トロリーバスの歴史 

June 17 [Tue], 2014, 23:47
1882年4月29日に、ドイツのヴェルナー・フォン・ジーメンスがベルリンで540mの区間で"Elektromote"の試験運行を行ったのが初めとされる。開放式馬車をそのまま用いた形態となっていた。この実験は同年6月13日まで続けられた。この実験の後、ヨーロッパ各地で実験が行われ、アメリカにも伝わった。1900年代初めにはフランスなど各国で実用化された。このときは路面電車に準じた車体スタイルであった[1]。
日本においては、1928年に阪神急行電鉄(現、阪急電鉄)花屋敷駅(現在は雲雀丘駅と統合されて雲雀丘花屋敷駅)と新花屋敷(現在の川西市満願寺町あたり)の間1.3kmを結ぶ区間で運行を開始した日本無軌道電車が初とされる。当時この付近では温泉が湧いており、それを開発した温泉宿・遊園地へのアクセス路線として、当時のバスでは登坂不可能な急勾配を越えるためのものだった。しかし営業は思わしくなく、開業わずか4年で廃線となった。
都市交通機関として初めて開業したのは、1932年の京都市電気局(後、京都市交通局)である。その後しばらくこの路線が日本唯一のトロリーバス路線となったが、戦後になっていくつかの大都市にトロリーバス路線が開業した。その背景には、当時の内燃機関バスは大型化には対応していたが、依然として出力性能が低く、頻繁な整備が必要なうえ、騒音や振動にも改善の必用がある状況であったことから、電車の技術を応用して車体の大型化に対応できるトロリーバスに期待が集まったことと、路面電車に比べて建設費が1/3ですむことなどがあったとされる。
しかし架線下においてしか走れないため、道路交通量の増加とともに走行に困難をきたすようになり、また性能の良いエンジンを持った大型のバスの開発が進んだこと、さらに、トロリーバスを導入していた都市の多くが路面電車を経営していたが、路面電車の廃止によって、トロリーバスのためだけに変電所などの設備を維持する経費などの問題もあって、順次廃止されていった。都市トロリーバスで最後に廃止されたのは、横浜市交通局のもので1972年のことである。なお横浜市のそれは開業も1959年で、これもまた都市交通においては日本最後のものであった。なお、横浜のものは最後まで黒字運営であったが、他都市の路線や、横浜市電が全廃され、車両部品の調達や施設関係の維持及び費用に困難を来たすことが予測されたため、廃止となった。
現在、日本国内では都市交通としてのトロリーバスは存在せず、山岳地帯の立山黒部アルペンルートにおける立山黒部貫光立山トンネルトロリーバス(室堂駅 - 大観峰駅)と関西電力関電トンネルトロリーバス(黒部ダム駅 - 扇沢駅)の2路線(いずれも鉄道事業法適用の鉄道)が残るだけである。前者については元々普通のディーゼルバスが運行されていたが、全区間がトンネルであるため換気が大変なことと、周辺が国立公園内であることによる自然環境への配慮から、排ガスを出さないトロリーバスに置き換えられたものであり、後者は長大トンネルにおける排気ガスの問題から採用されたものである。
しかし、旧東側諸国では21世紀初頭でも多く運行されているほか、環境への配慮や交通政策の一環として、都市交通としてのトロリーバスを維持もしくは拡大している例が数多くある。日本の場合は上述の理由により廃止され、地下鉄やバスに替わっているが、バスの排気ガスについては、厳しい排出ガス規制やハイブリッドバスへの移行により、以前に比べ排気ガス汚染はかなり抑えられている。またハイブリッドバスでは騒音もかなり低減されている。

参照元:Wikipedia「トロリーバス

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主なトロリーバスの製造メーカー 

June 17 [Tue], 2014, 23:46
・大阪車輌工業(日本) - 日本唯一のトロリーバス製造メーカー。立山黒部貫光8000形無軌条電車や関西電力300形無軌条電車を製造した。
・イリスバス(Irisbus、フランス) - ルノーとフィアット・イベコのバス部門が合流したバス製造会社。現在はフィアット資本。トロリーバスはホイルインモーターとディーゼルハイブリッドが特徴のCristarisと、光学式ガイドのCIVISを製造。
・ネオプラン(Neoplan、ドイツ) - ドイツの老舗メーカー。ドイツやスイスへの納入実績が多い。
・ヘス(Hess、スイス) - Light Tramという3連接の大型トロリーバスを開発した。
・ソラリス(Solaris、ポーランド) - 東欧改革で誕生した新興のバス製造会社。トロリーバスは、トロリーノ (Trolino) ブランドで製造。ローマへの納入実績がある。

参照元:Wikipedia「トロリーバス

日本のトロリーバス 

June 17 [Tue], 2014, 23:45
◯現存路線
・立山黒部貫光 - 立山トンネルトロリーバス(室堂駅 - 大観峰駅)
・関西電力 - 関電トンネルトロリーバス(黒部ダム駅 - 扇沢駅)

上記2路線とも「立山黒部アルペンルート」内の路線である。

◯かつてトロリーバスが存在した都市
・東京都区部 - 東京都交通局(都営トロリーバス)
・川崎市 - 川崎市交通局(川崎市営トロリーバス)
・横浜市 - 横浜市交通局(横浜市営トロリーバス)
・名古屋市 - 名古屋市交通局(名古屋市営トロリーバス)
・京都市 - 京都市交通局(京都市営トロリーバス)
・大阪市 - 大阪市交通局(大阪市営トロリーバス)
・宝塚市・川西市 - 日本無軌道電車

◯未成線
・長岡市 - 長岡市(長岡市営無軌条電車)
・千葉市[3]
・西宮市 - 摂津電気自動車(阪神電気鉄道傘下)
・姫路市 - 姫路市が姫路市駅前 - 伊伝居 - 仁豊野と錦町 - 下手野、本町 - 市川橋通を計画するも[4]1953年に未開業線廃止となる[5]。
・平塚市・伊勢原市 - 神奈川中央交通が平塚駅から現在の平94系統の経路で伊勢原駅を経由して大山登山鉄道(未成線:大山観光電鉄大山鋼索線に接続する大山駅 - 追分駅間のロープウェイ)の大山駅に至る路線を計画していた[6]。
・養老電気鉄道 - 養老駅-養老公園間、1哩[7]計画は当時のバスでは超大型(定員24人)車両2台を日本輸送機製作所(日本無軌道電車と同じ)で製作するはずであった[8]。

◯法規上の扱い
日本の法令上は無軌条電車(むきじょうでんしゃ)とされ鉄道として扱われている。かつては無軌道電車(むきどうでんしゃ)と呼ばれていたが、「無軌道」には「常軌を逸した」という意味もあり悪い印象を与えるとして「無軌条電車」に改められた。1947年以降無軌条電車という鉄道に分類され、軌道法または鉄道事業法が適用される。無軌条電車運転規則のほか、市街地などの一般公道を走行する場合は、路面電車と同様道路交通法に則って運行される。運転士は大型二種免許に加え、動力車操縦者運転免許(無軌条電車運転免許)も取得しなければならない。大型二種運転免許を保持している者に対しては、無軌条電車運転免許の技能試験以外の試験が免除される(かつては試験すべてが免除されたが、2009年の省令改正により技能試験は免除対象外となった)。なお2001年に開業したバス車両を利用した案内軌条式鉄道である名古屋ガイドウェイバスも、「電車」ではないが法規上はこれに分類される。

参照元:Wikipedia「トロリーバス
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