぎ足で近付いて来た筈なのに、気付けば焦がれるのは過去ばかりだ。

音楽だけが微かに扉を開けてくれるので、この頃は専ら埋もれてばかりいる。

手を伸ばして、届かないことは知っている。
知っていることが当然の様に感じていたが、本当は何も解っていなかったのではないか。

充実ってなんだ。

自分が焦がれる過去は。

渇望しながら、届かなくて、悶々として、それでいて、仲間と笑い合い、仮初を謳歌して、決して虚ろではなく。

虚ろではなく。

私はもうひどく虚ろだ。ひどく。
ひとつ歩みを進める程に、ひとつ風穴が空いていく。

一年は呆気なく流れてしまった。
日々、空虚になる心を引きずりながら、思い続けたことがある。
吐露している相手は自分自身であって、誰に聞かれたくもないことだ。
でも一応弁解しておけば、歩いていくことには変わりない。
変わりないんだが、ただ。

あの景色がもう一度見たい。
あの夕暮れを、あの朝焼けを、あの夜を、あの山を、あのネオンを、あの校舎を、あの人混みを、あの角を、あの坂を、あの土手を、あの店を、あの信号を、あの道を、あの駅を、あの峠を、あの川を、あの神社を、あの海を、あの部屋を。

あの日をもう一度感じたい。
あの暑さを、あの寒さを、あの匂いを、あの雨を、あの安堵を、あの音を、あの風を、あの眠気を、あの歓喜を、あの痛みを、あの冷たさを、あの焦燥を、あの恐怖を、あの気怠さを、あの眩しさを、あの愛しさを、あの寂しさを、あの想いを。

あの日を。

友よ、君らの声を、もう一度聞きたいんだ。
どうか、呼んで欲しい、もう一度、あの日に。

友よ。

 

2011年05月04日(水) 17時16分
東京に来てから二度目の春が、気付けば目の前を過ぎていた。
目黒に住んで初めての春は、気付かぬうちに散っていた。

なにを、していたんだろうか。

過去に思いを馳せる時間は日に日に増え、今では一日を塗り潰すようになった。

行く先は決めている。
自分が作っていく道は、迷いなく思い描くことができて、満ち足りている。喜びがある。

しかしなにか、

なにか。

帰りたい場所がある。
戻りたい時がある。

何もかも振り捨てて辿り着いた土地では、私が枯渇していく一方で。

もちろん屈することはない。
まだ。
まだしばらく踏みとどまることを望んでいて、そしてそれ以外に生きる術はないのだが。

だから問題はないし、誰に言うこともないのだが。

だが、どうしても。

なにか。

光について 

2011年04月05日(火) 2時28分
降り積もっていたのは、幸福ではなくて、小さな絶望だけだった。

あいされたいとねがって、報われるその日を待ち焦がれた。

正しいと信じた思いは、寧ろ足場を埋め尽くした。

心の終わりにいつか行き着いて、行き場をなくしたことを知った。

届かないと知りながら、待ち望んだその日を描いて。

さようなら

終わらない雨 

2011年02月04日(金) 12時12分
元生徒の皆さん。お久し振りです。

結構前ですが、ちょこちょこコメントくれて有難う。
不精なもので、年明けにやっと気付きました。申し訳ない。

3年生諸君は、もうじき卒業ですね。
進路決定を見届けられた君も、悩んだ末に進んでいこうとしている君も、ちょっと失望気味な君も、どっぷりモラトリアムだった君も、みんな一様に

卒業できるのか心配です。
テストはどうだったんでしょう。そもそもテストを受ける資格を得られたんでしょうか。
テストがどうだったのかという点で言えば、1・2年生はもっと心配ですが。

まぁ、いい。そこは。自己責任ですからね。
この先、自己責任が増えていくのだから仕方ないです。

こういう所、自分はいい先生ではなかったと思うのです。
そもそも先生という自覚も薄かったし、先生と呼ぶのであれは、万事反面教師でしかなかった。

君たちに伝えたかった言葉は、ブルーフィルムやFunny Bunnyなんかじゃない。
スクールゾーンだ。続、冷たい雨だ。
報われることなんか滅多にない。前向きに生きていくなんて不自然だ。
中二病はまだまだ続くし、この先も他人とうまく関係を結べないままで、孤独だと泣きながら孤独を望むのは自分で、自分一人で浮遊しているような感覚のまま生きていくんだ。違和感は拭えない。孤独は終わらない。他人は苦手だ。いつだって生きにくい。

それでも幸せだよ。

それだけを呟く為に、君達の傍らに居たんだ。出来なかったけれど。

世の中にはいろんな人間がいて、そして生き直すことはほぼ不可能だ。
君達は自分と似たような感覚を持ったまま生きていくんだろうと思う。
似ているだけで各々本質は全く違う。
ただ、同じような人間だって、なんとかこうして歩いているんだ。
だから、円満ではなくてもなんとかなるんだ。

思い出してくれなくていい。そんなことは望んでない。
失望するのも落胆するのも君らの意思。説教する気はない。
そういうことは、誰か他のちゃんとした先生の役割だ。

幸せなんだ。呟くだけだ。
それから、君らがとても好きだ。
だから、これからも君らに呟く。聞こえなくても。

ぷぎゃー 

2011年01月29日(土) 1時49分
さっきからあそこでああしてこちらを窺っているのですが、一体なんなのでしょうか。

年明け 

2011年01月01日(土) 1時12分
年が明けたので、「年の初めはさだまさし」を見ながら一人坊主めくりをしました。



坊主たちです。
勿論、一人坊主めくりですから、一人でめくり続けるわけです。




右手が勝ちました。
最終的に左手5、右手10でした。




審判の方です。
フライングやドーピングはありませんでした。フェアプレーです。




蝉丸です。
毎回良いところで引いて心の中で歯ぎしりする羽目になる蝉丸さんです。当然ながら今回もそうなりました。(因みに右手が引きました。)

蝉丸に負けずに今年も頑張ろうと思いました。

 

2010年12月31日(金) 17時36分
今年が終わります。

激しい荒波の様な、明るい陽射しの様な、暗い山奥の様な、渦巻く火柱の様な、寂しいトンネルの様な、優しい暖炉の様な。

そんな鮮やかで目まぐるしい混沌が。
もうじき終わろうとしています。

何を終わりにするんだか、私には何も分からないが。
それでも何かが終わって何かが始まることを、少しは意識しようかと思う。

年が明けた瞬間から、何かを始める気概はない。
だが、卵は孵化するまでに静かにゆっくりと着実に準備をしているものだ。
それを、少しは意識しようかと考える。
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ブンガクネクラ。


画像は蝙蝠のリポビたん。

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