(無題) 

2006年06月03日(土) 0時07分
毎日何してんだろ…

























ほんとなにしてんだろ

ちょっと一息。 

2006年05月23日(火) 11時15分
来月から教習所に通って車をとりたいと思っています!

普通二輪をもっているので実地試験だけ受ければ良いっていうなんともありがたい待遇!

値段もかなり安くなるので財布にもやさしい(笑)


センチュリーでも乗りますか?
TOSHI

近藤 勇「池田屋の変」 

2006年05月22日(月) 3時13分

「前書き」↓
新撰組をよくご存知な方は、この文書を読んでも知っていることだらけだと思います。
この章は初級者用に書いています!中級者、上級者用の問題提起などは、この初級者用の文が終わり次第書き始めたいと思います♪今しばらく御了承くださいなっ!m(__)m



話しは元治元年(1864)にとぶ。この前の年に八・一八の政変が起こり、京都から長州の公家、藩士が追放されるという出来事があった(七卿落ち)。しかし、この章ではあえてそのことは書かない。

新撰組内部にも様々な動きのあった年だが、新撰組が武闘集団として最大の働きをし、世の中に認知されるようになるのは元治元年(1864)六月五日の池田屋の変が最初であるからだ。

池田屋の変が起こる数日前から新撰組は、京都中に密偵をばらまき、諜報活動を行っていた。これは前年にあった政変で長州藩が京都から追い出されたが、復権の機会をうかがってひそかに倒幕過激派(長州藩士以外も参加)を京都に送りこんでいたためである。

そして、元治元年(1864)六月五日…ついに新撰組は桝屋喜右門こと古高俊太郎を捕縛することに成功する。
新撰組は古高をお得意の拷問にかけ口を割らせた。そして、古高の口から出た言葉は新撰組内部を驚嘆させるものだった。過激倒幕派が市中に火を放ち、左幕の要人を暗殺するという計画を立てていたのだ。

これを聞いた新撰組は会津藩に応援の兵を要請し、祇園会所に向かった。

当日の隊士総数は四十人で、出動隊士はわずか三十八人にすぎなかった。

勇は沖田、永倉、藤堂ら九人を率いて、木屋町通りを、土方は隊士二十三人を率いて祇園から縄手通りを北上し、十時三十分ごろ、池田屋の不穏に気付いた勇は御用改めたを断行する。二十数人の過激倒幕派と激戦になるが、土方隊が少し遅れて到着し、隊士を室内に投入、もう半分の隊士は周辺警護にあたった。池田屋の変は約一時間三十分ほどでおさまった。

このことは長州藩に大きな恨みを抱かせることになり、この年の七月十九日に勃発する、蛤御門の変に直接影響を及ぼした事柄として認知されていく。

また、新撰組が今までにないくらいの強さを持った武闘集団であると、改めて日本中に認識させたとともに、この事件によって新撰組は、その左幕的立場を明確にしたと言っていい。
TOSHI

近藤 勇 「京都へ」 

2006年05月19日(金) 23時46分

近藤勇(この当時、勝五郎)は嘉永二年(1849)天然理心流三代目宗家である近藤周助の養子となり、周助の旧姓である島崎を名乗り、同時に名前も勝太に改めた。
安政四年(1857)には島崎勇と改名するが、同時に近藤勇とも名乗るようになる。
そして、万延元年(1860)3月3日、桜田門外の変で大老井伊直弼が、水戸藩脱藩の浪士を中心とした尊王攘夷派によって殺された。
この事件は江戸中を騒然とさせ、同時に幕府崩壊のスイッチがこの時入ったと言っていい。


この翌年、文久元年(1861)8月27日勇は天然理心流四代目宗家を正式に継承した。

そして文久3年(1863)の年明けに将軍家茂の上洛にあわせて清河八郎が、護衛浪士団を設立し、そこに近藤の道場から、土方、沖田、永倉、山南、原田、藤堂、井上、の七人が参加を表明した。

これから京都の震撼が始まる!
TOSHI

近藤 勇「誕生」 

2006年05月18日(木) 15時54分

彼は天保5年(1834)武州上石原村(現在の調布市)に宮川家の三男坊として生まれた。今も彼が育った生家跡は残っていて、勇が生まれたときに使用した産湯井戸も残されている。

彼は小さい頃からがき大将で、回りの子供たちとはまったく合わない子供であった。幼い頃から武芸に興味を持ち、際立った才能を見せ始める。

有名なエピソードとしては勇が16歳のとき、夜を狙って盗賊が家に侵入し金品を強奪しようとした時、兄の粂次郎は日頃の修業成果を試そうと刀の鞘を抜いた。
しかし、勇(当時、勝五郎)はそれを鎮め、「賊が入ったときは気が立っているものです。戦って負けはしないが苦戦する。彼等は早く逃げようとするとき、心が浮足立ち、気持ちの面で弱気になる。そこを狙って敵を打つことこそ剣術の極意です」と言って、盗賊が逃げ出すその瞬間、一斉に飛び出し賊の一人に一刀を浴びせ、それに驚いた盗賊は物をおいて逃げ出してしまった。

↑これらのエピソードを聞いた近藤周助は、自分に子供がいなかったので勇を近藤家の養子にしたいと考え、養子縁組を申し出る。
周助は天然理心流三代目宗家を襲名していて、自分の後継ぎを探している最中だった!

勇は近藤家の養子となり、自分の居場所を見つけたが如く、この後精力的に活動を始めるようになる!


この頃から新撰組でみせた、勇敢さ、武芸力の高さを表し始めているが、自分が京都を震撼させる存在になろうとはまだ本人は気付いてはいない!
TOSHI

近藤 勇 ?誕生 

2006年05月18日(木) 15時50分

彼は天保5年(1834)武州上石原村(現在の調布市)に宮川家の三男坊として生まれた。今も彼が育った生家跡は残っていて、勇が生まれたときに使用した産湯井戸も残されている。

彼は小さい頃からがき大将で、回りの子供たちとはまったく合わない子供であった。幼い頃から武芸に興味を持ち、際立った才能を見せ始める。

有名なエピソードとしては勇が16歳のとき、夜を狙って盗賊が家に侵入し金品を強奪しようとした時、兄の粂次郎は日頃の修業成果を試そうと刀の鞘を抜いた。
しかし、勇(当時、勝五郎)はそれを鎮め、「賊が入ったときは気が立っているものです。戦って負けはしないが苦戦する。彼等は早く逃げようとするとき、心が浮足立ち、気持ちの面で弱気になる。そこを狙って敵を打つことこそ剣術の極意です」と言って、盗賊が逃げ出すその瞬間、一斉に飛び出し賊の一人に一刀を浴びせ、それに驚いた盗賊は物をおいて逃げ出してしまった。

↑これらのエピソードを聞いた近藤周助は、自分に子供がいなかったので勇を近藤家の養子にしたいと考え、養子縁組を申し出る。
周助は天然理心流三代目宗家を襲名していて、自分の後継ぎを探している最中だった!

勇は近藤家の養子となり、自分の居場所を見つけたが如く、この後精力的に活動を始めるようになる!


この頃から新撰組でみせた、勇敢さ、武芸力の高さを表し始めているが、自分が京都を震撼させる存在になろうとはまだ本人は気付いてはいない!
TOSHI

第一章 

2006年05月16日(火) 13時32分

近代史そもそもの始まりである嘉永六年(1853)六月三日、ペリー来航の時に外国の脅威を始めて実感した幕府は(前から諸国の状況は知っていたが…)今のお台場にある台場を作ることを奨励し、伊豆韮山の代官・江川太郎衛門に設計を頼んだ!

工事はすぐさま着工し、約一年三ヵ月を経て完成。六機の堤防を作り、海防の中枢を担うはずだったが、国論が空転し、幕府は事実上の攘夷実行を断念したため台場はその必要性を失い、国費を著しく消費しただけであった。


しかし、当時の日本にすれば今まで鎖国をしてきたせいで海防学、船舶術、というものは少なくとも家康以来なんの進歩もしていなかったし、欧米列強があったからこそ対外に感心が向き、この後の幕末、明治、そして、現代に大きな働きをしたことは否めない!

そのようなことを考える上でも、台場の建設は重要であったし、歴史を知るうえで(特に幕末)とても興味深いものでもある。

↑ってことで、なんど行ったか分からないお台場にバイクで行ってきました=≫幕末史が大好きな僕にとってはすごく好きな場所の一つです!ここで一曲作ってました♪

写真はモノクロで録ってみました!ラィカ風(笑)

おわり…。。。
TOSHI
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思いを… 

2006年05月10日(水) 12時55分
最近忙しい日が続いている毎日なんだけど、そんな中でも小さいときからの趣味であるプラモにまたこりはじめました!

作る暇がないので買ってそのままになってるけど、いつか作ろう!

凝り性なので作るだけじゃ物足りないので、塗装なんかも丁寧にやります!


昨日の深夜、また一曲完成しました♪今まで作った曲の中で一番の出来上がりだと思います。

この曲は、自分のなかでなにか煮え切らない感情を表現したいと思って作りました。日々の生活で感じた思い、その思いは僕だけが感じていることなのか、それともみんなも感じていることなのかって問い掛けようとしました!


自分は一人しかいないけど、誰か本当に自分を必要としてくれている人がいるのかってことも訴えたかった!

ただ純粋に。。。
TOSHI

あぁ〜 

2006年05月09日(火) 2時47分
本当に今日は忙しかった。
雨が降ったせいで洗濯物も干せなかったので乾燥機を使用。

休む暇なく部屋の掃除に着手。これがまた重労働なんだなぁー。
その後、晩御飯の準備、買い物。今日は和風あんかけ丼と、かぼちゃの煮物、魚のバター焼きを悪戦苦闘したながらどうにか作れました。



片付けはもちろん僕です。パシリみたいな一日でした。
TOSHI

忙しくて。。。 

2006年05月08日(月) 1時22分
いろいろ忙しくて大変!

炊事洗濯はほぼ毎日。アイロンがけがあんなに大変だとは知りませんでした!

暇な時間といえば深夜帯しかありません。
曲も少しの時間を利用してやる毎日。
だから深夜は僕にとって貴重な時間なわけです!

ゴールデンウイークを利用して写真をいろんなところで撮ってきました!いろいろな本でテクニックを勉強しながら!
うまくとれてるかなぁー? TOSHI

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