福島第一原発事故を予見していた電力会社技術者

June 02 [Sat], 2012, 12:38
無視され、死蔵された原子力防災の知見20120531木烏賀陽弘道フクシマの原発災害を取材するため、私が次に訪れたのは四国だ。
愛媛県松山市である。
それは私が原子力防災原子力リスクすべてと正しく向き合うためにという本に出合ったからだ。
311後、原子力発電所事故に関する文献をあさっていて、この本を見つけて読んだとき、椅子から転げ落ちそうになるほど驚いた。
福島第一原発マーメイドステークス事故、そのあとの住民の大量被曝など、原発災害すべてについてそうならないためにはどうすればよいのかという方法が細部に至るまで具体的に書かれていたからだ。
逆に言えばこれだけの災害が予想できていたなら、なぜ住民を被曝から救えなかったのかという疑問が心に焼き付いた。
私がずっとフクシマ取材で答えが見つからない答えを見つけたいと思っている疑問はなぜ、何万人もの住民が被曝するような深刻な事態になってしまったのかどうして彼らを避難させることができなかったのかだ。
だからどんな避難計画があったのかどんな訓練をしてきたのかを福島県や現地の市町村に聞いてまわってきた。
その調べるたびに分かった部分を本欄を借りて報告している。
ところが、その大きな疑問の大半に、この本は明快に答えていた。
だから、現実に政府が取った対策が、いかにとっくに予測されていたことすら回避できなかった幼稚極まるものだったかが分かった。
ムラ内部から指摘していた防災体制の欠陥てっきり311後に書かれた本なのだと思って奥付を見直してまたびっくりした。
2007年1月とある。
つまり、この本の著者は、事故の5年前にフクシマを的確に予言していたことになる。
一体著者は誰だと思った。
小出裕章氏のような在野の研究者なのだろうか。
それも違った。
四国電力の元技術者であり、伊方原発にも勤務していたばかりでなく、原子力安全基盤機構にも在籍していた、と著者略歴にある。
つまり電力業界原子力ムラの人でないか。
ムラの内部にも、住民を原発災害から守るはずの防災態勢の欠陥を指摘していた人がいたのだ。
そして、その知見は事故の5年も前に刊行され、共有されていた。
しかも、特殊な専門書ではない。
170ページ、1冊2100円。
私はアマゾンで買った。
ここまで分かっていたなら、電力業界原子力ムラは一体何をしていたのだろう。
政府はなぜこれだけの知見を踏まえた事故対策が取れなかったのだろう。
どうしても、著者に会って話が聞きたいと思った。
電力業界内部の人だから、断られるかもしれない。
恐る恐る連絡を取った。
ところが、携帯電話に出た男性は、その場で取材を快諾してくれた。
私は東京から松山に向かう飛行機に飛び乗った。
全国の原発事故の対策システムを設計運用その著者は、松野元さんという。
路面電車が走る道後温泉の街松山の駅前で、松野さんと会った。
松山市の出身。
1967年、東大工学部電気工学科を卒業し、四国電力に入った。
2004年に四国電力を定年退職したそうだ。
序aな紳士だった。
駅前の喫茶店で向かい合った。
仕事の内容を聞いてますますびっくりした。
松野さんは、全国の原発事故の対策システムを設計運用する責任者だったのだ。
原子力安全基盤機構当時は原子力発電技術機構の緊急時対策技術開発室長だった当時、ERSS緊急時対策支援システムの改良と実用化を担当したという。
ERSSは、原発事故が起きたときに、原子炉の圧力や温度、放射性物質放出量の予測といったデータをオフサイトセンターや東京の関係部署に送る重要なシステムだ。
話題になったSPEEDIが放射性奄フ流れを警告する口なら、ERSSはそれと対になる原子炉の情報収集をする目と耳である。
自然な流れとして、松野さんはERSSとSPEEDIの両方に精通している。
また原子力防災研修の講師もしていたという。
この研修には、原子力発電所の防災対策を監督する経産省の原子力防災専門官も参加する。
つまり松野さんが書いた本は教科書であり、311で国は教科書レベルのテストにすら落第したということなのだ。
ということは、松野さんが書き残した知見は、今も経産省や、その下にある原子力安全保安院に受け継がれていなくてはならないはずなのだ。
なぜ住民を避難させることができなかったのかという疑問の手前にはなぜSPEEDIのデータが住民の避難に使われなかったのかという疑問がある。
これまで本欄で見てきたように、SPEEDIが本来の機能を果たしていれば、3月15日に放射性奄ェ北西南相馬市飯舘村に流れることは予測できたはずであり、その住民に警告を出して避難させることができたはずだからだ。
私はそうした疑問を松野さんに1つずつぶつけていった。
松野さんの答えはいずれも明快であり、原子力災害を知り尽くした人にしかない説得力があった。
15条通報で住民避難が始まるはずだった当初、国は原子炉が高温高圧になって温度計や圧力計が壊れたため、SPEEDIのデータは不正確だから公表しなかったと説明していました。
しかし事故に備えたシステムが事故で壊れたなど矛盾した説明で、とうてい信用できませんでした。
率直に言って、たとえSPEEDIが作動していなくても、私なら事故の規模を5秒で予測して、避難の警告を出せると思います。
過酷事故の定義には全電源喪失事故が含まれているのですから、プラントが停電になって情報が途絶する事態は当然想定されていますここでもう、私は一発食らった気持ちだった。
311の発生直後の印象から、原発事故は展開を予測することなど不可能だと思っていたからだ。
どういうことでしょうか。
台風や雪崩と違って、原子力災害は100倍くらい正確に予測通りに動くんです当初は福島第一原発から放出された放射性物質の量がよく分からなかったのではないのですか。
それではどれくらい遠くまで逃げてよいのか分からないのではないのでしょうか。
そんなことはありません。
総量など、正確に分からなくても、大体でいいんですそう言って、松野さんは自著のページを繰った。
そしてスリーマイル島事故とチェルブイリ事故で放出された希ガスの総量についての記述を探し出した。
スリーマイル島事故では、5かける10の16乗ベクレルのオでした。
チェルブイリ事故では5かける10の18乗のオです。
ということは、福島第一原発事故ではとりあえず10の17乗ベクレルの規模を想定すればいいスリーマイル島事故では避難は10キロの範囲内でした。
チェルブイリでは30キロだった。
ということは、福島第一原発事故ではその中間、22キロとか25キロ程度でしょう。
とにかく逃がせばいいのです。
私なら5秒で考えます。
全交流電源を喪失したのですから、格納容器が壊れることを考えて、25時間以内に30キロの範囲の住人を逃がす全交流電源喪失はどの時唐ナ分かるのですか。
どこから起算すればいいのですか。
簡単です。
原子力災害対策特別措置法第15条に定められた通り、福島第一発電所が政府に緊急事態の通報をしています。
3月11日の午後4時45分です。
このときに格納容器が壊れることを想定しなくてはいけない。
つまり放射性物質が外に漏れ出すことを考えなくてはいけない。
ここからがよーい、スタートなのです私はあっけにとられた。
そういえばそうだ。
法律はちゃんとこうなったら周辺住民が逃げなくてはいけないような大事故ですよという基準を設けていてそうなったら黙っていないで政府に知らせるのだよという電力会社への法的義務まで作っているのだ。
全交流電源喪失冷却機能喪失で15条通報イコール格納容器の破損の恐れイコール放射性物質の放出なのだ。
そして、それは同日午後2時46分の東日本大震災発生から、わずか1時間59分で来ていたのだ。
すると、この後全交流電源喪失放射性物質の放出の間にあるメルトウンがあったのか、なかったのかというヘ、防災の観唐ゥらは、枝葉末節でしかないと分かる。
15条通報があった時唐ナ住民を被曝から守る原子力防災は始まっていなくてはならなかったのだ。
原子炉を助けようとして住民のことを忘れていた甲状腺がんを防止するために子どもに安定ヨウ素剤を飲ませるのは、被曝から24時間以内でないと効果が急激に減ります。
放射性物質は、風速10メートルと仮定して、12時間で30キロ到達します。
格納容器が壊れてから飲むのでは意味がない。
壊れそうだの時唐ナ飲まないといけないところが、政府が原子力緊急事態宣言を出すのは午後7時3分である。
2時間18分ほったらかしになったわけだ。
これが痛い。
一刻を争うという時間感覚が官邸にはなかったのではないか、と松野さんは指摘する。
そういう文脈で見ると、発生から24時間経たないうちに現地視察に菅直人首相が出かけたことがいかにピントはずれであるかが分かる。
首相官邸にいた班目春樹原子力安全委員会委員長は情報が入ってこなかったので、総理に助言したくでもできなかったと言っています。
SPEEDIやERSSが作動していないなら、それも一理あるのではないですか。
いや、それは内科の医師が内臓を見ていないから病気が診断できないと言うようなものだ。
中が分からなくても、原発災害は地震や台風より被害が予測できるものですもとより、正確な情報が上がってきていれば専門家は必要ないでしょう。
全交流電源喪失という情報しかないから、その意味するところを説明できる専門家が必要だったのです。
専門家なら、分からないなりに25時間を割り振って、SPEEDIの予測、避難や、安定ヨウ素剤の配布服用などの指示を出すべきだったのですひとこと説明を加えるなら、福島第一原発が全交流電源を失ったあと、首相官邸が必死になっていたのは代わりの電源の用意電源車などであって、住民の避難ではなかった。
本欄でも報告したように、翌日3月12日午後3時前の段階で、原発から3キロの双葉厚生病院双葉町での避難すら完了せず、井戸川克隆町長を含む300人が1号機の水素爆発が噴き出した死の灰を浴びたことを思い出してほしい。
ERSSの結果が出てくるまでの間は、SPEEDIに1ベクレルを代入して計算することになっています。
そのうえで風向きを見れば、避難すべき方向だけでも分かる。
私なら10の17乗ベクレルを入れます。
それで住民を逃がすべき範囲も分かるどうして初動が遅れたのでしょうか。
地震で送電線が倒れても、津波が来るまでの1時間弱は非常用ディーゼル発電機が動いていたはずです。
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