両脚を失った人  2004年10月25日(月)
 大学での授業と討論は、学生も教授も皆が、大きな机一つを囲むという形で行われる。
ヒエラルキーを嫌うこの大学らしいやり方だと思う。たまたま入り口一番近くの席についたら、教授が私の隣に座った。彼は、今日は私の隣で講義をするつもりらしい。すぐ隣に来たので、彼のエネルギー(波動?)をよく感じることができた。

 彼の手は、手術の跡で痛々しい限りだ。一度切断された指を再度接合しているため、5本の指はついているものの、人間の手の様相ではない。彼の耳はよく働かないため、私たちは発言するとき、つねに大声を張り上げないといけない。そして机の下の彼の下半身は、ない。大腿部から切断されてしまっているからだ。そう、彼は車椅子の人だった。

 彼は、また、いつも穏やかにゆっくりと語る人だった。自分が話すよりも、学生と意見を交わすことの方を好んだ。ヒューマニズム、という言葉をよく使った。私は、彼の外見の凄まじさに気おされて、妙な葛藤を覚えた。

 休み時間に、友人と話をしていて、そこで始めて、彼が両脚と聴覚機能を失ったのは、
昨年8月におきたバクダッドでの国連ビル爆破事件のためだと知った。彼の同僚の数多くは、テロで命を落としたという。正直、私は、すぐに言葉がでなかった。

 仕事で両脚を失い、一年後には、また教職にもどるという精神力は、一体どのようなものなのだろうか。学生に現場で自分が学んできたことを伝えるその意思は、どのような信念に基づいているのだろう。しかし、彼は、決して押し付けがましくないのだ。つねに穏やかなのだ。
彼の精神の軌跡を思って、強い衝撃を覚えた一日だった。


 
   
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ジュネーブでの一日  2004年10月20日(水)
仕事の関係で、ロンドンからジュネーブに飛ぶ。
授業もそこそこに抜け出して、オックスフォードからロンドンの空港に向かう。
英国ガトウィック空港からスイス・ジュネーブまでは1時間15分のフライト。
東京大阪間よりか、感覚的には近いな。ヨーロッパの国々は国境の壁が本当に低い。
EUが成功する理由を、草の根のレベルで体感的に理解する瞬間だ。
ジュネーブの街並みは、古く重層で、昔訪れた東欧諸国の首都を思わせる。
ジュネーブ在住の友人と久しぶりに再会し、現地で美味しいチーズフォンデュのお店に連れて行ってもらう(なかなか美味だわん)。


一日をジュネーブで過ごし、あわててオックスフォードに帰る。
イギリスの公共輸送機関は百歩間違っても信用してはいけない。
案の定、計4時間おくれる。そのために、その夜の計画が全て、狂う。
家につくと、8時間後には大学での戦闘が開始する状態だ。
課題山盛りの状況に、とても間に合わないと脳みそが耳から出てきそうになる。
うーん、こんなことしてたら、いつになってもとてもお嫁にはいけない。。。

さてはて、ジュネーブでの24時間は終了した。
自分を信じて、一歩を踏み出そう。
自己の恐怖を乗り越えたときの爽快さは、恐怖の闇の深さに、全く比例するものだとおもう。
自己の内なる宇宙につながる限り、努力は生への証明につながる。

 
   
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鉄腕アトム??!  2004年10月19日(火)
大学からすぐ近くのアートショップ。
古代壁画から現代アートまで、時間と空間を問わず幅広い品揃えでなかなか面白いスポット。よく時間を見つけては出没している。

表のショーウィンドーに異変が起こったのは、ここ数週間前のこと。
フロントウィンドーに、なんと鉄腕アトムが登場したのだ。

日本のアニメというのは、異文化の人にはとても珍しいものらしい。これが効果音などもちゃんと英語に翻訳されていて、なかなか手が込んでいるのだ。


アトム君をチョイスするあたりが、この街らしくておかしかった。
いろんな人がウインドーを覗き込んでいるのをみて、なんだか笑いがこみ上げた。
異国にてなんだか祖国をプラウドに思った瞬間の一つ。

 
   
Posted at 14:18/ この記事のURL
フォーマルディナー  2004年10月18日(月)
 大学では、毎週のようにドレスコード指定の夕食会がカレッジ主催で開かれる。
シェリー酒のサーブから始まり、フォーマルホール(ハリーポッター参照)でのフルコースディナーが出てくる。教授陣の話す訳のわからんラテン語にかなりの目眩と頭痛を覚えながらも、出身国も興味分野も異なる初対面の人々と会話を楽しまなくちゃならない。毎週やっていると、さすがに慣れてくるけれども。日中はジーンズによれよれのTシャツ姿で自転車をえっちらおっちらこいで、虫食い文献と格闘している学院生も(セクシーさからは程遠いってば)、この瞬間ばかりは紳士淑女になったふりをしてみる。ヨーロッパ発のレディーファーストという代物は、このような精神構造の上に出来上がっているのかと妙に理解できたりする瞬間だ。


今夜仲良くなったのは、隣に座り合わせたロシア人のマリア(写真右端)。これが、万人がはっと振り向かずにはいられない美人さんなのだよ。撮影者は、マケドニア人のダルコス君。ディナーを終えて学院生の溜まり場に帰ってきたドイツ人、イギリス人、ロシア人、そして、わたし日本人。それぞれ入り乱れて、夕食後のお腹いっぱい満足の図。
 
   
Posted at 15:26/ この記事のURL
マトリキュレーション  2004年10月16日(土)
 今日は、マトリキュレーション(入学式のようなもの)だった。
式の3時間前から所属カレッジに集まって教授陣を交えてのフォーマルランチ(ワイン飲みすぎたよ、うへー。ホワイトマン仲間は私の泥酔状態の様を知っているから怖いな)やら、写真撮影やらをした。

式は、大学のこれまた古いホールに場所を移して行われる。肝心要の式は、10分たらずのあっけないもの。そのまま博物館の剥製にできてしまいそうなおじいちゃん先生が出てきて、黒いマントをかぶって、おなじみのラテン語でムニャムニャと呪文を唱える。この場面にあと足りないのは、魔女と魔法の粉ぐらいだろうか(ハリーポッターのディレクターが舞台をここに選んだのは、とても正しいと思う)。


 あれほど人間の理性を尊ぶこの大学が、ここまで儀式にこだわってこだわるのは面白いな。とはいえ、私も魔法にやられて、すっかりその気になってしまったのだけれども。

 
   
Posted at 19:57/ この記事のURL
我が家のヘンリー  2004年10月11日(月)
イギリスに来た時には驚いた。
私は現在イギリス人4人、アメリカ人1人と共に暮らしているのだけれど、彼が、我が家の掃除機君だ。我が家どころか、ちょくちょく遊びにいったりする他の家でもよく見かけるタイプ。
顔をちゃんと描いてあるところが凝っていて、なかなかかわいいと思う。性能はゴミをちゃんと吸い込んでくれれば、かなり上出来。日本の掃除機にあるようなハイテク機能など、まかり間違っても求めてはいけない。

アメリカ人の同居人と、この掃除機の低クオリティーとマヌケ顔は、まず祖国ではありえないでしょ、と妙に意気統合できておかしかった。イギリスの一般家庭に普及しているテクノロジーは、これが最もわかりやすい例だと思う(液晶TVなんて本当に一般家庭に存在するのか?!)。日本という国は、内側で暮らしている人間が知らないうちに、随分発展してしまったのだなと思う。
でも、ハイテクでなくたって、知恵次第で日々を楽しむココロの余裕はあらゆるところに存在するのだ。これからも、ヘンリー、よろしくと思う。
 
   
Posted at 19:48/ この記事のURL
「はじめの一歩」  2004年10月09日(土)
皆さま、はじめまして。
たじままいこ、英国オックスフォード暮らしです。

今朝は、部屋の窓から見える朝焼けをきれいと思った。

刻一刻と、色が変わる。影が移って、光りが混ざる。

人の変化は、自然の変化の投影とも思う。

変わるものと変わらざるもの。

世界中から学生が集まり、多様な文化や個人の強い信念が入り乱れる、
この古きコスモポリタンの地でワールドブログの一端に加わります。

皆さま、どうぞお見知りおきを。

 
   
Posted at 19:45/ この記事のURL
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