2月14日 

2006年02月14日(火) 23時03分
今朝起きたらあちこち薄っすら雪の毛布がかかってた。綺麗だったのでつい運転しながら写真をカシャっ。杉の木に降った雪が粉砂糖みたいで綺麗でしょ?あ、見えないか…

今日、オフィスは大騒ぎ。この写真にあるように各自、大きな封筒を作ってチョコレートやカードの交換をしたからだ。昔、ここで小学生だった頃に毎年やったことと一緒。大の大人だけど、うちのオフィスでも恒例の行事だ。チョコやお菓子を食べ過ぎて皆なんだかハイだったけど、とても楽しい一日だった

兵士の日記 

2006年02月09日(木) 15時07分
今日で2回目だけど、大学近辺に住む中年のおじさんがオフィスへやって来た。このEさんのお父さんがまだ若くて第2次大戦中のアメリカ兵だった頃、フィリピンで日本兵の遺体を見つけたらしい。あまりにも小柄だったので最初は少年なんだと思って近寄って行ったらしい(この兵士は結局後から立派な大人で、競馬のジョッキーだったと言うことがわかったらしい)。そして、彼の荷物の中には日記が入っていて、その日記の中には沢山の絵葉書やスケッチや新聞の切り抜きや手紙などが含まれていたとか。Eさんのお父さんは兵士を葬ってやり、日記をアメリカに持って帰ったんだって。そしてEさんはお父さんからこの日記の話を繰り返し聞かされて育ったらしい。お父さんが亡くなってから、この日記はEさんのものになった。そして翻訳者を通して日記の内容が初めて明らかになった。兵士はメカニックとしてフィリピンへ送られたものの、戦争を嫌い、現地の人たちと仲良くなったりもしていたようだった。日記には当時の競馬の馬のことなども結構書かれていたらしい。

日記を遺族の元へ返すべきだと感じ、遺族を探し始めたEさんの物語はフジテレビやシアトルの新聞社にも取り上げられたらしい。探偵会社を通して、実は日記の本来の持ち主は戦後、東京に戻り1964年に亡くなったということが判明。結局娘さんは見つかったものの、家族の事情で亡き父とも、日記とも何のかかわりも持ちたがらなかったらしい。それでも日記の内容からすると他にも子供はいたようなので、子供や孫にあたる人を今でも探し続けているのだと言う。どうしてもEさんは日本まで行って、遺族の人と実際に会ってその日記を手渡したいらしい。

そして、今回うちのオフィスに来たのは最後の手段として小泉総理に書いた手紙を和訳して欲しいとのことだった。30年も遺族を探し続けているEさんのお手伝いをオフィスで一緒のYちゃんとすることにしたものの、小泉さん、ちゃんと手紙を読んでくれるのだろうか

特に何もなかった日 

2006年02月07日(火) 15時50分
今日は特に何もなかったな。信子さんに久しぶりに話したら「何もない日でも何もなかったって書けばいいじゃん」って言われた。そうか、ならそうしよう…

週末は強風と豪雨であちこちで停電したらしい。けど、うちは幸い大丈夫でした。日曜日はスーパーボールというフットボールのとっても大事な試合があったの。私はいまだにフットボールの試合の仕組みがよくわからないんだけどね…とにかくこのスーパーボールは甲子園の決勝戦みたいなもので、シアトルのとっても弱かったチーム、シーホークスが初めて(だと思う)スーパーボールに出場できたのでシアトル中のファンやファンじゃない人も大騒ぎ。試合はデトロイトであったので、天候は関係なかったけど、テレビがつかなかったら大変と発電機を購入した人も結構いたみたいよ。すごいね。私は一応歴史的ゲームを見ようとテレビを見てたけど結局途中で寝ちゃった。気づいたら3−0で勝ってたのが3−7になり、最後には10−21で負けちゃった。4時間ぐらいのゲームだったけど、初めてこんなフルにフットボールの試合見ちゃったわ

旧正月的夕食会 

2006年02月04日(土) 15時02分
なーんて、中国語風にタイトルを書いてみたりして。今夜は私の働く留学生オフィスの企画イベントで、旧正月を祝う夕食会があったんだ。1名様、約1,300円で11コースのディナーがたらふく食べられるというお得な夕食会!参加者は66名にもなり、一つの丸テーブルにギュウギュウにつめて11人が座って肩や腕をぶつけ合いながら美味しく食べたよ。私のテーブルには育ち盛りの南アフリカや、マレーシア、フランスからやってきた青少年たちが座っていたけれど、それでも食べ切れなくて「お持ち帰り」用の箱で一杯になった。やっぱり美味しいものを沢山の人と囲んで食べている時って幸せだね。特に今夜は箸の正しい持ち方レッスンから始まって、南アフリカの言語について話して終わったんだけど、そうやってお互いの文化を学び合えるって本当に楽しい。デザートのライチが出てきたんだけど、「ライチ」って南アフリカの言葉、アフリカーンスでは「少年」っていう意味なんだって。

今日の嬉しい出来事 

2006年02月02日(木) 20時40分
日本時間で今日の明け方、横浜の親友が第2児を無事に出産したの知らせ。体の弱い彼女なので、長女が生まれたこと自体が奇跡のようだったぐらいだから、この次女の誕生は本当にすごいことなんだよね。なのにちゃんと健康体で生まれてきてくれたんだからこの子はすでに親孝行者だわね。

今日はそんな知らせもあったので信子さんとも電話で久しぶりに話した。いつものように機関銃のごとく身のまわりの出来事を話してくれた。話題は最近「の子供たちは礼儀を知らない子が多いということになった。確かに私のオフィスにやってくる子の中にも助けてもらうのは当たり前のことだ」というようなデカイ態度の子もいるなー。そういう子の又その子供ももっとひどくなるのかなぁって思うとちょっと悲しくなるね。やっぱり親や学校での教育って大事だよね。

友人の結婚 

2006年01月21日(土) 23時07分
今日はシンガポール出身のお友達のルーシーさんの「入籍日」でした。ルーシーは50代の中国人で、うちの大学を卒業し、今はうちのオフィスでオフィスアシスタントとして働いているんだ。私たちは毎日お弁当を一緒に食べるランチパートナーなんだけど、ランチしながら色々な話をする。彼女は今までに台湾やギリシャなどでも働いたこともあるし、彼女の生い立ちや家族の経歴などについて聞くのはとても楽しいし、勉強にもなる。ま、とにかく、そんなルーシーが今日アメリカ人のフィアンセと結婚した。彼女はチャイナドレスを着て、彼はスーツ姿で裁判所で入籍。ここでアメリカの結婚のしきたりについてご紹介…こちらの結婚式ではお嫁さんがSomething Old, Something New, Something Borrowed, Something Blue(古いもの、新しいもの、借りたもの、青いもの)を身につけるという風習があるの。なのでルーシーの場合は↓でした。

古いもの → チャイナドレス
新しいもの → 「私はケチだから下着にしとくわ」と言っていた
借り物 →私が留学する前に信子さんがくれた2連のパールのネックレス
青いもの→ ガードル(太ももに飾り用のガードルを身に着けるのも習慣)


パーティー会場である同僚の家に行くまでの道中、まわりの皆さんにも二人が結婚したことを公表するために裁判所を出る前にルーシーの車にいたずら書きをしたよ(これも風習)。普通、そうすると車の落書きを見た人たちがクラクションを鳴らしてくれたり、手を振ってくれたりして祝ってくれるの。

と、いうことで、今日は良い一日でした。ちゃん、ちゃん!


シーホークスな日 

2006年01月20日(金) 20時16分



副学長のアイデアで今週末あるシアトルのフットボールチーム、シーホークスの決勝戦を応援するためにチームカラーやチーム関連の服装で出勤するようにというメールが昨日あった。私はフットボールなんて興味もないし応援する気も全然ないけど、一応チームカラーのひとつであるネービーブルーの服を身に着けて出勤した。けれどもうオフィス中大騒ぎで、同僚たちにバンダナをかぶらされ、シーホークスのシャツやらジャケットやらも着せられた。しまいにはフェースペイントもしてもらい、出来上がり。同僚には顔面すべてを青や緑やシルバーで塗ったくったのもいた。そしてそのままの格好でキャンパス中のオフィスへ寄っては騒ぎ、副学長室まで突入。こんなことをして給料もらってていいんだろうか…でも、こんなところがアメリカだよなって思った。
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