朗報&お別れ。 

2005年12月16日(金) 0時00分
朗報です。

ドクター・チェンによると、私の耳は治るそうです!!!

聴力は回復してないし、日本に帰るまでなんともいえませんが、本当にうれしい!!
とてもあのドクター・チェン(アジア系のおっさん)がとてもかっこよく見えた。

またテンションが通常通りに戻りつつある。ステロイド飲んだらハイパーだけど。

この大量にもらった薬たちは日本の病院で見せるのに持って帰る。


テストも全て無事終了。。。本当にどうなるかと思った。

そんな感じで喜んでいたときに、ふと、いつも付けていたラピスラズリのブレスレットが壊れてなくなっいるのに気がついた。3粒しか残ってない。。。

渡米する前に、2年前くらい前かな、地元で有名な天然石のお店で、「再留学するんですけど」と言って選んでもらったのがこのブレスレットだった。「留学中、あなたを守ってくれますよ」と言われた。
私とラピスラズリとはとても相性がいいらしい。

私の身代わりになってくれたのかもしれない。いつ、どこで壊れてなくなったのか全然気づかなかった(涙)

*******

理由はいろいろありますが、HP閉鎖の件については、以前から考えていました。

このHPは私の生活の支えでした。このHPを通して知り合えた皆さん、励ましてくれた皆さんや友達のみんな、言葉では表現できないくらい感謝の気持ちでいっぱいです。

本当にありがとうございました。

あと半年たらずの留学生活、もうすでに卒業式の申請(来年5月14日)、奨学金の申請もすませちゃったので、来学期は必ず戻ってきたいと思ってます。ですので、この休み中にしっかり治療して、また来年にミズーリへもどってこれるように頑張ります。

今回の経験を通じ、いろいろ学びました。
コレを機にまた気持ちを改め、頑張ろうと思います。

皆さん、本当に本当にありがとうございました。

これからの皆さんのご健康と幸せを影ながら祈っています。

最後は笑ってお別れしましょう。
ではでは、ごきげんよう〜

むきゃつくこと2連発 と ご報告 

2005年12月15日(木) 0時00分
朝、病院へ行こうと車に乗ったところ、霜で凍ったうしろ座席の窓に誰かが「All U Need Is Love」と落書きをしているじゃないか!?

↑むかつくこと@

そして、今日はドクター・チェンとの診察。
耳と同時に鼻も見られ、「右の鼻の内側のカーブがすごくて、左と比べて大きさが半分くらいしかない。耳にも影響するという理由で保険カバーできるから、手術して治してあげるよ」と言われた。。。

まあ、外観では違いはわかんないけど、私も昔っから空気の入り方が違うなあとは思っていた。
生まれつきですから。。。

しかも、何も言ってないのに、「鼻の手術するのに、顔のホクロものけてあげよっか?」だってさ。別料金だろ。。。

↑むかつくことA

来年、すでにドクター・チェンとのアポを取った。耳の経過を見るのと、鼻の手術するかどうかの相談のため (ついでにホクロも??)

で、もう今年はこっちの病院へ行くことはないので、ステロイドと鼻からスプレーする薬をもらった。鼻から耳にいくらしい。でも、使いすぎるとハマってしまうから、3日やったら3日休め、とのこと。またステロイドは飲むとハイパーになるから、明日のテストが終わるまでは飲まなくていいらしい。。ステロイドかあ、、、副作用が怖い。

とにかく日本帰ったら速攻病院行こう。

この大量の薬たちどうすっかな。。。
医療費はタダだけど、薬代は保険で一部カバーになってるけどもう1万円近く使ってるぞ。

ま、そんな感じです。あー、でもこういうとき、大きい大学にいてよかったと思う。。。とくにこの大学は周りが病院だらけなんで。


*****************

突然で申し訳ありませんが、ご報告です。

すでに私のHPのメインページにはお知らせしているのですが、年内にはHPを閉めようと思います。
年内というより、ここ数日で、HPのメイン左側のカテゴリーの部分は取り除きます。

というわけで、このブログもここ数日の間にやめると思います。

詳細はまた明日にでも書きます。というのもこの日記は一回分で2000字以上書けないので。。。

また改めてご挨拶させていただきますので、今回はご報告だけさせていただきます。

希望の光。 

2005年12月14日(水) 0時00分
 なぜかここ数日、中国のことをすごく考える。。。
未練もなにもない以前付き合っていた中国にあるライバル日本企業のあの日本男児のことさへ恋しく思う。かなり病んでいるな。。。普段なら思い出しもしないのに。

ここのことはあまり考えたくないし、日本に帰っても病院へ行ったりするという現実があるので、中国を考えるということは、変な方向へのかなりの現実逃避だ。

 来学期の中国行きがだめになったのは運命だったのだろうか。どっち道このコンディションでは行けようがなかったなあ。

 ああ、でも今朝病院に行って、聴力検査をしたところ、看護婦さんに「左耳は完璧だけど、右はちょっと聴こえなくなってるわね」といわれた。その”ちょっと”という言葉に希望を抱いている。

明日、また病院。。。日本でもこんなに病院通いしたことないよ。。。

また、日本人の友達がわざわざ日本の知り合いのお医者さんに聞いてくれたりなんかして、情報をくれる。

私はまだ「吐き気とめまい」がないので、良いらしい。
耳鳴りはすごいけど。。。24/7キンキン鳴ってます。
良くもなってないけど、悪くもなってない様子だからいいのだろうか。。。

昨夜も早く寝たが、寝ている間に別の友達が紙切れにメッセージをくれて私の部屋のドアにスライドしていた。

なんかいろいろ書いてくれた最後に「こういうときは周りのHELPを存分に使いましょう!心配するなー。絶対治るぞ!人間そんなに弱くない!!」と締めくくっていた。

そうだな。。。と妙に納得した。

相当脅され?たつっちーにも今日会って話すと、
「オレがいったことがプレッシャーになってたらごめん!その蒼い顔みたら心配でさ〜」とまあ、心配してくれていたみたいだし、彼も知り合いの人にいろいろ聞いてみてくれたみたいで、本当にありがたい。

人の温かさが心にしみる今日この頃。

ポリサイのテストもノート見ただけの割りにはよくできたし、ちょっと前に提出したリサーチペーパーの評価もとても良かったので、ちょっと一安心だ。

顔の血色も良くなったかな?

でも、油断せず、絶対安静で無理しないようにしよう。

爆発。 

2005年12月13日(火) 0時00分
 昨日父親と電話で話していて、おお泣きした。
もう会話になっていなかった。。。

 あんなに泣いたのは何年ぶりだろうか。愛犬のペコがなくなった以来じゃないかな。
増してや、親の前で泣くなんてもっと久しぶりだ。

 とにかく、本当に治るのか、という不安とか、周りに心配してくれる友達はたくさんいるのだけど、やっぱり外国で一人という心細さもあり、爆発した。
 何も言わなかったが、父親は全てを察知したらしい。

「お前はいつも偉そうなこと言いよるが、やっぱり子供やのお」と後で言っていたが。。。

 友達はご飯を作ってくれたり、漢方薬くれたり、励ましのメールくれたり、私には絶対に優しい言葉をくれたことなかった人でさへ、「むりすんなよ。早く寝ろよ」と優しい言葉をかけてくれたり、本当に皆様に感謝です。

 おお泣きしたのでちょっとすっきり。
体調は悪くないはず。普通におなかもすくし、十分すぎるほど寝てるし。。。

ただ、インターネットで病状についての情報を見たり、人の話を聞いたりすると、恐ろしく不安になり、精神的にやられる。顔が蒼白なのもそのせいに違いない。
 というわけで、もう突発性難聴についてのHPはしばらくみない。余計不安になる。

母はメールで、「全てを受け止める気持ちで。すべて拒否はできないからね。気持ちは分かるけど、すぐに結果が出るものじゃないから焦らずに」と書いていた。

友達からもメールをもらって思ったのが、私って妙に気をつかうので、周りに心配かけまいと頑張るところがあるが、もっと弱い自分を見せてもいいんじゃないか、と思う。

まあ、このブログがそのスタートちゅうことで。。

どうも私は強がって泣けないところがあるが、昨日は、私はもっと泣くべきだ!と思った。

もう4日以上病んでいる。私の中では長すぎる。。。そろそろ前向きに動き始めてもいいんじゃないか?
昨日おお泣きしたから、山は越えたかも、と思う。

あーー。でも勝負はこれからだ〜。

病気でも口が達者で偉そうな自分に呆れる。。。

あー今大学からメールきてた。。。
来学期、奨学金をいただけるらしい。

つまり、来学期もどってこいということか?
まあ、来学期もどるつもりで日本で頑張って治療します。

気持ち次第。 

2005年12月12日(月) 0時00分
 昨日病院でもらった薬がキツくて、全身痺れ、そして意識も朦朧としていた。。
アメリカの薬はきっついなあ。 

 昨夜夜中に教授にメールをして、今朝受ける予定だったテストは後日に変更してもらった。

あまり外には出てないけど、出て会う人会う人、ルームメートにまで、「顔が蒼い」と言われる。

病気についてネットでいろいろ調べると、完治した全体の3分の1の人のほとんどは一週間以内に治っているらしい。もう私一週間たとうとしてるんですけど。。。

 睡眠時間はたっぷりとっているが、寝た心地がしない。
ここまでくると、体調とかいう問題ではなく、精神的なものである。
ここまで精神的にまいるとは。。。生まれて始めての経験である。


病にかかったことないから、どうやって安静にしてらいいのかもわかんない。
今になってやっと病にかかった人の気持ちがちょっとわかる。
大げさだけど、なんだか世界の終わりのような絶望的な気分になり、私なんかより苦しんでる人はたくさんいるのは分かっているのだけど、自分が悲劇のヒロインになった気分だ。

まあ、まだブログがかけていると言う事は大丈夫と考えてもいいかもしれない。
 ここを気持ちのはけ口にしているだけかもしれないのだけど。

このままではいかん!と思い、今日は起き上がって洗濯と掃除をしてみた。

あと一週間。 テストも終わり、日本に到着したらだいぶ良くなると信じている。
ただ、飛行機大丈夫かな。耳に負担が大きい。。。

 東京でのプチ同窓会も取りやめ、速攻実家へ帰ることにした。日本へ帰ったら2週間くらい入院してもいいかも。
何も考えず、ぼーっとねっころがるのも良いかもしれない。
 入院したらイケメンズとのコンパもなしかあ。。。

 まあ、それで治らないなら、来学期はアメリカ戻りません!
 
 でも卒業はいづれ絶対します。

うちのオジさんも昔突発難聴になったらしい。仕事でなんかうまく行かず、ショックで。で、入院して通院もしていたが、治らず、仕事も忙しくなって、「もういい!」ってあきらめた頃治ったらしい。

ようは気の持ちようだなあ、と自分に言い聞かせる毎日。

どうなることか。。。 

2005年12月11日(日) 0時00分
昨日は一日中寝ていたが、今朝起きても耳の様子は回復の兆しなし。

朝から大学病院のER(緊急救命室)へ行って来た。

結果的に3種類も薬を処方され、「火曜に耳鼻科の専門医に会え」と電話番号と医者の名前を渡された。。。

どうなることやら。

こっちでも突発性難聴は「Sudden Deafness(そのまま)」という病名であるのだけど、日本とも同様、認知度が低い。しかもみんな結構軽視してる傾向もあるらしい。

今日も、私の状態を聞いていた看護士は「そんなの聞いたことない」って言っていた。

ツッチーが以前働いていたところの取引先にも、突発性難聴の人が一人いたらしく、その人に、「耳が聞こえなくなっても会社は面倒みてくれませんよ!」って言ったら速攻会社辞めたらしい。でもまだ耳は聞こえないらしいが。。。

浜崎あゆみなどの有名人でももなっている人が多いらしい。。。

「オレだったら今学期捨てる!本気!」と、脅しのようにつっちーに言われ、かなりビビっている。

母親にも、「別に大学辞めたらええやん。人生もっと楽しいことあるよ。」となんとまあお気楽というか、母らしいというか、そんなアドバイスも頂き、ビビる。。。

ていうか、あと今週のテスト3つで終わりなのに、もう今更今学期の全てを無駄にするなんて、私にはできない。そんな勇気と根性ないなあ。

余計ストレスになるわ。

とりあえず、明日朝一のテスト、全然勉強してない。
もう、今日ざっと勉強して、点数低くてもなんでもいいからパスできたらいい!パスだけさせてくれええ!

それだけ。

あー。ストレスって怖い。どの病気もストレスから来てるの多いし。。。

なんか、私は精神的に強い人間なのだと自負していたが、こっちにきて、プチウツや難聴やら。。。

まあ、神経質なので、ストレスを感じやすいってのもあるんだろうけど、、、、

結局、自分は強がっていただけで、実際は精神的にモロいのかもしれない、と今になって思う。

絶対完治してみせる宣言。 

2005年12月10日(土) 0時00分
 数日前、朝起きたら右耳が聞こえにくくなくなっていた。水が入ってる感じだ。

「突発性難聴」というやつらしい。ストレス、寒さ、疲れが原因になったりするらしい。

昨日の朝大学のヘルスセンターへ行ったが、「鼓膜に異常はない」といわれ、変な耳の塗り薬をもらって来週もう一度来てねと言われ、終わった。

 が、いろんな人と話したり、ネットで調べてみると、この症状は大ごとだ。
早期発見早期治療が一番の方法で、2週間以上放置していると一生難聴のこともあるらしい。
一番効く薬はステロイド。

でも完全な治療法はないらしく、ここまできたら患者の「治してみせる」という意志のみらしい。

 なってからじゃ遅いんだけど、これは大事ごとだぞとしってから、今まで私の生活、どれだけ身体を痛めつけていたか気づいて、反省。

 いくらMでも、やっぱ限度があるらしい。
ストレスなんかあるわけないとタカをくくっていたが、身体は本当に正直である。

 商社にいた頃はこれ以上のストレス、疲れはあったが、平気だった。やっぱり年齢なんだろうか?
23歳を超えると一気に体力が落ちるって聞いたけど、あれは本当かもしれない。
 「あのとき出来てたんだから今だって大丈夫」という考えはダメだったらしい。

明日もう一度、ヘルスセンターじゃなくて大学病院のERに行こう。

重症の場合は吐き気やめまいがするらしいのだけど、私の場合はまだ軽症で耳鳴りがずっとしてる状態。

 こっちの病院は慣れてないし、言葉の面でも苦労しそうなので、この意味で早く日本に帰りたい。

治るとしても2週間とかで治る病気でもないので、長期戦になる覚悟で、完治させてみせる。

そのためには日々の生活週間、食生活から始まり、ストレスのない生活なんて、超楽天家じゃない限り、今の世の中ないと思うので、どうやってこれからストレスとうまく付き合って行くか、とか課題が山ほどある。

ここでみんなに訴えたいのは、世の中お金、地位、ではなく、やっぱり身体が資本です。
いくらMでも、ムリはいけません。
これを読んでいるみなさん、他人事と思わず、ちょっと身体が変だぞと思ったらすぐに休みましょう。

こんなことここで言ってますけど、私的にはかなり意気消沈中。

このブログもこれからちょっとした闘病日記になるかもしれません。

アジア女好き白人男フォビア 

2005年12月09日(金) 0時00分
 アジア人の女性が好きな白人男性はたくさんいる。

アジアの文化が好きだとか、アジア人のエキゾチックな顔が好きとか、アジアの女の人はかわいらしいとか、理由はいろいろ。

 それは、理解できる。あくまでも私の意見だけど、アジアの女性は小さいし、態度、しぐさの面でもアメリカ人の女性に比べ、かわいらしいと思う箇所が多々ある。

白人好きのアジア人だってたくさんいるし。

 それはそれで私的に全然OK!
だって、それぞれみんな好みのタイプや、魅力を感じるタイプってのがあるし。
私だってビョン様〜とか、デーブ可愛いとか言ってるし 笑

エエもんはエエんじゃ

 ただ、アジア人好きでも、明らかにこちらのアメリカ人女性に相手にされず、アジア人女性に行くタイプ、私の周りのアジア人女性好きは大半がこのタイプなんだけど、彼らにおいては、私はもう受け付けられません。

 ちょっと優しくしてもらったからって、アジア人女の子のオシリばっかり追っかけているそっち系男たちよ。周りから見てて無様だぞ。その女の子達も迷惑がってるの気づけよ。とにかく、その光景を見るだけで身震い。

 今学期はどうもそういう人たちがクラスに何人かいて、私は話したこともないし、愛想をふりまいたこともないのに、待ち伏せから始まり、ストーカーまがいのこともされ、怖い。てか、きもい

前学期まではそんなことなかったのに、どうも今学期は黒髪、ストレートロングヘアー(偽)にしたせいだろうか、そしてこの切れ長の目も祟ってか、このような男性たちと触れ合う?機会が増えたいくら自他共に認める八方美人の私でも、彼らに愛想振りまこうとは思わない。

 みんながこんなことするわけじゃないけど、もうだめ。。。。ひどい奴と思われて結構!

でも、この黒髪、偽のストレートロング、そっち系の人たちだけでなく、日本人の男友達や同性からもかなり評判がよく、生まれて初めてこんなに褒められた 笑

でも、人生で一番褒められた髪型(ストレート)が実は偽という事実は悲しい。お金かかるし。また冬ストパあてよ。

 前まで染めていたけど、こっち来て自分の黒髪に慣れ、ある意味今は髪を染めることがとても不思議な感じ。多分日本に帰るとみんな染めてるから黒髪の方が浮いてるんだろうけど、就職活動もあるから、しばらくこれで行く。やっぱ元の色が自分に一番あってる?

女らしさ10ヶ条 

2005年12月08日(木) 0時00分
朝起きて外を見てびびった。
 大雪。。。

愛車のカムリーちゃんも雪がてんこ盛りに乗っていて、あまりに運転するのが怖かったので、バイトも歩いていった。。。歩いてても顔が痛い。。。

今日で、全てのペーパー提出、プレゼンテーションが終了した。
後は来週のテスト3つで完全に終了。

ところで、ちょっと前に友人と「女らしさ」について話した。話し方がおっとりしてるから女らしい、とか、「女らしくなりたい」といって外見ばかりに気をつかって、男の目ばかり気にしているのは大間違いだと。

それぞれ、「女らしさ」についての見解は違うと思うのだけど。

で、私の知っている女性で女らしい人っているかな〜と考えると、、一人いた。
彼女は体格はぶっちゃけ女子プロレスラー。服もそうとうカジュアルで、30歳で化粧も全くしない。

でも彼女は、私の思う「女らしさ10ヶ条」を全て満たしている。
その10ヶ条とは。。。

@何事に対しても変な言い訳をしない
A他人の意見を素直に聞き、受け入れる
Bでも自分のしっかりした考えがあり、相手に譲らないところは譲らない
C小さなこと、細かいところまで気がつく
D他人に気配りができる
Eどんなに忙しくてもやるべきことはきちんとやる
F聞き上手で話し上手
G死ぬほど忙しいけど、私生活がちゃんとしていて、自己管理もしっかりしている
H遅刻、ずる休みをしない
I公私混同しない

彼女は相当仕事もしてるんだけど、上記を全て満たしていて、何か、女としてのしたたかさ、強さと女らしさを感じる。

そんな女性いるのかよ!!??と思うかもしれないけど、いるんだな、コレが 笑
でも、レアだと思います。

私がコレを全て満たせることができるのかは不明。今満たせているのはHくらいか?

でも死ぬまでの目標。

今は少なくとも、ルームメートのように、「忙しい」といって食器を洗わなかったり、ゴミ箱がゴミであふれそうになってても、ゴミを捨てて新しいゴミ袋にも換えず、その上から自分のゴミを押し込んだりするようなことをする人間だけにはなるまい、と思う 笑

他人の行いを見て自分を正せ、ってやつ。

って、私、細かすぎ!!??

プチ同窓会 

2005年12月07日(水) 0時00分
毎日雪。マイナス10度の世界。去年はこんなに雪降らなかったぞ

まあいいさ。私はあと2週間弱で暖かい日本に帰るから。

12月19日に日本に帰るのだけど、いつも日本に帰るときはアメリカから関空へ行って、関空から国内線に乗って実家に戻る。田舎者は大変だ。

今回、セントルイスからの航空チケットを購入した際、アメリカ→日本の19日の関空行きの飛行機に空席がなく、成田行きのチケットを購入した。1月に日本からアメリカに戻ってくるときは関空発なんだけど。

成田は生まれて初めてでーす。

せっかく東京へ行くのだったら、友達に会おうと、高校時代からの友達の、東京で院生をしているカオリちゃんと千葉で働いているなっちゃんに連絡をとったところ、いろいろな事実が発覚。

@ちょうど私が日本に到着するあたりに、私達の地元で働いている仲良しのミノちゃんがなっちゃんに会いに上京してくるらしい。ミノちゃんとは夏に日本に帰ったときにも会ったんだけど、この高校時代のチャリ通3バカトリオで会うのはかなり久しい。

Aそれから数日前、ユイちゃんからメールをもらった。ユイちゃんは高校卒業してすぐカナダに数年留学したあと、スイスのホテル学校に通っていた。

彼女はカナダのバンクーバーに住んでいたのだけど、その頃、私もワシントン州のカナダとの州境近くに住んでいて、バンクーバーまでは2時間くらいの距離で、かなり頻繁にバンクーバーにも行っていたのだけど、彼女に会えたのは一回だけ。

3ヶ月前くらいに最後にメールしたときはスイスだったので、てっきりまだいるのだと思っていたのだけど、なんと3週間前から東京で生活を始めたというではないか!私が東京に来るとなっちゃんから聞いたらしく、是非会おう!ということになった。
ユイちゃん、7年ぶりの日本での生活で、現在逆カルチャーショック中みたいです。

とりあえず、この辺のメンバーは高校の英語コース時代からの仲良しで、今回はそうとう久しぶりにみんなに会えるので、かなり楽しみ☆

タイミングが合いすぎている。こりゃ私が成田着になったのも偶然じゃないな。

あと、ワシントン州留学中からの仲良しのミチコさんやタカコちゃんにも会いよ〜!2人には本当にお世話になりました・・・生涯の姉御です。

あと、、エミコちゃんも元気かいな??

さすが東京。いろんな人と逢える!!
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