優しくない

March 29 [Thu], 2012, 23:18
今日、インターホンがなったので出てみると義妹でしたちょっとした手土産持参で挨拶にきてくれたのです義妹の長女私にとっては姪っ子ですねのお引越しに会社のトラックを使うので明日借りますということらしくわざわざそのために手土産持参できてくれました姪っ子は義父名義のアパートにお引越しします茨城で一人暮らしをしていたのですが、こちらで仕事を探したいらしく教職員としての採用試験を受けていたのだそうでお隣の市の非常勤講師のお仕事がみつかったため実家も県内なのですが、義父のアパートのほうが勤務地に近いということでそちらに住むことになるようです義母から聞かされている話はいつもよくわからずK姪っ子が転勤になったんだよと聞いています空室があるので少しでも家賃を払ってもらえるからって言っていますが主人は家賃とるわけないだろ可愛い孫です、お家賃に関しては私は取らなくてもOKなのですが問題はこのお引越しとトラックを貸したりするということではなくここから先のお話Kちゃんが転勤だと聞いていたんだけれど、と義妹に伝えましたお義母さんに聞くと、よくわからないことが多くてねってするとY義妹の末娘がどこの看護学校に行くかも3回ぐらい言ったよと義妹つまり何度も説明しても、義母はわかってくれなくてってことそうなの最近はうちの次男をRくん義妹の息子って呼んだり私をAさんうちに仕事にきてくれている方って呼んだりするしご近所でHさんのご不幸があったら、告別式のことを卒業式って言うしもともと天然の義母、加齢と共に呆けもはいってきていると思うということ今後のことが心配で相談したくて話しかけたのですその返事がだいたいさ、この家の人は優しくないんだよ母はあんなだから、ゆっくり言えばわかるんだよそれなのにみんなせっかちで早口でしゃべるから伝わらないのにねぇじゃなたの末娘さんがどこの看護学校に行くかを3回も言ってもどこだっけって聞かれているのはなぜ私そんなに早口じゃないつもりです義母は言っていることがよくわからないのでゆっくりとひとことひとこと確認をして、それでも意味がわからないと義父のところへ行って話を聞いて確認してみると言っている事が結局ほとんどチンプンカンプンだったことがわかったりしますそれでもお食事のしたくはできますし、生活に困るほどではないので今は以前同様、お隣での近居のまま、特に私も何かをしてあげるとかではありません私は一緒に暮らしているわけじゃないんだから普通の人だと思って話してたら無理なんだからもっと優しくしてあげないとここの家の人で面倒を見ることができないなら病院入れるとかしたほうが本人のためだと思うけどそう言った義妹の顔は、手土産を持ってトラックを借りたくてとお話を始めた時とはガラリと変わって主人がイライラしている時と同じ、とてもとても険しい顔でしたあなたのお母さんだよねこの家の人は優しくないきっと私のことも含めてそう言っているのでしょう義母がHさんの卒業式にA主人行ってくれるのと聞きにきて半分わからないので私は母屋に行って義父にラブ 木下直太話を聞いて義父がいかにも行きたくないという様子なので主人にお願いしてそういうことだからHさんのお通夜に行ってくださいと頼む当日、準備をして家を出たかと思ったら主人が怖い顔をして戻ってくるおふくろが行ったらしいじゃないか俺が行く必要ないだろうなんでおふくろなんかと話するんだおやじに聞けばいいだろうなぜ私が叱られるんですか私はお義母さんではわからないので、ちゃんとお義父さんに話をしに行きました内線電話も繋がっていますし会社の事務所から母屋の前を通過して我が家に戻る主人ご自分がお義父さんに確認をしても良かったのではありませんか私は義父に言われたとおりに主人に伝えて義父が指示したとおりにお香典を包んで準備をして義母が今日Aが行ってくれるんだよねと確認したのではいと答えそして主人から文句が飛んできます理不尽だよ次男が誰もいないときに話しかけてきたんですお母さん、離婚したいならしてもいいんだからねそのときはお兄ちゃんと妹を連れて行って3人も連れて行ったら経済的とか色々と大変だろうし僕は残るよ今はお父さんも元気だけれど、いつかは介護とか必要になるだろうからそんな時、やっぱり誰かが残っていなくちゃならないけれどお兄ちゃんは残るって言うタイプじゃないんだから次男は我が子の3兄弟の中で一番私に容姿が似ていると言われる子私は中3の15歳の時に自分の未来と両親の介護問題を考えたことを覚えていますそのとき母は50歳だったので10年後には還暦だなぁと思い当時の私は60歳といったらけっこうな年齢と思っていたため私は25歳ぐらいになったら母の老後のお世話をするんだなって18歳で高校を卒業して22歳で大学を卒業して2年ぐらい仕事をして24歳ぐらいで結婚結婚したらあっという間に母の老後の心配が始まる漠然とそんな自分の未来を想像していましたっけ次男も同じように両親のことを僕がお世話しなくちゃって考えたのでしょう考えてみたら私にも3つ上の姉がいて、次女だったのに私がやらなくちゃって真剣に考えてしまっていましたから、やっぱりどこか似ているのでしょうね次男は主人が苦手ですいじられキャラの次男は、なにかと主人からちょっかいを出されて嫌がってものすごく辛そうにしていたこともあったのにそれでもお父さんもお母さんも僕にとってはどちらも親なんだからってどちらが好きとか嫌いとかひいきするような考えを持ちたくないって言いましたっけ次男のその発言を学校に送る車の中でそっと長男に伝えた時必要ないよと冷たく言いましただってお父さんは自分の老後ぐらいお金で解決するよ長男の意見は正直正vだと思いましたごもっともって気がしますでも、次男の情が深いような意見、似たもの同士だからなのか好きだったりします義妹の病院に入れたほうがという発言は長男と同じように思えます実の母娘なのだしみんなが優しくすればいいのにと言うのに母が心配だしうちで私が面倒をみようかそんな言葉は義妹の口から全くでませんでしたこの家で面倒が見られないなら病院に入れたほうがしあわせ私は以前から友人たちに言われてきました勝手な憶測だけどねという前置き付きで義妹はなんだかんだ言って、義母の介護問題になったときはうまく逃げちゃうタイプに見えるよって私はどこかそんなことないよって思っていて主人が義母のことを相談しても真剣に相談に乗ってくれなかったので義妹が最後に頼れるところだと信じていてどうしようかって一緒に考えてくれると期待していたのかもしれませんこの家の人はみんな優しくないごめんなさい私これでも精一杯頑張ってきたつもりでした何度も育てている植物むしられていらないってお断りしても賞味期限切れのものとかゆで卵とかをおいしいから食べてって届けられて薪割りすれば、小さな子供みたいに後を追ってじっと見てたり広げて干している薪を勝手に片付けられたりお外に置いていた白菜、外側が傷んできたら勝手に捨てちゃうしうちの前をまるでなにか物色でもしているかのようにウロウロされたりしていると落ち着かなくって私にとっては負担でした義父や主人を優しくないと言うのなら義妹にとっては血の繋がった父親と兄のはず私をまるで睨みつけるような表情をしてそう言っていた義妹が義父が庭に出てきたことに気がつくと、コロッと顔を変えて笑顔になって明日なんだけどと義父のもとへ相談に行きました心が痛いですとてもとても痛いですつらかったらって言ってくれた次男に何言ってるの大丈夫だよあなたにそんな無理させてどうするのってあの時笑顔で次男の頭をポンポンして答えてみせたけど本当は心配だらけなんだマイミクさんから届いた美味しいクッキーさんパクって食べると甘くてナッツがサクッと美味しくて半べそかきながらおいしって食べると少し心が落ち着くだから私、体重がこんなに増えたんだろうなねぇ泣いても笑っても一生は同じように時間が流れていくよねよし笑おう不安もどこかへ飛ばすように笑おう次男が優しい言葉をかけてくれたのはこの家にいたから私の姿を見て僕がって言ってくれた彼が実際にそんなことができるかどうかは別として思いやりのある発言をしてくれる子供に育ったのはありがたい苦労してきたかいがあったってことだよね
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