【言葉】あなたの周辺には人っこひとりいません。それでいいのです。 

2007年05月27日(日) 22時34分

#以下、長文引用。


 十年ほど書いて、少しはましな作品が書けるようになっても、少しは独創的な作品を書けるようになっても、あなたはまだ、波打ち際から文学の大海に向かってほんの数百メートル沖へ出たに過ぎません。岸辺の方を振り返ってはいけません。そこでの砂遊びの賑わいが文学であるなどと考え、淋しさのあまり、あるいは辛さのあまり、引き返してはいけません。あなたの周辺は、岸から離れるにつれてしんと静まり返り、文学の波音だけしか聞こえなくなるでしょう。それでいいのです。それこそが真の書き手にふさわしい環境なのです。
 あなたはこれからも更に沖を目指して突き進むのです。進めば進むほどその海は広がりを増してゆくでしょう。そして、どこへ進んでいいのかもわからなくなってしまうでしょう。あなたの周辺には人っこひとりいません。あなたの行く手にもし誰かがいたとしても、そっちへ向かってはいけません。他人の後を追ったのでは、わざわざ洋上へ出た意味がなくなり、浜で遊んでいる連中と同じことになってしまうからです。もしあなたの後をついてくる者がいたら、そのことを教えてやってください。ひとりひとり別な方角を目指そうではないか、と。こんな広い海の真ん中でひとかたまりになるのはやめようではないか、と。
 あなたは決して孤独ではありません。どんなに陸地から離れようとも、ちゃんとあなたを見守っている者がいるのです。大半の、軽い、近視眼の読み手には、あなたを見ることはできませんが、しかし、眼力のある本物の読み手の目には、あなたが水平線の彼方に消えてしまっても見えているのです。あなたは注意深く、しかし大胆に、その孤独な航海を存分に楽しんでください。恐れてはなりません。

(引用終わり)



 丸山健二「まだ見ぬ書き手へ」をしばらく前に読了。

 今の日本文学は死んでいる。いや死にかけている。一度死んでしまったほうがいいぐらいだ。しかし私は待っている。そんな文学の地平を打ち砕き、新しい文学を切り開くであろうあなたが現れるのを。そんな、まだ見ぬ書き手への思いを込めた、手紙のような文章だった。

 この本の中で、俺の精神に最も、殴りつけるような強い印象を打ち付けた一節がこれだった。俺は作家ではないが、表現者として、ものを書くことを生業とする者として、肝に銘じたい言葉だと思った。


 覚書。

どうして「カネで買えないものはない」と思いたいのか? 

2007年04月14日(土) 13時49分

内田樹「下流志向」を読了。いろいろ書きたいことがあるのだが、今日はそのための覚書。


以前、堀江という人物が「カネで買えないものはない」と放言した。賛否あったが、おそらく問題は「買えないものがあるのかないのか」の地平にはない。

なぜ、買えないものはないと思いたかったのか?
なぜ買うという行為によって自己を確保しようとするのか?

そこにあるのは単なるお金への信仰ではなく、買うという行為によってしか社会との関わりを考えられない奇妙な人間像だと思う。

情報の利益とは、その速報性において「優越する者」が「出遅れた者」から「何かを奪い取る」というかたちでしか存在しない。 

2007年03月08日(木) 16時56分


■「高度情報化社会」というのは、要するに「情報」が基幹的な「商品」や「財貨」として流通する社会、「情報を持つ者」と「情報を持たない者」のあいだで社会的な「差別化」「階層化」がなされる社会である。

■ジャーナリズム的な「情報」は、「抜く」とか「抜かれる」とかいう言い方からも分かるように、ある種の政治的事件や社会的事件を他社に先んじて報道するという「時間的な差別化」に重点が置かれている。

■情報とは「水位差」としてしか存在していない。情報の利益とは、その速報性において「優越する者」が「出遅れた者」から「何かを奪い取る」というかたちでしか存在しない。

■若者たちの愛読する「ガイドブック」や「マニュアル」の類も同様である。それらは何かを生産するわけではない。何かを移動させるだけである。

■(情報というものは)モノを移動させ、交換活動を加速させ、そうすることによって人間たちのあいだに社会的な「水位差」(もっと率直に「階層差」と言ってもよい)を生み出すための人類学的システムである。

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 以上、内田樹(うちだ・たつる)著『子どもは判ってくれない』より。

 この本はなかなか面白くて、いくつか日記に書きたいこともあるが、今日は「情報」について少し書きとめておく。


●文字の発明は、「情報の共有」を可能にしたのと同時に、「情報の占有」や「情報の商品化」も可能にしたのかもしれないなと思った。文字の発明のおかげで、情報を財貨として所有したり取引したりすることが可能となった。


●情報の価値とは、「誰かを出し抜くこと」にある。
たしかにそういう面もある。他人が持っていない情報を、自分だけが持つことによって、なにがしかの利益を得られることがあるだろう。

そういうタイプの情報提供・情報享受のありかたを、俺は警戒する。
人にとって重要な知は、すべての人類が共有すべきである。そう思う。


●以前、友人がブログで、『金持ち父さん貧乏父さん』という本について語っていた。同書における「お金」の思想や語り口に、違和感を感じるのだと。

 自分も同様の違和感を感じるなと思ったものの、その違和感の源泉が自分でも今ひとつわからなかったのだが、上記の内田氏の論は、そのヒントになるのではないかと思った。

「お金」について語る書籍のほとんどは、「お金で得する」というテーマで書かれる。そして、その場合の「得する」とは結局、「知っている人」による「知らない人」からの搾取を意味している。そのストレートな“えげつなさ”が、違和感の源泉ではないかと思った。

 ただし、単に「知っている」というだけでたくさんのお金が得られることは、インサイダー取引などを除いて、通常の生活ではほとんどあり得ない。そんなに簡単な儲け口だったら、それが誰かに知られた途端に、同様の方法でお金を得ようとする人が無数に現れて、得られる利益を無化してしまうからだ。

#お金について誰もが知っておくべき情報とは、むしろ相続や連帯保証人に関する法務知識ではないかと思う。これを知らないと、大変な苦労を背負い込むことになる場合もある。
これは機会があったらまた書こう。


●「これを知っていると健康になれる」「痩せられる」「モテる」「きれいになれる」「金持ちになれる」「出世する」等々の情報が次々と供給されている。そこでは、例えば「健康の先に何があるのか?」「金持ちになることの先に何があるのか?」などはほとんど意識されていない。
 情報の受容者は、その情報を得ることの本質的な意味を意識することのないまま、情報だけをもの凄いスピードで消費し続けている。これはかなり不毛な情報消費の連鎖だと思った。
 その先に何があるのか。

バレンタインデーの朝、学校で自分の下駄箱を見たら別の男に宛てたチョコレートが間違って入っていたときの気持ち、とでも言おうか。 

2007年02月06日(火) 21時16分

 あまりに情けない気分なのでここに書くのだが。

 週末、取引先主催のイベントに参加した。女性だけが400人近く来場するシンポジウム&懇親会。懇親会の冒頭、「とにかく全員女性」という滅多にない観衆の前で、俺も軽くスピーチなどした。
 その何割かは俺の文章の読者であり、お会いできることは光栄だった。「いつも読んでます」「頑張ってください」などの声援は本当に嬉しかった。

 イベント終了後の帰り際にも来場者の何人かに声をかけられ、そつなく応対。さて本当に終了だなと思ったとき、最後まで残っていた女性3名のうちの1人に声をかけられた。
「すみません、一緒に写真を撮らせてもらえませんか?」

 え? 僕とですか? いいんですか? あまりに驚いて、そんなよくある応対をしてしまった。携帯にて1枚撮影。そのあと俺の名刺を差し上げると、3人とも本当に嬉しそうにしてくれていた。
 正直言って、そのときは俺も人気者にでもなったみたいで、なんだかとても嬉しかったのだよな。


 そして今日。一緒に写真を撮った女性からお礼状が届いた。届いたのは嬉しかったが、文面を見た途端、まだ身体のどこかに残っていたらしい嬉しさの余韻が、一気にひいてしまった。
 どうやらその女性は、俺という人間を誰かと間違えていたらしいのだな。

 いや、葉書の宛名は間違っていないのだが、手紙の書き出しにも文中にも「ヒロさま」「ヒロさん」と、俺とはまったく無縁の名前が書かれているんだ。どう考えても俺とは無縁の呼称であり、俺はそんなニックネームで呼ばれたことは一度もない。例えば、誰か別の男性の文章を、俺がペンネームで書いていると思っているのか……。いや、そもそも彼女は、俺を誰だと思って一緒に写真を撮ったのか。俺なのか、俺が知らないその男性なのか。

 他人と勘違いされているのに嬉しそうに写真に写っている俺。情けないにもほどがある。例えばバレンタインデーの朝、学校で自分の下駄箱を見たら別の男に宛てたチョコレートが間違って入っていたときの気持ち、とでも言おうか。切ない。っていうか切ねー! ほんと情けねー!

 ともあれ先方も悪気はないにしろ、ずっと他人と間違えられたままではかなわないので、その女性に丁重に事実誤認を伝えるメールを出した。さきほどお詫びの返事が来た。やはり俺と誰かとがゴチャゴチャになっていたらしい。俺のことも知っていたようだが、誰と写真を撮りたかったのかはもはやよくわからない。あの写真はできれば処分していただきたいが。


 うーん。切ないね。
 教訓。これからは、例えば2月に突然女性にチョコレートを渡されても嬉しがったりしない男になろう(無理ですが。)

遅刻は、よくない。 

2007年01月17日(水) 5時48分

 午前11時から始まる親友の結婚式に、約30分遅刻した。時間の見積もりが甘かった。

 会場の最寄り駅であるはずの市ヶ谷の駅を降り、慌てながら改札の駅員に式場の方向を聞くと「左に行って、突き当たりをさらに左」だという。そのとおりに走ると、住宅地の奥にそれらしき建物が見つかった。事前に本人に聞いていたように、少し変わった建物だった。

 変わった建物であるおかげで、入り口がよくわからない。とにかく階段に向かうと、それらしい正装をした人々の姿が見える。親友の名字を告げると、チャペルを教えてくれた。
 が、式はもう終わった後だった。

 親友を見つけると、俺は飛びつくような勢いで近寄り、土下座するようにして自分の非礼を詫びたが、彼は怒りで顔を紅潮させていた。「こんな大事な日にお前、俺の機嫌を悪くさせやがって」と。こんな顔で怒った彼を、生まれて初めて見た。

 新婦を見つけると、こちらは号泣していた。
「他のご来賓への手前もあるし、体調の都合で欠席することになったと話そう、と私は言ったんです。でも彼が『いや、あいつは絶対に来るから』と聞かなくて……。きっとこの後の披露宴で挽回して、来賓のみなさんを和ませてくれると思ってますから」

 あぁ、なんてことをしてしまったのだろう。俺は絶望的な気分で自分を責めた。



 ここで、ようやく目が覚めた。これらの出来事はすべて夢だったのだ。
 あぁ、夢か……。恐ろしい夢だ。今まで寝ていたはずなのに、どっと疲れた気がした。


 親友が結婚するというのは夢ではなく事実だ。2月12日に結婚する。夢だったことにほっとして、気分が落ち着くと、そうだ。まだ、出席を知らせる葉書を出していないことに気づいた。

 寝ぼけた頭で大急ぎで葉書を見つけた。出席の旨は伝えてあったが、葉書の期限は1月13日とあり、親友の怒った顔を思い出しながら急いで必要事項を記した。今日出すことをメールで伝え、さらに彼の職場にも電話を入れた。本人は俺の慌てように驚いたようだ。「お前が怒っている夢を見たんだよ」というと、大丈夫だよと笑って言ってくれた。

 それにしても、妙に現実感のある夢だった。じつは俺はよくリアリティのある夢を見る。荒唐無稽な部分が少ないので、夢の中で深刻な気分になる。細部の描写が細かく、台詞が多いのも俺の夢の特徴だ。
 ただし改めて葉書を見ると、最寄り駅や開場時刻は事実と違った。彼の式はこの日の午後4時から、池袋の自由学園 明日館(みょうにちかん)という場所でとりおこなわれる。


 あまりの夢の衝撃に、本当に遅刻しては大変だと、今日は出勤前に会場の下調べに行くことにした。池袋、メトロポリタン口から徒歩5分程度。
 途中の住宅地の雰囲気は夢といくらか似ていたが、建物は夢とはまったく違った。重要文化財に指定されているそうで、きれいな洋館という風情だった。



 教訓。遅刻はよくない。前日の晩は早寝しよう。といっても、開始は午後遅くであるわけだが。


健康になる努力をする 

2006年12月28日(木) 21時23分
これが来年の目標だな。


覚書。疲れた。。

ポラロイドカメラを買おう 

2006年11月27日(月) 23時35分
覚書

はらたいらさんに、全部 

2006年11月25日(土) 18時09分
 少し前に、漫画家のはらたいらさんが亡くなったことを知った。
 数日前、事務所で夜中に仕事をしていたとき、ふとYouTubeで
はらさんの動画が見られないかと検索したら、案の定あった。

「巨泉の、クイズダービー!」
http://www.youtube.com/watch?v=BiN_QM6xHto&mode=related&search

 じつは数日前まで、これ以外にも多数の動画があったのだが(はらさんが難問を難なく正解するシーンとか)、今日になって削除されてしまったようだ。
 相当古いとはいえ、放送局のコンテンツだから、まぁやむを得ないのだろう。

 このところ、深夜にYouTubeを見ている。最初のうちは洋楽のビデオクリップをいくつか見ていた。
 例えばマイケル・ジャクソンの「スリラー」(ジョン・ランディス監督作品!!)とか、当時はMTVもないしビデオデッキ自体がまだ少なかったから、こういう映像見るの大変だったけれど(俺の場合は「ベストヒットUSA」で録画した)、今なら簡単に見ることができるのだな。

「もうテレビ、要らないなって感じですよね」
 これは知人の言葉。たしかにそう。
 すでに言い尽くされてはいるけれど、映像コンテンツの消費のしかたが劇的に変わる気がした。これについてはまた書こう。


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 ちょうどYouTubeに慣れ始めて、そうして見たのが上記の「クイズダービー」の懐かしい映像だった。
 今回見て改めて思ったが、あれはクイズ自体ではなく、大橋巨泉と解答者のやり取りを楽しむ番組だった。


「たけしの場合はさ、お笑いもあるし映画もあるし本もあるし、テレビなんて別にたいしたことないって思っているかもしれないけど、でも当時の俺にとってはさ、テレビは命だったんだよ」

 大橋巨泉がずいぶん昔、あるテレビ番組でビートたけしに向かってそんなことを言っていたのをふと思い出す。

 黎明期のテレビ番組はそれこそ実験の繰り返しだったのだろう。
 石原裕次郎にしろ、美空ひばりにしろ、当時はまだ「歌と映画」の世界のスターがテレビに出演するということが多く、テレビ番組だけを基盤とするタレントは少なかったのではないか。

 これは俺の持論だが、大橋巨泉は日本で最初の「テレビタレント」なのではないかと思っている。青島幸男とか前田武彦とかもそうだろう。

 今、「インターネット」に多くの人々が可能性を感じているのと同じように、たぶん彼らは「テレビ」に可能性を感じたのだろうと思う。「スター誕生」をプロデュースした阿久悠も、きっとそうだ。


 今やテレビは、お茶の間においても、産業界においても、偉そうに座っている。「もうテレビはいらない」なんて言葉も聞かれるようになった。
 昔はテレビっ子だった俺自身も、テレビを見なくなってもう15年も経つ。今、テレビは見る気がしないし、自分の生活スタイルにはあわないメディアになってしまった。

 ただ、黎明期のテレビの実験については、非常に興味がある。何かこれからの創作のための、ヒントがつかめるような気がして気になる。それが何なのかはまだわからないのだけど。


 俺の場合、テレビに対してはどちらかというと批判的な気持ちが強いのだが、それもまた書こう。
 以上、ちょっととりとめなくなってしまったが、テレビというメディアについての覚書として。

 

眠れぬ夜。眠れぬ朝。眠れぬ昼。 

2006年11月25日(土) 18時01分
またもや眠れなくなってしまった。

不眠の症状というより、昼夜めちゃくちゃな生活がいかんのだろう。どこかでリズムを掴みたい。


久しぶりに部屋を掃除した。おかげで部屋が散らかった。まぁ、そういうものだよな。


休日の記。

朝の虹色橋 

2006年11月16日(木) 6時39分
お台場、日航ホテル東京にて
またしても徹夜明け、睡眠時間の調整をするつもりだったが変な時間に目が覚めてしまった。ゆっくり戻さないと駄目なのかも
都心に近いし、ここを常宿にするのもいいな。寿司が旨かった