大人にならなきゃいけないんだよ 

2006年02月02日(木) 13時45分
肩を叩かれて振り返った先には、見知らぬ顔があった。
「……お前、誰?」
「やだなぁ、カナ。ボクのこと忘れちゃったの?」
見慣れていた人物の、予想外の姿だった。

「ヒナタじゃねェかヨ。どうしたんだヨ、その頭」
「気分転換ってトコかな。もうそろそろ考え方を変えてみようと思ってさ」
「似合わねェ」
即答だった。
間髪おかずに返した言葉は、日向も同意しているらしく、大きく頷いた。
店のカウンターへと腰掛けながら微苦笑を零す姿は、叶の知っている日向の姿ではなかった。
「ボクもそう思う。…でもさ、そういう時期に来たんだよ」
「…ンだヨそれ。お前さ、そういうキャラじゃねェだろ。そういう時期とかそんなんじゃねェジャンかよ」
「…………」
「自分、思い出せよ。自分らしくいろ」
よほど今の日向は日向らしく見えないのだろう。普段ならどうでもいいといわんばかりにあしらう叶が、珍しく説得する側に回ろうとしている。
カウンターの奥から出してこられたオレンジジュースを一口。流し込んだそのオレンジジュースは、とてもすっぱい気がした。
それ以上飲む気がしなかった為にストローで中のジュースと氷を弄ぶ。
一段落したらしい砂久夜はカウンターの向こう側の椅子に腰掛けて、叶を見て肩を竦める。
「カナくん、あんまり苛めちゃ駄目だよ。ヒナちゃんだって沢山のこと考えて決めたんだから」
「でも」
「でももだってもない。みんながみんな、カナくんみたいに割り切れるわけじゃないんだ。カナくんの言ってることはもっともだけど、みんながそれを実行できるほどに強くない」
砂久夜は、諭すような口調で発する。いつものふざけた砂久夜ではなく、何かを見てきたような様子だった。
「でも大丈夫だよ。ヒナちゃんはね、時間を掛けてゆっくり受け入れていくタイプだから。ちゃんと、“自分”をわかってるから」
日向の方を見ながら「ね」と零すと、日向は微苦笑しながらも、大きく頷いた。叶も不本意そうではあったけれど、納得したらしく。無理だけはすんなよ。日向に向かってそう発して、自分の部屋のように使用している奥の部屋へと戻っていった。

少しだけ 

2006年02月02日(木) 13時44分
自分の部屋の中にいたが、ふっと気がついたかのように時計を見る。微苦笑しながら目の前の彼女に視線を向けると頷かれる。
「行ってきていいよ。気になるんでしょ」
「…悪いな。また帰ってきたら話そう」
「うん。いってらっしゃい、とわ」
「あぁ」
目の前の彼女に申し訳なく思いながらも、この感情は行かないと収まらないのだからどうしようもない。
コートを羽織って珍しく慌てたように部屋から出て、階段を降りていく。丁度そこで緋響に見つかった。
「ひぃ、どうしたの?」
「由稀のところに忘れ物していたのを思い出したから。取りに行ってくる」
「今から?明日でいいじゃない」
「今晩必要なんだ」
それ以上答える気はないというように玄関へと行き、靴を履く。
丁度入れ違いに帰ってきた響と顔を見合わせて一つ頷いてから、飛騰は飛び出していった。
飛騰と違ってゆっくりと靴を脱ぐ響を見ながら、緋響は首をかしげる。
「ひぃ、焦ってるみたいだったけど」
「だって、ヒナちゃんが泣いてるもん。そりゃ気になるよ。多分、告白して振られたんだろうね」
「そんな話聞いてないよ」
「…振られる覚悟だったから、あんまり言いたくなかったんだよ」
微苦笑しながら居間へと入ってくる響。冷えた体を緋響へと摺り寄せる響を、緋響は後ろから抱きついて温めることにした。

ちいさな決意 

2006年01月04日(水) 10時50分
「私、決めた」
「…何を」
「当たって砕けてくる!」
「…………ヒナ、砕けること前提なのか?」
唐突な言葉にもちゃんと反応してくれる片割れ。課題を終わらせるために目を通していた六法全書から視線を放してこっちへ向けた顔は、訝しげ、だった。
「だって、私が好きなだけなんだもん」
「相手の気持ちが先に分かったら不思議だが。先に否定するのもどうかと思うな」
「友達としか思ってないと思うしさ。それにそれに、砕けること前提にしてたほうが凹まないじゃん!」
「………ヒナ、本当にそれで後悔しないのか?」
しないもん。
はっきりとそうは言いづらかった。
やっぱり辛いのは辛いわけで、そのまま付き合えたらハッピーなわけで、でもやっぱり先に逃げ道作っておかないと怖いわけで。
「ねー、悲しくなったらごめんね?」
やっぱり唐突かもしれない。
でもたまに、私が悲しい時とか通じちゃうから。
「…いいさ。慰めは期待されてもどうしようもないが、気持ちの共有くらいは、な」
「……ありがと、ひぃ。大好き」
「俺に言うな、俺に」

本当の好きほど言いづらいものはないんだもん。

古びたピアノ 

2005年06月26日(日) 20時43分
古びたピアノの音に導かれるように、叶は部屋の奥の扉を開けた
「…ピアノ」
待ち構えていたグランドピアノの方へと寄っていくと、その奥には壱岐の姿があった。
「キョウ。どうしたんだ?」
「いや、こんなところにあったんだな。ピアノ」
「あぁ。母さん…おふくろじゃない、俺の産みの母親が弾いてたらしい」
他人事のように言うのは、きっと実際に見ていないからなのだろう。
彼がピアノを弾く指はとてつもなくぎこちない。
微苦笑しながら退くように指定して、自分が備え付けの椅子へと座る。
指を丁度いい位置に置いて動かし始めれば、見事なメロディがその場へとながれ始めた。
「…アンタ、そんな事も出来るんだな」
「英才教育されてたお坊ちゃまなんで」
半分嘘。半分本当。
とりあえず、今もピアノを弾くことは嫌いではない。ピアノに触れれば指が勝手に動くくらいに好きだ。
暫くは沈黙の中にずっとピアノの旋律が流れていた。
旋律に引かれて、マスターがやってくる。
弾いている様子を見て驚いた様子さえうかがえた。
「キョウ。これからうちの専属のピアニストにならないかい?」
「…俺は、それでもいいケド。いいの?」
「相手がいる子をずっとホストにしておくのも気が引けるしね。君が完全に止めるとなると痛手だけれど、ピアニストとして魅力を感じてくるお客もいるだろう」
「マスターってさ、結構お人好しだよね」
「そんなことないよ」
柔らかく微笑んでくれる様子に、こちらもふわりと微笑んだ。

マスターの希望で、予約の無い日に大改装が始まった。
店の中央にスペースを空けて、このピアノを運び込んだのだ。
しっかりと調弦して音を奏でる。
有名なクラシックを店の雰囲気に合うように少しアレンジして。
弾き始めると止まらない。
「これからよろしく頼むよ、キョウ」
「俺が好き勝手に弾き散らしてるだけだケド」
小さく笑って。それから、リクエストされた曲をまたアレンジしてカナで出した。

最初で最後の賭け 

2005年05月09日(月) 19時40分
最近になって、やっと夜にも出歩かせてもらえるようになった。
友達の家に遊びに行った帰り道。ゆっくり歩いてくれば、視界に入った公園に惹かれた。
公園の中にあるブランコに揺られていれば、目の前に居た女性が自販機で買い物をしている様子につられて、自分も思わず買った。
お互いのジュースの可笑しさに笑いながら途中まで一緒に帰った。
「春らしい、可愛い名前のお姉さんだったなぁ」
柔らかく微笑みながら零していれば、後ろから大きな影がついてくる。
振り返った先に居るのは、見覚えのある自分の兄。
「響兄っ」
「ひび、お帰り。今日は楽しかったかい?」
「うん。……響兄、お土産」
そう言いながら差し出したのは、先ほどの缶。50円という安さを口にしながら缶を渡せばにっこりと笑う。
その缶を見た緋響の表情が思わず固まってしまったのは、ミックスジュースのうちの一つのフルーツが普通なら入っていないものだからだ。
微苦笑と共に改めて確認されれば大きく肩すくめてみせた。
「これ買った時、一緒にお姉さんがいたんだけどね、匂いが怖くて開けられなかったの」
「そりゃ、流石に開けられないよね。ドリアンなんて書いてあったら」
素敵な匂いがするであろう事が簡易に想像が出来るその果物の王様。まさかこんなところでお目にかかれるとは思わなかった、なんてポツリと零してみるだろうか。

レンアイショジジョウ 

2005年05月09日(月) 19時39分
「ヒナ、好きな人いるでしょ」
「ほぇ!?」
いきなりの指摘に、単純で素直すぎる日向がまともな反応を返せるはずが無かった。

学校の帰り。緋響に車で迎えに来てもらうのが何時の間にか普通になっていた。
二人きりの車の中でいきなり言われた言葉が上の一言だった。
繕うことも出来ずにあからさまに驚いてしまったからには、下手な言い逃れもきくはずが無い。
「ヒナ、誰?」
「言わないもん」
せめてもの些細な抵抗。これくらいしか日向に出来ることはなかった。
名前を言わなくても言いから、の一言が聞こえれば暫く悩んで時間を過ごすだろうか。
家に着いて車から降り、部屋の中へとは行っていった頃に零し始める。
「私より背が高くて、響兄さんより背が低い男の子」
「いっぱいいるよ」
ようするに170〜200cmの間。それくらいの身長の男くらい山ほど居るはずだ。むしろ、山ほど居ない方が可笑しい。実際、日向の兄も一人を除けば皆が日向以上緋響未満だ。
本来ならそこの点よりも性別の点を突っ込むべきだと日向は思う。緋響という人は日向の性別を間違って認識しているのか、それとも恋愛に性別は関係ないと思っているのか。出来れば後者だといいなぁ、と思うのは兄の常識度を心配してのことだった。
「あとねぇ、すっごいやさしいよ。いい人だし。あと、妙にホストっぽいときもあるかな?」
「いい子なんだね」
「うん、すっごく!一緒に居てもね、何か悪戯しちゃいたい気持ちとかにならないの」
その基準もどうかと思う。敢えてそう零さなかったものの、緋響の顔は明らかにそう言っていた。
ただいまと発しながら居間へと入れば、こたつの中に足を入れて話の続きだ。

漆黒の猫 

2005年05月09日(月) 19時36分
学校の帰り道、何度も見たことのある猫が塀の上で優雅に眠っている様子が視界に入ってきた。
紅いリボンの結び方からいって、間違いなく“片割れ”が可愛がっている猫だ。
「…おいで、黒星(ヘイシン)。帰ろうか」
小さな鳴き声が耳に届く。嫌がっているようなその声に、微苦笑気味に小さく息を零すだろうか。黒猫…黒星の方へと手を伸ばして、もう一度名を呼んでみる。それでも来る様子が無いのが分かれば、少々むっとして。
「クロちゃん。ひぃちゃんにいいつけるぞ」
何をどう言いつけるというのか。適当なことを言っただけではあるが、黒星も何か嫌なものを感じたのだろう。日向の伸ばした腕の方へと下りてきた。改めて抱きかかえ直してからゆっくりと家の方へと向けて歩き出した。
ここから家まではそれほど遠くない。それでも、後何分かかるだろうと思ってしまうのはお喋りの好きなおばさま方が多い道だからだ。
「ひびちゃんお帰り」
「ごめんなさい、日向です」
「あらごめんね、ひなちゃん。おかえりなさい」
「ただいまぁ」
このやり取りが普通になったのは、ちょうど半年くらい前からだった気がする。
楼雅の兄弟達と一緒に住み始めてから、今まで当たり前でなかったことが当たり前になった。
近所でおばさん達とお喋りすることや、寄り道して帰ってくること。そして、家の中ではしゃぐことも当たり前だ。

壊れたピアノ 

2005年05月09日(月) 19時34分
その夜に弾いた“月光”は、妙に歪みを帯びていた。

物心つく前から習わされていたピアノは、思ったよりも覚えていた。否、思い出したという方が正しいのかもしれない。
彼がバイオリンを弾く姿を見て、弾き方を思い出した。
久々に、弾きたいと思った。
それが叶う時が来るのはそう遠い日のことではなかった。
普段通らない廃屋街。ほんの一年ほど前まではそこが自分の居場所だった。ふとそう思えば、その廃屋街の奥の方へと足を進めていく。一年見なかっただけで、相当変わるその中を歩いて行きながら、此処には以前に何が有ったかを瞼の裏に思い浮かべていく。何が有ったか思い出せないのは、きっと同じ様な風景がいくつも有ったからに違いないと自分で納得して、すぐに考えるのを止めた。
真新しいビルに目を留める。廃ビルと呼ばれるようになってまだ日が浅そうなそのビルの中、崩れないことを確認しながら一歩足を踏み入れる。草は生えてきているし天井からは砂埃に近いものが落ちてくるものの、人が一人や二人入ったくらいでは崩れそうに無いことは確認できた。
そのビルの持ち主はそれなりに立派な人間だったのであろう。置いていかれた立派なソファやテーブルが埃にまみれて悲しそうにしていた。
その中でも一層目をひいたのは、白くなりかけていたピアノだった。急ぎ足でそれに寄れば、思いきり息を吹きかける。舞い上がる埃でむせ返りながらも埃を全て払えば立派なグランドピアノだ。売れば相当な金額になるであろうそれまでが置いてあるということは、よほど何かが有ったのだろう。
だが今はそのようなことはどうでも良かった。ただ、奏でたいと思った。

 

2005年04月10日(日) 17時53分
半分覚醒している頭。何となく足音が響いてくる気がするのは気のせいなのか違うのか。
扉を開ける音でそれが気のせいではなかったと分かる。
近づいてきた足音はそのまま自分の横あたりへと来て急に止まる。
半覚醒状態では目も開いていないために目の前の相手には眠っているように見えているのだろうか。そんなことを考えていれば耳元に息を吹きかけられて、急に完全に頭が覚醒する。
「てめェッ!何しやがる!」
「カナぁ、おはよぅ。さっくんが起こして来いって言うから起こしに来たの」
えへ、と笑う人畜無害そうな爽やかな表情の後ろに黒いものが見えるのはきっと気のせいではないはずだ。あぁそうだ。コイツは砂久夜と同じ人種だったのだと改めて思えば大きく溜息を零す。
「何その反応。せっかく起こしてあげたのに」
「もっと方法を考えろって言うんだよこのクソガキ」
「ガキじゃないもん。それにカナちゃんのほうが歳下じゃんかっ!」
「性格がガキだっつってんだよ」
客観的に見ると、どっちもどっちな会話であることに本人たちは全く気がついていない。
ともかく完全に目が覚めたために二人して騒ぎながら階段を下りていくだろうか。その先に待っていた砂久夜がくすくすと笑いながら。
「二人とも仲いいねぇ。何て言うか、小学生見てるみたいで楽しい」
「小学生じゃないもん!!」
「小学生じゃねェ!!」
二人の声が重なった。思考回路は根本的に一緒らしい。
またもやむっとした表情でもめ始めた二人にブランチを出してやりながら、砂久夜は小さく笑った。

外に出る 

2005年04月10日(日) 17時52分
双子の旅立ちが決まったのは、四月一日。告げられたのがその日であったから、エイプリルフールの嘘かと思ったものの、「和」を重要とする父親がそれはしないだろうということで納得するしかなかった。

道場のど真ん中。
師範と弟子と言う立場で対峙すれば、はっきりと言われる言葉。
「纏、爾。今年はわしの代わりに道場を回っていってもらいたい」
「……どういう、こと、ですか?」
爾が怪訝そうに眉を顰めながら問い返せば、答えるのは父のほうではなく隣の母。
「ほら。父上、毎年いろんな道場回って型とか教えたりしてたでしょう?でも今年は腰を痛めてそれが出来そうに無いのよね」
「あぁ、三月のぎっくり腰のせいで」
纏の一言は父親にとっては禁句だったらしい。ギロリと強い目で睨まれてしまった。
肩を竦めながら縮こまる姿は、大柄な纏が小さく見える一瞬だと爾は思う。
そんな状態の纏を横目で見ながら、爾は真っ直ぐに師範のほうへと視線を向けて問う。
「私たちより、兄さん達のほうが、腕は、確かだと、思います」
「そうです。二人で一人前何て言われている俺たちよりよほど…」
「あら、二人で一人前だから、旅に出て一人で一人前になって来いってことよ?」
あっさりそう言われてしまえば既に返す言葉もない。
むしろ、両親がそう決めたことであれば爾も纏も反抗が出来るはずが無いのだ。
分かりましたと素直に返事を返して、自分たちの部屋で旅の支度を始めた。
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