last gigに向けて…。 その1 

2006年02月04日(土) 3時05分
はぁ〜、アキは帰ってこないのかー。

昔から何気に憧れていたバンドとライブ。

コンチキ中のバスの中にあまりに暇すぎて譲に『バンドやるか!』って冗談半分で話をして勧誘…。

POPPOに『あいつ踊れるからドラム叩けるんじゃね?』という安易な発想をもとに勧誘…。

さらに、アキにいたっては『俺、めっちゃギターうまいよ!!』というちょっと耳が痛くなる発言を信じ勧誘…。

そうしてまんまと出来上がった“エンタイトル2べ〜す。”
ちなみにリーダーはPOPPOです。
時には色々なメンバーを加えながらやってきてめちゃくちゃ楽しかったな〜。

今年の3月3日に俺らの大学生活中のえん2のライブは幕を閉じます。
ひとつの節目となるこのライブは当然、4人全員で迎えれるんだと漠然と思っていた。
まぁ、人それぞれに事情はありますよね。
でも、今回アキが出れないということが俺の中で一つ新たなる目標というか夢見たいのが芽生えたんだよね。
いつか、日本でギョウセイの人達集めてライブ出来たらな…と。

申し訳ない。 

2006年01月30日(月) 15時32分
僕を待っててくれる人たちへ。
諸事情によりイギリスへ帰れなくなりました。何故かは聞かないでください。
いつかまたエン2で演奏できるといいね。本当がっかりさせてごめんね。
遅くなったけど、ぽっぽ誕生日おめでと。
では、良い年を。

打倒 さるとうどん屋!! 

2006年01月20日(金) 22時45分
よし、とりあえずさるとうどん屋のご主人はめっちゃ更新しているので負けられません

何書こうかな〜〜。ん〜〜、ん〜〜〜、ん〜〜〜〜 ……………

書くことね〜〜。
んじゃ、裏話。

明けまして…ごめんなさい。 

2006年01月20日(金) 22時15分
はいはい。どうも。おれが悪かったよ!!
ごめんなさい…。

まぁ、いきなり謝ってみたんですがそろそろ誰も見に来なくなったってことで、また書き始めよ〜〜。(天邪鬼)

まぁ、とりあえず何事もなく明けました2006年。
いや〜〜、去年はひどかったな〜。
もし、厄年って奴があるんならもうホントにそれ
みなさんも気をつけてください。

あの時死ななかってよかったな。 

2005年12月10日(土) 21時49分
つかぬ事を聞きますが皆さんは死にかけた事ってありますか?
俺は一回だけあります。いや〜、怖かった。俺の実家は(幼き頃)まじで小さくて子供部屋なんてありませんでした。物心がつきかけたときにうちの親父が、『はじめももう年頃だから自分の部屋作ってやろう!!』と言って、それまで使用していた親子3人の寝室(小学校三年生まで川の字になって寝ていました。)に手作りの壁を作ってくれました。
しかし、やっぱり一つの寝室を無理やり2つに分けたのでそりゃー狭かった。
でも、何でか親父は俺の部屋にはテレビ(といってもビデオしか再生できない)とビデオデッキを置いてくれ、さらに勉強机、ドラムセットを置くと布団を引くスペースなんてなかった。

さて、俺はどこに寝ていたのでしょう?昔からよく『つっちゃんの手ってドラえもんみたいだね。』って言われてたけど、まさか俺がホントに押入れに寝てるとは想像してなかったろうな。
そう、俺は押入れに寝てました。まさしくドラえもん状態です。でも、押入れで寝るのって結構ドキドキするよ。なんか知らんけど…。

話がちょっとずれたように感じるかもしれませんが、ここからが本題です。
ある夜、俺は夢を見ました。それは暗くて、寒い夜の砂漠での出来事でした。
気がつくと俺はその砂漠のど真ん中に立っていて、遠くの空には青白く光る大きな月がぼんやりと足元を照らし、はるかかなたには大きな大きなピラミッドが見えました。

『は〜〜、ここどこなん?』
『マジで砂しかないし…。、みずは?テレビは?っていうか、他に人は?』
とか思っていたのかどうかは知りませんが、とにかく俺は夢の中の砂漠にいました。
しかし、小学3年生の想像力は乏しく、なぜか砂漠なのに息苦しくなってくる始末。
なんと、その砂漠はまるで宇宙に言ったかのような感じの無重力状態+無酸素空間。

俺の密かな夢 

2005年12月07日(水) 14時49分
えーと、タイトルが“エンタイトル2べ〜す。”って事で最近のエン2事情を…。
今、テスト期間真っ最中のメンバー。といっても、ギターのアキは今、日本で彼女とあんなことやらこんなことやらやってるいるのでいませんが…。
元々、エン2ってコピーバンドです。だって最初はなにやっていいかわかんなかったからね。

一番の俺のキッカケは入学して初めてのライブ。HIGH KICKの演奏に鳥肌が立ちました。今となってはそれがどの程度のレベルだったかはわかんないけど、確実にあの時俺は生まれたての赤ちゃんみたいな吸収力で、音を吸収しながらあの場に立っていた。
そのときに俺もライブでてみたいっていうのは漠然とありました。そしてメンバー集めてナンチャラカンチャラは前書いたので置いといて…。

それで、エン2として初めて出た初ライブで演奏が止まりながらも、幾多のライブで出演前にギターとベースが酔いつぶれてみたり(っていうか、ほぼ毎回)、未来にライブのメンバー紹介で名前を忘れられたりしてここまで来ました。

みんな(他のメンバー含む)この“エンタイトル2べ〜す。っていうバンドをどう思っているのかは知る術もありませんが、俺は大好きです。つーか、もしず〜〜〜とバンド活動が出来るならこのメンバーでしかやりたくありません。もう加えたり、脱退したりとかは嫌です。ま、乙女チックな発想なんでしょうが、俺は頑固者ですからね。

なんで、こんなことを書くのかというと、最近俺の周りでは音楽が常になってます。前はこんなに聞いてたかなーっていうぐらい流れてます。みんなの周りも音楽が流れていない一日なんてないはずです。すごいよね。うん、マジですごい。前に読んだ本でダウンタウンのまっちゃんが、『人間がサルと違うところは笑うことが出来るからや!!』って言ってた。うん。そのとおりだなーと思った。でも、それはまっちゃんが“お笑い”って職業で第一線でがんばってるからそうやって胸を張っていえるんだよね、きっと。で、音楽やってる人は違うことをいうんだろうね。

羽山の伝説 T 番外編 

2005年12月07日(水) 13時54分
まあ、なんだかんだで一命を取り留めた羽山。しかし実は、彼がスタート台に立つ前に俺らに言っていた言葉があったのだ。

では問題です。このとき彼は何て言ったのでしょう。

1、『見とってん、おれの生き様みしちゃる。』
2、『飛び込むときに俺、バク転しながら入るけん。』
3、『俺が一位になったら、お前ら今日一日奴隷な。』
4、『おれの潜水には名前があるんよね。名付けて“キャノンボール泳法”!!』

まあ、どれをとっても彼の発言っぽいですけどね。
では、シンキングターーーーイム

羽山の伝説 T 後編 

2005年12月07日(水) 12時19分
※注 いきなりここから読むのは避けてください。ちゃんと前編から読んでね。

つづき

俺らの学校のプールには5mライン(赤)、15mライン(青)、20mライン(赤)、そして25mでプールの端って感じに色分けされてます。

さあ、勢いよく飛び込んだ羽山。いったいどんな感じなんでしょう。
なんと彼、いま赤ライン付近にいるんですね。あ、今 『ゴールするやん』って思った人、浅はかですねー。彼にゴールできる能力があると思いますか?しらねーよ。
そう、今彼はまさに5mライン付近で潜水しながらはるか遠きゴールを目指しています。

2秒、3秒 … … … 時は過ぎ…。
しかし羽山はさっきの5mライン付近で10cmくらいしか進んでいません。しかし、水面上で見守る僕らにも彼の一生懸命さは伝わってきます。一生懸命前に進もうとしているバタ足…。なにをしているのかよくわからない手の動き…。
でも、人間そんなに息が続くわけもありません。吉隆ももうゴールしています。
そんな時、彼は潜水で25m制覇するという夢を捨てて水面へと急上昇してきました。自分の目標を達成することができず、悔しくても最後まで変なクロールでゴール目指そうとする羽山。

そんな姿を見て発言する俺。

『進まないね…。』ハジメ

『うん、進まんね…。』友達

その時、たまに水面へと現れるクロール?中の彼の口から微かに声が漏れます。

羽山の伝説 T 中編 

2005年12月07日(水) 11時10分
※前の記事を見てから読んでね。

つづき

燦燦と照りつける太陽の下に集まった俺たちはここからつづく長い長い水泳部の日々を想像しながら、時には吐き気をもようしながら川崎先生の到着をまった。しかし、その後に起きる事件を誰も知る由もなかった。

さっそく、川崎先生がやってきました。それも水泳部の顧問なんだから水着着てると思うでしょ?普通。
でも、彼はアロハシャツ、麦藁帽子にサングラスってな感じ登場しました。しかも、方手には竹刀もって…。

なんで?なんで、彼は竹刀持ってんの?あれでなにすんの?

もう簡単に想像できますね。いくら小学校三年生でも。もう、なんていうか、あれは脅しですね。
『お前らがちゃんとやらんと、これでくらすぞ!!』っていう意思表示です。
俺らの時代及び地域の学校は体罰なんて当たり前でした。
もう、誰も歯向かう奴なんていません。でも、俺らは密かに羽山が何かいらん事を言ってくれるだろうと期待しながら待っていました。

… … … … … … …。

おーーーーーーい。なんで、何も言わないの羽山君?
まあ、彼の本能的にも“これはやばい”って感じたんでしょうね。
そのときは何もなく早速、川崎水泳部が始動しました。

川崎先生もまずは個人の泳力をしらければということで泳力テストが行われました。
大体、クラスに何人か水泳教室に通っている人はいます。その人達に先生が
『25m泳いで見せろ!!』っていったんですね。
でも、なぜかここは立候補制。
『俺は25m泳げるという奴、前に出て来い。』
俺は泳げなかったので出て行く人を静かに見守ることしか出来ません。

俺も少なからず友達はいたので、だれが水泳教室に通っているかどうかはなんとなく知っていました。
でも、まあ出て行くのは多くても大体4人ぐらいだな。と思っていました。
すると、スタートラインに立つ5つの人影…。

羽山の伝説 T 前編 

2005年12月07日(水) 10時34分
まあ、このタイトル見てピンッと来る人は世界広しといえど多分、俺の同級生か某○ューバリー寮のマージャン仲間だけでしょう…。
とりあえずこの“羽山”説明から入りましょうか…。んーと、そんなに説明することはないんだけど多分万国共通でクラスに一人、一般的には『きさん、まじでいらん事するなっちゃ!!』っていうやつです。
なんでだろうね?こういうやつらってまじで学習能力、チンパンジー並です。っていうか、チンパンジーは学校に来ないのでチンパンジーよりタチ悪いです。
でも、俺はなんか結構好きでした。(遠目から見てると…。)まじで退屈しませんでした。
タイトルにも記したように“T”ということで彼の伝説は片手で収まりきれないほどあります。
まあ、前置きはこの辺にしてさっそく…。

あれは、小学校3年生の事だった…。俺は羽山と小学校6年間ずーーーっといっしょのクラスでした。
やけん、彼の愚行は全部しってます。
この年の担任は川崎先生といって結構、男前の先生で保護者の方からは絶大の人気をあつめていました。しかし、俺ら、野郎のなかではめちゃくちゃ怖いことで恐れられていた。
まあ、そんな川崎先生、俺らの夏休みという貴重な遊び時間をいとも簡単に奪ってくれたんです。
もう、なに考えてたのかよくわからないけどいきなり夏休み前の終了式後のホームルームである紙が配られました。
『あー、また宿題かなんかだな…。ふぁああく!!』ってな感じで安易に考えていたその紙には
“水泳部入部希望用紙”って書いてありました。
多分全部漢字ではありませんでした。だってほんとに全部漢字だったらもう新たな詐欺やけんね。小学校三年生には読めません。よくわからないけど、俺には読めませんでした。
おれの中では、『夏休みなのにこんなん入るやつの気がしれんわー。』と思いながら適当に流していました。
次の瞬間、俺の耳にとんでもない暴言が舞い込んで来ました。
『堤!!お前、聞きようとや?なんでお前はいつもそんなんか!!よーし、お前ら全員水泳部入部や!!』
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