ニセ女医のあきれた虚飾人生 甘言にすがった背景に「常勤医不在」の重い現実(産経新聞)

June 01 [Tue], 2010, 12:03
 今月8日、無資格で岩手県立宮古病院に赴任する直前に医師を偽った疑いで大阪市の無職、一宮輝美容疑者(44)が医師法違反容疑で逮捕された。事件は医師不足に悩む地域住民や関係者を落胆させたが、病院側はなぜ、うそをギリギリまで見抜けなかったのか。キーワードは「救急専門の循環器医」「婚約者と2人で常勤」…、病院にとってのどから手が出るような甘いささやきだった。不自然な点も多かった応募者に、いちるの望みをかけて優遇せざるを得なかった厳しい現実と事件の教訓は? 横浜から片道5時間半かけて長距離通勤を続ける担当医師への一問一答を加え、真相を探った。(中川真)

 一宮容疑者が逮捕されてから20日近く。“ニセ循環器医”として宮古病院に赴任しようとした詳しい動機はいまだ不明だ。「金銭目的ではない」(担当弁護士)というが、謎は深まるばかりだ。

 病院関係者によると、一宮容疑者は「医学に詳しかった」という。「昨年末の面接まで1年で相当勉強したのでは」と話す医師もいるほどだ。「心カテ(心臓カテーテル)」など専門用語を使うだけでなく、医療界の事情にも通じていたようだ。

 一宮容疑者の印象について、「小太りの中年女性だが文章が上手で口も達者。ミニスカート姿で快活な感じ」という証言もある。一方、婚約者という男(38)は「好青年風だがほとんど話さなかった」という。

 病院関係者は「警察から『医者の採用って結構ラフなんですね』といわれた」と話す。だが、一宮容疑者には不自然な点も多く、実際は不信感を抱きながらの交渉だったようだ。

 一宮容疑者は今年1月まで、「本名を名乗らなかった」(宮古病院の東山昭事務局長)。さらに「トラブルになる」と、出身校、医局への照会を拒み続けた。「患者に嫌がらせを受けたので勤務先の大阪赤十字病院は私の名前を伏せている」と身分確認にもクギを刺していた。

 このため、菅野千治院長も「本当に来てくれるか最後まで不安だった」と振り返る。

 宮古病院では平成19年7月から、循環器科の常勤医不在が続いている。日中は応援医師が来るが、入院受け入れができず、月6〜8人の患者を救急車やヘリで盛岡に送っている。

 突然の「婚約者と2人で」という一宮容疑者の赴任志願。病院側が「絶対に逃すまい」と思うのも当然だった。

 とりわけ“2人”の意味は大きい。県医療局の川上裕二医師支援推進室長は「他に専門医がいない病院は赴任してもらいにくい」と明かす。医師自身が休めず、疲弊してしまうからだ。

 病院によると、院長が大阪に2回出かけて面接したほか、2月の下見では、2人を海辺のリゾートホテルに宿泊させた。これらの経費は総額60万円。

 「入籍前だから別の官舎に」「灯油ストーブは未経験」と一宮容疑者に言われ、病院は100万円かけてガスファンヒーター計4台を2世帯に設置した。さらに家電製品(100万円相当)も新調した。「気持ちよく赴任してもらいたかった」(東山事務局長)からだ。

 「詰めが甘かった」(菅野院長)というものの、医局ルートと異なり、面識のない応募者の身分確認は容易ではない。

 多くの関係者が「交渉段階で免許を示したがらない医師は結構いる」と話す。「近県の病院も赴任地候補というケースも多く、機嫌を害したくない」と確認を先送りするケースもあるようだ。また、医師免許には顔写真はなく、精巧な偽造品なら即座に見破るのは難しいという。

 宮古病院は一宮容疑者の本名を知った1月、ネット上で氏名と性別を入力する厚生労働省の「医師等資格確認検索」を試したが、「該当なし」だった。婚約者という男は同姓同名が複数ヒットした。更新は2年に1度で、「一宮容疑者は何らかの事情で出てこないと思った」(同病院)。

 県医療局は「具体的な再発防止策は検討中」(川上医師支援推進室長)としているが、各病院の院長と支援室の“ダブルチェック”など、判断を現場任せにしないルールが求められそうだ。

■一問一答

 事件について緊急臨時的医師派遣システムで宮古病院に勤務する塚原玲子医師を直撃した。塚原医師は昭和33年6月、埼玉県生まれ。東邦大医学部卒。循環器の専門医として、米国留学や川崎社会保険病院などの勤務を経て、現在は済生会横浜市東部病院で、心臓血管センター長として15人の医師をまとめる。医学博士。

 −−3年前、専門医不在の地方病院を数カ月間応援する「緊急臨時的医師派遣システム」で宮古病院と縁ができた

 「勤務先の済生会横浜市東部病院に、国から要請があった。『海外の僻(へき)地で医療活動をしたい』という高校時代の夢を思いだし、『自分が行こう』と決意した。若手医師も賛同してくれて、交代で勤務した」

 −−いまは毎週、横浜から宮古に通っている

 「『週1日でいいから』と院長に頼まれ、平成20年1月から勤務している。日曜の午後に出発し、夜に病院近くの官舎に入る。夕食は弁当やすしかな。月曜は午後まで診療。遅くなるときもあるが、最終の新幹線に間に合う6時ごろがリミットだ」

 −−きつくないか

 「平気だ。でも盛岡から宮古まで車で2時間は長い(笑)。岩手の広さと東西間を結ぶ高速がない不便さを痛感している」

 −−患者を盛岡に救急搬送することも多いと聞く

 「常勤の循環器医がいないから、とっさの事態を考えると入院は無理だ。私もよく、心筋梗(こう)塞(そく)の患者を緊急治療し、救急車に同乗して盛岡市の県立中央病院などに運ぶ。先週(17日)もそうだった。県のヘリにも何度か乗った」

 −−救急以外でも常勤医不在は問題が多いか

 「そうだ。例えば(細い管で血管や心臓を調べる)カテーテル検査も、検査後に1泊する必要がある。私は3月までやっていたが、当直医の負担が大きいため、やめざるを得なかった。検査だけで『盛岡まで行って』と患者に言うのは心苦しい。2月までは冠動脈治療なども年に十数件やっていたのだが…」

 −−当直医の協力で検査などは持続できないものか

 「常勤医減少で消耗しきっている。深夜の患者搬送で盛岡まで往復することもある。医者の方が早死にするのでは、と思うほどだ。専門外の入院患者の対応まで頼めないのが現実だ」

 −−そうした中で“ニセ循環器医”の事件が起きた

 「彼女は私が出た番組を見たようだ。着任直前にわかってよかった。確認は不十分だったかもしれないが、常勤医が欲しくて各地を駆け回っていた院長を責めることはできない。私も会っていたらよかったかなと思う」

 −−一宮容疑者の“着任”をどう感じたか

 「『あてにしちゃダメ。まともな人はこないよ』と冷静な人もいたが、『婚約者と』という話に信頼性を感じた。私は院長から『今後も来てほしい』といわれていた。半信半疑な面もあったんだと思う」

 −−専門医の偏在を改めるにはどうしたらいいか

 「国が動き、大病院勤務を望む医師に、1年とか半年は地方で働くことを義務づけるしかない。地方の病院でも、心臓血管治療の症例が年間200〜300件(東部病院は専門医15人で1200件)はあり、手術や治療の経験は積める。だが、若い医師に勧めても『1人勤務じゃ…』と腰を引かれる」

 「経験が浅くても、常勤医さえ来てくれれば、私も電話で相談に乗る。ファクスで心電図を見てアドバイスもできる。地方と都会の病院が連携し、コミュニケー

ションを深めて乗り切る方法が、現状では私の理想だ」

 ■事件のあらまし 発端は平成20年11月。大阪市の無職、一宮輝美容疑者(44)は、循環器科の常勤医がいない岩手県立宮古病院を紹介したテレビ番組を見て、「助けたい」と赴任を申し出た。

 一宮容疑者は医師でないのに「大阪大医学部を卒業した救急専門の循環器医。大阪赤十字病院に勤務している」とうそをついた。さらに「婚約者(38)も同僚の循環器医。一緒に行く」などとうそを重ねた。

 院長はメールのやりとりを経て、21年12月と今年4月、大阪で一宮容疑者らと面接。2月には2人が下見で宮古に来た。

 この間、一宮容疑者は言葉巧みに医師免許の提示を拒み続けたが、今月6日にようやく、ファクスで2人分の免許証のコピーを病院に送った。ところが、厚生相(当時)や担当局長の押印がなく不自然なものだった。

 この時点で警察に相談。一宮容疑者は“赴任”のため宮古市に着いた8日、病院関係者に「医師だ」と偽った疑いで、宮古署に医師法違反容疑で逮捕された。19日には、行使の目的で大臣などの印鑑を偽造・保管していた疑いも判明。公印偽造容疑で再逮捕された。

 一宮容疑者はこれらの容疑を認めているが、詳しい動機は不明だ。犯行への男の関与は確認されておらず、警察は男への事情聴取を終えている。

■医師の偏在 岩手県医療局によると、平成21年度末の県立病院の常勤医数は455人。500人の大台を割った18年度以降、減少傾向が続いている。

 このため、県立病院間での医師応援は、昨年度延べ5550件。毎日15人の医師が、外来や当直の応援で出張した形だ。

 さらに、県立病院以外の医師の「医務嘱託」も。3月には、頭数で707人が非常勤医として診療にあたった。このうち、塚原医師のような県外の医師が155人に及んだ。東北大など近県のほか、山形大、自治医大(栃木)なども目立つ。

 常勤医28人の宮古病院も、県外5人を含む64人の医務嘱託に担っている。

 財務省が面積や人口をもとに試算した平成18年度「医師密度指数」(全国平均が1)によると、岩手は0・78でワースト2だった。宮城(30位、0・95)以外の東北4県も、ワースト10に顔を並べた。医師偏在の解消は東北にとって喫緊の課題だ。

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