実家1日目。

September 03 [Sat], 2011, 14:35
ちょいと一休み。時間、自分に昼休みをあげた。今回のこと、仕事と考えることにした。だから、なるべく残業しないで、勤務時間内に終わらせる昼休みもきっちりとることに。書斎に1人こもって、のんびりすごす時間ー金曜日、突然の母の交通事故のため、実家に到着。母は病院にいるので心配してないが、1人家で取り残された父を心配していた。前情報では、歩けないからほぼ1日ベッドで寝ている。一人では立てないと聞いていた。ねこも自分の手術などいろいろあったので、前回の父の入院はお見舞いに行かなかった。退院して落ち着いた頃に顔をみにいこうかな、くらいにしか考えてなかったから、すべては母にまかせっきりだった。これは事態を甘く考えていた、ねこの落ち度だった落ち度1今年の正月に会ったときにも痩せたなぁ、と思っていた父だったが、名古屋にいて対面してびっくりした。骨と皮の生き物がそこには横たわっていた。冷たいようだが率直な感想は気持ち悪いだった。わたしに気づくと骨と皮の生き物はうれしそうに笑った。こうやって人は年老いていくんだね、美しいものではないけどこれが自然の摂理なんだ。いた早々に水が飲みたいという。冷蔵庫を開けるとコップにストローのいた、介護用の水飲みがあった。それを渡すと、ゆっくりとちょっとだけ水を飲んだ。実はゲリラ豪雨と事故の影響で普段だったら、休憩込みで5時間もあればやってこれる距離をキロ時間かけてやってきていた、休憩はトイレのみのほぼンストップだった。実家に到着したのは深夜時頃。私が来ることになっていたので、母は知人女性に夕飯だけ父に食べさせてくれるようにお願いし、母の知人は時には帰っていた。とりあえず、わたしはベランダの窓を開けてほしい、扇風機の向きを変えて欲しいなどとの細かいお願いをすべてこなした。とりあえず夕飯を食べに外にでるので、他に用事はないか聞いたがないと言うので寝かしけて外に出た。実家に食料は山のようにあったが、あそこでモを食べるきになれなかった。今日で3日目だけど未だに実家で食事はしていない。父が寝ている間に外出したのだが、外出して分くらいで電話がなった。さっき開けたばかりのベランダのドアをやっぱり寒いから閉めて欲しいという。正直、イラいた。先ほど、もう頼みたいことはないかと確認してでてきたのだから。でも、風邪でもひかれたら、大変なのでもう一度戻って、ベランダの窓を閉めた。飲食店にはいれたのは深夜時をまわっていた。たった数時間、父の世話をしただけでヘトヘトだった、別にたいしたことはしていないんだけど、自分の荷物も整理できないほど、ひっきりなしに呼ばれるのである。それは本当に細かいことで、一一は大変でもなんでもない。ただ、一度に言ってくれればいいんだが、5分、10分置きにちょこちょこ呼ばれるのである。これはキツイ。この時点でわかったこと。ねこには介護なんて無理だし、デイケアサービスでは対処できないだろうってこと。本人がいくらイヤだとわめいても誰かプロのお世話にならなければならない。それも24時間対応可能なところ。この時点でどこかに預かってもらうことを決めた。父の説得より、母の説得をどうしようか悩んでいた。なんとも言えない気持ちで実家に戻り、シャワーを浴びて寝ようと思った。服を脱いで、風呂場に入って愕然。栗原はるみさんほどではないにしろ、そこそこ掃除のできる母が、ここまで風呂場を掃除してないと思ってもみなかった。風呂場も気持ち悪かったが汗で体も気持ち悪かったので、一度、髪と体を一旦洗い、そのまま、まっぱで風呂掃除を始めてしまった。隅々までぴかぴかっていうのはムリだけど、タイルの汚れくらいはなんとか落とそうと思った。これは完全に自分の為で、少なくとも何日かここでシャワーを浴びるもりだったので、自分が気持ち悪くないように、掃除をした。まっぱで風呂掃除をしていたら、父が大声で叫んでいることに気づいた。どうやら自力でトイレまでがんばってきたが、何かトラブルが起こったようだった。今、お風呂場で素っ裸だから少し待ってね、といい、あわてて服を来てトイレへ。どうやら少し漏らしたものの、自力で排泄は行えた、だが汚してしまったので取り替えなければならないということらしい。はじめておむの交換をした。最初はパンツを取ってと言っているので、そういうパンツがあるのだと必死でさがしたのだが、パンツおむとわかるまで随分待たせてしまった。排泄物などへの嫌悪感はなかったんだけど、骨と皮の足におむをはかせるのが気持ち悪かった。でも、そんなことよりも久しぶりに会った娘におむ交換を頼まなければいけない父のことがかわいそうだった。プライドが高く、強かった父、わたしが問題を起こしたときはいも最後は父がなんとかしてくれた。ヤクザチンピラと揉め事を起こした私がどうにもならなくなった時に、ヤクザを家に呼び出し、カタをけてくれたのも父だった。その時、ヤクザには絶対に関わってはいけないことを教わり、2度とヤクザには関わらない、と父と約束した。そんな父が私に排泄の処理を頼まなければならない。だから、なんでもないことのフリをして、食事の用意をするように当たり前に接した。父も、その意図がわかったらしく、当たり前に振舞っていた。トイレでの処理が終わったあと、食卓に出ていた食器に気がいた。父にこれ洗い物と言われた。わたしは食卓に出ていた食器が、あまりにもきれいで整然と積まれていたので、てっきり父の食事の準備をしやすうように予めここに置いているのかと思っていたので、その言語を聞いてどっと疲れた。途中までやったお風呂掃除を適当に切り上げ、食器をもって台所に向かった。臭い。なにこれ、なんでこんなに臭いの。軽く排水口を見たら、生物が腐っていた。母はいったいどうしたんだろうなんで台所がこんなに汚れるまで放置していたのであろうかいったい実家で何が起こっていたのか、不思議でたまらなかった。ゴミを片付け、軽く排水口を掃除したが、随分頑固な汚れで、何ヶ月かまともに掃除していないことが判明した。台所にはだしていないゴミがあった。そうか、今日ゴミ出しする前に事故にあったんだ。金曜日は生ごみ、燃えるごみの日、と書いてあった。次は火曜日。火曜日までこれは耐えられない。以前、帰ってきたときに、昔は毎日出せたゴミがものすごく細かく仕分けして、決められた曜日に出さないといけないこと、なんだか、一部の主婦層がルールを守らない人のゴミ袋を開けて、チェックしたり、エレベータの監視カメラでゴミを出しているのをチェックして、ルールを破った人を大犯罪者のように裁き、村八分にしているというのを聞いていた。だから、母はゴミ出しには神経質になっていて、とんでもないゴミ袋の数だった。燃えるゴミ、発泡トレー、缶、瓶、ペット、ペットのフタ、パック類、雑誌、新聞、包装紙父に、私、ゴミだしてくる。といった。父は、土曜日だからだしちゃダメだ、出したら、母さんが大変なことになる、と言っていたが、無視した。わたしは、マンションの人に顔もバレてないし、時間は深夜3時半。大変、申し訳ないが、うちのマンションではなく、少し離れた、一人暮らしの若者が住んでいるような1ルームの、ゴミ出しマナーを守っていないようなところを探して、そこに今回だけ捨てさせていただこうと思った。父があまりにも心配するので、エレベータのカメラに映らないように13階から非常階段で降りた。少し歩くと1ルームマンションとその他の民家が共同で使っているゴミ置き場が見かった。ちゃんと各種捨てる場所が決まっており、ネットが付いているタイプで、ここの人たちはどうやら、いでもゴミを出して良いルールに勝手に変更なしているようだった。本当に申し訳ないと思っているけれど、分別はきちんとしてあるので、そこに一緒に捨てさせていただいた。戻って、排水口のこびりいた黒カビをおとし、軽く台所を整理して、食器を片付けた。4時過ぎていた。ダメだ、寝よう。明日は朝一で父の朝御飯の支度をし、母の病院へ行かなければならない。やることはいくらでもあるので、わたしが倒れるわけにはいかない。少しだけ寝て5時半に起きる予定で眠りにいた。ー1日目終了。いでにわたしの今日の昼休みも終了買い物いってきまーす
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