ここでおきたこと 

2008年06月01日(日) 22時40分
昨日、「竜馬が行く」をとうとう読み終えてしまった。
司馬先生の竜馬はとにかくかわいい人で、先々困難にあたる姿を見たくなく、風雲に乗りだす前、
3巻あたりでぴったり止まってしまったくらいでした。
とうとう読み終わってしまうと、いてもたってもいられず京都まで竜馬参りに行ってしまった。
それくらい面白かった…!

で、霊山に行って来たわけですが、これがもう半端ねえ坂道だったの…。
ちょっと観光気分ではきっと後悔します。はあはあ言いました。博物館前で息整える人多数。
博物館では本物そっくりに作られた竜馬人形に見入ってしまいました。私は背が高いので、竜馬の172cmはそんなに大きく感じないはずなんですが、顔といい腕といい、いかにもいかつくて存在感が大きい。
竜馬評に無愛想で威厳があったとありますが、まさにこんな感じだったんじゃないでしょうか。
こんな人が日に焼けた顔にしわをよせて笑ったら、それは愛嬌があったことでしょう
こわい印象なだけに、そんな顔を向けられた人は沁みるように嬉しかったんじゃないかしら…
あと近藤さんの鎖帷子や島田魁が腹に巻いて戦ったという旗を舐めるように見ました。この時代の生々しさは恐いような気持ちになる。

その後、霊山護国神社に行ってきたのですが(ここも階段が辛い)
所々足場がこわくて隅々まで見るのは断念しました。高杉晋作のお墓を探す事が出来なかった。
地図はやっぱり必要かも(霊山博物館で購入可)
かなり暑い日だったのですがやはり山は涼しく、人気が無く静かで、たくさんの墓標を背に街を見下ろすと不思議な気持ちになりました。当たり前の事だけどみんな死んでしまった。それと、私たちはたかだか150年でここまできたんだな。

きょうはのんびり旅だったので、あとは四条から三条通りにかけて、買い物がてら史跡めぐりをして帰ろうと歩き出したのですが、んん??と二度見した場所が。高台寺月真院が拝観出来るようになってますよ!
現存する御陵衛士屯所ですよ!非公開ってどの資料にも書いてあったのに!
場所がら観光客であふれているのに、おそるおそる覘くと全く人気が無いのです。
こ、こんにちわ〜と声をかけながら入りました。
お姉さんが出てきて対応してくれたのですが、玄関を入ったすぐのお部屋でお茶とお菓子を頂くという拝観方法で驚きました。あれ見るとこここだけ?と思って…しかし、お姉さんと二人きりという気まずさから、もじもじ御陵衛士について聞いてみたら、色々お話を伺えました。
「ほんとに小さいお寺なんで、ここと本堂で全てなんです。御陵衛士はここにざこ寝してたみたいですよ」
ここ。この部屋に藤堂平助がですか。斉藤一がですか。
障子がガラスになったりエアコンが入ったりしているものの、建物自体はそのままだという事です。
そして震えたのが天井の手形。
本堂横の天井板は両面使えるくらい良い材質を使うのが普通だそうで、ある時ひっくり返してみると、手形が見つかったそうです。お寺にはなにも盗る物がないので、屯所時代に密偵が入っていたのでは…と言われているとか。人の脂は時間がたつと浮いてくるそうで、はっきりと見えました。
今は芝生の庭ですが、昔は木がうっそうと茂るせいで暗く、裏から高台寺に逃れる事も出来る、いかにも隠れ家然としていたらしい。
床の間を見て、もちろん甲子太郎さんは上座に座っていたよね、としみじみ思いました。
あの五重の塔を眺めていたんだね。平助はこの天井を見上げてどんな事を考えていたんでしょうか。

拝観は週末のみだそうです。

四条橋から近藤さんの最後を思い、三条橋の刀傷を検分。海援隊屯所酢屋をみて、近江屋跡でこっそり立ち止まりました。

4時間たらずな京都でしたが充実していた。精気みなぎる日でした。