管理人@蒼より お世話になった皆様へ。 

2004年12月04日(土) 18時54分
飛び降り。手首を切る。薬を大量に飲む。
中2の頃から今まで経験してきて、でも、
一度だって「遺書」というものを書いた事が無かった。
誰かが言ってた。
遺書を書くのは未練があるから何だって。
多分私には未練も希望も無かったから、
いつも死ぬ事だけ考えて、消える事だけ考えて、
死を選んでた。

いつからだったか私は「VERY FOND OF...」をメンタルサイトに変えて、
在った事、想った事、苦しかった事、
いろんな事をここで吐き出してた。
そうしてできたお友達もいたし、
今まで通り仲良くしてくれた子もいた。
だからこそ、今度はきちんと、感謝と、お別れを告げようと思う。

薬も準備しました。お酒も準備しました。
そして最後の仕上げとしてこうしてHPに書き込んでる。
後は、メールでしか繋がりがない友達に、
「今度私から返事が無かった時に」って、
このHPのアドレスを教えるだけ。
ユミちゃんはその深意を察してしまうかも知れないけれど。

1988年2月23日に生まれて、
2004年12月4日まで生きてきて、
16年間、何か在ったようで何も無かったようで、
今となっては何が辛かったのか楽しかったのか、
自分でも区別できないまま頭に残ってる感じがする。

でもきっと、人生何てそんなものだ。

「私も昔そういう経験したからわかるよ」
「辛いのわかるよ。私もそうだった」

いつだって人は、心に隅に置いてあると言いながら、
結局過ぎてしまえば過去の事。
人を心配する時の決まり文句みたいに、
自分の過去を自慢げに言っているだけ何だ。

管理人@蒼より お世話になった皆様へ。 

2004年12月04日(土) 18時14分
どうして人は生き続ける事を偉い事のように言い、
そのサイクルを終わらせる事を卑下するのか私にはわからない。

ほら。ニュースを見れば今日も、
練炭自殺だの集団自殺だの言ってる。
命がそんなにも簡単に生まれたり消えたりする世界で、
薬で不安を抑えたり自殺に失敗したりして、
そうやって生き続ける事は本当に幸せ何だろうか。

意味も無く、でも死ぬ事をただ恐れる人たちに、
死ぬ事しか考えられなくてそれを選んでしまった人たちを、
悪く言う資格何て無いし、
私から見ればバカみたいにしか見えない。
否定する対象をわかってないのに、
何だかよくわからないけど否定してる。
バカ。滑稽。惨め。愚か。

昨日、学校で死を決めて、私の視界は明るく開けた。
いつも以上にみんなと明るく話して、
家でお風呂洗い何かしてみたりして、
その中でふと、心理の先生、ワタナベ先生を思い出した。

前回の自殺未遂で入院して何日か後、
先生と交わした絶対に死なない約束。
「約束します」と言った私に、
「ありがとう」と返してくれた先生。

ごめんなさい先生。ごめんなさいごめんなさい。
約束破ってごめんなさい。
ごめんなさいと言いながら、
生き続ける事は選択肢にない私でごめんなさい。
先生に会えて、とても幸せでした。
16年間生きてきて、最高の出来事でした。

そしてHPを通して出会ったみなさん。
本当にありがとう。
話せて嬉しかった。想い合えて嬉しかった。
幸せになってね。
ありがとう。

I 'm very fond of you.

私はあなたが大好きです。

さようなら。大好きなあなたへ。
さようなら。出会えて良かった。


それでは。幸せになってください。


             2004年 12月4日 蒼 こと 後藤 彩

無題 

2004年12月02日(木) 21時05分

喚いて 喚いて 喚いて

弱音吐く吐くこの喉いっそ

枯れてしまえばイイのに、と

                    ---恥


* * *

近く、遠く 

名も知れぬ場所から声響く

”頑張れ”

”死ね”

死に行く眼

捕らえたるは己

                     ---叫


* * *


漆黒の海 響く叫び 「助けてくれ」 誰かの声

持ち合わせて居ない 救いの手

投げかけた 仕様なく 「頑張れ」 言葉の刃

沈み逝く 地獄の淵へ 

いつも見慣れた 誰かの顔が

                      ---不

病名告知 

2004年12月02日(木) 20時39分
DAYSにある通り私はうつ病と診断されて、
夢の中で知らない世界を漂っているみたいな気分で毎日を過ごし、
飲んでる振りして薬を貯め、
笑ってる振りして心は無感情で、
終いには夢で飛び降り自殺をする夢を見たりした。

確かにうつ病のチェックテストはいつも危険域だったから、
ありえるかもな、とは思っていたけれど、
いざ母親と同じ病名を告げられると、
無性に母親に対して申し訳無さを感じてしまう。

学校で使う精神医学の本によれば、
自殺願望が強いのはうつ病の中でも
初期”や”回復期”なのだそうだ。
(結構知れ渡っている事かも知れない)
それじゃあ私は回復期だろうか?
 でも自殺願望は中学校の頃からあった。
じゃあ初期だろうか?
 それならいつが始まりだったと言うのだろう。

病名が付いて、もやもや感みたいなのは消えたけれど、
どうでもイイがもやもや病と言う病気があるのを外科で習った。
いくら病名を付けられようが、
私はただ死にたいというだけで、
不安時に飲む薬を病院から頂いているが、
そこまでしてなぜ精神の安定を保っていなければならないのかがわからない。
おかしくなったら死を選ぶだけ。
そんな自然なサイクル、薬で止めるのは間違っている。

この間薬を数えたら、たった70錠しかなかった。
しかもあんな弱い薬。
今度薬局で   を買って来て、ストック分に加えないと。
それでやっと100超えるかな。

手のひらいっぱい、薬を乗せたら
楽しい旅行の、始まりだ。

「死ぬ」という事、「生きる」という事。 

2004年11月15日(月) 17時02分
16年間生きてきた私だけれど、
未だにその「生きてきた」という意味はわからなくて、
果たしてわかる事ができる日何てくるのかも、
いつまで経ってもわからなくて。

ただ「死ぬ」事は何よりも幸福な事だと知っているから、
溜まっていく薬に喜んで、
監視の下飲む薬に嫌気がさしている。

一体何がどうなって、
あの幸せだった毎日を奪い去っていったのだろう。
家族でいられる事がただ嬉しかった。
みんなで囲む食事が何より楽しかった。

確かなもの程脆く、崩れやすいものはない。

何に祈ってみた所で、
暗い明日はもう見えている。
それなら私は何の為に、
今日という一日を過ごすのだろう。

答えが欲しくて手を伸ばしてきたけれど、
結局みんな、突き放す事しか知らないから。
好き勝手に偉そうな事ぴーちくぱーちく諭してるけど、
ただ生き長らえている事だけは、
みんな共通の事実で。

あなたの生きる意味は何ですか。

わからないのに「死」を否定できる、
その自信はどこから沸いて出る?

おかしくて笑えてくるよ。

だってみんな、

ちっちゃな球の上で転げ回ってるだけなのに。

ラブレター 

2004年11月12日(金) 20時59分
こんなにも こんなにも

傍で響くあなたの歌声

近くに 近くに

感じる程に切なく遠く

伸ばしかけた手の行き所は

今もなお霧の中深くに

精神科入院中話@ 

2004年11月06日(土) 15時07分
8月30日夜。
私は赤いランプをチカチカ光らせながら走る車に乗せられて、
大学病院に運ばれてきた。
110粒の薬を飲み干した私の意識が戻ったのは翌日の事で、
10時半、私は東9階の912号室に移された。
同室の方はマリちゃん、キハラさん、カミムラさん。
カミムラさんは私が入ってすぐ退院し、
9月最初の週、ミワちゃんが入ってきた。

そんな時、仲良くしてくれていたマリちゃんに、
退院の話が出ている事を知る。
18日、たくさんの人に見送られてマリちゃんは退院していった。

 ちょっとさかのぼって書くと5日、お母さんとの交換日記が始まった。
 7日は、カウンセリングのワタナベ先生と
 「絶対に死なない約束」をした。
 その日、本当に可愛らしい笑顔のヤマナカさんという看護師さんといっぱい話す。

12日、私が通う学校の卒業生で、ユミちゃんという子と話をする。
ユミちゃんは首に大きな切り傷3つと、手首にリストカット痕を持つ子だった。

15日、お母さんが大学病院でカウンセリングを受けるようになる。
16日、ぬりえを始める。
次の日届いた友達からのメールに、食欲不振にまた襲われる。
「出席日数ヤバイよ!!頑張れ!!早く学校に来るんだ!!」
 ヤバイ事位わかってるよ。
 頑張って考えてるよ。
 早く行かなきゃって思ってるよ。
 ねぇ、やっぱりこの焦りや不安は伝わらないの?
 こんなに焦ってるのに、こんなに不安なのに。
 私、退院してやっていく自信ないよ。
 生きるのに向いてないんだ、私。


19日から出版社から依頼を受けていた原稿の直しに手を付け始め、
10月6日、ようやくそれを終える。

その頃、交換日記にて新事実発覚。
お母さんが私が自殺未遂する一週間前に手首を切って救急で運ばれていた。
その頃から不安定な日々が続き、
26日の外出にて不安発作を起こす。

27日付近からミワちゃんの自傷行為、暴れるが酷さを増す。
28日、カウンセリングで2種類の心理検査を行う。
そしてミワちゃんが、皆が「独房」と呼ぶ個室へ移されてしまう。

精神科入院中話A 

2004年11月06日(土) 14時33分
次の日お父さんとのいざこざで不安発作を起こし頓服にて治まる。
ホールにいるとユミちゃんが来て、
「自分を責めるような事考えちゃダメだよ」と励ましてくれる。
その日、マリちゃんのいたベッドにカユカワさんが入室。
そして10月初日にもミワちゃんがいたベッドにマスミちゃんという、
モデルのようにキレイな子が入室。

2,3日の外泊にてaikoのCDを買い、
日曜日のおでかけの予定はつぶれ、不安発作に襲われる。

10月5日、カウンセリングにてお母さんの自殺未遂を告白。
「半月も1人で抱え込んでたんだね」「えらかったね」と言われる。
次の日、マスミちゃんにリストカット癖がある事を知る。

7日にユミちゃんへ手紙を書き、退院日に渡す。

 お母さんが交換日記で書いていたけど、
 お母さんは甘えさせられない大人で、私たちは甘えられない子供何だって。
 どうして、望むモノばかり手に入らないのだろう。
 池田晶子さんの本にあった。
 「理想をただの理想だと思う人は実際に理想でしかない」
 私は心から望んでいると言いながら、
 本当は無理だって、どこかで諦めているのかな。
 
 ううん。本当に望んでいるよ。家族みんなが幸せな毎日。
 みんなでご飯食べて、みんなでおでかけして。
 「無理じゃない」って、何度言えば叶う?


9日、退院。15日、薬ストック開始。18日、学校復帰。

今は、ユミちゃんとメール、電話を、マスミちゃんと手紙交換をしている。
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