モスクワの簡単な歴史

September 10 [Tue], 2013, 2:03
1147年にキエフ大公国のユーリー・ドルゴルーキー(手長公)が会合を行った場所として言及されるのが最古の記録である。1156年に砦が築かれて以降、徐々に小都市化していった。1237年から1238年にかけてはモンゴル帝国軍によって灰燼と帰した。

1271年、ウラジーミル大公アレクサンドル・ネフスキーの子であるダニール・アレクサンドロヴィチが遺領としてモスクワを獲得し、モスクワ公国が成立した。モスクワ公国はやがてイヴァン1世の代にキプチャク・ハン国の徴税人となったことから力をつけていき、モスクワ大公国となった。1382年にはキプチャク・ハン国のトクタミシュ・ハンによって占領されるなどはあったものの、モスクワ大公国は順調に力をつけていき、1480年にはイヴァン3世が大公国をハン国から完全に独立させ、「タタールのくびき」を終わらせることで、モスクワはロシア最大勢力の都となった。彼はウスペンスキー大聖堂やブラゴヴェシチェンスキー大聖堂やアルハンゲリスキー大聖堂を建設・再建し、クレムリンを壮麗なものとした。クレムリンの前に赤の広場が建設されたのもこの時代である。1534年から1538年にはクレムリン北東のキタイ・ゴロドをクレムリンと同じ城壁で囲み、以後この地域は商工業地域として発展した。

1561年にはイヴァン4世によって聖ワシリイ大聖堂が建設された。1590年ごろにはクレムリンとキタイ・ゴロドの外側に城壁が築かれ、さらにその外側には土塁が築かれて、モスクワの町は大幅に拡張された。新しい城壁の内側はベールイ・ゴロド(白い町)、土塁と城壁の間はゼムリャノイ・ゴロド(土の町)と呼ばれた[10]。16世紀末には動乱時代となり、1610年には偽ドミトリー2世を擁したポーランド・リトアニア共和国軍がロシア・ポーランド戦争を起こしてモスクワを占領したが、商人のクジマ・ミーニンと公爵ドミトリー・ポジャルスキーを中心として組織された国民軍が1612年にモスクワを奪回し、翌1613年にはミハイル・ロマノフがツァーリに選出されてロマノフ朝が成立した。

ロマノフ朝時代は国土の拡張にともないモスクワも成長を続けたが、ピョートル1世が1712年にロシア北西端のネヴァ川河口にサンクトペテルブルクを建設したことで首都の座を譲った。しかしそれ以後も副首都の座を保ち続け、歴代のロシア皇帝はモスクワにて戴冠式を行うことを常とした。古い貴族階級は遷都以後もモスクワに居住するものが多く、西欧の思想を取り入れる窓口となったサンクトペテルブルクに対し、モスクワは古いスラブ主義の思想の中心地となっていった。1755年にはロシア最初の大学であるモスクワ大学が開校した。このころ、ベールイ・ゴロドの城壁が撤去されて、その跡地にプリヴァール環状道路が建設された。1812年にはナポレオンのモスクワ侵攻(祖国戦争)を受け、街は灰燼に帰したが、その後すぐに復興された。19世紀にはゼムリャノイ・ゴロドの土塁も撤去されて、その跡地はサドヴォエ環状道路となった。1851年にはサンクトペテルブルクとの間に鉄道が開通し、その後も1862年にはニージニー・ノヴゴロド、1864年にはリャザン、1868年にはクルスク、1870年にはヤロスラヴリへの鉄道が相次いで開業し[11]、ロシア中央部の商工業の中心としての地位は揺るぐことなく、農奴解放による労働力の流入や軽工業の発展もあいまって、19世紀末には人口は100万人を突破した。

ソビエトによって1918年に首都機能が移転され、ソビエト連邦とロシア・ソビエト社会主義共和国(現在のロシア連邦)の首都となった。大祖国戦争時には市の北西40kmの地点にまでドイツ軍が進出したものの、モスクワは陥落しなかった。かつては冷戦による対立関係があったアメリカのワシントンと共に、モスクワは超大国の首都として二分し、スターリンはニューヨークの高層ビルに対抗意識を持ち、スターリン様式という建物を多く建築した。ソ連崩壊後のロシア連邦においても引き続き首都であり、現在人口1000万を超えるロシアの政治経済の中心である。

参照元:ウィキペディア「モスクワ

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モスクワにあるジンクス

September 10 [Tue], 2013, 2:02
ソ連発足以来政治・経済・文化の中心であるはずのモスクワの出身者はなぜか最高指導者になれないと言うジンクスが存在する。実際に、

・ウラジーミル・レーニン ウリヤノフスク出身
・ヨシフ・スターリン 現グルジア、ゴリ出身
・ゲオルギー・マレンコフ オレンブルク州出身
・ニキータ・フルシチョフ クルスク出身
・レオニード・ブレジネフ 現ウクライナ、カメンスコエ出身
・ユーリ・アンドロポフ スタヴロポリ地方、ナグツカヤ出身
・コンスタンティン・チェルネンコ クラスノヤルスク出身
・ミハイル・ゴルバチョフ スタヴロポリ地方、プリヴォリノエ村出身
・ボリス・エリツィン エカテリンブルク出身
・ウラジーミル・プーチン サンクトペテルブルク出身
・ドミートリー・メドヴェージェフ サンクトペテルブルク出身

となっている。

参照元:ウィキペディア「モスクワ

モスクワの観光名所

September 10 [Tue], 2013, 2:01
○世界遺産
・クレムリンと赤の広場
・コローメンスコエの昇天教会
・ノヴォデヴィチ修道院の建造物群

○教会
・聖ワシリイ大聖堂
・救世主ハリストス大聖堂
・生神女就寝大聖堂(ウスペンスキー大聖堂)
・生神女福音大聖堂(ブラゴヴェシェンスキー大聖堂)

○美術館
・トレチャコフ美術館
・プーシキン美術館

○その他の建造物
・全ロシア博覧センター
・モスクワ国際ビジネスセンター(モスクワ・シティ)
・トライアンフ・パレス
・モスクワ大学(スターリンゴシック・セブンシスターズ)
・ホテル・レニングラード (スターリンゴシック・セブンシスターズ)
・ロシア外務省(スターリンゴシック・セブンシスターズ)
・ホテル・ウクライナ(スターリンゴシック・セブンシスターズ)
・ボリショイ劇場
・マールイ劇場
・タガンカ劇場
・ロシア国立図書館
・モスクワ芸術座
・トレチャコフ美術館
・ルジニキ・スタジアム
・ロコモティフ・スタジアム
・ディナモ・スタジアム
・エドゥアルド・ストレリツォフ・スタジアム
・ツェントロソユーズ
・モスクワ動物園

参照元:ウィキペディア「モスクワ
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