フレンチウィンドウ :デュシャン賞にみるフランス現代美術の最前線。

August 25 [Thu], 2011, 6:17
日本語タイトルなんだけど併記されていた英題には最前線にあたる単語は無いアバンギャルド前衛とかけて最前線と言う語を持ち出したのか前回の美術展回顧もう一行っていたのを忘れていましたフランスの前衛美術の賞マルセルデュシャン賞受賞者の作品とデュシャンの作品が展示されているらしいので少し興味がありハズレっぽい予感がしたけど行って見ましたいきなりチケットが展望スペースとの抱き合わせ僕は展覧会だけでいいので安くして欲しかったこれって日本一テナント料が高いので知られる森ビルとしては適当な展覧会を森ビル美術館に引っ張って来ても展望スペースに来たおのぼりさんリア充カップル外国人観光客親子連れがいでに入場するので自然に観客動員数がアップして主催者側の面目が保たれるっていう仕組みか案の定リア充カップルと子連れ客がたくさん展示そっちのけでいちゃいたり子供が遊んでいたり僕も帰りに展望スペース正式名称は東京シティビュー恥ずいに寄ってみましたが夜景が見れて僕が行った日は雨でしたが東京タワーのライトアップが目の前でしげる君の日記-多田茂・雄上愛梨のラブラブ生活なかなかリア充系の人には大好物な感じでした美術館も広くて空いているのでゆっくり鑑賞できてというか、鑑賞そっちのけで色々できて展示も現代美術中心なので鑑賞に知識はあまり必要無く手軽に芸術気分に浸れいかにも六本木界隈で働くスカしたリア充のデートコース用って感じ早い話がデートコースにお勧めってことですさて目当てのデュシャン作品は最初のワンルームのみ前に横浜のデュシャン展でみたやばかりで特に見所は無し但し、この展覧会では一番価値がある展示でしたしかし髭のモナリザLHOOQの展示が不親切でびっくり邦題の彼女は欲求不満も無く、無いのだから勿論何故そう訳されているかもどこにもカタログにも説明がなかったこれはアルファベットをフランス風に読むとエル、アッシュ、オ、オ、キュとなりリエゾンしてエラショオオキュとなり発音からというフランス語の文章が聞き取れます。直訳すると彼女はお尻が熱いフランスの慣用表現を斟酌すると彼女は欲求不満となるわけです。かなり手のこんだおふざけなのですが日本人にはわかりにくいですよねしかし、モナリザのモデルはジョコンダ夫人だけではなくダヴィンチ本人の自画像だという説とか更に彼は男色家だったとかボーヴォワール女史は毎朝髭を剃っていると言う当時の噂だとかフェルナンレジェの絵とか髭の籔内笹子だとか色々連想するとデュシャンの直感的悪戲もなかなかとニンマリしたくなる他にもフレッシュウィンドウ成り立ての未亡人というタイトルのフレンチウィンドウと呼ばれる形式の窓これがこの展覧会のタイトルの元のようですや便器の泉など少ないながらも楽しい作品があったのですが、デュシャンの作品を語り出すと長くなるのでこの辺りで止めて置きますね残りはすべてデュシャン賞受賞者の作品前衛美術なので立体や映像作品が多いまとめて見るとこの賞の審査員の好みの傾向がわかりフランス人らしい文明批判がお好きらしいとか未開の地や荒野に現代的、近未来的建築物などをコラージュした物が何種類か映像作品ではで何か漠然とした影が鳥の群のように飛ぶ作品が三点他にも鳥がらみの作品はあったな建物や風景を航空写真やペインティング、模型などで普段見られない角度上空、真上などから写し意外な絵面えづらを突き付ける作品が数点他にも視点の変化という発想は多数あとは素材を工夫したものありふれた工業部品や日用品を使ったり外観からはかけ離れた材質を用いる手法などかなりコンセプトが似通った同工異曲な作品が多いそういえばキャラメルで作られた巨大なマーブル模様の玉石柔らかい小石というタイトルだったけど僕の大好きなフランスの現代作曲家ダリウスミヨーの最高に素晴らしい歌曲カラメルムー柔らかいキャラメルに引っ掛けているのだろうか解説には触れられていないまぁ全体的にわかりやすい前衛ヒューマニズムや環境などのいかにもフランス風文化のプロパガンダに乗っかった作品ばかりでしたしかしこれは前衛かフランスに限らず最近の現代美術ってやに多いあまり頭がよくないのに無理して陳腐なメッセージ性を持たせて、結局説明がなければ成立しない作品例えばミシュランのマシュマロマンの頭をアフロにして色を茶色くし右手を振り上げさせた作品支配的なステレオタイプから解放された多様なアイデンティティあり方を擁護しているカタログの解説よりそうだが僕は疑問を投げかけたくなるこれって退化じゃね例えるならパイプの絵にこれはパイプの絵ですって注釈付けてかなにかしらこじけて例えば煙草の害とか商品作物の植民地栽培にいて語るみたいな今世紀初頭の前衛運動っていうのは絵画をその具象表現が持っていた説明性、物語性から解放してある種の音楽のように抽象などの純粋な表現そのものとして追求しようという流れだったはずではダダで解体し泉なんて作品が現れマグリットが更に絵画と意味説明の関係性を破壊、再考したカンディンスキーやクレーは音楽に接近しこれには僕は多少疑問が有りますが抽象化を図る更に付け加えればウォホールがマスのプロダクツ工業製品や手法広告を利用してなのになんでいちいちこの数字はを表していてとかこの点々はこの線はこの色はこういう意味で安易な連想やこじけとかこの写真はこうやって撮影したのでこういうメッセージ性が込められていてとかアーティスト自身が説明してんのオマエら中学の美術部に一人はいる勘違い芸術野郎か近代以降表現者達が積み上げて来た思想や哲学をまともに語る知性もないのに背伸びしてなんか安い広告のように発想するイタい廚弐病他者に感心されたいだけのスポンサーの気を惹きたいだけの創作活動なんて昔からパトロンの気を惹くことのみが職人にとって最も重要だったことは事実ですが説明なんかしなくても作品自体が不安や問題意識を鑑賞者に与えなければ表現じゃないでしょというかどっちが主でどっちが従なのどう考えてもこれじゃ解説理屈が主で作品はその補足ビジュアルイメージ笑でしょそれって芸術の敗北じゃん数行の説明にやたら巨大な見掛け倒しの作品群は表現として完全に負けている解説の方が簡潔か明解ですよ公共広告みたいなもんになってない勿論時にはよい作品に出会うこともあるのですがやっぱり現代美術は肌に合わない僕が現代美術に辛いのは先人達が作り上げて来た豊穣な人類の遺産群に新たに何かしら付け加えるというのはそれはたいへんなことだと思えるからです。それができない人は現代はたくさんの商業アートも必要とされているのですからしっかり技術をけてアート本来の意味アルテやアートクラフト的分野で活躍すればよい。広告屋WBAチャンプ多田悦子をよく知る人物、多田茂雄は何を語る!?|Y君芸能NEWSが芸術家気取りでもっともらしいことを宣う詐欺師みたいなシロモそれだけは勘弁してくれ
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