CREA 2 

October 27 [Mon], 2008, 0:00
「長谷川隆幸。」
僕を育ててくれた人はそう呼ばれていた。あなたの名前ですかと訊くと、俺のじゃないよと笑って答えた。だけど僕の知る限りでは、あの人がそれ以外の名前で呼ばれたことは無かったし、他の名前を教えてくれたことも無かった。きっと僕の知らないところでもそう呼ばれていたのだろう。でも、僕が声に出したのはこれが初めてだった。
「誰?」
僕の声に足を止めて振り返った人は、あの人とは全く違う姿をしていた。白い階段の下から、逆光を背負った僕を眩しそうに見上げている。光から守られる為にまぶたに隠れそうになっている瞳は、ラムネの瓶の様な色をしていた。それを濃くした色の髪が白い頬に掛かっている。人形みたいだ。大事に箱に入れられていた人形。育ちは良さそうだけど表情が硬い。
「誰?」
箱入りの人形は同じ言葉をもう一度発した。僕は人形に近付く為に階段を下りる。だって僕は君にずっと会いたかったのだから。
「…身分証明、または通行証の提示をお願いします。」
階段を下りきる前に不審者扱いをされる。当然だ。せめてココのセイフクというものだけでも手に入れて来れば良かったのだけれど、それは僕が考えていたよりも大変で、テキトーな窓を割ってそこから入る方がずっと楽だった。
「無いよ。」
「では、名前を。」
僕をここまで連れてきてくれた人たちは僕のことを『G5』と呼んでいた。僕はその呼ばれ方が好きじゃない。人形の目の前に辿り着くと僕は少し考えてから答えた。
「サユキ。」
あの人が俺を呼ぶ時に使っていた名前だ。
「サユキ…ファミリーネームは?」
「ファミリーネーム?」
「上の名前だよ。鈴木とか佐藤とか…。」
「あー…?じゃあそれでいいよ。鈴木。」
鈴木サユキ。G5よりはずっとマシだ。より深くなっていく人形の眉間の皺が痕に残らないか心配になる。いくら人形が笑わなくても綺麗に見える様に作られていても、皺が入っては台無しだ。遠くの方で足音が聞こえる。残念だけど僕はもう行かなくちゃいけない。
「またね。」
怪訝な顔をしている人形の頬に軽くキスをして、胸ポケットの電子手帳を抜き取る代わりに銀のプレートを入れておいた。どこかの国の骨董品で高価な物なのだと、それをくれたおじさんは言っていた。銀のプレートも、どこかの国も、おじさんも、僕にとってはどうでもよかった。今一番の興味は長谷川隆幸に向けられていて、二番以降はどこにも無いのかもしれない。驚いた顔をしている人形の胸を右手で軽く押すと、後ろに揺れた。なんだかそれが可笑しくて、僕は笑った。一番近い窓を開けるとそこから外へ出た。すぐ傍まで木が太い枝を伸ばしている。僕がその木に登ったのは13分ぶりのことだった。
P R
http://yaplog.jp/uyuri/index1_0.rdf
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:uyuri
  • アイコン画像 誕生日:11月7日
  • アイコン画像 血液型:O型
  • アイコン画像 現住所:東京都
読者になる
メールフォーム

TITLE


MESSAGE

カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
最新コメント