超攻撃型三麻生活  

フリー雀荘や天鳳(主に三麻)、ぼやきなど。

プロフィール
  • ニックネーム:セルシー
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天鳳HN:我々クラス
特技:愚形リーチ

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勝つとは、負けないこと。正しいとは、間違えないこと。 / 2011年10月15日(土)
麻雀はどうやったら強くなれる?

幾度と繰り返されてきた質問だ。

「センス」としか答えようがないと思っていたが、FXをするようになってから、
ひとつの答えに辿り着いた気がする。

結論からいうと、やってはいけないミスをしらみつぶして行き、そのミスを再発させない。これだけである。
ミスをひとつひとつ潰すことだけなのである。

そしてそれを達成するための能力としては「ミスをミスだと客観的に気づけること」と「同じミスを繰り返さないこと」の2つであろうと。


麻雀でもFXでも同じ。


拍子抜けするほどシンプルだが、詰まる所そんなものだろうと。


まず、前者は麻雀についての知識をとにかく詰め込み理解する必要がある。インプットの部分。
ここを疎かにするとミスをミスだと、また間違いを間違いだと気付かない。
また理解力が高ければ高いほど習得するまでの時間が短いことは言うまでもない。
能力によってその時間は10倍くらいはばらつくのではなかろうか。

またこの「ミスをミスだと客観的に気づける」能力を疎かにしたままドヤ顔のやつはカモ、それも上客であるw

そして次にミスをしらみつぶすために、色々な経験、ミスをしたほうがいい。全つっぱで痛い目に遭うことや、ベタオリして和了逃しをして悔しい思い、いやいやそんなわかりやすいミスばかりじゃないぞ、リーチしてかっぱぐ局面で闇で和了っちゃった。こんなミスもある。これらは前述の通り、知識を身に着けミスをミスだと気付かない状態では意味がないよ。しっかりとミスだと認識できる状態で手痛いミスを経験しよう。

そういう経験を脳に焼き付けるのである。
この苦い経験をすることで更なる知識アップと、次の「ミスを繰り返さない」ことにも繋がる。


まあとにかくこの知識の構築、ミスの経験に関しては理解力により習得時間は異なるが努力すれば、勝ち組たちのそれと同等に上り詰めるのはそれほどハードルは高くない。

逆にいえば本気で強くなりたければ、ここまではクリアしてもらわなければ話にならないわけですな。



次に後者、「同じミスを繰り返さない」

これは人によってはとてつもなく高いハードルになるだろう。

人間なんてものは本当に意志の弱い生き物であり、まずそれを認めることから始めなければならない。

受験勉強をした時でも思い出して欲しい。計画を立てて計画通りに遂行できたためしがあるだろうか。
例え一日単位で達成できても年間を通して計画通りに進むことがあっただろうか。

東大非医より高みに存在する某旧帝医にいった者でさえ言う。
理想的な計画の半分も遂行されると、もう上等もいいとこ。二重丸だと。


つまるところ、「同じミスを繰り返さない」能力はいかに意志を強くするかという鍛練が必要であり、
さらに理想の半分なんていってられない、ほぼ理想通り、限りなく100%を目指す作業がはじまる。

人によっては相当しんどいであろう。

何を隠そう、私も何度同じミスをしたら気がすむんだというくらい何度もミスをしてしまう。
そんな自分を客観的に捉え、鍛錬し、騙し騙しなんとかやっている状態である。
ブログやツイッターでドヤ顔で自分の強さを誇示するのは、勝負に対して圧倒的謙虚になり自分を押しつぶした反動であろう。
何かに対して無理に圧力をかける時は、どこかに逃げ道を作らないと破裂してしまう。
そういうイメージである。


こんな感じでやや抽象的になっちゃったけど、今の私の考えとしてはこんなものかな。
勝つためにはほかにも戦略とかいろいろあるだろ、と言われそうだが、そんな豆知識とか戦略は勝負の中で自然と身に付くし、私が提示した二つの課題とともに並行して周囲にアンテナを張り、すこしずつ吸収すれば事足りるだろう。


そして休日は勝負なんてものは捨て去り、ぼけーっとしたただの若者に戻っていくのであった。

そりゃ麻雀打つ時間がないわな。

 
Posted at 10:42 / 相場 / この記事のURL
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片道切符 / 2011年08月20日(土)
絶対そうだとは言わない。

しかし・・・

少なくとも私はもう引き返せない。

そう・・・

相場に足を踏み入れる。それはすなわち・・・

所謂マジョリティーが生きるような生活に戻れない。

早々に負けて心が折れるか、そもそもギャンブル嫌いの者なら問題ない。

リスク愛好家かつ、トータルで勝っちゃう程度の博才がある者は、もう戻れないのだ。

ちょっとオーバーに言うと、勝ち続けるか、破滅かのどちらかである。

どれだけ勝っても勝ち続けても、時々不安になる瞬間がある。
それは世の中に「絶対」というのはない、という得体の知れない化け物みたいなもんが常に居るからである。

今は、5億掴んだら、その一部を安定的な資産に換えて実質引退するつもりでいるが、

到達したときに同じことが言えるのか・・・

それは分からない。

ただ、なんとなく感覚的にわかるのは、金を得ることが目的になっちゃうと、何かが壊れていく気がするということである。

あくまでも手段であることを定期的に再確認しなければならない。





 
Posted at 12:40 / 相場 / この記事のURL
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フォーム改善 / 2011年08月12日(金)
スキャルピングにより私の日々の生活はかなり疲れていたことは前に言った。

いくら平均自給換算で○万円勝っていても、神経をすり減らした挙句病気になっていては、何が何だかわからぬ、

ということで最近は時間軸を少し長めにとってトレードしていた。

手応えはというと、、、やはりスキャよりもデイトレのほうが利益率は良くなった。これは予想通りだった。

ただスピード感は失われるのでドーパミン噴出量はかなり抑えられるという結果に。
一日に数十万円勝ってもまったく興奮しないくらい冷静である。

まあスリルは減ったかもしれないが、心身への負担もかなり減ったような気がする。

今のように、手ごたえがあり、「流れ」が良いうちにとことん叩くのが勝負師としての定石。

(なお真面目な読者が万が一でも勘違いしないように言っておくと私はオカルト的なものは一切信用しない。
ジンクスやらなんやらというのは、心の弱い者が拠り所にするためにあるものだからだ。
私はそんなものを信用したことがないが勝負の世界ではとことん勝ってきたからね。

まあ、なんしか、厳密に説明するのが面倒くさいときに、私は「流れ」という言葉を使う。

ちゃんとした戦略があって、根拠があって7割は勝てるだろうという勝負をして、ほぼ確率通りに結果がついてきて、
その結果に溺れることなく、次も冷静に判断して勝負して、確率通りの結果がでて・・・という状態を面倒だから適当に「流れが良い」という表現を使うだけのことなのだ。

逆に、冷静に判断できなかったり、悪いほうへの確率の偏り、などの連鎖を「流れが悪い」と言ったりね。)


いつもの癖で脱線してしまったが、要は調子の良いときにとことん叩け、と。

遠慮はいらない。市場から金をどんどん抜く作業を行うのみである。

いくらでも落ちている。またその額は青天井である。

こんな楽園があったなんて。

勿論、落ちてる金を拾うようなもの、と感じるまでは結構大変だった。同じ失敗を何度もして自己嫌悪に陥ったり、こんなの勝てるわけがないという妄想に陥ったり、まあそれなりに大変だった。

しかしだ、運の依存度を考えると、麻雀より遥かに楽だ。もう比べ物にならない。
フリーでのイライラ感、疲労とはいったいなんだったんだろうかと思えるほどである。まあ実際トロい奴でもある程度儲かっているのが相場だ。
もっともフリー雀荘で浮くよりも簡単なだけで、大多数の負け組みが少数の勝ち組と胴元を支えている構図は、麻雀と変わりない。つまり、なんらかの優位性がない状態で毎回ガラガラポンをしていたら負けるのは至極当然であるのだ。

そんなこんなで、主婦でも運で勝っちゃうような相場で、私が負け続けるはずもなく(初めは相当やられるよ)、
勝ちパターンが築き上げられたわけですな。
言っても仕方がないが、学生時分に覚えていたら、おそらく資産を築く方が先に来て就職しなかったことだろう。

まあ良い様に考えると、今は社会的信用がある身分で、毎月給与が入るという、気持ちのゆとりとリスクヘッジ、
これらが備わっているともいえる。

当面この状態で淡々とこなしていきましょう〜。ほっほっほっほっほ。

 
Posted at 23:02 / 相場 / この記事のURL
コメント(5)
生粋のギャンブラーだけど・・・ / 2011年07月22日(金)
真面目なことも考えています。

もうもはや麻雀ブログじゃないじゃんという突っ込みがありそうで恐いのですが・・・。
麻雀は麻雀で捨てたわけじゃないので・・・。
「時」が来たらまたやり始める予定ではあるのでご容赦を。

最近はね〜、相場を張っている時ほど生き生きした私を見ることができないでしょうね。
もう固定給で働くのが辛いのである。それはそれはとてつもなくつらい。

同じ人間なのに資本家みたいなやつがいる一方でなんで俺が働かなきゃいかんのだ!と、マルクスじゃないけど私は思っています。これはもう高校生ぐらいの頃からだけど。
仮に月に100万固定給の仕事があると言われても若干退屈なぐらいなのに、今の私の年齢の給与なんて退屈かつ詐欺的な低さに間違いないわけであります。

その点相場を張る楽しさはやば過ぎます。ものごっつい楽しいわけです。この「張る」部分に関してはフリー雀荘で張るよりもはるかに、アドレナリンなどの脳汁が出ちゃうわけです。
ただの上がるか、下がるかでこんなに興奮できるなんて私はなんて欲深い人間なんだ

とかも考えたりするけども、私の人生の目的は金ではない。
私の場合、マズローの欲求階層で言うところの「てっぺん」に上り詰めるには、その手段として膨大な金が必要なわけで・・・

勤め人を何十年、いや何百年やってても、ただ死を待つだけの人生にしか思えないのです。
勤め人を馬鹿にしているわけではないですよ。あくまでも私の人生観です

私はとてつもなく諦めの悪い人間なのである。

人生こんなもんだろ、とか、みんなこんなもの、あいつよりはマシだとか、そんな下らんことを言い続けて歳を取りたくないのである。無理難題の大半には突破口がある。
どれだけ不可能にみえることでも、不可能だと簡単に言い切っちゃうのはその突破口から目を背けているだけである。

ということで最低でも後数年は「プレイヤー」で居続けるだろう。

目標額を達成すれば、くだらん金稼ぎはやめて夢のためにすべての時間を注ぎ込みたい。

以上、私はただのギャンブル狂ではなく、とても真面目な人間なんだということをなんの面白みもない感じで仕上げてしまったw


 
Posted at 20:32 / 相場 / この記事のURL
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機会損失に怯える / 2011年06月25日(土)
私がFXに打ち込んでいることは前回の記事で述べたが、実際どんな生活になるかというと、
これはこれは忙しい、というか落ち着きのない毎日を過ごすことになっている。
というのも私の取引のメインはスキャルピングという超短期売買を一日に何十回も繰り返す方法だからである。
一回の取引は、早ければ数秒で手仕舞いするような危なっかしい取引だ。

エントリーチャンスはないかと、パソコンを睨み、勝率が70%越えそうな(数字に厳密な根拠はない)ところで
エントリーを繰り返す。
以前は勝率が55〜60%辺りでもエントリーしていたが、裏目ったときの精神的ショックや後悔が大きい。
嫌でもその配牌で勝負するしかない麻雀と違って、相場は、都合の悪い局面はパスできるのに、何故そんな中途半端な局面でエントリーしたのかと結局自分を責めることになる。

だから、そこそこ勝率があると分かってても我慢が必要なのだ。我慢をしていれば配牌でイーシャンテンという局面や
ダブルリーチの局面が必ずどこかで回ってくる。そこで勝負をしていけば長い目でまず負けない。
負けないということは勝つこと。勝つということは儲かること。そしてその額は相場では無限大である。
レートアップしても周りの面子のレベルが上がるわけではない。

金額のプレッシャーに耐えるだけである。
この点に関しては私はそこそこ自信がある。一時的に大きな含み損を抱えていてもそれほどメンタルにこない。
長い目で勝つだけという、この感覚は麻雀で磨かれたので、麻雀に打ち込んでいた期間も決して無駄ではなかったのだ。

話を戻すと、超短期売買をしているためパソコンの画面から目を離すことが許されない。
この前は、数分ちょっとトイレにいったために売買チャンスを逃し、10000円ほど取り逃したことがあった。
ほんの数分で10000円の機会損失である。

風呂に入ったために30000円儲け損なうこともしょっちゅうだ。
そのため、今では10分ほどで風呂から出る術を見につけてしまった。

こんな話をすると、睡眠時間も削るのでは?とお思いの方もいるかもしれないが、そこはマイルールがある。
昔から睡眠だけは8時間取らないと気がすまないのだ。なんというかきちんと寝て頭を働かさないと結局は非効率になるのだ。

そういうわけで、平日は仕事から帰ってきてまた仕事という毎日である。
平日にバラエティー番組をぼーっと見たりすることはめっきりなくなった。

何かを得たら何かを失うというのは本当なのかもしれない。



 
Posted at 18:13 / 相場 / この記事のURL
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