月の使徒。 

August 27 [Wed], 2008, 3:20
眠れない夜に見る空は、いつ見ても触れられそうなくらいに大きかった。
何度空に向かって両手を広げただろうか、何度空に向かって手を伸ばしただろうか、それは数えきれないくらいの回数で誰にも真似なんて出来ない無駄な行動。

僕は、夜が来るのが怖かった。

一人なのを体で感じてしまうから、孤独なのを心から感じ取ってしまうから。怖かった、寂しかった、―――誰かと一緒にいたかった。






「‥夜は、お嫌いですか?」

「?!」


突然の出来事に一瞬自分を疑った。
自分の座っている目の前に一人の紳士服を着た中年くらいのおじさんが‥立っている。にこやかな表情で僕の方を見ながら。


「あ、‥誰‥?」


誰だか知らないおじさんが立っているのにそれでも僕は冷静で、手に持ったグラスを握りしめながらその人に問いかける。
しかし、彼からの返事はなくただ沈黙だけが僕と彼の間に流れて行った。


「なんか喋りなよ‥というか質問に答えてくれないかな‥。」


そう言っても一向に何もしゃべろうとはせず、ただ黙ってこちらを見ているその男性。‥こっちがさっきの質問に答えないと僕の質問にも彼は答えてくれないのだろうか‥、そんな考えが頭をよぎった。
と、なればたとえ間違いなのだとしてもそれを試してみないわけにはいかなかった。



「‥夜は‥嫌いですよ。いろいろ考えるから‥。」

「そうですか‥。」



彼の質問に答えた僕に、そう一言言葉が飛んできた。‥あぁ、やっぱりこの人は質問に答えないと言葉を返してくれないんだ、と、自分の中でようやく会話の仕方が出来上がった。
と、ここでもう彼は質問を投げかけてきていない。今度は自分から質問ができる番だと、ふっと思った。



「‥あの、それでおじさんは誰?」

「私はティア。‥貴方を連れ出しに参りました。」

「連れ出しに‥?」



その自分のことをティアと名乗る男性は、にっこりと笑いながらそう言った。軽く月明かりに照らされていたその顔はとても柔らかくて、なんとなく心が落ち着ける笑顔。すごく安心が出来た。



「‥貴方は毎晩のようにここで空を見上げながら寂しそうな顔をしていました。そんな貴方を、私は放っておくことが気なかった‥。貴方を、その寂しさから解放して差し上げたい。」

「――――!」


彼が言った言葉は、ずっと僕が誰かに言ってもらいたかった言葉だった。家族と一緒に暮らしてもいない、友達も近くにいない、そんな僕が一番言って欲しかった言葉だった。

そしてもう一言、動きの止まっている僕に彼は言った。


「‥―そしてあなたの気持‥少しでも軽くして差し上げたい。どうか『死にたい』など冗談でも思いませんよう、そんな気持ちにして差し上げたい。‥貴方はけして孤独ではないのですから。」


先程までの笑顔は彼の顔からはもう消えていて、彼の顔にあるのはとても悲しそうな表情だった。
まるで僕の心を映し出しているかのように表情は濁っていた。

ずっとずっと思っていたこと。夜になると急に実感する、寂しさと切なさ、そして孤独。

住み慣れた土地を離れ、家族とも離れて一人都会の真ん中で知り合いもいないままの生活をずっと続けていた。大学に行ってもなかなか周りに馴染めず、できた友達も数人。それもみな付き合いの浅い学校内だけをともにするだけの友人。それだけの付き合いなら、学校を出れば僕は一人だった。
バイトもしてはいるものの、そこでの人間関係もそこだけのもの。地元にいたときには感じることがけしてなかったこの寂しさに僕は耐えられずにいた。


「貴方は一人じゃないんです。みんな貴方のことを思っています、貴方のことを慕っています。どうか、1人にならないでください。」


ぽつりぽつりと発せられる彼の言葉は、小さく穴の開いていた僕の心に一言ずつ入って行った。そしてそのままその穴を一つ一つゆっくりと埋めていった。
自分から壁を作っていたこともその時理解できた。他人が壁を作っていたんじゃない、僕自身が全く動こうとしなかっただけなんだと、そう今やっと理解できた。
はじめから、すべて自分で作り上げた壁だったんだと、やっと‥。


「‥本当の孤独は、こんなに軽くはないんですよ‥。」


その言葉を最後に、彼はいつの間にかいなくなっていた。
ただ、最後の最後に見た彼の顔は確かに笑っていた。顔全体で笑顔を作りだしていた。








彼は一体何だったんだろう、最後に残ったのはそんな疑問。
それでも、追及しようとは思わなかった。‥彼が何者なのか、そんなことはもうどうでもよかった。僕にこの世界から抜け出す道を与えてくれたから、何者であってもよかった。


‥明日からは、孤独はなくなる。









――――――――――――――end.
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