大ブーム? 

June 06 [Wed], 2007, 18:56
今日の読売新聞によると、
日本のエイズ人口が最高らしい

私もそうだったんだけど、
HIVなんて現実とは別のところで起きている出来事のようで、
自分になんて関係ないって
多分、多くの人は思っている。

でも、関係あるんだな、これが。

海外経験のある人は、
ちゃんと自分自身の身は自分しか守れないって
認識していてる人が多い気がする。
(そういうことをやるからか?)

Hするときとか、海外で病院にいくときとか、
けっこう慎重だ。

たまに、友達が石橋をあまりにたたいているのを
見て、「そこまで・・・笑」と笑ったら、
「だって、怖いじゃん!」って返ってきて、
ちょっぴりグサリ

なんて言いつつも、HIV暦4年になるのに、
実は私自身もまだしっくり来てなくて
私がかかっているって感じが全然してない。

だって、周りがインフルにかかってても、
普通の風邪で寝込んでいても、ぜんぜん
うつらない。ぴんぴんしている。

今、仕事が佳境に来ていて、逃げたいくらい忙しい。
にも関わらず、熱も出てきてくれないし、逃げられない。
チェ〜
小学校のマラソン大会の日みたい。
走ってるときにいっそ倒てしまいたいのに、
なぜか完走してしまう、みたいな。

分かるかな?




きっかけ その1 

May 30 [Wed], 2007, 0:10
感染を知ってから3年と数ヶ月、
感染したと思われる時期から約4年がたった。

HIVの事実を知ったのは25歳のとき。
確かちょうど自分の誕生にあたるころで、
たまには世の中に貢献しようと献血に行ったのだった。

後日献血に関連した団体のトップの人から、直筆で手紙が届いた。
「お話したいことがあるので、連絡をください」

一瞬、嫌な予感が頭をよぎったけど、すぐに忘れてしまった。
当時の行きつけのバーで、友達や店長と
「まさかHIVじゃないよね。お酒の飲みすぎで血液検査でとんでもない
数値でもでているとかじゃないの?」
「それ、まじありうる!でも、なんだろう。結構気になる」
「もし、HIVだったら、HIVパーティーやろうよ!うちの酒、全部飲んでいいから」

なんて、今思えばおき楽で残酷なことを、笑いながら話していた。

翌日、東京郊外にある団体の建物へ行った。
受付の人に用件を言うと、すぐに手紙の主の部屋へ通された。

そこにいたのは、白髪のおじいちゃん。
話とはやっぱりHIVに感染しているということだった。
彼は何度も私に、思い当たる感染経路について聞いてきて、
やけになって他の人にうつそうなんて考えないように
しつこく、でもやんわりと言った。

感染経路についてはうそをついてごまかした。
実際、私にうつしたのは別れたばかりの彼氏、不法滞在の
ミャンマー人だった。

これについて語るのは今でも正直抵抗がある。
だって、ミャンマー人からうつったなんて言うと、
皆ミャンマー人はHIV?みたいな偏見ができてしまうからだ。
いまやこの病気は国の場所を問わずに広まっている。
たまたま私は付き合っていたミャンマー人からもらってしまっただけで
彼の国の人の全員が感染しているのではない。


でも、ミャンマーには感染者が多いのは歴然とした事実だ。
それについて書くと、ものすごく長くなるので
ここでは触れない。

話をもどすと、私の嫌な予感が現実のものになったということ
でも、間違いという可能性も否定できないから確認したほうがいいということで、
彼に紹介状を書いてもらい、きちんとした病院で検査を受けることになった。

建物を出るとき、おじいちゃんが裏口まで見送ってくれた。
その途中、
「階段を歩いて疲れるかどうかは高さによってちがうんですよね。
ここの階段は、ちょうどよい高さより少し高めで、あまりよくないんですねえ」

とつぶやいていたことや、その階段の色が卵の黄身のような色だったのを
やたらと鮮明に覚えている。

・・・つづく 





くそう 

May 27 [Sun], 2007, 21:30
私の小さい頃からの夢。
それは、世界のいろんな国で暮らすこと。
旅行じゃないよ、暮らすんだよ。

大学生のころなんて、一カ国に5年ずつ住めは
80歳まで生きるとして、一生で12カ国に住めるなんて
具体的な計画も立てていた。

今でももちろんその夢は健在で
だからこそ、現地採用社員として
外国で去年まで働いていた。

本当はもっとふらふらしていたかったんだけど
医療のことや、いつどうなるか分からないし
家族との時間をもっと持とう、という気持ちから
帰国を決意したのでした。

でも、今も海外に出たくてうずうずしてる。

アメリカとオーストラリア、社会主義国の多く、そしてイスラム教国の多くは
HIV感染者を受け入れていない。
(社会主義とイスラムの国に関しては、私が知らないだけで
きっと、受け入れる国もあると思うので、誤解しないでください)

観光ビザでは入れるけど、移住がむりだったり
(ビザを申請する過程で、血液検査をされる)
労働ビザもでなかったりする。

うわさによると観光でも入れない国があるとか。

最近は人権問題が絡むとかで、EUとかは受け入れるようになった。

例えばアメリカ政府にとっては自国の人間を
感染するチャンスを極力減らし、守るというのは、義務。
あたりまえで、仕方がないことではある。

感染したことにより、自分の長年の夢に制限が
できてしまったことは、すごく悲しい

まあ、でもその分、限りある時間の中で
できるだけ多くの夢を達成しようと

行動的になれたのは事実。

感染がなかったら、「お金がない」とか「時間がない」とか
何でも、いつでも出来、時間なんて無限にあるかのように錯覚する
現状に甘えて、海外に働きに行くというアクションも起こしていなかったに
違いない。

行動的になれたこと、それが病気になったメリットかも。



お得な手帳をゲット♪ 

May 27 [Sun], 2007, 21:11
何を隠そう私はお酒が大好き!
飲まない日は本当にないくらい。
一番好きなのはビール、次いでワイン
月の給料の大半が、友達との飲み代で消える・・・

前に日本にいたときは、絶対に飲み会をやるような
大都市から家まで、せいぜい歩いて1時間の場所に住むようにして
いたくらい、お酒が大好き!
でも、去年帰国したときはお金があまりなく
仕方なしに決めた場所が、ちょっと都心から離れたところ。
だから、終電をきにして飲まなきゃいけなくて
すごく嫌だった。
(どうせなら、なにも気にせず気持ちよくのみたいじゃん)

で、最近ゲットしたのが「障害者手帳」!
免疫障害という名目で、障害者のレベルが現在3級。
また、去年は日本での収入がゼロということで
私の住んでいる地区では、なんと月1万ちょっとと、
タクシー券がもらえる!

タクシー=終電逃したときの足くらいにしか考えられない私。
ええ、それはもう重宝しています。

家の前について、タクシーの運ちゃんに
タクシー券を渡すと、
たいがい皆おどろいてるのが分かる。
外見上、健常者にしか見えないし
しかも、明らかに酔っ払ってるし・・・

世の中にはこんな私のような
どうしようもない障害者も、他にも実はいるんだろうなあ。

とそこで、ふと思う。
障害なんて、人格って観点からいえば、
歌のうまい人、音痴な人、程度の区別でしかない。
たまたま障害があるだけで、(しかも私は後天的)
惰性があったり、悪いことをしてしまったり、
もちろん、お人よしだったり、性格はひとそれぞれってところに変りはない。
そう、だから私のようなアル中障害者もいる。

なんだか、自己弁護的になってしまったけど
障害がある=タクシー利用度が増えるという解釈からかどうかは
良く分からないけど、
(私の意見では、障害によって出来ないこともあり、とてももどかしいため
そのストレス発散のために、支給されているのかな、とか思うときがある)

なんとなく、その理由で支給されている券を
飲みすぎて終電なくなった、ってことに使っていることに
罪悪感を感じないでもないので、
いつも、タクシーの運ちゃんに数十円分多く渡すことにしている
気の小さい私なのでした

ありえない! 

May 26 [Sat], 2007, 21:54
海外で働いていたときのこと。
ちょっといい感じの仲になった男の人がいた。

彼はよく家に泊まりに来ていて、
もちろんHもした。
いろんな場所を旅行するのが大好きな人で
それなりに、世の中にはいろんな種類の人がいるってことを知っていて、
人の中身をきちんと見てくれる人だった(と思う)。

そのこと、すでに感染していることを知っていた私。
実はゴムつきでHをするようになった後なのだけど、
彼ならきちんと理解してくれると、HIVに感染していることを話した。

そしたら、一言、
「言ってくれてありがとう」

それ以後も、私たちの関係は変わることなく続いた。

でも、その後ありえない事実が発覚!
私の同僚とも寝ていたらしい
それなりにHIVの知識もきちんとある人だったからか、
ゴムつきならうつらないから、大丈夫だとでも
思ったのか・・・。

本人は否定していたけど、
下半身が言うことを聞かないようで、
私がHIVだと知ったあとも、
私のみならず他の人ともHを続けていたらしい。

態度を変えずにいてくれたことや
HIVがそう簡単にうつらないことを分かってくれていることは
正直嬉しかったけど、
それ以前の問題!

かなりぶちきれて、私たちの関係は終わった。

最近はHIVにかかっていても、薬を飲んでいれば
一生を普通の人と同じように暮らすことも可能になった。
聞くところによると、ヨーロッパでは
「薬飲んでれば大丈夫なんでしょ?」
ってなことで、ゴムをつけずにHを平気でするやからも
でてきているらしい。

そういう問題でもないんだけどなあ。

自分がいいのなら、かまわないけど
感染源になる可能性がある、こっちの気持ちも
考えていただきたいんですけどねー。

仕事めんどくせ〜 

May 24 [Thu], 2007, 21:41
昔、近所にアレルギー体質の女の子がいた。
牛乳とか卵とか、体に合わない食べ物が多いので
彼女はいつも、お母さんの手作りのお弁当を持って
学校にいっていた。

学校で皆に何か言われたりしていたのかどうかは知らないけど
そんなハンディキャップがあるからか、
とても気の強い、プライドの高い子だったのを覚えている

大学卒業後にHIVに感染してしまった私は
当然、今までの人生の大半をごくごく普通に生きてきた。
特に意志が強いとか、がんばりやだとか言うことも、もちろんない。

今は会社員をやっていて、会社には感染していることは
内緒にしているのだけど、
面倒な仕事を押し付けられたときとか、
終電の毎日が続くと、いっそのことHIVだと告白して

「仕事のストレスでCD4値が下がるので、
仕事量を免除してください!」


なんて言ってしまいたくなる

でも、あのボスがそんなことで仕事を
軽くしてくれるとは思えないけど・・・
病気を逆手にとって、楽しようってのは
卑怯かしら?

古い体質の会社なので、首になる可能性もあるけど、
自分で辞表をだすのも億劫なので、返ってそのほうが好都合。

それか、障害者をやとっている会社は
税金を5万円ほど免除される(確か)はずなので
その分、私の給料に上乗せしてくれないかな〜、なんて
夢想しながら、今日も満員電車に乗り込むのでした。
2007年06月
« 前の月  |  次の月 »
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新コメント
アイコン画像momo
» きっかけ その1 (2007年05月31日)
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:worldwidetokyo
読者になる
Yapme!一覧
読者になる