篤姫第40話(10.5)
October 07 [Tue], 2008, 1:47
「恐れながら、公方様にご側室をお勧めしては如何でございましょう?」
天璋院@宮崎あおいと観行院@若村麻由美に進言する滝山@稲森いずみ。
しかし、「仲睦まじい二人に冷や水をかけてなんとする?」
と、天璋院が滝山を咎めたことから、観行院が親しみを感じるようになる。
相変わらず、主人公の好感度をあげる展開ですな
大奥最大の任務は、将軍の世継を設けることなので、滝山の進言は当然でしょうね。
で、よくよく考えると、将軍の世継って、12代家慶以降、産んでないのよね。
15代慶喜に至っては、大奥に入ったこともない。
それでいて、幕府の財政を逼迫させるほど、カネがかかるんだから、困った組織だよ
今回、大奥では、和宮@堀北真希の懐妊(?)が騒動となりましたが、
そんなことは、あまりにも些細に感じちゃうほど、この時代の流れは急激だ
・文久3(1863)年5月 長州藩、米仏艦隊の攻撃を喰らい、大敗(下関事件)
・文久3(1863)年7月 薩摩藩、英国艦隊と戦闘(薩英戦争)
・文久3(1863)年8月 尊皇攘夷派の天誅組、大和で挙兵。
・文久3(1863)年8月 公武合体派の一橋慶喜@平岳大や薩摩・会津藩兵が、
尊皇攘夷派の長州藩や公家を京から追放することに成功(八月十八日の政変)。
※この戦いで活躍を認められた壬生浪士組は、新撰組と改名することに。
・文久3(1863)年10月 尊皇攘夷派の平野国臣、但馬生野で挙兵。
・元治1(1864)年3月 水戸藩の尊皇攘夷派が筑波山で挙兵(天狗党の乱)。
・元治1(1864)年6月 新撰組、京都池田屋で尊皇攘夷派を襲撃(池田屋事件)
江戸城や大奥は平和なもんですが、各地で尊皇攘夷派が挙兵する有様
まだ挙兵しても、すぐに鎮圧されてるからいいのですが。
まあ、大奥で何か起きないと、主人公が活躍しないし、脚本も大変なんでしょうね。
そして、元治1(1864)年7月 一橋慶喜や薩摩・会津藩兵が、
強引に入京した長州藩兵を京都蛤御門に破る(蛤御門の変)。
この戦いで、吉田松陰の一番弟子だった久坂玄瑞が戦死、
長州藩は朝敵と見なされてしまう。尊王を掲げてたのに、皮肉な話だ。
そこで、長州征伐を決定、自ら出陣を決意する徳川家茂@松田翔太
この時点では、慶喜と薩摩が行動を共にしているのよね。
薩摩藩と長州藩が手を組むなんて考えられないわけですよ。
一方、念願の海軍操練所を創設させた勝麟太郎@北大路欣也だが、
蛤御門の変に参加した長州藩士の塾生が多くいたことから、
幕府に敵対する疑いをかけられ、操練所は閉鎖されてしまう。
行き場を失った坂本龍馬@玉木宏に、勝が紹介したのが、薩摩の小松帯刀@瑛太。
ううむ、こう考えると、長州藩の倒幕を後退させたかに見えた蛤御門の変も、
逆に、幕府崩壊を進めたことになるのかもしれないなあ
蛤御門での薩摩の活躍を喜んでいた天璋院にとっては、苦い展開になっていきますが
陰険根暗な一橋慶喜が活躍したのが、新鮮な回でもありました。
慶喜は、元治1(1864)年3月、将軍後見職を辞任、
孝明天皇@東儀秀樹から、禁裏守衛総督を任命され、京都常駐となっていました。
八月十八日の政変や蛤御門の変で活躍したのも、そのため。
しかし、活躍すればするほど、江戸の将軍家茂や老中から、危険視されてしまったらしい。
しかも、禁裏守衛総督は天皇が任命したので、将軍や老中は何もできない。
危険視されるが、何もしなければ、幕府の政局は更に不利になってしまう。ジレンマだ
★今までの感想★
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天璋院@宮崎あおいと観行院@若村麻由美に進言する滝山@稲森いずみ。
しかし、「仲睦まじい二人に冷や水をかけてなんとする?」
と、天璋院が滝山を咎めたことから、観行院が親しみを感じるようになる。
相変わらず、主人公の好感度をあげる展開ですな

大奥最大の任務は、将軍の世継を設けることなので、滝山の進言は当然でしょうね。
で、よくよく考えると、将軍の世継って、12代家慶以降、産んでないのよね。
15代慶喜に至っては、大奥に入ったこともない。
それでいて、幕府の財政を逼迫させるほど、カネがかかるんだから、困った組織だよ

今回、大奥では、和宮@堀北真希の懐妊(?)が騒動となりましたが、
そんなことは、あまりにも些細に感じちゃうほど、この時代の流れは急激だ

・文久3(1863)年5月 長州藩、米仏艦隊の攻撃を喰らい、大敗(下関事件)
・文久3(1863)年7月 薩摩藩、英国艦隊と戦闘(薩英戦争)
・文久3(1863)年8月 尊皇攘夷派の天誅組、大和で挙兵。
・文久3(1863)年8月 公武合体派の一橋慶喜@平岳大や薩摩・会津藩兵が、
尊皇攘夷派の長州藩や公家を京から追放することに成功(八月十八日の政変)。
※この戦いで活躍を認められた壬生浪士組は、新撰組と改名することに。
・文久3(1863)年10月 尊皇攘夷派の平野国臣、但馬生野で挙兵。
・元治1(1864)年3月 水戸藩の尊皇攘夷派が筑波山で挙兵(天狗党の乱)。
・元治1(1864)年6月 新撰組、京都池田屋で尊皇攘夷派を襲撃(池田屋事件)
江戸城や大奥は平和なもんですが、各地で尊皇攘夷派が挙兵する有様

まだ挙兵しても、すぐに鎮圧されてるからいいのですが。
まあ、大奥で何か起きないと、主人公が活躍しないし、脚本も大変なんでしょうね。
そして、元治1(1864)年7月 一橋慶喜や薩摩・会津藩兵が、
強引に入京した長州藩兵を京都蛤御門に破る(蛤御門の変)。
この戦いで、吉田松陰の一番弟子だった久坂玄瑞が戦死、
長州藩は朝敵と見なされてしまう。尊王を掲げてたのに、皮肉な話だ。
そこで、長州征伐を決定、自ら出陣を決意する徳川家茂@松田翔太

この時点では、慶喜と薩摩が行動を共にしているのよね。
薩摩藩と長州藩が手を組むなんて考えられないわけですよ。
一方、念願の海軍操練所を創設させた勝麟太郎@北大路欣也だが、
蛤御門の変に参加した長州藩士の塾生が多くいたことから、
幕府に敵対する疑いをかけられ、操練所は閉鎖されてしまう。
行き場を失った坂本龍馬@玉木宏に、勝が紹介したのが、薩摩の小松帯刀@瑛太。
ううむ、こう考えると、長州藩の倒幕を後退させたかに見えた蛤御門の変も、
逆に、幕府崩壊を進めたことになるのかもしれないなあ

蛤御門での薩摩の活躍を喜んでいた天璋院にとっては、苦い展開になっていきますが

陰険根暗な一橋慶喜が活躍したのが、新鮮な回でもありました。
慶喜は、元治1(1864)年3月、将軍後見職を辞任、
孝明天皇@東儀秀樹から、禁裏守衛総督を任命され、京都常駐となっていました。
八月十八日の政変や蛤御門の変で活躍したのも、そのため。
しかし、活躍すればするほど、江戸の将軍家茂や老中から、危険視されてしまったらしい。
しかも、禁裏守衛総督は天皇が任命したので、将軍や老中は何もできない。
危険視されるが、何もしなければ、幕府の政局は更に不利になってしまう。ジレンマだ

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