上京失敗と新聞配達貧乏金なし生活。お金を借りるかなあ。

September 05 [Fri], 2014, 9:47
もう23年まえの事になります。
18歳で東京に憧れて、デザインの専門学校へ何の目的もなく行きました。

着いた街は、東京・高田の馬場 確かその日は、なんだか冷たい雨が降っていて、寒かった記憶があります。

当時のお金の無い私が考えた方法は新聞奨学制度でした。
読売新聞社の配達所で、住み込みで働く事でした。

とにかく一度は都会で生活したかったのですが、新聞配達は、想像よりきつかったのです。

まず、はじめの日は、最低で 配達所の裏にある納屋のような部屋(砂でザラザラ)で雨漏りしているところで湿った汚い布団で泣く泣く寝ました。

18歳とはいえ、かなり扱いの酷さに驚きました。
その日の午前3時に、叩き起こされ新聞配達所へ行きました。

まずは、指サックをはめて広告を新聞へ挟みます。がしかし広告が鋭く、手の平や指が切れる切れる、新聞を血で汚し、先輩からドヤされました。そして配達へいきます。

当時は、新聞チャリと呼ばれる、馬鹿でかい鉄みたいな自転車に、新聞をコの字に折ってさして、前のカゴに2段の山にして、配達するのです。私は、あのバカ長い早稲田坂から上が配達地域なので、何べんもこけて新聞ばら撒いて何べんも泣きました。

そして新聞は読売・報知・英字・日経と種類あり過ぎなので本当に参りました。

配達には雨も大雪も台風も関係ありません。

ヘトヘトになって帰ると小汚い給食弁当でハエ入りのサービス付きでした。結局裏の廃墟からは出られましたが、四畳半の風呂なし洗面所トイレ共同の寮になりました。

朝・夕配るので学校代は一年間働いてチャラです。毎月は7万貰えました。

がしかし、外食メインで交通費、寮代で使えるのは、2万程度で正に食うに困りはて、パン屋でパンの耳を50円で買ってしのぎました。お金を借りるかなあ、と思ったこともありました。

服も買えず、漫画みたいな学生時代のジャージでした。もっとオシャレしたかったけど、その時は食べる事で頭がいっぱいだし、とにかく一年間耐えるのに必死でした。

その当時の事は今は笑えますが、本当に辛くお金なかったなと思います。でもお金を借りることはありませんでした。
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