鑑定ファイル2−5
2008年08月05日(火) 0時57分
ファイル2/一馬くん5
さて、私が死について考える切っ掛けになったのは、
やはり木人図が大きかったと思います!
この木人図は、言葉ではなく、映像
でその人の未来が詰め込まれていて不思議とその人は登場しません

多分その人の視点で出来ているんだと思います

で
疑問がひとつ!この高性能な未来予想図は、誰が作ったのか


素で考えこんでいたときに、私の師匠から


「自分で書いたに決まってるじゃない」っと、あっさり返されてしまった

確かに、自分の人生だから自分で書かないと納得いかないよな〜っ

と思いつつ、てことは、自分ってこの世に生まれる前にも、
意志があって生きてるのと変わらないって事

と考えだしたのが切っ掛けでした。
まあ、あまり詳しく書くとかなりコアな話しになってしまうので、
簡単に持論をまとめると

人は最初に所謂霊界と言う所にいて、生まれる前に
木人図を書き上げます

その木人図は人それぞれで

生まれてから死ぬまで色々なパターンで構成しているようです



木人図に描かれている、太い幹にはその人が幸せになる
ビジョンが描かれており、その道を通ると決して苦労はしません

しかし、幹から伸びている枝に進んでしまうと、常に苦労の連続です

枝は必ず幹にはもどるように、出来ているのですが、
早く戻るか
苦労するかは
自分の選択次第です

そして、この木人図を全うするためには、環境にあった親が必要で、
これは根と言う形で、スタート地点を選びます

よく親に

「生まれて来たくって生まれた訳じゃねー
」とか言うシーンをテレビ
で見ますけど、いえいえ、生まれて来たくって生まれた上に

親まで自分で選んで来てるんですよ
とよく思っている透明です
そんなこんなで、人生を枝だらけに作っている人もいれば
枝が少ない人もいる


皆さん色々です

それでも人がこの世に生まれて来るのは、
この世界が一つの学び(修行)の場で、
人生をどう過ごし何を得たのかであの世に
帰った時の評価が人によって大分違うらしいです

ってな訳で、私の持論でしたが、皆さんも思う所があるでしょうから、
あまり重く捕らえないで下さいね


さて!一馬くんですが

透明「それでは、鑑定終わりです
」一馬「あーりーがーとーう、ございまーしーた
」大分ご満悦のようだ

っと、そのとき

「とんとん
」透明「・・・。あっ
」次のお客さんが来たようである

一馬「テンちゃん、よかったね
お客さん来たよ
じゃぁ僕帰るねー
また遊ぼうねー
」「バーン」っと、
大きな音を立てて扉を閉め一馬くんは、帰っていった・・・

残ったのは、また出来た扉の傷と

ニコニコしながら状況???なお客さん

そして、休み時間を潰され腹の虫が鳴いている私・・・


(わ、私の、



〜〜〜っ
)っと心の中で叫ぶ透明なのでした・・・
ぐう〜〜〜
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もともと、人は死んでも生きてるんだよ
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先生嘘つかないよ
















