ジェイミー・オリバーが英国を変える??  2005年04月03日(日)

東京にも銀座に支店がでていると思うので皆さんもご存知だと思うが、イギリスではジェイミー・オリバーが鬼才を放っていて、その人気たるやもう病的の域に達している。ジェイミーを首相にしたい人が81パーセント(ブレアさんは19%)と世論調査に出ていて、笑ってしまった。

彼がジャンクフードばかりの給食を出す小学校にいって料理を作るJamie's School Dinnerという番組もカルト的人気を誇っていて、街を歩くとジェイミーの本、ジェイミーの食器、と彼に会わない日はないという感じ。

どーして、ここまで人気がある!?!

当の本人は至ってノンキで、テレビでも本でもよれよれジーンズ(でも多分ビンテージ)にスウェットの上着とかを着て出てくる(日本の中学生が体育の時に着るような「西成」というマークが胸についたものとか、笑える)。

テレビでも、日が暮れると「愛する奥さんと子供が待ってるから」と言ってさっさと帰ってしまう。かと思うと、小学校の学校給食のあり方について役人に(ジャージのまま)掛け合いにいってしまったりする。クリントンがお店に来ていたときには、さすがにノーネクタイのスーツを着ていたけれど。

うーん、気になる。。。
ので、彼のレストランに私も行って来てしまいました!!



写真はその時の一皿、曰く、fine tunaのソテー。味はイタリアンを基調に独自の工夫をこらした感じ。確かに美味しかったけれど(そして高い)、私は正直味よりも、彼の人々との関わり方や、お店のデザインなどの方に興味をもった(お店の内装・外観は、ヴェリタの特集「ロンドンマップ」に写真付で出てマス)。

彼の人気、まだ当分続きそうな予感では、ある。絶対、彼の食器は買わないけれども!

 
   
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香り事情  2005年04月01日(金)
私は実はとても、いろいろ香りが気になる人です。この世界を彩るイロと、同じくらいに。大地に根をはって育った食べ物のアジも気になるけれど。香りにはいろいろあるけれども、とにかくこの場では人から漂う薫りと限定しましょう。

でも、今のイギリスで流行の香りはこれです、というのはしませーん。日本に行ったことのある英国人と話をしていて、思ったことがある。ロンドン育ちの彼女曰く、新宿のデパートに足を踏み入れたとき、思わず祖国に帰ってきたかと思った、と。彼女にとってデパート内で最も刺激的だったのが、5階の着物売り場だったそうで。そりゃー、言われてみればそうだけど、日本人の誰がデパートに行って着物売り場に注目する?!?とにかく、日本のそういったトコロの一番目につく一階で売られているものは、ブランドについて語る限り、一定レベルですでに世界の先端というのは、思うところ。うん。

さて香水は、西洋の文化の輸入ものだよという意見は確かにもっともだけれど、日本にも香りを衣服に焚く慣習は、古代平安の時代からあったと思う。今通っているヨガのクラスでも、最初と最後にお香がほんのりたかれるのだ。スプレータイプ、練りタイプ、焚く方式だろうと何だろうと、やはり薫りというのは国境を超えて、大昔から人に大きな影響を与えてきた気がしないでもない。

さてその効果、世界共通とはいってはみたものの、香りには色や服よりも、もっと多くのルールがあるんじゃないかと思ってしまうのも事実。おばちゃんが、香水プンプンで、おえーきもいぜ参った!!というのはイギリスでもよく聞く苦情。その人よりも銘柄が先に歩いてきてしまうのは、あまり賢そうに見えない。人のココロとカラダ、はたまたセクシュアリティーに影響を及ぼすには、もっとオーガニックな化学作用が必要じゃないのかしらん。





 
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個性豊かな面々との一夜  2005年02月05日(土)

今晩は、クラスメートの家でポトラックパーティー(それぞれが自分の手料理を持ち寄るパーティー)があった。皆、生まれ故郷の料理を持ち寄る。日本人の私は、特製ちらし寿司と日本からわざわざ運んできた日本酒を持参した(もー、日本酒、とっても重かった。空港の検疫で引っかかってスーツケース開けるはめになったし)。

とにかく一升ビンを片手に、私はにわかバドガールと化して、みんなに日本酒を振舞った(けっこう人気で、日本酒飲みすぎて酔っ払ってる二コールとか、かなり笑えた)。にわかDJも出現し、それぞれが持ち寄った国の音楽が流れ、クラスメートの一人が提供した居間はにわかクラブと化した。

それぞれの、決して追随を許さぬ個性の強さが、とても愉快だった。太陽のように朗らかな笑顔を持つブラジル人のビアは、クラスではいつもカミソリのように切れて、ウエストも90センチくらいあるのだけれど、今晩は更に、実は空手暦9年クロ帯と知って笑いがとまらなくなった(ブラジルの基準からいったら美人だと思うけど、、)。来週はケンブリッジとの試合があるから、やっつけてくるのって言ってにこにこしてた。そうでしょう、そうでしょうアナタは。

男性的でロジカルな内面と、ウエストも胸もやっぱり90センチくらいある外見を持つイギリス人のシャルロットも、やっぱりとっても踊ってた。どこの中古品店で買ってきたのだろうか、真っ赤でかなりチンプなパンプスをやはり真っ赤なスカートに合わせる彼女のセンスを、私はかなり愛した。悪趣味を、ぎりぎり一歩のところで回避する技は、賢い彼女にしかできない。

いろいろと事件も巻き起こり、とにかく家にたどり着いたのは午前3時。庭の小鳥が鳴いている。うーんこれから眠ることにしよう。たくさんしゃべって、たくさん笑った一日だった。



 
   
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旅のキロクと私のキオク  2005年01月20日(木)
随分とブログをお休みしていました。今日からブログ再開です。

やっとイギリスに帰ってきたのだ。フランス、スイス、イタリア、ベルギー等々、ヨーロッパをスーツケース片手に転々としていました。明日の行く先も決まっておらず、インターネットからも遠く離れて、直感で行きたいところに行っちゃう海外旅行は、なかなか楽しかったのだ(女の一人旅なので、身の安全とかには、それなりに注意はしたけれど)。

道中たくさんの人にお世話になりました。なーんと、ブログ仲間のパリ在住浦田さんにも会ってしまったのです(うーん、知性薫るステキなお人。惚れました)。

そして写真は、途中ひょっこり出くわした時計屋さん。店主のおじ様になんともいえないアジがありました。



さて、明日の行く末も決まっていない旅の道中、今いる場所を離れた後に歩む次の道が、やんわりと見えてきました。今度はヨーロッパとは全く別の地に飛ばされそうだけど。

とりあえずは、今いる場所での私を完了しなければ。中心は、私の心とその先にあるもの。あと半年、頑張るゾ。

 
   
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独断と偏見の、自分を野放しにしてみるススメ  2004年11月22日(月)

皆さんは自分の性格に、ついてゆけなくなることはないだろうか。私は、かなーりあるのだ。だって、もー、今がそうだよ(涙)。

今日、秋学期が終了しました。パブで打ち上げ+帰宅後、明日のパリ行きのためのパッキングに励んでいます。時刻12:30分(もう今日か)。ふー、なんで怒涛の学期終了日の翌日に、荷物ひっくるみ、しょいこんで、一人でフランスに飛びたいのだよ、君は(一ヶ月分の荷物重いよー)。昨夜はレポートの仕上げで寝てないよ。

そうだ、この思い、とてもなつかしい。まだ十代のころ、フィリピンの農村に飛び込んでしまおうと決めた当日の朝、そしてアメリカに一人渡る日目覚めてベッドの白い天井を見つめた瞬間、二十代になって、会社を辞め戦禍の記憶生々しいヨルダンに行く夜電気を消してベッドに入った瞬間、イギリスに留学する朝シリアルにミルクを入れた瞬間、全て本気でこう思った。「ぎょえー、まじー、本当にやるのー?」。

やっちゃうのだ。こらー、つべこべ言わずに、やっちゃいなさーい!!女たるもの、大使(あ、大志か。ワードのバカバカ)を抱かなくちゃいかーん!!私たちの限界は、常にお空なのだ(≒無限。言いたいのは、つまりSky is the limit)。ホワイト仲間のバランスマンが、人間、成長のためには負荷が必要とほざいているらしいが、かなり同意、そしてその負荷的環境は優雅に(または単細胞的に)自分でセットしちゃうのだ。やると決めたら、スケジュールをさっさと組んで、あとは知らん振りしましょう。心配ご無用、あとは、自分と時間が全部やってくれます。

でも、いやだってばー、こんな自分の世話やくの!!!

とはいうものの、うーん、待てよ、来春は、ケニアの難民に会いに行きたいかも。

私の場合どうやら、国境を乗り超えて‘人間’に会いに行くことがファクターになっているみたいだけど、人それぞれ超えたいものは、きっとあるはず。ならば、超えちゃおうと意思してみるのだ。オトナの女性とあらば、取り巻く制約をちょっとばかし考慮した上で、無謀かつ華麗に(単細胞的に、も大いに可!)。

な-んていうイギリスからの提案は、いかが?

 
   
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難民申請者の収容施設に遊びにゆく  2004年11月16日(火)
今日は、難民申請者の収容施設を訪れて、ウガンダから来たカリル君(仮名)に会って来た。このところ、いろいろな場所の収容施設を訪れるのが私の新たな趣味と化していて、なかなか楽しかった(日本にも申請者の収容施設、品川のど真ん中にあるよ)。

収容施設の外観は、フェンスでぐるりと囲まれていて、まるで刑務所だ。 日本はここまであからさまにしないので驚いたが、内側は日本より格段にアットホームだった。広間に子どものオモチャとか観葉植物とかあったし太陽光も差し込む造りになってたし、カリル君とも抱き合って挨拶とか出来たし(日本は、刑事ドラマに出てくるプラスチック盤で区切られた無機質な個室でおしゃべりするので握手とかもできない。うーん、あそこにいると私のチャクラはつまるよ)。いや、これがスポーツマンでクレバーないい男なのですよ、皆さん。ウガンダに残してきた奥さんのことノロケてたけど(奥さんの写真とか、見せられちゃったってば。とほほ)。英語を流暢にあやつる彼は、ウガンダの人はみんな日本のこと好きだよって言ってくれた。一緒に行ったクラスメートのキャロリンも、カリル君は大のお気に入りなのだって。

日本にいる収容施設の難民申請者は、もっと逃避時のトラウマと、日本での犯罪者同様の扱いに苦しんでいる。でも、なぜかイギリスのカリル君は元気なのだ。どうして日本とイギリスで、こうも収容者の心の状態が違うのか、??うーん、ちょっと考えてしまった一日だった。

 
   
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パーティー・ドレス  2004年11月12日(金)
クリスマス色が濃くなる季節。ボールルームの告知が、街中に貼り出される。イギリスでのサルサ(注、かなり熱いラテンダンス)のレッスンは、社交ダンスパーティーで通用するだろうか、とちょっと思案してみる(うーん、かなり無理がある)。悪友のデボラは、どちらもかなり上手らしく、全くもってくやしい限り。

それはそうと、今年は新たにドレスを購入しよう。女に生まれた以上は、濃くこれを楽しんでしまうに限る。デコルテと背中が大きく開いたのがいいな。以前「カメレオン女のすすめ」で男性のことについて書いたけれど、夢想・妄想・インチ計算が女の頭にマッハの速度で飛び交うのは、きっとドレスを選ぶ瞬間なのだ(あと下着選び??)。なんだかちょっと、可笑しくなったよ。



 
   
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二つつながり  2004年11月07日(日)
最近、鳥肌が立つ本に2冊、遭遇した。ので、購入してみた。


1冊目は、抽象作家Brancusiの作品集(Constantin Brancusi, 2004, The essence of things, London, Tate Publishing)。彼のミューズはあまりに透明で美しくて、私の背中はぞくりと来た。



2冊目は、Earthsongと名づけられた地球表面の写真集 (Bernhard Edmaier, 2004, EarthSong, London, Phaidon←この出版社の出す本は、いつもなんだか気になる)。海洋・表土・森林・氷河の迫る色にやられてしまって、しばらくふっと意識がとんだ。



なんだ、一体この2つのコントラストは。なぜ私は、2つを選んだ?

1つは、人の澄んだ意識の真底を映した。1つは、地球の存在としてある様を写した。共に、矛盾も含みバランスを保ち、そこに在った。やはり、2つは共にある気がしてならない。次元を超えたどこか遠くで、やはり、2つはつながっている気がしてならない。

 
   
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タジマ流独断と偏見に満ちた年齢カメレオン女のススメ  2004年11月03日(水)
さて、やはりトシというのは、女性にとってなんとも微妙な代物。ふと思いをめぐらせていたら面白くなってきたので、ちょっと長いけれど、皆さん今日はこの話題でいきますよ。

思うに、日本人男性はよく異性の年齢を気にする傾向にあると思う(こちらで、ほぼ初対面の人にこれを聞かれたことは、まだないのだけども)。会話は、普通「ああ、そうなんだ。」の一言で終了するのだが、次の話題に移るまでコンマ一秒の間があるのに、お気付きだろうか。そのコンマ一秒には、夢想、妄想、憶測、推測、値踏み計算がマッハの速度で飛び交っていて、私はムニャムニャ考えている相手を前に「何考えているのか、こら、はきだせ。」と相手の頭をユサユサゆさぶったり、わき腹をくすぐったり出来たら、どんなに面白かろうと、ちょっとニヤけてしまう。

年齢は、時間の概念と同じだから、事実あいまいなものだと思う。

アジア圏以外の国に行って、本気ですっぴん、ジーパン、バックパックルックで闊歩したら、あなたも10代に見られてしまうかもしれない(‘本気’というのがポイント。心は外に滲むものだから、ついでに思いっきりワクワクしましょう)。 逆に、何事にも動じない屋久島の縄文杉でも心にイメージして、落ち着いたデザインのスーツでもしっかり着れば、実年齢よりも年上に見られるかも。

以前、塩野七海女史が、「洋服とは個性を表現するもの、なんて言う手垢のまみれた文句は放っておくに限る。自分が表現したい個性で、洋服をこそ選ぶのだ。」と言っていて、さすがお師匠、と膝を打ちたくなった覚えがある。年齢の概念も、これに近いと思う。

人は、肉体、精神、魂のバランスの中で生きるものだから、その様は一定のレベルで自らの定義の仕方によると思う。その基準は、自分の「心地よさ」でなくてはダメだけれども。365日の枠で区切られた基準に閉じこもるのは、全くもってつまらないと思う。それぞれ、いろいろ遊んでみたら面白いと思う今日この頃なのだが、いかがかしらん。

 
   
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問いを自分で考える  2004年10月28日(木)
なんで?なんで?というフレーズは誰でも子どもの時に連発したセリフだろう(あまりやりすぎると、大人はいやがる)。

覚えることを学ぶにしたがって、忘れてしまうセリフでもあるけれど、最近、問いを考えるということが、難しく、かつ艶のあるものであるかを思うようになった。

自分で問いをしっかり立てることが出来たら、もう答えは、出ているようにも。

自分で考えること、これはuniversal languageの一つだと思うよ。


 
   
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