レクイエム

December 05 [Thu], 2013, 23:15
とにかく泣いた。人目もはばからず、三日間泣き続けた。これほど泣いたのは初めてだった。本当に涙が一リットルぐらい出たかもしれない…

介護日誌を見て、手帳を見て、メールを見て… 楽しかったこと、嬉しかったこと、苦しかったこと、出会った頃のことを思い出しては泣いた。棺の中の彼女を何度も見て語りかけた。もうすぐ荼毘に付されてしまう。少しでも長くそばに居たかった… そしてこの人間らしい心をいつまでも大切にしたいと思った。

亡くなった日の夜は葬儀場で父母とともに4人で寝た。彼女は夢の中に元気な姿で逢いにきてくれた… 出会った頃の姿。病気のことなど、まるで無かったかのような軽い足取り… 言葉さえ交わさなかったが、とびきり熱いキスをしてくれた… 嬉しかった。ずっと元気になってくれることだけが望みだったんだ…

これば僕の願望が見せた夢?… あんな哀しい別れ方をしちゃったから、最後の二週間は逢うことすら許されない二人だったから… 君も同じ気持ちだったんだろ? 心残りだから来てくれたんだね… ケンちゃん、ありがとう、って、ちゃんと伝わったよ…

葬儀も無事に終わり、十か月ぶりに一緒にアパートに帰った。長かった。やっと二人で帰ってこれたね… こんな結末になるとは思わなかったけど、これからもずっと一緒だよ…

葬儀の翌日からは仕事に復帰した。泣いてばかりでは周りにも迷惑を掛けるし、彼女も心配するだろう… また元気になってケンちゃんの店を手伝いたいって言っていたね… がむしゃらに仕事に打ち込んだよ。没頭している間だけは忘れていられた。スタッフや友人、お客さんには随分助けられたし、救われました。

それでもふと時間ができた時や家に帰ったときは、どうしても彼女の事を考えてしまう。何故こんなにも早すぎたのか… 20年後や30年後でもよかったはずだ。せめてもう1〜2年ぐらいは猶予が欲しかった。もっと幸せにできたのに…

当事者としてすぐ身近にあった生と死。ずっと答えを見いだせないまま考え続けていた。逃れられない宿命だったのかもしれないけどね…

半年ほどかかって、ようやく見つけた答え… 当たり前のことだけど、「精一杯生きる。与えられた命を全うする」というものだった。彼女の分まで生きる。幸せになるのだ。

きっとこれでいい… 願わくば誰かの力になれるような存在になりたい。彼女がそうだったように…

彼女を幸せにして、最後を看取るのが僕の役目だったのだろう… だとしたら、最高にカッコいい役回りをもらったね。泥くさかったかもしれんけど、最後まで懸命に演じ切ったよ…

ずっと強くなりたかった… 誇れる自分自身を手に入れたかった… 君のおかげでようやく手にする事ができた。もう大丈夫だよ。

いつか時が満ちて旅立つ日が来たなら、笑顔を携えて妻に逢いにゆこう… きっとあの頃の笑顔のままで出迎えてくれるだろう。めいいっぱい生きた。楽しかったと伝えたい… そんな生き方をしよう。

あるいはそれはずっと先になるかもしれない。もし僕が再婚したなら子供として生まれてくればいい… たくさんの愛情をそそいで大切に育てるから…


   愛する妻に捧げる…   ken

   そして、ここに訪れていただいた皆さまに感謝いたします。

本当はね…

December 01 [Sun], 2013, 22:22
彼女が自分で更新できなくなった時点で、このブログは終わっているのです。だから僕のしていることは余計なことかもしれない。ただ、彼女と家族がどのような闘病をしてきたかを記す事は構わないと思う。短い生涯だったけれども、精一杯生きた。幸せだったと伝えたい。

彼女が遺したこのブログには本音や喜怒哀楽、家族のことなどがちりばめられています。僕にとっても付き合うきっかけとなり、さまざまな思い出が綴られた大切な場所です。

独りよがりかもしれないけど、きれいな形で完結させたいと思う。僕自身のためにも…

明日で2年になる 続き

November 25 [Mon], 2013, 12:49
主治医によると、脳にできた腫瘍が進行するにつれ、時間や場所が分からなくなったり、感情が乱れたりする。治療を断念して緩和ケアに移行することは彼女には伝えない方がいいとの事だった。残された時間が短いのなら、彼女にもやりたい事、やらなければならない事もあるだろうに…

日数が経つにつれ、彼女の言動や行動、感情は不安定なものになっていった。出来ていたことが出来なくなっていく… 一人でトイレに行けなくなる。歩行も困難になる… 次第に目が離せない状態になっていく…

看護師さんが彼女に付きっきりという訳にはいかない。朝から夕方までは父母が交代で看護し、夜は僕が仕事が終わってから病院に寝泊まりするようになった。せめて怪我をしないように、痛い思いをしないように… しかし、それは彼女の行動を妨げることになる。嫌がられたり、突っぱねられたりする事が多くなった。

機嫌良くとなりに座って甘えてくれる事もあるが、大抵はそんな嬉しい時間は長くは続かない。丸一日寝たままという事もあるし、逆に起きたままで落ち付かない事もよくあった。こんな時は目が離せない。徹夜でガードだ。

割り切って楽しむことにした。真夜中の病院を二人でデートしよう… あてもなく車椅子を押しながらあちこち回った。二人だけの幸せな時間… 少しでも長く続いてほしい… しかし、現実は残酷で容赦なかった。

明け方の病院の廊下に彼女が泣き叫ぶ声が響き渡る。僕は車椅子の横に佇み、どうする事もできずに涙を流している。自分の無力さが哀しい。医者ですら痛み止めや解熱剤を処方するぐらいしかできないのだ。彼女はほとんど寝れない状態で疲れきっているはずなのに、何かに突き動かされるように動こうとしている。何をなそうとしているのかは、彼女自身にも分かってはいまい… もうすでにこの世に身の置きどころが無いかのように苦しんでいる… 

僕の心も体も悲鳴を上げているが、もうそんな事はどうでもいい。壊れるのなら壊れてしまえ… のこりわずかな妻の時間に何をしてあげられるのか? この一瞬一瞬に一生分の愛を込めるつもりで尽くそうと決めた…

父からの急報を受け、駆け付けたときには妻はもうすでに冷たくなっていた… とても安らかな顔… あんなに苦しんでいたのが嘘のようだ… 眠っているのではないかと思うほどだった。

あまりにも悲しみが深いと、涙なんか出ないものだね… 現実を受け入れることができず、しばらく呆然としていた…

医者から見放されたあの日、いつかこの瞬間が来ることは分かっていた… いや、解かろうとはしなかった。いつも恐れ、目をそらし続けてきた。 わずかに残された希望… 彼女が生きている、懸命に生きようとしている… 家族をはじめ、多くの友人や知人が回復を信じ、祈って下さっている… 覚悟なんて、してはいなかった。

いつか奇跡が起こって彼女の癌が消えて無くなる… そんな儚い願い… やがて悲しみが込み上げ、涙が溢れた…

父母から聞いた最後のとき… 亡くなるまでの一ヶ月間は彼女の実家で在宅介護をしていた。日曜日の真夜中、介護ベッドで母と寝ていたが起き出して、すぐ隣で寝ていた父の布団にもぐり込んで、少ししてから旅立ったそうです。ちゃんと両親にご挨拶できたんだね…

o○☆*゜・:*゜★o○☆*゜・:*゜☆

今回はここまでです。もう少しだけ続きます。

明日で2年になる

November 19 [Tue], 2013, 13:38
ケンです。お久しぶりです^^

早いもので、彼女が旅立って明日で2年になります。ここへは久しぶりに来ました。

心の整理をするためにも、少し書き留めさせていただきます。

彼女と付き合い始めてから死別するまでは、わずか一年と八カ月。十年に値するような濃密な時間… 幸福の絶頂と苦悩のどん底。人生というものを学ばせていただいた。

夏に出会って翌年の3月に付き合い始めた。9月には式を挙げ、翌年早々に癌が見つかって入院。11月には旅立ってしまった。

短い時間ではあったが、幸せな時は確かにあった。仕事から帰れば「おかえり〜」と、いつも笑顔で出迎えてくれた。優しく抱き寄せてキスを交わす。ささやかな幸せ… 彼女さえいてくれれば充分に満ち足りていた。 僕を必要としてくれた。そして愛してくれた…

闘病中はそれほどつらくはなかった。必死だったし、病気を完治させるという希望があった。仕事を休んで傍で介護することも考えたが、お金も要るし、一緒にいれば何も出来ず落ち込んだり、泣いてしまう事もあるだろう。そんな姿は見せたくないのだ… 介護も仕事も一歩も退かずに闘うと決めた。その姿を以て守り、支え、励まそう!!

僕たちの赤ちゃんは残念ながら流産してしまった。たとえ癌が治ったとしても、もう子供は望めないだろう… 彼女は犬を飼おうと言った。ミニチュアダックスで名前は「まど」。その小さな瞳を通じて僕達にいろんな世界を見せてくれるのだそうだ… ささやかな幸せ… その希望に未来を託した。

闘病は熾烈を極めた。患部の痛みと抗ガン剤や放射線治療による副作用… 我慢強い彼女はほとんど泣きごとも言わず、じっとそれらに耐えていた。

脳に腫瘍らしき影が確認されたとき、彼女がつぶやいた… これがもし癌だったら、私しんどくてもう闘えない… よほど苦しかったんだね。ずっと頑張り続けてきたのに… せめて痛みや苦しみの半分でも背負ってあげれたら… それはかなわぬ願い。もっと頑張れだなんて、とても言える訳がないよ… だからといってあきらめられる訳がない… 「君が死ぬのは嫌や!!」 すがって泣いた… 彼女はもう一度気力を振り絞って闘ってくれた。最後まであきらめずに闘い抜いたね。本当にありがとう。

その後のガンマナイフによる脳腫瘍の治療も芳しい結果が出ず、8月には主治医から治療を断念すると告げられた。年内いっぱい生きられるかどうかだという… そんなの納得できる訳がない!! 今の医学は進んでいて、治るはずじゃなかったのか? 何のために妻は苦しい治療に耐えてきたのか… 苦痛な時間を長引かせてしまっただけなのか? 本当の苦悩はここから始まった。



かなり重い内容になってしまいましたが、後編は近日中にアップします。

明日は彼女の実家に集って食事会をします。好きだったマグロで皿鉢料理をつくろうかね。まろに会えるのも楽しみ。

両家の家族が今も健在で交流が続いているのは、とてもありがたく、嬉しいことです^^

お久しぶりの更新です

November 29 [Thu], 2012, 23:21
早いもので、うにちゃんが旅立ってからもう一年が過ぎました。生前に元気になってまた店を手伝いたいと言ってくれていたので、仕事を頑張る事が供用でもあると思い、がむしゃらに仕事に打ち込みました。彼女も加護してくれているのでしょう。スタッフやお客さんの助けもあり、過去最高の結果を出すことができました。介護と仕事を一歩も退かずにやり切ったのが誇りです。ふさぎ込んだり、自暴自棄になったりせず、充実した一年を送る事ができました。うにちゃんも喜んでくれているかな^^
 一周忌ですが法要とかは行わず、うにちゃんと両家の両親で完成したお墓を見に行きました。親たちも気に入ってくれたようです。納骨はしませんでした。お骨はうにちゃんの実家に預かってもらっているのですが、お母さんが朝晩にお祈りをしてくれているし、兄弟やマロもいてその方が寂しくないと思ったからです。ケンも月に2回ほどお参りがてら刺身を持って行って義父さんと晩酌しています。とりとめもない話しばかりですが、義父、義母とはうにちゃんを守り、支え続けた戦友ですからとても仲が良いんですよ。そのほうが今後も通いやすいですしね。
 お墓を見た後は、中華料理店で食事会をしました。ここは両家の初顔合わせをした思い出の場所です。うにちゃんはいっぱい飲んで食べてたね、と、生前の彼女を偲びながら良いひとときを過ごす事ができました。
 うにちゃんはずっと傍で見守ってくれていると感じているし、泣いてしまう時もあるけど、それでも前に進んで行くよ。彼女のおかげで強くなれた。皆元気で頑張っています

お墓が決まりました

April 26 [Thu], 2012, 21:54
ケンの父親は次男なので、我が家にはお墓というものがありませんでした。
そこでこのたびお墓を作ることになり、3月ごろから両家の親を交えて何度か話し合ったり、下見したりしてきました。予算については結納金や生活費を貯めていたものがそこそこ残っており、それを流用する事にしました。場所は市内の外れですが両家から割と近く、車ですぐそばまで行けるので利便性がいいです。お墓自体はごく標準的なものですが、石は少し頑張って黒龍石にしました。名前もかっこいいし、黒光りしていい感じです。うにちゃんも満足してくれるかな?一周忌の頃に納骨するつもりです。少しは親孝行にもなったろうし、気持ち的にもひと段落した感じです。しばらく一人でさみしいだろうけど、いずれは皆が集うから気長に待っててもらいます。

高知のお酒は???

April 18 [Wed], 2012, 21:55
うにちゃんが元気な頃のエピソードです。
一昨年の年末にケンは高校の同窓会兼忘年会があり、それが土曜日の夕方からでした。ケンの店も稼ぎ時だったので、店の留守番をうにちゃんにお願いしました。「魚もそんなに多くは残ってないし、すぐに売れるやろう。ただ、お酒のお客さんが付いてくれるだろうから、よろしく頼むね。一次会ですぐに引き上げてくるよ」
一時会が終わってうにちゃんに電話してみると、「私テンパっちゃった。片付けが出来ないとの事。すぐに帰って店仕舞いを済ませ、お礼に何かごちそうしようと言うと、甘いものが食べたいとの事でした。ドーナツを食べに行き、そこで話を聞いてみると、魚はすぐに売り切れたようでした。飲んでくれていたお客さんの中に、東京から来られた40歳ぐらいの男性がいて、日本酒の熱燗を所望されたそうです。しかし土佐鶴(高知のお酒)が残り少なく、酔鯨(これも高知のお酒)を半分ほど混ぜたそうです。土佐鶴のストックがあったのですが、彼女には見つけられなかったようです。しかもなぜかビールジョッキに入れたそうです。(量が多すぎるやろ)しかも、この酔鯨がくせ者で、フタだけが酔鯨で一升瓶のラベルと中身はいいちこ(むぎ焼酎)だったのですそれに彼女は気付かないまま、お客さんも変な味だと思ったことでしょう。少し首をかしげていたそうです。そして更に酔鯨をもう一杯おかわり(注:100%いいちこ、熱燗)したそうです。そのお客さんが帰りしなに残したセリフが「高知のお酒はカツンときますね」だったそうです。そのセンスの良さがツボにハマり、ケンは爆笑。うにちゃんは申し訳ない事した、と半泣きになっていました。東京のお客さん、ごめんなさいね。彼女も悪気はなかったものですから。そしてまた、ネタにしてしまってすみません。後日、友人たちとその話で盛り上がり、早速試してみると、まさにその表現がぴったりするようなインパクトでした

おはようございます

March 24 [Sat], 2012, 5:29
最近はかなり仕事が忙しくなってきていまして、休みも返上して励んでいます。やっといい季節になってきました。週末は天気もいいし、かなり期待できそうです。今日も気合をいれて頑張りましょうか
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    ・お酒-ビール大好き!
    ・ビューティ-ヨガなど。アンチエイジングに執念燃やしてます
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現在仮面鬱鬱病自律神経失調症逆流性食道炎慢性過敏性腸炎ユーザーやってます。

十代最後に自律神経をやられてからこっち経験したことはパワハラセクハラそれに伴う解雇、仮面鬱不眠症パニック障害鬱状態本格的鬱DV離婚医療ミスとそれに伴う相手方医師と弁護士とのガチンコ勝負孤軍奮闘記(ついでにこっちのやる気のない弁護士とのけんか別れ付きなどなど。これだけ経験すると今では転んでも踏みつけにされても黙ってただでは起きあがらない根性に座右の銘「人生なんとかなるさっ」からある時期を境に「人生見切り発車」に変更。
人生は先の見えない電車のようなもの。迷ってるくらいなら乗って発車しちゃえ!!!
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