障害者の義務と権利

December 18 [Sat], 2010, 23:12
すべてのものには、裏と表があります。
裏表があって一つの物となります。
ですから表だけでも裏だけでも1つになることができず、
不安定となり問題が生じます。
義務と権利というものがあります。
これは裏表で、どちらか、いとつだけでも成立しません。
障害者が生きる権利を!
というのなら、障害者の義務は何でしょうか。
私は、自律であり自戒と考ええます。
自立でなく自律です。
自らを律する。自らを戒める。
これが義務だと思います
権利を主張し行使するなら、
ストィックなまでに、自律した行動をとるべきと思います。
甘い飴だけもらって、厳しい鞭は嫌だというのは、世の中通りません。
現代では、障害者は、他の人より恵まれています。
はっきり言って、良いおもいをしています。
であるなら、自律や自戒が大切なんじゃないでしょうか。
人は、基本1人で生きるという前提があります。
何か起こった時、最後の最後、誰も助けてくれません。
昔なら障害者は、間引きされ生きる事ができませんでした。
現代では、楽をしすぎなのかもしれません。
前提を現代におくのでなく、
前提を一昔前においてみるとわかります。
先天性は、生まれてすぐ間引きされ殺されます。
運よく生きても、虐げられます。
間引きというのは、自然の摂理です。
例えば、花を育てたり、野菜を育てる時、
種をまいたあと、間引きします。
雑草が生えてきても間引きします。
これと同じ事を人に対してもわずか、100年前までやっていましたし、
もっと前になるともっとひどい事をしています。
でも、これが普通なのです。
なぜなら、日本人は、ずーと長い間、間引きしてきたからです。
長い歴史の中で、間引きせず、障害者を保護する期間は、
2000年か3000年の歴史の中で数十年です。
歴史からみれば、
わずかな期間でなく長い期間の方が普通でしょう。
だから現代は、幸せすぎるのです。
障害があるから障害のない人より有利であるという状況があります。
だからこそ、障害者は気を引き締めないと。
本当は、生きてさえいない人たちのです。

相談内容の違い

December 18 [Sat], 2010, 23:07
相談には、2種類あって、
1)困りはてて解決策がない場合
2)困ってはいるが、自分での結論を持っている場合

私は、1の場合、真剣に考え、答えます。
だから厳しいものになります。

2の場合、相談でなく、相槌が欲しいだけです。
2の場合にアドバイスをしても意味がありません。
へたしたら逆切れされます。
ばかばかしいので、相槌を打って、自分の意見と違っても、同意します。
そうすると相手は、納得して良いアドバイスをもらえたと勘違いします。
アドバイスなんて一切せず、相手の考えを引きだし、
同意しているだけだから、何も考えていません。
というより自分意見はいいません。
2の場合、自分の考えは、もっているが、よくわからないという人が大半です。
話しながら、相手の考えをまとめてやると、
「そういう意味だよ」と言いだします。

要は、人は、自分の考えをはっきりと理解できないということです。
人に言われて、
私はこう考えていたんだ、とわかるのです。
自分の事はよくわかっていないものです。

August 29 [Sun], 2010, 11:23


よく、あの人は運が良かった、悪かったなどと申す方がいらっしゃいますが、

「運を呼び込むだけの実力があった」

というのが正確な表現ではないかと思います。

成功のカギは、運と実力です。
この2つは同時に発生しなければいけません。

おそらく、運というのは、
何度も巡ってきています。

運の来ない人は、それに気付いていない。
いや、運が目の前にあるのに、
気づくだけの実力を持っていない人となります。

運に気づく実力?
要するに、
自分で考える力を持っているかどうかです。
自立した脳を持っているかどうかです。

この力は、勉強で養われます。
学校の勉強なんて社会に出てから意味が無いと、よく言いますが、
そんな事は、ありません。

ひとつひとつの事例を出せば、社会に出てから意味がないかもしれません。
ミクロ的な発想です。

しかし、マクロ的な発想からすると、学校の勉強は社会に出てから
ものすごく、役立つのです。
学校の勉強全体を通して、個々の自分で考える力というものを
養う事ができるからです。

中学より高校、
高校より大学。
レベルが高ければ、より考える力を養われます。

勉強しても社会では、だめな人もいます。
しかし、勉強しなければ、ほとんどの人は、だめな人となります。

この違いに気付きましょう。
一部の特殊な人たちが、さも、常識のような発想はやめましょう。

勉強は大事です。
勉強するからこそ、運にも気づけるのです。

解決にならない相談

August 01 [Sun], 2010, 7:35
虐待や障害など国や市町村の相談窓口は、たくさんあり、
なにかあれば、駆け込む事ができる。

しかし、本当に、そのような福祉の相談窓口は、相談者の為になっているのだろうか?

なっていない!
が、現実だろう。

相談者は解決策を求めているのだ。
ただの愚痴を言いに来ているわけでない。

「相談は聞くが解決はできない」
これが彼らのスタンスだ。

これでは、相談する意味がない。
相談するだけで解決するような相談者は、わざわざ福祉施設に出向いて、
相談なんかしない。
本当に解決に困っているからわざわざ出向くのだ。

相談したが、解決にならないから、困りはて、自殺や犯罪に走るのだ。
よく、テレビのバカな司会者は、自殺する前に相談できる窓口に来てくれれば・・・
という言うが、馬鹿丸出しだ。
相談しても意味無いのだ。
こういう司会者は本当に腹立たしい。
現実を知らないのだ。本当に困った事がないのだ。
だから平気でこんな事がいえるのだ。

相談を受ける側にも問題がある。
相談者は本当に切羽詰まっているから
来ているのだから、もっと自分の事のように
話を聞かないといけないが、所詮他人事だから、
形式的になるし、たらいまわしする。

世の中、相談受けますという格好ばかりつけて、
馬鹿にしすぎている。

桜を詠む

April 05 [Mon], 2010, 23:00
花、ひらひらと


散りゆく姿


我が行く末に、


照らすは


花ひら混じりけり

春を詠う

April 05 [Mon], 2010, 22:56
事ここに至りて


万事万策尽きし


桜花の如く


生き参らん

人が1番の意味

March 14 [Sun], 2010, 14:51
人が1番の意味


人が1番というのは、どこのビジネス書でも書いてあります。
これは本当です。
しかし、その使い方を誰もが間違っています。

ビジネスは、人が1番なのです。
だから、
出来ない人間を大事に、出来るように育てるのでなく、
出来ない人間は切り捨てるべきです。
そして、どんどん人を入れていく。
そうすると、出来る人間の集団が残ります。
この出来る人間が「人が1番」の人です。
それ以外の人は、この場合の人ではありません。
そして、この出来る集団を大事に育成していくのです。

大半の企業は、これができません。
人が大事だからこそ、どんどん人を切り捨てていくのです。
これが出来ない企業は人を1番にしていないし、大事にしていません。
人を1番にしている、大事にしていると言っている企業の大半は、
出来ない人を配慮と優しさと気遣いで大事に囲い込んで、会社を倒産に追いこむのです。
ですから、人が1番、人が大事、まず企業は人だということを実践している会社は、
まっさきに人を切り捨てる会社です。
そういう会社は強い会社であり、右肩上がりに業績が伸びます。
そういう会社のサラリーマンは高い給与が貰えます。
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