東北にて
March 12 [Mon], 2012, 12:50
3月10日昼、東北の友人宅に到着。
友人宅の2階の部屋から外を見ると、とっても綺麗な空と海。
しかし私には、自然の美しさよりも、悲劇の1年後の風景が目に焼きつきました。
あの日、友人は、この2階の部屋から全てを目撃し、
見たことの無い過酷な現実に怯え、叫び、絶望した。
「高台に建ってるから避難しなくても大丈夫。」
根拠の無い安心感で、大津波警報が鳴り響く中、
友人は地震で散らかった部屋の掃除をしていました。
しばらくすると外が騒がしくなってきたので2階に移動し
窓を覗くと、
土ぼこりと共にバキバキなぎ倒される家々、そして、濁流。
「阿鼻叫喚」
「この世の終わり」
「実感できない出来事」
・・・
テレビでは映らない多くの悲劇を、友人は目撃し、
友人自身、大切な人を奪われた憎むべき大震災。
1年という月日が経っても、
あの日傷ついた心は元に戻らないと友人は言う。
そんなこと、痛いほど理解できる。
阪神・淡路大震災で震度6の揺れを体験し
大親友 (享年17歳、高校の同級生) を 亡くした私にとって
1年って月日は、区切りではなく
辛い思い出を無理やり思い知らされる事だってこと。
テレビでは大震災の特集が組まれ、朝から晩まで大震災。
当事者には1年前の悲劇の映像なんて、まだ見れない!
阪神・淡路大震災から1年後に感じた感情が蘇りました。
だから
お節介を承知で、東北の友人宅に押しかけ、
一緒に3月11日をテレビを消して過ごしました。
2012年3月11日は、
友人が「あの日」を冷静に見つめる時が来る日まで
私に出来ることを継続しようと誓った日になりました。
なんしか、私は3月11日を忘れません。
- 140文字以上のツイート |
- URL |









な夜でした♪

ここは、猫の会公認ブログ
猫の会についてのお問い合わせ等は、