#2 どこまでつきあってくれる? 

March 08 [Wed], 2006, 20:03
ひとみは時間どおりに相談室へやってきた。
この1週間は1日も休まず登校していた。

「毎日学校へ来ている。ただ、それだけ」と吐き捨てるようにつぶやく。

「学校はつまらない。何が楽しくて彼らがはしゃいでいるのかわからない。特に女子は休み時間になるたびにぎゃーぎゃーわめいている。その声が耳に痛い。言葉に聞こえない。動物の鳴き声のように感じる」

ひとみにとって学校は動物園のような存在なのだろうか。

「ひとりで入ると変な目で見られる。『あの子また本を読んでいるよ』と指さす子もいる。まあ、それも仕方がないけれど。9月に転校してから、あまり学校に来ていないから」

<友達はほしいの?>そういうとひとみは私を睨みつけた。
「そんなこと、ずけずけと私に尋ねたのは先生が初めて」
<質問されたくないことだったかな>

ひとみはそれには答えないで、自分の髪をなで始めた。
黒い豊かな髪が波打った。私はそれをじっと見つめていた。
彼女は部屋に誰もいないかのように同じ動作を繰り返した。
目を伏せ、どこか笑っているような表情だった。

「友だちはいたよ、前の学校ではね。親友もいたかな、でも死んじゃった」

死んじゃった?

ひとみは髪を触るのをやめて、私をじっと見た。
「先生はどこまで私とつきあってくれるの」

それは私の存在の根底にまで響くような冷酷な言い方であった。
返事はすぐにできなかった。

「先生はどこまで私とつきあってくれるの」
ひとみは繰り返した。

<毎週、水曜日の4時に君とここで会う。会って君の話を聞く>
「それだけ?」試すような笑い。白い歯が見える。
<それだけ。それだけでは不満かい?>
「ずっと?」
<そうだな、ずっと。少なくとも君が卒業するまでは>
「春休みや夏休みも?」
<君が望むなら>

笑顔が広がった。
あまりの美しさにぞっとする。

こんな調子で本当に面接が続けられるのか。
<やっぱりやめとく>と口から出そうになる。

「ここで会うだけかあ。それで何ができるの?」
<君次第だ>
「なんか逃げてる。私がずっとリスカを続けても、途中でやめない?もう会わないとかいって追い出さない?」
<追い出さない>
「ふーん」

なんだか納得したようだ。
何かを考えているらしい。
面接終了間際にひとみはつぶやいた。
「先生、変わっているね」

凍りついた視線 

March 06 [Mon], 2006, 19:36
私は教育相談係であるが、むろん授業も担当している。
しかし担当学年は2年生なので、ひとみのクラスを教えたこともないし、1年生のクラスのある階へ行ったこともほとんどない。

ところが、今日の2時間目にひとみのクラスで「研究授業」があった。
教科担任は教案を作成し、だれでも授業に参観することができる。

担当は数学の新任の鈴木という男性教諭であった。
教室に入ると、すでに数学の教員が2名が教室の後ろに立っていた。
私が教室に入ると、鈴木先生は他教科の教員が来たのでちょっと驚いた様子であった。

ひとみは背筋を伸ばしてまっすぐ前を見ていた。
しかし、ノートを取っている様子はなかった。

ひとみの横にいる、小柄な女子生徒が指名された。
ところが、彼女の発言の声が小さく、鈴木先生は何度も聞き返し、だんだんイライラし始めた。
それにつれて、その女子生徒の声はさらに控え目になった。

「はっきり答えてくれよ!」
かなり強い口調で鈴木先生が言ったとたん、ひとみが咳払いをした。
反射的にひとみをみた鈴木先生の顔が一瞬凍りついた。

ひとみは瞬きもせず鈴木先生を睨みつけていたのだ。
それは冷酷とか冷淡とかいった表現をはるかに越えた、人の内面に深く踏み入っていく視線であった。

あわてて鈴木先生は黒板に向かい、自分で問題の説明を始めた。
ひとみはほどなく普通の顔つきに戻った。

面接の公開 

March 04 [Sat], 2006, 19:24
考えてみれば、奇妙な提案である。

ひとみは毎週相談室へ来ることを約束した。
一体どれだけリストカットをやめたい意思があるのかははっきりしない。

「私が話したことは誰にも言わないでほしい」
守秘義務はカウンセリングをする者として当然のことである。

「でも、面接記録はホームページかブログで残らず公開してほしい」
私はそれを最初は拒否した。

「私が話したことが、この部屋の中だけで完結するのはイヤ。私がいることを他の人にも知ってもらいたい」

なんとも矛盾する話だ。それにそうなら自分でやればよい。
「私がやっては意味がない。他の人の目で私を記録してほしい」

彼女は公開された記録は検索しないし、そんな気もないと言い捨てた。
もし、自分の記録を読んだりしたら、面接に影響がでる。

それにしても承諾した私はどうかしているかもしれない。

ひとみの個人資料 

March 03 [Fri], 2006, 19:46
担任の井戸先生から、「ひとみの面接をしておられそうですね」と声をかけられる。
出席日数がぎりぎりなので、なんとかあと2週間ほど学校にきてほしいと話す。
週に一度の面接では残念だか欠席の歯止めにはならない、即効性は望めないことを伝える。「まあ、それでもここ3日間は朝から来ていますので、どうかよろしく」といわれる。

この機会に彼女の生徒指導資料を見せてもらう。
昨年の9月に神戸の私立女子高校から転校している。
転入考査のテストは全科目ほぼ満点。
本校が普通科高校でも最底辺のレベルにあることからすると、群を抜いて学力があることになる。

ところが、中学校の成績は散々なものとなっている。
欠席が多いのが影響しているのだろうか。
年間50日以上休んでいる。
高校では帳簿上はほとんど休んでいないが、もしかすると保健室登校を出席と認めているかもしれない。

家族は両親のみ。
父親は50歳、母親は34歳。随分年齢が離れている。
彼女は母親が18歳のときの子どもとなる。
姉妹はいない。
両親の職業は不明。

そして、母親とひとみは苗字が異なっていた。

養護教諭の驚き 

March 02 [Thu], 2006, 19:34
保健室に顔を出すと、養護教諭の石川先生から、「あの子、相談室へ行きましたか」と聞かれる。

<はい、昨日の授業後に>と答えると、かなり驚かれる。
<これから毎週水曜日に面接をすることになりました>というとさらに驚かれる。

「あの子、男性との接触は避けたがるんです。担任の井戸先生ともほとんど口をきいていないというか、井戸先生まったく無視されています」
そんな生徒を予備知識なしで紹介されてははかなわないが、奇跡的に関係は一応とれたようである。

養護教諭によれば、あと2日も休めば留年が確定だそうだ。
今日は登校しているが、明日は予断を許さない状況らしい。

「あと、授業のある日もわずかですから、なんとかしてやりたいのですが、本人が何を考えているのかよくわかりません。先生にはなにかおっしゃっていましたか」と問われるが、明確に言えることは何もない。
リストカットは上腕部にひどい傷があることを告げると、「知りませんでした」と絶句される。

#1 蛇の傷跡 

March 01 [Wed], 2006, 21:01
午前中に卒業式を終え、3年生は学校を去った。

相談室へ入ってきたのは息をのむほど色の白い美しい少女だった。
養護教諭の話では、昨年の9月に転校してきたという。
最初の1ヶ月はきちんと登校していたが、次第に休みが増え、12月からはほとんど学校に顔を出していないらしい。

彼女はひとみといった。名前のとおり、黒目がちの大きな目をしていた。

「なんだか、学校の中ではないみたいですね。なんだか、普通の家みたい」
彼女が話し出して私は心底ほっとした。

<君をここに紹介した養護の先生は、2つのことを心配していた。ひとつは君が学校へ来ない日が多く、来てもクラスメイトの誰とも話さないこと。もうひとつは君がリストカットをしていることだ>

彼女は私の言葉に驚くほど何の反応も示さなかった。
私はこのまま彼女が何も話さず面接を終えるか、それともすぐに立ち上がって部屋を出て行くことも覚悟した。

ところが、彼女は穏やかな調子で話し始めた。
「先生のおっしゃるとおり、最近は学校へはあまり来ていません。遅刻も多いです。でも学校に来れないわけではありません。来ようと思えば別に来れます。友達はつくる気がありません。一人でも寂しくないです。その気になれば友達は簡単につくれます。すごく簡単です。
それから、リストカットは、そんなたいしたものではありません。ちょっと引っ掻いたくらいです。ご覧になりますか」

ひとみはそういって、左腕のブラウスの袖のボタンをはずした。
彼女は慎重に腕をまくりあげた。

そこには格子状に白い傷ができていた。白い腕に白い傷。
ほとんど治りかけており、血の滲んだ後はなかった。

「でしょう?」
おどけた様子でそういうと、彼女は袖を無造作におろした。

どうしたものか。
すると、あることに気づいた。

袖を慎重にまくり、無造作に降ろす。

私は彼女が警戒しないようにゆっくりと中腰になり、彼女の手を取りもう一度袖をめくった。

ひとみの二の腕には蛇のような形のピンク色の傷が縦に15cmほと続いていた。
カッターナイフか何かで深く切った跡だった。

<縫っていないね。かなり出血したろう>
ひとみが初めて笑顔を見せた。
「ちょっとあせったね。やりすぎたって」

彼女は毎週水曜日の16:00から50分間、相談室へ来てカウンセリングを受けることを約束した。
P R
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