日放協の惡意、もしくは意地惡

September 09 [Sun], 2012, 12:05

  日放協の惡意、もしくは意地惡

  八日夜の日放協のテレビ放送で映畫俳優の高倉健の俳優人生を紹介した報告番組を觀た。「生業のために」仕方無しに俳優になつたが、今は人格が演技に顯はれるので、人生そのものが演技になつてくるといふのが番組の趣旨でもある。その番組の中で、最近の若手人氣女優に、「仕事は人生では無いですから」と語らせてゐる。その女優と同じ年頃の高倉健なら、同じやうなことを言つたかも知れない。そのやうな解説を一つ、付け加へてやれば良いものを、さうせずに、役者としての演技が人生そのものといふ趣旨の番組の中で、「仕事は人生でない」といふ言葉を吐かせてそのままにしておくことは、その女優に馬鹿役を演じさせたことになる。
  一つの番組ができあがるまでには、幾人もの目を通り、それが單なる擔當者の個人的な思想や考へではなく、放送局としての思想や方針となつて商品化される。さすれば、それは、日放協のその若手女優への惡意、もしくは意地惡となつて視聴者に傳はつてくるのである。
  
  平成二十四年、皇紀二千六百七十二年、九月九日
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