パスタと聞いてあれやこれやと考えるver.1

November 07 [Wed], 2012, 0:12
10月10日はトマトの日カプリチョーザの定番メニュートマトとニンニクのスパゲティが500円にfromdiaryid2182715ときどき無性にパスタを食べたい時がありますよね日本にパスタが入ってきたのは1883年明治16年だそうですが、レシピとして印刷物に残されたのは1907年明治40年頃のようです。
鍋に西洋索そうめんを入れなどと言う記述がおもしろいです戦前の1930年代になるとマカロニなども普及していたようですし、都会ではすでにパスタ料理は珍しくなかったんですな。
しかし、大東亜戦争がはじまると、さすがに入手も難しくなったようでイタリヤ風うどんのようにうどんで代用するレシピが散見されるようになります。
戦後になると、駐留するアメリカ兵のために莫大な量の物資と食材が毎日空輸されてきて、戦前から洋食を作っていた日本人シェフも調理に駆り出されたのですが、戦前のバターとソースの重厚なフレンチと異なり、ケチャップを多用するアメリカ式の料理は大きな刺激になったようです。
1955年の婦人雑誌の付録の料理レシピを見ますと、チキンスパゲッティという料理が載っていますが、材料スパゲッティひやむぎや細いうどんでもできますと書かれていますから、当時はまだどこでも買えるほど流通事情も良くなかったのでしょう。
おやつの焼きバナナを七輪で焼いている挿絵があるくらいです。
1965年のごちそう十二か月になりますと、さすがにパスタは手に入ったようでスパゲッティミートソースシシリー風なす料理などクリスタル 出会い系今の我々が見ても安心感のあるメニューが出てきます1984年のやさしい家庭の料理にはもうムール貝やアンチョビ、シーフードや生ハムなど今では一般的な食材も増えてきますし、カルボナーラが流行りだしたのもこのあたりからです。
さすがにバブル直後、1991年のわが家の料理全集にはボンゴレやバジリコ、カルボナーラもちゃんと載っています。
バブル前後のわずか数年の変化がいかに凄かったかが分かりますし、あれを境に日本人の食文化は爆発的に拡大したと言っていいでしょう。
僕はその頃、LAのウェストウッドにあるイタリアンレストランに足げく通っていたのですが、メニューを見ずに好きな食材と好みの風味を伝えると、さすがイタリア人、毎回ぜったいにはずさないオリジナルパスタを出してくるんですよ週末には、店の前で白いスーツに手の切れるようなハットをかぶった若者が集まるのですが、彼らはマフィオーゾ、正確にはアメリカのファミリーがシチリアでスカウトして来た腕の良い戦闘部隊でして、危険な鉄と狂気と破壊の香りはするものの服のセンスは良かったですねそんなことの一つも思い出すのでございますよ
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