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“ワンマンショーの達人”ペク・ナムボンが肺がん闘病の末、死去 / 2010年07月29日(木)
肺がんで闘病中だったコメディアン、ペク・ナムボン(本名:パク・ドゥシク)が29日午前8時40分ごろ亡くなった。71歳だった。

2008年肋膜炎手術中の手術中、がん細胞が見つかり肺がんと診断されたペク・ナムボンは、京畿道(キョンギド)のリハビリ施設で療養してきたが、最近になって病状が悪化、逸院洞(イルォンドン)三星ソウル病院の集中治療室に入院し治療を受けていた。

病院側は「故人の状態が28日の夕方から急激に悪化した」と明らかにした。故人は30年以上に渡り、たばこを1日4箱吸うヘビースモーカーで、呼吸器疾患に苦しめられてきたが、1988年に禁煙してからは健康を取り戻していたかに見えた。2004年には慢性閉鎖性肺疾患の広報大使に任命され、禁煙広報に務めたりもした。

また、還暦を過ぎてからも毎日2〜3時間の自転車運動を楽しみ、芸能界で“自転車伝道師”と呼ばれるほどで、週末にはサッカーで汗を流すなど健康を維持してきた。さらに、2007年には国民生活体育協議会・生活体育広報大使に任命されている。このため後輩のコメディアンたちは「禁煙後はスポーツを熱心にし、誰よりも健康に気を使っていたのに…」と無念さを露にしている。

1939年生まれのペク・ナムボンは、1967年に喜劇人生をスタートさせ、1969年TBCラジオ<お手の物自慢>を通し放送活動デビューを果たした。独特の話し方と演技、声帯模写など個人技に優れた故人は、“ワンマンショーの達人”と称され、1970〜80年代に多大な人気を集めた。後輩コメディアン、イ・ボンウォンは「先輩はコメディアンというより“ギャグマン”に近い。20〜30分間、個人技だけを見せるのは、現在のコメディアンにも真似できない素晴らしい才能」と話した。

故人の声帯模写は物から人物まで広範囲に及び、特に方言を駆使したギャグが有名だ。2000年に大韓民国芸能芸術賞で大統領表彰を受けたペク・ナムボンは、病状が悪化するまで、SBS<出発モーニングワイド>、<全国一周>などに出演し活動を行っていた。2005年には、アルバム『青鶴洞(チョンハクトン)勲章百合』をリリースした。

遺族には妻のイ・スンオクさんと元フィギュアスケート選手で現在はレポーターとして活躍する娘パク・ユンヒさんがいる。葬儀室は三星ソウル病院葬儀場に置かれる予定だ。



【7月29日11時53分配信 WoW!Korea
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100729-00000013-wow-ent
 
   
Posted at 14:15/ この記事のURL
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