石川啄木

September 12 [Wed], 2012, 14:20
石川啄木は様々な思索を経て現実を変革するリアリズムに至ったのだと思う。
一般にリアリズムは現実主義といわれ、往々にして目の前の現実を追認する、あるいは擁護する考え方とされ、保守的な考えとつながっているように解釈される。
だが現実とは現実的には絶えず変化していくものに他ならないのも事実だ。
まったく何も変わらない物事など存在しようがない。
とすればリアリズムそのものは、必ずしも政治的社会的意味での保守主義とは直結するものではない。
現実を変える、革新的なリアリズムも存在しうるのだ。
だから、そういう意味で啄木は現実を変革するリアリズムだと思うのだ。
啄木の思想の何が変革なのかは、既に@AこのBと読んでいただいた方にはわかりやすいだろう。
では、なぜリアリズムなのかこれこそが啄木が強調する明日への考察と必要に他ならない。
必要とは何か。
ここではあるべきものないと困るものが欠如している状態としておく。
したがって必要とは、観念や理想からではなく、目の前の現実から出発するものと言える。
これを社会に当てはめてみると、必要が存在するところには必ず要求が生まれる。
ここで要求とは欠けているものを充足しようとする明確MYコミュ 鈴木あやに主体的かつ組織的なものだ。
その前段階として不満や不安といった個々人の自覚的無自覚的を問わない、漠然としたものがあるだろうそして要求のあるところに、今度はそれを実現しようという運動が起こる。
こうして必要という現実から出発したものからはじまり、それが要求運動と高まり、やがて現実そのものを変えていく。
理想から出発したものではないけれども理想に近づいていく。
だから必要は確実なる理想なのだ。
そして、そのためにこそ徹底的に今日を研究し、敵を明確にし、明日への考察をしなければならない。
これが絶対主義的天皇制という日本型のファシズムの中で、啄木が自らと日本社会の未来を描くためにたどり着いた思索だったのではないか。
ではネット右翼のみなさんはどうなのだろうかいかなる今日の研究に基づいて、在日朝鮮韓国人を敵と見なしたのだろうか。
特権で保護されているとは、どんな客観的資料にもとづくものなのだろうか。
彼らを抹殺したとして、どのような明日を考察しているのだろうか。
私には、すべてが、ひどく現実離れしたものに思える。
私にとっての必要要求は、とても単純なものだ。
普通に働いて、普通のくらしができること。
家族や友人も同じように、普通に暮らせること。
突き詰めれば、この2唐還元することができる。
だが今は、これさえも実現できていない。
それで、この必要を充たすための様々な要求が、ぼくにはある。
その一例は以下の通り。
もっと賃金を上げてほしい。
もっと休日自由な時間がほしい。
税金や保険料をきちんと生活に還元してほしいもしくは下げてほしい庶民への税金は高すぎ消費税増税反対大企業大金持ちへの優遇税制をあらため、せめてヨーロッパ並みの応能負担を高齢者医療の負担を1割にしてほしい。
対象年齢を引き下げてほしい。
放射能汚染への対策をきちんとして、こどもたちが安心して外で遊べるようにしてほしい脱原発への要求仕事上の要求国民患者利用者が安心して十分なサービスを受けられる医療介護福祉サービスの実現医療機関や介護施設が普通に事業活動して普通に経営が成り立つだけの報酬制度の確立戦前のようなファシズムは絶対にお断り憲法と民主主義を守りたい戦争は絶対にいやだし、戦争で国際紛争を解決する時代は基本的にはもう終わった。
少なくとも自衛隊に先制攻撃するための装備は必要ない。
その分の予算は医療福祉教育へこれが、ぼくの現実から導き出された必要と要求であり、だからどれ一つとしてゆずることはできない。
こうした自らの要求の実現のために、微力だけれども、できるところで運動に参加したいと思っている。
ネット右翼のみなさんは、本当に自分自身の必要から出発しているのだろうかそれについてよく研究し要求にまで高め、その実現のために運動しているのだろうか時代閉塞の状況の中で、真の敵を見失い、今日の研究を怠り、安易な明日への誘惑に流されているように思えてしょうがない。
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