子供が授かった親へ

September 11 [Sun], 2011, 13:57




結婚生活を送っている二人にやがて訪れよう子供の授かり。待望の赤ちゃん

ができた。できたと感じたときは、実感こそ今一つだろうが、そのうちお腹

で元気に動く様子に、二人の表情は緩みっぱなしだと思う。その姿は見ていてとても微笑ましいものであろう。しかし、そう暢気なことも言っていられない。男の子か女の子かはまだ分からないにしても、どちらが生まれてもいいように、名前を考えておかないといけない。近年は性別がカメラを通して

すぐに分かる時代。昔は生まれるまで親がやきもきしたものだ。しかし今は

あっ気なく判別できる。聞かなければ知ることもなく、昔そのものの気持ち

でいられる。だが、今のカップルは何故かすぐ知りたがる。性別が早く分かる方が、出産準備が手際よくできると言う理由があると言う。こうなると、言い方は不自然だが、出産も事務的な要素になって来ていそうだ。科学、医学の進歩でもあるが、使って結果を出すのは寂しいと思う。名前もいろいろ

参考にして悩んで、そんな親の夢がなくなって来ているようだ。それでも腹帯をもらうのに、京都のお寺には出向くのである。このお寺が差し出してくれる帯の結果でほぼ当たる。帯に女とあれば男の子、その逆なら女の子である。これこそ神のお告げではないか。機械の精密さも去ることながら、このお寺のお告げは同等なものだ。ただただ驚くしかないのである。だからと言って確信していても、そうではないこともあるかも知れない。お寺でもらった帯がそうだからと思いの名前や衣装の準備をしていて、違ったら慌てて一からやり直すなんてことにもなり兼ねないだろう。今までのように、子供に

対してのことは、悩むことの方が幸せであろう。医学は日に日に進歩して行く、しかし自然のことは自然のままでいたいと思うのだがどうだろう。
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