もう1年・・・ 

2007年09月14日(金) 11時57分
早いものでウサコが亡くなって1年たちました。
今日はウサコの命日です。
先日、一周忌の法要を、お寺で行ないました。
御住職にお経を読んでもらっている時、とても悲しくなり、涙が溢れてしまいました。
まだまだうさこのことを思い出すと胸が苦しくなります。
ウサコは生前、長引く闘病生活の中、自分の病気の事、また病気になってからの心情を手記にしていました。それを今度、本にし、出版する事になりました。
手記の中には、病気を治す事だけを目標に、挫けそうになりながらも頑張り続けたウサコのことが書かれています。
手記の最後には、「いつ死んでもおかしくないだろう」という状態だったので、年を越せることが凄くうれしい。
「生きている」って実感がわくから、幸せなんだなぁって思えるから、
「生きている」ということの有り難さを身にしみて感じることができるから。
普段「当たり前」に、生きているけど、実は当たり前じゃあないんだってっこと、病気になってから知った。と書かれている箇所があります。
自殺をする人がいます。自殺をするくらいだから苦しい事があったに違いありません。
でも「生きたい!」と思っている人にとって、命を捨てるということはとてももったない事、ウサコはよく「死ぬんだったら、あたしに命をくれ!」とよく言っていました。
命を大切に!家族を大切に!周りの人を大切に!毎日を大切に!ウサコの手記は訴えています。
タイトル「17歳にもどりたい」 文芸社
もし読んで見たいとお思いになっていただけたら各書店、セブンアンドワイでの注文となります。
宜しくお願いします。

誕生日 

2007年06月16日(土) 22時54分
今日は、ウサコの25歳の誕生日です。
お昼にはお友達が、夜は家族で、ウサコの好きなご飯を作り、お祝いしました。
早いもので、もう、ウサコが亡くなって9ヶ月もたちました。
まだまだ、胸が苦しくなるくらい悲しく、生きていくことが辛くなるなることがあります。
ウサコが病気をせず元気でいたら、どんなことをしていたのだろう?
同年代の女性がお化粧をして、おしゃれをして歩いているのを見ると、うらやましくもあり、妬ましくもあり、悲しくもあります。
知人が、「悲しみは、あなたが生きている間は一生続くよ」と言いました。
確かにそのとうりかも知れません。
悲しみもだけど、私達家族は、病気と闘いながら、懸命に生きてきたウサコのことも、一生忘れる事はできません。
ブログを見てくださった方々も少しでもウサコのことが心に残れば嬉しいです。



ありがとうございます 

2007年02月07日(水) 23時35分
うさこのHPを見て応援していてくださっている皆様ありがとうごさいます。また励ましの言葉ありがとうございます。うさこが亡くなって早いものでもう5ヶ月近くなりました。
うさこが亡くなってから数ヶ月、うさこに関わるすべての事に対し、つらすぎて見ることができず避けてきました。でもうさこのHPを見ていてくださっている皆様には、日記は更新されていないし、うさこは今どうしているのだろう?と思われている方のために、日記の更新と、うさこの亡くなったことを言わなければと思いやっと伝えることができました。
私(母)まだパソコン初心者のため、うさこの日記はどのようにして書き込んでいるのかも解からず、うさこのパソコンを色々検索しているうちに見つけることができ、下書きしてあった日記の更新と、その後の私の日記を少しずつ書き込みしました。
今後、消えてしっまた提示版、また途中までしか書いていない闘病記を付け加えていきたいと思うのですが、まだやり方がわかりません。いつになるかわかりませんが、これからパソコンを勉強し載せていきたいと思います。宜しくお願いします。

天使に 

2006年09月14日(木) 23時47分
朝おしっこが出なくなってしまった。先生がきてお腹をおすと出てきた。先生からたぶん今日中に亡くなるでしょうと言った。親戚、うさこの友達に連絡して来てもらった。18時頃から脈が100以下に下がってきた。少しずつ脈と呼吸が少なくなってきていた。最後一呼吸大きく息をして亡くなった。
午後9時51分永眠
発病して7年間、再発を繰り返し、辛い事のほうが多っかた。鬱になってしまい泣いていた時もあった。でもいつも前向きに必ず治ることを信じ頑張り続けたうさこだったがついに力尽きてしまった。

昏睡状態 

2006年09月13日(水) 23時42分
昏睡状態。熱38度前後。脈140〜160。尿がでなくなってしまい、カテーテルをつける。

昏睡状態 

2006年09月12日(火) 23時26分
昏睡状態。熱38度前後。脈140前後。酸素吸入。
もしかしたら奇跡がおこて目が覚めるのではないかと思い、暇があれば手足のつぼを押したりさすったりしたが何の反応のなかった。

昏睡状態 

2006年09月11日(月) 23時04分
意識が完全になくなった。CTをとっても異常なし。頭にあった癌もほとんど無くなっていたし血液中の癌も10%髄液19%と減っていたが意識がない。いつどうなるか分からない。最後家族がそばにいたほうがいいからずっとついているようにと先生に言われた。

意識がなくなる 

2006年09月10日(日) 22時41分
朝から眠いと言って寝ている。意識ももうろうとしていて話かけても受け答えができない。言葉もろれつが回らない。お昼の薬を口の中に入れようとしたが、口をあけても飲み込むこともできなくなった。夕方急にお兄ちゃんに会いたいと言ったので、急いで来るように電話をした。お兄ちゃんはまだかと薄れている意識の中で何回も聞いてきた。兄が来たので『お兄ちゃんが来たよ」と言うと目をあけて「お兄ちゃん」と一言言ってまた眠ってしまった。

眠い 

2006年09月09日(土) 23時26分
朝起きたが、眠い、眠いと言っている。ご飯はもう食べられない。薬も先生が嫌なら飲まなくてもいいよと言った。意識もおかしい。言っていることは解かるみたいだが、受け答えができない。ボーとしている。でもおしっこ、うんちしたとは言う。

意識混濁 

2006年09月08日(金) 1時34分
午前中放射線に行き午後ジャグジー風呂に入った後、体を拭いているとき便が出てしまった。本人は出たことに気がついていないようだ。おむつを買ってきてあてた。うさこに、おむつをしたからもう起きてトイレに行かなくてもいいよ。楽でしょ、といったらうんと笑ってうなずいた。先生に言いに行くと、だいぶもう体が弱ってきているから今後は最低限の治療だけしていこう。お母さんそれでもいいよね。と言われ私は肯き涙がこぼれた。うさこならまた元気になって退院できると心の中で念じていたがもう駄目なのか?覚悟を決めなければ!でも今まで何回も先生から覚悟してくださいと言われたけど元気になったうさこだからもしかしたら?と心の奥そこで期待をし、心を奮い起たせた。意識も少し混濁していてぼうーとしているがまだ会話はできる。眠い眠いと言っていた。夜中またお腹が痛くなった。