鹽竈神社 近世

February 09 [Sat], 2013, 14:59
近世に入り仙台藩伊達家がよせた崇敬は特に厚く、伊達氏が当地を治めた江戸時代以降から明治時代に至るまで、歴代仙台藩主は「大神主」として祭事を司ると共に社領・太刀・神馬などを寄進した。
初代藩主政宗は岩出山から仙台に居城を移すと、領内寺社の整備に取り掛かる。鹽竈神社へは元和5年(1619年)に社領24貫336文を寄進[17]、慶長12年(1607年)に社殿造営を行った。 二代藩主忠宗は寛永13年(1636年)に鐘楼を再興し、1664年(寛文4年)には拝殿、さらに慶安3年(1650年)には長床を修造している。 三代藩主綱宗は伊達騒動で万治3年(1660年)に家督を子の綱村に譲っていたが、寛文3年(1663年)に大幅な社殿造り変えを行うと共に社領7貫584文を寄進している。 歴代藩主中で最も厚い崇敬を寄せた四代藩主綱村は、まず貞享2年(1685年)に塩竈の租税免除・市場開催許可・港湾整備を行って同地を手厚く遇した。 貞享4年(1687年)には吉田家に神階昇叙を依頼し、鹽竈神社に正一位が昇叙されている。さらに元禄6年(1693年)には神祇管領吉田兼連をして鹽竈社縁起を編纂させ、それまで諸説あった祭神を確定させた。元禄8年(1695年)に社殿の造営計画を立てて工事に着手し、9年後五代藩主吉村の宝永元年(1704年)に竣工している。この時造営されたものが現在の社殿である。宝永期以降は20年に一度の式年遷宮の制度が設けられ現在に至っている。 また、五代藩主吉村も1704年(宝永元年)の社殿竣工成就を記念して社領55貫文を寄進している。
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